野良猫








ACT 10(祐介)











「真柴!!お前、あの美少年に何しやがった!?」


社長室で書類を片付けている時に掛かってきた携帯を開いて返事をする間もなく、とんでもない声量の怒声を聞かされて、一瞬耳がキーーンと遠くなる


「もうちょっとボリューム落とせ!一条!そうでないと切る!」


一呼吸置いて耳から離した携帯に向かってそう言い放ち、もう一度携帯を耳元へと持っていった


「こりゃ地声だ!あきらめろ!」


再び聞こえたさっきとたいして変わり映えしない声量に、少し耳元から携帯を遠ざけた


「・・・わかったよ。で?なんだって?」

「あの美少年にあの晩、何したのかって聞いてんだ」

「っ、来たのか?お前の所に!?」

「来たから聞いてるんだろうが!っつか、住所教えたのお前だろ!?」


確かにそうだが、それでなんだっていきなり『あの晩何をしやがった?』なんていうことになる?
瞬時に駆け抜けた嫌な予感に、携帯を持つ指先に力がこもった


「なにか・・あったのか?」

「それを聞きたいのはこっちだって!なんだってお前は名前を教えたりした?塚田の事は分かってたんじゃなかったのか!?仕方ないからお前の事を忘れろと脅したのに、『イヤダ』と言い切りやがったぞ!」

「・・・え?」

「お前の事も塚田との事情も全部教えたのに、忘れるのは絶対に嫌だと宣言しやがったんだよ、俺の事を睨み返してな!たいした根性だと思ったから、とりあえず毎日ケガの消毒しに来る事を条件に家には帰したんだが・・・」


一条の後半の言葉は耳に入ってこなかった


あの光紀が、俺の事を知った上で忘れるのが嫌だって!?
あの一条を睨み返してそう宣言したって!?

信じられない

いや、それ以上に、それを心底喜んでいる自分が、信じられなかった
緩みそうになる口元を必死に抑えるのが精一杯だなんて、いったい幾つだ!?と自分で突っ込んでしまいたくなる


「・・っい、おい!真柴!!聞いてるのか!?」

「え!?あ・・すまん、なんだって?」

「だから、気になってあの美少年の素性を調べてみたんだよ。着てた制服がこの辺じゃ素性が良くないと入れないって言うので有名な名門校だったからな。調べてみてビックリだ。
あの美少年、名前は七里光紀(しちりみつき)っていうんだそうだ。真柴、お前・・この名前聞いて何か引っかからないか?」

「光紀って言う名前は聞いて知ってたが・・・七里?あんまり聞かない名字だ・・・っ、って!?オイ、一条、まさか・・・!?」

「そうだ、そのまさかだよ!七里議員。国土交通省で副大臣やってる、あの七里邦夫(しちりくにお)の孫だ」

「な・・・っ、」


思わず言葉をなくした
七里といえば、三代前くらいから大臣を輩出するようになった家系で、地元でも有名な名士だ

先日の任期満了による総裁選での新人事で、外務政務官から国土交通省の副大臣に就任したばかり

この就任が、実は息子であリ今度衆議院選に打って出ようかとしている県会議員・七里邦弘(しちりくにひろ)のためだろう・・と言われている

何しろ今度の知事選での焦点になっている土地開発は、国が推進している空港整備が絡んでいる

整備反対派を押し切る形でその整備計画を推進しようとしているのが七里副大臣、そしてその息子はその整備に伴う土地開発推進派で現知事と旧知の間柄・・・

現知事が再選を果たせば、空港整備と土地開発に絡む企業から莫大な政治資金が七里議員の懐に転がり込むことになるのは明白だ

その土地開発反対で知事選に立候補した対抗馬は、七里議員と衆院選で争う事が必死な議員が擁立してきたもの・・・

その対抗馬と塚田がつるんだせいで、現知事から隠密に裏側から塚田の動きを抑制してくれ・・・という意味合いの打診があったばかりだ


「・・・本当なのか?」

「嘘ついてどうなる?言わなくても分かってるだろうが、もうこれ以上あの美少年と関わり合いになるな。企業家としてもヤクザとしても個人的に政治家と関われば、献金だ裏取引だ・・とマスコミの餌食になるのがオチだぞ!」

「・・・・っ、」


言葉が出なかった
一条の言うとおりだし、更に悪い事に塚田が絡んでる

今はあいつらも金で雇われて土地開発推進の邪魔をしているだけだが、そこに俺の介入が入り奴らが光紀の正体を知って、俺と繋がりがあると知ったら・・・?

ただの私刑(リンチ)じゃ済まなくなる
裏側のドロドロした政治的駆け引きの道具にされる

そんな事に光紀を巻き込むわけにはいかない

でも、


「・・・一条、」


呼びかけた言葉がらしくなく掠れていて・・・思わず言葉を切った


「・・・真柴?どうし・・」

「光紀のこと、頼めるか?」


一条の問いを遮るようにそう聞くと、電話の向こうの一条の気配が変わった


「・・・まさか、お前」

「頼めるかと聞いてる」

「・・・会う気か?」

「・・・約束したんだ。だから一度だけ・・・それで終わりにする」

「っ、この・・バカヤロウが!」

「頼む、一条・・・!」


もしも今、目の前に一条が居たら、俺は迷うことなく土下座でもなんでもしただろう
俺の事を忘れるのが『イヤダ』と言ってくれた光紀との約束を、破りたくなかった


もう一度だけでいい、光紀に会いたい


焼け付くようにそう思った

その俺の思いを察したのか・・・一条の深い、深い溜め息が携帯越しに洩れ聞こえてきた


「・・・わかった。ただし条件がある。絶対、誰にも会ってる事を気取らせるな。お前の腰ぎんちゃくにもだ!」

「腰ぎんちゃく・・って、影司か?」

「そうだ、絶対に・・・!」

「?・・ああ、分かった」


語気を強めた一条の物言いに疑問符が湧いたが、それだけ用心しろと言うことだろう・・・と受け取って電話を切った

携帯をポケットにしまうと同時に、部屋のドアがノックされ影司の『失礼します』という声が掛けられた

いつものように『・・・どうぞ』という返事を聞いてから入ってきた影司が、頼んでおいた会議用の書類を俺に手渡しながら聞いてきた


「・・・知事からの依頼はどう返事を返しておけばよろしいですか?」

「・・・影司、ここは会社だ。それは組に帰って伊藤達と決める。お前がでしゃばる事じゃない」

「っ、ですが」

「俺はお前を組員として雇ったわけじゃない、何度言ったら分かる?」

「は・・い、申し訳ありません」


神妙な面持ちで礼を返した影司が、部屋を出て行く

その背中を見つめながら、そういえば組の仕切りを任せている伊藤からも、影司が少し組の事に口出しをしすぎだ・・・とかいう不満が出ていた事を思い出した

法律に詳しいから、ついつい会社や組のイザコザも任せてしまっていたが・・・、さっきの一条の物言いも気になる

知らず眉間に寄ってしまったシワを解くように深呼吸すると、以前、秋月の弟・剛からもらったコロンがフワリ・・と鼻腔をくすぐった

気のせいでもなんでもなく、確かにその香りは尖った神経を和らげる効果があるようだ


光紀もこの香りが気に入っていたようだったし・・・


そう思って、ふと思いついた閃きに口元が緩んだ

その閃きを実行すべく、確か今帰国しているはずの秋月の弟、コスメブランド”AKI”のオーナー・剛と連絡を取るべく、俺は再び携帯を取り出していた




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