野良猫










ACT 34(祐介)=完=








「は…っ、あっ…っ」


耳元に落とされた震えた吐息と共に、肩口を食むように押し付けられた温かな唇。
同時に首筋に回されていた光紀の腕が解かれ、何かに縋る様に背中を掴んでくる。

指先に絡め取ったバターは一瞬冷たく、柔かな固形の抵抗感があったが、光紀の体内に押し入れ、熱い内壁の温度に触れた途端、それは見る間に溶けてヌプ…とした液体のような感触へと変わった。

先に背中に塗ったモノも手で触れると丁度よい滑り具合で、その感触は何にも増して心地良く、つい身体のラインをなぞるように撫で付けてしまう。

その香りには媚薬の成分も入っている…とアキが言っていたとおり、光紀の全身から体温で溶けて立ち上る香りはそこはかとなく甘く濃密で、行為に対して怯えがあった光紀の身体さえも柔らかく溶かしていった。

光紀が気持ちよい…と感じる場所は全て覚えている。

触れた場所の感じやすい襞を探り、内壁をくすぐるようにして押し広げると、ヌプ…と滑りの良い溶けたバターをまとった指先が抵抗なく潜り込んで行く。


「ぁん…、なか…に…っ」

「入れたよ、良いね…凄く濡れてる…」

「や…っそ…れは、だって…」

「だって?気持ち良いから…?」

「っ、違っ…、あ…!」


否定しようとするその言葉を言わせたくなくて、グリッと円を描くようにして中を抉ると、背中を掴んだ光紀の指先に力がこもり、駆け抜けた震えを耐えるように浅い呼吸を繰り返す。


「…気持ち良い?」


耳元に囁きかけながら指を増やし、柔らかな粘膜を擦り上げ、引っ掻きながら更に奥へと潜り込ませた。


「ん…ああっ…!そ…んな、奥…っ」

「…いや?」


意地悪く聞きながらジワリ…と指を引くと、それを押し留めるかのように内壁が蠕動し、キュゥ…ッと指先を締め付けてくる。
クス…と洩れた笑いをそのまま耳朶に注ぎ込んで、『…どうして欲しい?』と密やかな声を直に耳朶に押し付けた唇で問いかけた。


「そ…んな、言わせ…なくても…っ」

「言って?光紀の望み通りにするから…」


締め付けられた指先をゆっくりと前後に動かすと、ぬぷぬぷ…と濡れた淫猥な音が響き、光紀の耳朶がカァッと体温を上げる。


「ぁ…、や…も…っと、」

「もっと…?」

「ん…、い…れて、もっと…奥…っ」


初めて聞く、鼻にかかった甘えるような光紀の声音と甘い吐息。
その声に、もう既に勃ち上がっている中心がズクリと疼いて、更に熱を帯びた。

香りの中に含まれた成分の効果は以前からよく分かってはいたけれど、肌から直に吸収されるとより一層それが高まるようで、光紀の中の怯えや怖れを完全に払拭してくれている。

こんな効果を発揮する物を光紀に持たせてくる辺り、アキには全て見透かされていたか…と思うと多少癪に障るが、光紀の最初の身体の強張りを思えば、その心遣いに感謝せずにいられなかった。


アキに会ったのはホテル入りする直前。
まさか光紀の母親が大のAKIブランド好きだなんて知る由もなかった俺は、そこで一条からネックレスの経緯を聞いたアキが、このパーティーに出席する為に急遽帰国し、光紀にネックレスを堂々と身に着けさせるために練られた計画を聞かされた。

確かにそれは俺が初めて光紀に渡したプレゼントではあったけれど、同時にあの辛い記憶をも呼び覚ますものでもある。
それを光紀に返しても、身につけることを光紀自身が望まないかもしれない…そんな杞憂はあった。

その上、パーティー会場で華やかな光りと大勢の著名人に囲まれた光紀は、俺が知る光紀とはまるで別人で…。
ガラにもなく弱気になった。
やはり、俺が手を出して良い存在じゃない…涼(すず)に対して感じていたあの想いと重なって、光紀を不安にさせるだけだと分かっていながら、まともにその顔を見ることさえ出来なかった。

それでも、光紀はネックレスを身につけたままここへ来てくれた。

飼う事など叶わない…そう思っていた俺の思いを見透かすようにそれを”首輪”だと言い、”飼い主になってください”とまで言って…。

そんな光紀の想いとは裏腹に、陵辱されたあの場所に触れると、明らかに光紀の身体が強張って、そんな反応を見せる身体を抱く事には抵抗があった。
けれど、ここで俺が抱かなければ、どんなに言葉を尽くして言い訳したとしても、光紀の心を不安と自己嫌悪でいっぱいにし、無理強いでも良いから抱かれる事を望ませてしまうだろう…という事も分かりきっていた。

今の俺に出来ることは、光紀が望むままに…でも決して傷つけることなく存分に抱いてやる事だけだ。


ゆっくりと内壁に溶けたバターを塗り広げるように押し込んだ指先を動かすと、光紀の押し殺した吐息が肩にかかる。

ビクビクと跳ねる身体と背中を縋りつく光紀の指先の力の入り具合…そんな反応を全身で感じながら、ゆっくりと時間をかけてその場所を解し、でも決して一番良い場所には触れずに焦れた光紀の口からその言葉が洩れるのを待った。


「ぅ…や、もう…っ」


身体の疼きに身悶えして、今にも砕けそうな腰を支えるように俺にしな垂れかかり、欲情で潤んだ瞳で見上げてくる光紀の痴態に目を眇めながら、その先の言葉を促すように軽く乾いた唇を舐め上げた。


「もう…?なに?」

「挿れ…て、祐介の…これ…」


そう言って、光紀の手が猛って天を突く俺の中心に触れてくる。
いつもはきちんと”さん”付けで俺の名を呼ぶ光紀が、呼び捨てて俺の名を呼ぶのは、それだけ余裕なく俺を求めてくれている事の証だ。


「…光紀の背中を見ながら繋がりたい」


そう言うと、『良いよ…それを見て良いのは祐介だけだから』と、自ら姿勢を入れ替えて俺に背中を向け、四つん這いになる。

その従順さは、俺の前だけであって欲しい…と切実に願いながら、その背中に口づけた。

もう既に上がった体温で上気した白い肌の上、光紀の鳳凰はその鮮やかさを増していたけれど、きっともっと鮮やかに浮かび上るはずだ。

動物の交合そのままに光紀の腰を引き寄せ、十分に解して柔らかくなったその場所へ、ゆっくりと熱く猛ったその先端を押し付けると、クチュ…という淫猥な音を響かせながら、熱く締め付けてくる光紀の中へと埋まっていく。


「は…あ…っあ…!」


その衝撃に耐えるように仰け反った光紀の背中で、羽を広げた鳳凰の翼がうねり、まるで生きているかのように蠢き始める。
その動きに合わせる様に光紀の中も蠕動し、受け入れた俺をキュゥッと締め付け、更に奥へと誘うように力強く脈打ってくる。

その動きに誘われるまま、俺は躊躇うことなく腰を進めた。


「…やっ、ま…って、そんな…まだ…っ、」

「光紀の…中が、誘ってる…のに」

「う、そ…っあ、ああぁ…っ!」


ズン…と最奥まで深々と打ち込むと、光紀の背筋が痙攣したように細かく震え、体の奥深くまで受け入れた俺を更に強く締め付けてくる。


「はっ、あ…っ…ぁっ」

「み…つき」


その締め付けの強さに息を呑みつつ、すぐにでも突き上げたい衝動を何とか押し殺す。
荒い息を吐く背中に覆い被さるようにして伸び上がり、その耳朶を口に含んだ。


「凄く、きれいだよ…光紀、きっと上から見たら対の鳳凰の完成図が見れるんだろうにね…」

「ふ…、じゃ…今度、鏡張りのトコ…で…っ」

「良いね…」


ふふ…と笑い合って弛緩したおかげで、光紀の中の締め付けが僅かに緩んでくる。
それを合図のように、前後にゆっくりと抜き差しすると、挿入で一瞬強張った背中がその動きに合わせる様にうねり始めた。


「…ん…、もっと…」


光紀の口から洩れたおねだりに応えて、左右に揺さぶり腰をグラインドさせると、絶え間ない嬌声と共にその背中が上気して、鮮やかな朱に染まった鳳凰が光紀の背中に活き活きと浮かび上がってくる。


「く…ぁっ、や…そこ、そんな…っふ…あ、ああ…っ!」


とうとう四つん這いの身体を支えていた光紀の腕が折れ、腰だけを掲げ上げて、光紀がシーツに顔を埋めた。
その光紀の双丘を掴み上げ、真上から叩きつけると、これ以上ないほどの最奥へと、俺の先端が光紀の身体に突き刺さる。


「っあぁ!や…っ…ぁ…ッ」


過ぎた快楽を耐えるように、シーツを握りしめた光紀の指先が乱れた波紋の襞を寄せる。
その手を包み込むように握り、指の間を割って深く指先を絡み合わせて耳朶に唇を寄せた。


「…好きだよ、光紀」


言うべきじゃない言葉だと、ずっと思っていた。
けれど、それが結局『飼い犬になりたい』…とまで光紀に言わしめてしまったのだと思うと、その言葉を告げずにはいられなかった。

その言葉を囁いた途端、光紀の身体がヒクンと震え、埋め込んだ熱を一層強く締め付けながらシーツに押し付けていた顔を横向け、俺を見上げてくる。

熱に浮かされ潤んだ瞳に、言ってしまってからその言葉に照れてしまって…思わず赤らんだ俺を捕らえて。


「…い、ま…、なん…て?」

「…言わせたいのか?」

「っ、だ…って、」


信じられない…そんな想いが滲んだ瞳に、どれほど自分の言葉が足らなかったか…改めて思い知らされる。

光紀が望むならその顔を見ながらきちんと言うべきだろうと、ゆっくりと、光紀の身体に無理がかからないよう…繋がったままその身体を反転させて仰向け、その顔を間近に覗き込んだ。


「…好きだ、愛してる」


言ったそばから、この年でそんな言葉をどんな顔で言ってるんだ?と、気恥ずかしさでカァ…ッと頬が熱くなる。
そんな俺の顔を、本当に信じられない物を見るかのように、光紀が大きく目を見開いて見つめている。


「…そんなに見るな」

「だ…って、嘘みたい…で、」

「っ、嘘で言えるか!面と向かって、こんな気恥ずかしい事…」


耐え切れなくて反らそうとした視線を制するように、伸びた光紀の腕が俺の首筋に巻き付いてくる。


「嬉しい…祐介さんが言ってくれないと、俺からは言えなかったから…」

「…っ!光紀…」


告げられたその言葉にハッとして、その事に思い至ってやれなかった自分の不甲斐なさを卑下しようとした言葉を、言わなくて良い…とばかりに光紀の唇で封じられた。


「…俺も、好きです。誰よりも一番…愛してる」


柔らかい口づけの後に告げられた言葉に、胸が震えた。
どれほど、その言葉を聞きたかったか…お互いの身体に刻んだ証よりも、なによりも…ストレートなその言葉が、泣きたくなるほど嬉しい。

その言葉を告げるために離れた光紀の唇を奪って、シーツの波に深くその栗色の髪を沈ませた。

結果、入れ替えた体勢のせいで浅くなっていた結合が一気に深くなり、さっきの言葉と奥にのめり込んだ刺激で更に熱を帯び質量を増したそれで、光紀の中を掻き回す。


「んっ、あ…っ、く…んっ、」


シーツに沈ませた髪を振り乱しながら喘ぐ光紀に、愛してる…と何度もその言葉を繰り返し囁いた。


「…はっ、や…、ゆう、すけ…っ!」


応えるべき言葉を俺の名前に置き換えて、光紀が何度も俺の名前を呼ぶ。
しがみついてきたその爪先が俺の背中に食い込んでくる。


「っあ、あ…!あ…っ…、ぁ−−−!!」


悲鳴に近い嬌声と共に背を仰け反らせた光紀が俺を締め付け、一際深く突き込んだ光紀の最奥に熱い奔流を注ぎ込んだ。

同時に果てた光紀の上に身体を預け、光紀の中でビクビクと白濁を注ぎ込んでいく熱に、未だ治まらない猛りを感じて苦笑が洩れた。


「…一度くらいじゃ治まりそうにないな…」


大きく波打つ光紀の胸の早い鼓動を楽しみながら首筋に顔を埋め、その耳朶を食みつつそんなおねだりを囁きかける。


「…俺…だ…って…!」


そんな言葉と共に、光紀の脚が腰をギュ…ッと締め付けてくる。


「俺が、満足…するまで、離さない…っ」


その女王然とした口調と声音に、飼い主になって…なんて言葉は、俺のほうこそが言うべき言葉だったんじゃ…?

そんな風に思って再び浮かんだ苦笑を、微笑を浮かべた獰猛な唇に容赦なく奪われて…身も心も果てるまで、互いの身体を貪り合った。











ずっと、光紀の寝顔を見ていた。


徐々に明るくなってきた室内に、そういえば…カーテンを閉めていなかったっけ…とぼんやりと思い出した。

彼方に見えるビルの隙間から昇った朝日が、ゆっくりと窓辺からベッドの上へと輝く光の道を伸ばしてくる。

俺の胸の中でシーツにくるまり丸くなって眠る光紀を、その暖かな光りが包み込んだ。

まだ柔らかい陽の光に触れた栗色の髪がふわ…と揺れ、少しだけシーツからはみ出ていた肩と首筋にある産毛と共に、金色…というよりプラチナに近い輝きで光紀を照らし出す。

何をも寄せ付けぬ凄烈さと、魅せられる温もり。

その、まるで一枚の絵のような輝きに、思わず手を伸ばしてふわり…と髪を撫で付けると、フ…と光紀の口元が笑みを象り、俺の胸に擦り寄ってくる。


…無防備な、子猫。


知らず、口元が緩む。

油断しているとあっと言う間に牙を剥き、噛み付かれる野良猫だけれど。
そうでなければ、放し飼いになんて出来ないけれど。


こんな風に無防備に眠れる場所は、ここにあるから。


『光紀』


声に出さずに呼んだ名前に、『ん…』と身じろいで応えを返してくる。


誰にも渡さない。
死ぬ時も。
死んだその後も。


背中に刻んだ証をソッと撫で、胸元で輝く透き通った青い輝きに誓いを込めて、口づけた。






=終=

最後まで読んでくださって、ありがとうございました!
「飼い犬」へと続くエピローグがあります。宜しければどうぞ。


読んだよ。という足跡に拍手してくださると嬉しいです。
読んだよ



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