ターンオーバー











ACT 3





今回の織田の出向は、表立っては公表されない部類の物だった
故に、警視庁随一の射撃の名手でもあった織田は、表向き射撃研修を兼ねた海外研修・・・と言う通達で済まされていた


目的は、国際麻薬密輸組織の摘発


最近日本国内でも出回り始めた最新の錠剤型麻薬”エフ”
その希少性と得られる強い快楽から、”エフ”を巡って犯罪が多発し、国際的にも問題になっていた

そのためICPOの要請により、日本も捜査協力することになったのだ

その一貫として、高城が任を帯びた科捜研の共同技術開発・・も行われ
高城も当然その捜査に協力する事になる

その内容が、組織と深い関わりがあると思われる製薬会社への潜入捜査
理系出の織田は、その知識と語学力から、その任に推挙された

極秘裏に行われる捜査だけに、危険が伴う

その受諾は当人の意志に任されていた
だが、織田はその推挙を受諾したのだ




「・・・で、なんだってお前はそんな危険なことを引き受けたりしたんだ!?」


雨上がりで人影のない公園を歩きながら、高城が前を歩く織田の背中に問いかける


「・・・危険という点ではお前だって同じだろう!じゃあ聞くが、何でお前は出向に立候補したんだ?」

「え・・・?」

「ったく!なんだってお前は俺に一言も相談無しで勝手に決めたりする!?」

「な・・っ!?何でお前にイチイチ相談しなきゃならない!?」

「俺のしつこいワガママに付き合えて、俺と組んで仕事が出来る奴がお前の他に居るってのか!?」

「う・・・っ」


思わず高城が言葉に詰まる
確かに織田の求める分析結果は細部に渡り・・・鑑識泣かせでその名を馳せている
他の人間が請け負って、結局根を上げ高城のもとに泣きついて来たことは一度や二度ではないのだ


「俺はお前を相棒だと思ってる。その相棒と組んで仕事がしたいと思ってるのは俺だけか?お前は違うのか?」


不意に足を止め振り返った織田が、頭一つ高い位置から真っ直ぐに高城を見下ろしてくる



・・・・・・・・お前がっ、そんな風に真っ直ぐだから・・・っ!!



注がれた視線から、思わず高城が視線を反らす

何の他意もなく注がれる、真っ直ぐな灰色の鋭い眼差し

その瞳に曝されるたび、高城は自分の中にある邪な欲望に例えようもない嫌悪感を抱いてきた

友人として、相棒として

これ以上望むべくもない最上の場所を、織田は高城に与えてくる
だがそれは、高城からすれば苦痛以外の何ものでもないのだ

織田の真っ直ぐな灰色の瞳に見据えられるたび、高城はその少し青みがかって見えるその色に、自分の中にある深い深い、底の知れない深層海のような澱みを思う


波打つ事もなく、流れもない、ただ沈殿していくだけの・・・澱んだ海


その澱みは全て、織田に対する報われない感情
感じる痛み、虚しさ、欲望、嫉妬、焦り・・・ただ重く沈みこんでいくだけのモノ

それが溢れ出してしまわない様に、人は心の中に澱んだ海を巣くわせる


重く、冷たい、その海を


視線を反らした先で、フ・・・ッと、歪んだ笑いをその口元に浮べた高城が、キッと織田を見つめ返した


「・・・お前は自分がどういう人種か分かってない!お前はじきに上に行く人間だ。現場一辺倒の俺とは違う。相棒だとかそんな事、言われる方が迷惑だ!」


高城のその言葉に、みるみるうちに織田の眉間に深いシワが刻まれた


「・・・相棒だと思われるのは、迷惑なのか?」
「っ!」


織田の真摯な・・・今の言葉に傷ついた事を隠す事をしない、真っ直ぐな瞳
その瞳の色に、高城が一瞬、奥歯をギリ・・と噛み締める

苦い、苦い、金臭い血の味にも似たモノを、高城が呑み込んだ


「・・・ッ迷惑だ!」


言い放ち、織田に背を向け、高城がそのまま歩き出す
その後に続いて歩き出しつつも、背後から呼び止めることもなく無言のまま注がれる織田の視線を感じながら








「・・・で、なんでお前の宿舎が唯一その話の出来る場所なんだ?」

「仕方ないだろ?ここが一番安全なんだから。とにかく上がれ」

「・・・安全?」


訝しげに問い返した高城を無視した織田が、さっさと独身寮である宿舎の部屋のドアを開け放って中へ入っていく

その織田の背中に密かにため息を吐きつつ、高城もその後に続いた

通常、独身の者は全員宿舎である独身寮に入ることになっている
もっとも、織田はキャリア組だけに宿舎といっても設備の充実した豪奢なマンションで、傍目には優雅な独身貴族にしか見えない

ただし、結婚するか仕事を辞めるか・・・でもしない限り独身寮から出られない・・というシガラミは付いて回る事になるのだが


「もうすっかり引き払ってるから、何もなくて済まないな」


そう言った織田が、既に荷物が運び出されて閑さんとしたリビングに残されているカウンターキッチンのスツールを高城に勧めた


「・・・織田、お前・・・いつからこの部屋を使っていない?」


カウンター越しに織田とはす向かいにスツールに腰掛け、室内の状況を一瞥した高城が、眉間にシワを寄せ低い声音で織田に問いかける


「はは・・・さすがプロファイラー資格保持者。たいした観察力だ」


肩をすくめた織田の周囲に広がる背景・・・
そこには一見すると、出向の準備の為に荷物が片付けられている・・とも取れる殺風景な部屋が広がっていた

だが、部屋に入った途端感じた、締め切ったままだった事をうかがわせる独特のこもった匂い
締め切ったカーテン
家電と家具以外、特に何も見当たらない・・温度を感じない室内

最近は特に目立った大きな事件は起きていないから、警視庁の仮眠室を寝城にしているはずもない

なのに、どう見ても織田の部屋は数日間人が出入りした形跡がなかった

つい、いつものクセで、部屋の隅にあったゴミ箱を覗き込み、キッチン、洗面所周りを観察してしまっていた高城が訝しげに問い詰めた


「・・・下にあったゴミ収集場のゴミの日は明日。なのにゴミの一つもなけりゃキッチンも洗面所も使った形跡がない。最低3日以上ここに戻って来てなかったな?どこで何してた?」

「・・・実は宗教団体の集会に・・・」

「ッ、織田!!ふざけるな!!」

「本当だ」


声を荒げた高城の気勢を削ぐように、織田が静かに一言で切り返す

盛大にため息を吐いた高城が、どういうことだ?と言わんばかりの視線を無言で織田に注いでいる


「・・・俺がここ1年余り目立ったことをしていないのは、気が付いてたな?」

「ああ。この1年ほど目立ったことは全部ナオにやらせて、お前は現場に顔を出さなくなって裏方に徹してるな」

「総監も言ってただろう?今回の出向は、国際的麻薬密輸組織摘発に向けての潜入捜査だって。高城、お前・・九曜会って言うのを知ってるか?」

「九曜会・・・?たしか、最近台頭してきてる宗教団体だったな」

「そう・・俺は今、そこの信者だ」

「は!?」


そういったものとは一番縁遠いとしか思えない男の顔を、高城がマジマジ・・と見つめ返す


「あれはもともとあった別の宗教団体を、とある政治家が自分の票集めのために買い取ったものだが、実際は宗教という隠れ蓑を利用しての、会員制の闇クラブと言っても過言じゃない」

「闇クラブ!?」

「そうだ。魂の救済という理念を掲げて信者を集め、表向きは綺麗なもんだが、はまっていくと闇賭博や闇売春、SMクラブ、ドラッグパーティー・・・ありとあらゆる落とし穴で抜け出せなくなるようになってる。
どうやらその団体を買い取った政治家の上にまだ黒幕が居るらしくて、著名な政治家や企業家、財界人からも九曜会の信者が急増中・・・というわけだ」

「・・・おい、そこまで内偵済みなら、何でその闇賭博とかの現場を押さえないんだ?」

「・・・警察機構が完璧な縦割り機関だって言うのは知ってるよな?」


意味深に問いかけた織田に、ハッと高城が目を見張る


「それは・・・上層部にも既に信者がいるってことか!?」

「・・・捜査情報が筒抜けになるほどに・・・な」

「な・・・!?」


驚愕の表情になった高城の前で、なぜか、織田の口元がニヤリ・・・と上がった



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