ヴォイス










ACT 3









片手に自分の弁当、片手にコーヒー牛乳とウーロン茶、口にカレーパンの袋を咥えた高木が、半開きになっていた美術室のドアの前で立ち止まった

日当たりの良い窓から降り注ぐ明るい陽射しに目を眇めた高木が、窓側の席に座り遠い目で空を見上げている久我に声をかけようとして・・・思わずその言葉を呑み込んだ







あの出会いの日以来、高木と久我はこの美術室で昼食を一緒に取るようになった
高木が美大受験のため、昼休みも絵を描きに通っていたからだ

高木は弁当派で、久我は購買部派だ
たいていは高木が久我を誘いに行き、一緒に購買部で買出しをする

けれど最近、久我は今日のように高木をからかって購買部での買出しを押し付け、一人で先に美術室へ行くことがあった

そんな時、たいてい久我はこんな風に遠い目で空を見上げている

空を見ているようで・・・本当は何も見ていない
そんな焦点の合わない、遠い目で

そんな久我を見るたび、高木は久我は何を考えているんだろう・・・?と思う

普段の久我は明るくて陽気で、話し上手で饒舌で
楽しくて笑えることしか話題にしない

いつも高木をからかっては、遊んで楽しんで、笑っていて
そうかと思えば、妙に冷めた所があって・・・

どこか掴み所がない

でもそれは、久我が演劇部員で見事に様々な役を演じ分ける名優だ・・・という特技に起因する

あの、高木が久我の声を記憶に刻み込んだ校内放送も、演劇部新入部員恒例の一日放送部員・・・という儀式の一つだったらしい

それまで演劇なんてものに全く興味がなかった高木だったが、久我の声を聞くためにその舞台を見るようになった

舞台に立って居る時の久我は、それこそ別人で、様々な声のトーンを使い分けてその役を演じる

それを凄いな・・と思うと同時に、時々高木はある不安を感じるようになった

普段見ている久我も、そんな風に使い分けている顔の一つに過ぎないんじゃないか・・・?

と。

けれど

普段の久我は底抜けに明るくてポジティブで、そんな久我の声を間近に聞くと・・・もうそれだけで、そんな不安を感じていた事すら忘れてしまう

それぐらい、久我の声には不思議な魅力があった







「・・・・久我!」


高木がその名を呼ぶと、たちまち久我の瞳に焦点が戻って、高木をその瞳の中に映し撮リ、笑みを浮べる

例え演じる顔の一つであっても、今だけは、その笑みと注がれる声は高木だけに向けられているもので

もうそれで十分だ・・・と、いつも高木は抱える不安に蓋をしてしまう


「遅いぞ、高木!チョコクリームパンも言っときゃ良かった」
「・・・そう言うと思った」


高木がニヤリ・・・と笑って、制服のポケットから隠し持っていたチョコクリームパンを取り出した


「おーっ!さっすが高木!よく分かってんじゃん!」


久我が歓喜の声を上げて差し出されたコーヒー牛乳と、カレーパン、チョコクリームパンを受け取って食べ始めた
高木もその久我の横に座り、久我が饒舌に話す声を聞きながら弁当に箸を伸ばす

久我の声を誰はばかる事無く存分に聞けるその時間が、高木は一番好きだった

いつも一人で絵を描いている高木に比べ、久我はその明るい性格と喋りやすさから、常に周囲に誰かが居る
特に女子からの受けが良く、女友達には事欠かない

なのに誰と付き合っても長続きしなかった

それとなく高木がその理由を聞いてみたことがある
すると久我は


「初恋の相手が忘れられないんだよねー。ほら、俺って意外に一途だからさ!・・・なんつって」


そんな風に笑いながら冗談でしか返してこない

もっとも

付き合っていた女子から言わせると


「一緒にいて楽しいんだけど・・・男の子って感じに見れなくて」


という感じらしく、自然消滅・・・といった感じで良いお友達に戻ってしまうようだった

確かに久我は背も低くて体つきも華奢だ



・・・・・・でもそれって、男として結構きついんじゃねぇの?



そんな風に思って、高木が密かに嘆息する
久我にだって、中には好きな女子だっていたはずだ
でも、そんな相手から「男の子として見れない」だなんて、そんな風に言われたら・・・

ましてやそれが

生まれつき持って生まれた容姿と身体的特徴・・・に起因するとなれば、笑って済ませる以外、どうしようもないではないか

高木にしてみれば、久我はふざけているように見えて、その実、芯は真面目で一本気で、自分が信念として持っていることには妥協を許さない・・・誰よりも男らしい性格だと思っている

だからそれを笑って誤魔化す久我と、それを当たり前のように受け入れている周囲の雰囲気に、時折どうしようもない憤りを感じることがある

そのせいもあるのだろう・・・高木は久我以外に他の誰かと一緒に居る時は、ほとんど喋らない
取っ付きにくくはないけど、寡黙で生真面目な奴・・・というのが周囲の高木に対する評価だ

だが、もともと絵が好きで、それ以外何の取り得もないつまらない奴・・というのが高木の自分に対する評価で

その趣味が高じて密かにweb漫画のサイトをやっている高木にしてみれば、生真面目・・・などという評価は鼻で笑うしかないものだった

何しろ高木がやっているサイトは、18禁もののBLエロサイト

可愛い女の子・・・という絵柄が大の苦手で描けない高木は、必然的に男ばかりが出てくる漫画で、ファンタジーチックにドラゴンと王家と騎士が出てくる主従関係ものを描いていた

その絵柄は線が細くて繊細で、およそ身長170超えの厳つい高校生・・・な高木のイメージとはかけ離れたものだったこともあり、高木はネット特有の匿名性を活かして性別も年齢も全て伏せ、秘密主義で通していた

そのため、いつの間にかネット上で高木は女として認識されていて、高木もその反応が面白くて否定も肯定もする事無くその流れのままでやっている

もとはノーマルな内容で描いていたのだが、そのうち通ってくる常連が2次創作で、いわゆるボーイズラブなホモエロ18禁ものに傾倒し始め、面白半分で放置している内に・・・いつしか高木自身がはまってしまったのだ

ノーマルな内容の時にはなかった、読者の反応の良さ
それに連れて跳ね上がったカウンターの数値

それが面白くて、自分からそういったエロサイトを巡ってその分野の研究も始め・・・今ではサイト自体を改装して立派な18禁BLエロサイトの大御所・・・にまでなってしまっている

もうそうなってしまっては辞める事もはばかられ、描いていく内に男同士のエロシーンに対しても何の違和感もなくなってしまった

最近では女よりも男同士とやる・・・事のほうに興味が湧くことを否定できない
かといってそれで実際、男とやりたいのか・・?と言われれば、答えはノーだ

現実と空想では世界が違う

何しろ現実の世界に芸能人でもない限り、美形な男など存在しない
ましてや、同性に性的にそそられるような事など今まで一度としてなかった


そう


なかった・・・のだ


久我の声に出会い、その久我と出会うまでは




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