パン屋さん的チョコの食し方

 

 

 

 

・・・まったく

季節もんだかなんだか知らないが、この時期のこの催し物にはいささか異論を唱えさせてもらいたい

なんだってチョコなんだ?

2月14日がどんな謂れで「バレンタイン」とか言われる日になったかなんて、詳しくは知らないが

確か、キリスト教関係者の名前からきてるんじゃなかったか?

何だって仏教国だの八百万の神の国だの言ってる日本で、こんなイベントが大々的に行われるのか?

まあ、同じ意味でクリスマスもあるけれど、それは確かキリストの誕生日だったはず

誕生日なら、祝ったって構わないと、譲歩も出来るというものだけど・・

そんな事を考えながら仕事をしていたら

「おーい、チキュウ!お前、そんな怖い顔せんと、少しは愛想振りまいてやれよ?」

と、声を掛けられた

「・・は!?愛想?誰にですか?」

「だれ・・って、お前、横見てみぃ!」

声を掛けてきたのは俺が今いる職場、百貨店のテナント店長、井垣さんだ

そして俺が今いる場所は、その百貨店の大きな通路に面して配置された、ガラス張りの箱の中・・

俺が勝手に「檻の中」と呼んでいるパンを焼くオーブンのある場所

そこは通路を行く客にパンを焼いている所が間近に見える設計になっていて、周囲は全面ガラス張り

いつも必ず、誰かの視線に曝されながら仕事をせざる得ない場所だった

俺は店長の言葉に振り向く気力も無くて、黙々と手を動かしながら言った

「・・・店長、ただでさえ焼くのに手間ひまかかる商品ばっかなんやから、気ぃ散らさせんといて下さい!」

「せやけど、お前宛のチョコ、なんやぎょうさんきてんで?」

「・・・え?」

その言葉に初めて振り向くと、店長が両手に派手なラッピングの施された包み紙や箱をたくさん抱えて立っていた

「・・それって・・まさか?」

「そうや。ぜーんぶ今、お前に向かって熱ーい視線を投げかけてるギャラリーの方々からのチョコレートや!」

俺は危うく、手にしていたパンに切れ目をいれるクープナイフを取り落としそうになった

今更周囲を見渡さなくても分かる、この視線の量・・

なんだか知らないが、この店に来て、この「檻の中」に立ってパンを焼くようになってからというもの・・どうやら俺目当てらしき若い女のギャラリーが急に増えてきたのだ

しかも先日、地元に絶大なる人気を誇るローカル番組の「デパ地下特集」で”グリム”のパンが紹介され、焼いていた俺の姿まで、なぜかアップで流され・・

以来、急激に客足が伸び、売り上げも過去最高記録を更新中・・・とか言っていた

「・・・んなもん受け取って、どうすんですか?言っときますけど、俺、甘いもの・・特にチョコレートは大の苦手なんですよ?知ってるでしょう?」

眉間に深いシワを寄せて不機嫌極まりない声で言うと、苦笑を浮かべた店長に切り返された

「せやけど、渡してください!言われるもの、無下に突っ返すわけにもいかんやろ?相手は言うてもお客さんやで?ま、お前が一人一人に「要りません!俺はチョコが大嫌いです」って言うてくれるんやったら、ええけど?」

「・・うぅ、そ、それは・・・」

そんな事していたら、とてもじゃないが仕事にならない

こっちの苦労も少しは分かれ・・!と言いたげな店長の視線に俺は仕方なく、被っていた帽子を取って、ギャラリーに向かって一礼を返した

途端に「きゃー!」という嬉しげな歓声がこだまする

頭を下げると同時に盛大なため息を落とした俺に、店長が

「これぐらいでそんな溜め息落として、どないすんねんな?バレンタインは今日が本番、夕方からもっとすごくなんでぇー!」

励ますかのように背中にバシッ!と一発気合いを入れていく

俺は再びパンを焼くことに専念するため、パン生地に視線を落とした

バレンタインフェアーというだけあって、焼く生地もチョコをふんだんに使ったものばかりだ

俺にとっては思わず眉間にシワが寄る、焼いている時に漂う香ばしいチョコの香と甘ったるい匂いは、チョコ好きには堪らない匂いなようで

バレンタインフェアーをやり始めてからというもの、立ち止まって中を覗き込むギャラリーの数が一層その数を増してきていた

だが

仕込む方と焼く方にしてみれば、このチョコという食材は、扱いにくいことこの上ない

チョコ独特のあのこげ茶色の色は、それ以外の生地を仕込む時に要注意で・・

真っ白い生地に色がつかないように、念入りに掃除をしなくてはならないし、溶け方や混ぜ込み方・・いろいろ気を使う事が煩雑にある

焼く方にしても、初めからこげ茶色の生地にどうやって焼き色を判断しろというんだ?と文句の一つも言いたくなる・・というもので

焼き色で判断できないとなれば、やく時間と温度、匂いで適切な焼き上がりを判断せざる得ないという、気の使いよう

おまけに生地を休ませておく布地の上にも、チョコの色が染み込んで・・フェアー終了後の掃除が大変なことに・・・

とにかく!

パン屋からしてみれば、なんだって、チョコなんだ!?

と、文句の一つも言いたくなる恒例行事の筆頭だと、俺は思っている

・・・が

それはそれで何とか我慢してやろう・・・

何しろ今夜は、仕事が終われば、久しぶりに孝明が泊まりにくることになっている

テレビ放映されたおかげで孝明の店からも応援がこっちの店に回されたりして・・(それが孝明だったら申し分なかったのだが・・そう上手くはいかないものだ)

おかげで孝明と俺の休みがずれ、勢い、泊まりにくるのもかなり久しぶりだと思えるほどの期間が開いてしまっていたのだ

だから明日の休みは、俺にとって待ちかねた待望の休みの一日・・・

そんなこともあって、まあ、ギャラリーに笑顔の一つもサービスすることくらい、苦でもなかった

 

 

 

 

ようやく仕事を終えた俺に、店長が無駄に大きい紙袋を二つ、押し付けてきた

「・・・なんすか?これ・・?」

「あほぅ。お前宛のチョコレートや!きっちり食うなり、処分するなり、お好きなように。とにかく、置き場所に困るから責任もって、持って帰れよ!ええな!」

「・・・・うそ・・やろ?」

「嘘やあるかい!とにかく、渡したで?じゃ、お疲れさん!」

無下に背を向けて遠ざかっていく店長の背中を、俺は茫然と見送った

手に取ると、ズシッと思った以上に重い

「・・・確か・・孝明、甘いもん好きやったよなぁ・・。あいつに食ってもらうとするか・・」

思わず呟きながら、それでも孝明の顔が見れるかと思うと、足取りは軽くて

一時も早く家に帰るべく、未だバレンタインの余韻でゴッタ返す深夜の駅へと向かった

ところが

「・・・っ!?た・・かあき?!」

駅の改札前、よく待ち合わせなどに使われる大きなテレビの前で、見間違うはずの無いその顔を見つけ、思わず駆け寄った

「・・・よ」

駅の階段付近から俺の存在には気がついていた雰囲気で、孝明が目線だけ上向けて・・なぜだか寂しそうに笑う

「・・?どないしたんや?こないな所で?」

「・・いや、少し仕事が早く終わったから・・・」

言いながら、孝明の視線が俺の両手にぶら下げられた大きな紙袋に注がれる

「それ・・・」

「・・あ?これか?アホらしいイベントにのせられて、押し付けられた代物や。お前、チョコとか甘いもの好きやったよな?」

意味ありげな俺の視線に気がついたのか、孝明がムッとしたように言う

「・・・だからって、俺に食えとか言うなよな?それ、お前がもらったんだろ?」

「・・・へぇ?なに?ひょっとして・・妬いてくれてたりするんか?孝明?」

「っば、ばっか!誰が妬くかっ!帰るぞ!」

ちょうどやってきた電車に、プイッと視線を向け、孝明がずんずんと先を歩いていく

その垣間見える耳の先が、赤くほんのり色づいていることに俺は気がついていたから、それ以上突っ込まずに後を追っていった

電車の中で、いつも孝明は少し間隔を開けて俺の横に座る

他人から見たら、知り合いか、ただの乗り合わせか・・判断がつきにくい微妙な位置関係

チラッと横を向き、孝明の横顔を盗み見ると

まるで眠っているかのように目を閉じて、俯いている

こうして駅で待っていてくれたことなど、今まで無かったことだ

それは・・・

ひょっとして、孝明も俺に会うのが待ちきれなくて・・来てくれたんだろうか・・?

などと勝手に自分の都合の言いように解釈してしまいたくなる

けれど・・・それならさっきの寂しげな笑いは・・?

いつだって、俺は孝明の仕草や小さな表情一つで一喜一憂している

けれど、今の孝明の閉じた瞳の横顔からは、不覚にも、何の表情も読み取ることができなかった・・・

 

 

家に着き、邪魔な両手の紙袋を無造作に物置部屋の隅に追いやった

ところが・・・

そのチョコの紙袋から発散されているものだとばかり思っていた、甘い、チョコの匂いが・・なぜか廊下にまだ漂っている

「・・・?あれ?孝明?どこや?」

いつもなら、真っすぐにリビングに直行するはずの孝明が、そこに居ない

気がつけば、風呂場に続く洗面所に明かりが灯されていた

「孝明・・?」

覗き込むと、孝明が風呂の湯温調節をしつつ、お湯を張っていた

「あ、ごめん。実は今日、仕事中にココアパウダーぶちまけちゃって・・全身ココアまみれになったんだ・・」

「ココアまみれ!?ああ・・!それでこの甘ったるい匂い・・!」

孝明に近寄ると、確かにココアパウダー独特のチョコの甘ったるい匂いが漂ってくる

コートを着ているときはそうでもなかったが、玄関でコートを脱いだせいだろう・・

孝明の全身から、そこはかとなく甘い匂いが溢れてきていた

「全身・・って、頭から?」

俺は無意識に孝明の腕を取って引き寄せ、その柔らかい髪に鼻を押し付けた

「頭はそうでもないかな?机の上に不安定に置いちゃって、屈んだ拍子にそこから首元目掛けて・・こう、ドバーッと、派手に・・・久々の失態だろ?嶋さんにも大笑いされちゃったよ」

クスクス・・と思い出したように笑って上下する肩の動きと共に、一層薫り高くチョコの香が匂い立つ

(・・・これ・・って!?)

俺は思わず目を見開いてしまった

そう、この・・甘ったるいチョコの匂い・・

一番苦手で、漂ってくるだけで何となく、眉間にシワが寄っていた筈なのに・・!

「・・で、お前さ、こういう甘ったるいのって嫌いだろ?すぐに落とすからさ、ちょっとまってて・・・」

言いかけた孝明を、俺はギュッと抱きしめてしまっていた

「っ!?・・智久?お前、何やってんの?んなことしてたら、お前にも甘ったるい匂いが移っちまうぞ?」

「・・・あかん」

「へ?」

「せやから、風呂入ったら、あかん。言うてんねん」

「は?」

全くわけが分かっていないらしき孝明が、背後から抱きすくめている俺の顔を覗き込むように、顔をかしげて上向ける

その表情は、困惑しきっていた

それはそうだろう・・俺だって、まさかこの甘ったるい匂いで欲情するなんて、考えもしなかったのだから

「・・孝明・・なんや・・この匂い、堪らなくええ匂いや・・」

「え?ち、ちょっ・・・!?」

俺はすかさず孝明を抱き上げて寝室へ連行し、そのままベッドの上にその身体を押し付けた

「と、智久!?待てってば・・!なに?お前、チョコの匂い嫌いなんだろ?」

慌てたように身体をずらして逃げようとする孝明に、俺は余裕無くその香立つ甘い匂いを貪るように胸元に喰らい付いた

「っは・・!ん・・・っ」

いきなり加えられた強い刺激に、孝明の体温が一気に上がる

途端にその肌から、まるで薫り立つように痺れるほど甘い、濃厚なチョコの香りが匂い立つ

「・・チョコ・・って、こんな・・・」

目眩がしそうなほどの強烈な衝動

甘くて、とろけそうな・・・食い尽くさずに入られない媚薬のような香り

ただのチョコレートには絶対感じない、この・・欲望は・・

「やっ・・!ちょ・・まっ・・!」

急速に追い上げられる感覚についていけないように、孝明が俺の手に指先を絡め、息もつけない苦しさを訴えてくる

けれど、その絡められた指先を咥え込めば、香りだけでなく、その甘い味までもが残されていて・・一層その体の隅々まで喰らい尽くしたい衝動が駆け抜ける

気がつけば、全裸に剥いた孝明の身体の隅々に俺の残した所有印と、留まることなく溢れ出た俺の唾液と何度もイカせてしまった孝明自身の白濁が、滴るように濡れ光っていた

「・・ん、・・と・・もひさ・・!」

俺の名を呼ぶ間も与えられずにイカされ続けた孝明が、ようやく息を付く間を与えられ、その名を呼んだ

「・・ん?なんや?」

啄ばむようなキスを落としながらその顔を覗き込むと、あの、寂しげな瞳が俺を見上げてきていた

「・・ど・・して・・?」

その表情を見た瞬間、俺はさっき駆け抜けた衝動がなんなのか・・分かった気がした

「お前こそ・・なんで、そんな目、しとるんや・・?」

「・・・目?」

「こんな近くに居んのに・・全然俺を見てない、遠い目やで・・・?」

そう言った瞬間、孝明が悔しげに顔を歪めて言い募った

「ど・・ちが・・だよっ!全然・・俺の事なんて・・無視・・して・・っ!おれ・・だけ・・!なんなんだよ?チョコ、嫌いなくせに・・お前、わけわかんねぇ・・!」

「・・ん。多分、今でもチョコは・・嫌いなんやと思う」

「だ・・ったら、なに?嫌がらせ・・かよ?!」

必死に何かを訴えるように見上げてくる孝明の視線が、ズキンと胸の奥に染みた

「・・・あほ。そんなんちゃう。他のチョコは・・匂い嗅いだだけであかん思う。けど、お前の身体から香るチョコの匂いは・・ほんまに美味そうで全部食いつくさな気がすまんかった。せやから、嫌がらせなんかとちゃう・・お前だけは、特別なんや」

「・・うそ、つけ。あんなに・・嬉しそうに笑って・・チョコもらってた・・くせに・・!」

その言葉に・・今にも泣きそうな孝明の表情に・・俺は不謹慎ながら、幸せを感じてしまった

「・・・見てたんか・・しょーもないヤキモチ妬くんやない」

「っ!ど・・こが、しょーもない・・・」

孝明の抗議の声を、それ以上言わせずに、俺はその日初めてのキスを孝明に落とした

あえて唇にキスを落とさなかったのは、その声を聞きたかったから

孝明の意思を無視して、その身体を食い尽くすように食んだのは、孝明が向けてきた寂しげな視線と感情の読めなかった・・あの横顔が許せなかったから

言いたいことをいつも心の中に押し込んで・・なかなかその心の声を、その感情を読ませてくれない・・恋人のその声を、聞きたかったから

その思いを伝えるように、深く押し入って、熱くてとろけそうな舌を引きずり出して・・言ってくれない言葉を誘う

「・・ぅ・・・ん、んん・・!」

非難めいた潤んだ瞳に、俺はようやく唇を解放し、その瞳を間近に見下ろした

「・・・他は?どんなしょーもない事考えとったんや?」

「お・・まえが・・っ」

ようやく得られた新鮮な空気と共に、孝明が言葉を吐きだし、声を詰まらせて俺を見上げる

「俺が・・なんや?」

「あ・・んな、テレビなんか・・映って・・!もてて・・!笑顔まで・・振りまいて・・!」

その言葉に、俺はほんとに脱力して、孝明の体の上に沈みこんだ

「あほ・・お前、ほんまにあほやな・・」

「どうせ・・」

自分を卑下する言葉を吐こうとする恋人の唇を、もう一度塞いで、今度はその唇を軽く触れ合わせたままで言葉を注ぎ込んだ

「映ってもうたんは俺の意志やない。見られる事をこっちからは拒否できへん。愛想振りまいて・・笑っとったんは、お前に会える思うたら、自然と笑顔になっとった・・・それだけや。他に聞きたいことは?」

俺の答えに、その言葉に嘘がないか確かめるかのように、俺の瞳を凝視してくる

「・・・ん」

短く返された答えとともに、ようやく孝明の視線が目の前の俺に焦点を合わせてきた

まだ不安の色を残すその孝明の視線が、俺に何かを訴えてくる

「なんや・・?まだなんか言いたいこと、あるんか・・?」

「っ!?・・・・」

悔しげに見上げてくる孝明の瞳に、底意地が悪いと・・自分でも思う

だけど・・聞きたかった

その身体中に自分のものだという証を刻みつけて、それでもなお、自分だけの物だという・・俺を求めてくれる、確かな言葉

それが聞きたくて・・痛いくらいに張り詰めた俺自身を、かろうじて理性で押さえ込んでいるのだから

ツイ・・と孝明が膝をこすりつけるようにして、その張り詰めた自身をすりあげた

「っ!?・・ぅくっ・・!!」

思わず歪んだ俺の表情に、孝明の顔に微かな笑みが浮かんだ

「・・こ・・の!」

荒く息を付いた俺の首に両腕を回し、孝明が耳元で囁きかける

「・・ばーか。早くこないと冷えて固まって、お前が抜けないようにしちまうぞ・・」

「よー言うたな?熱うてドロドロなんは、どっちやねん・・?」

確かめるように指先を這わせたそこは、想像以上に熱く、ねっとりと指に絡み付いてきた

「・・・っん・・は・・ぁ」

背を仰け反らせた孝明の身体から、再びあの芳醇な、俺だけを酔わす甘い香りが沸き立ってくる

久しぶりなはずなのに、苦もなく俺を呑み込んだ孝明の身体の中は、何処よりも熱くて、その熱さに溶かされたいと願う

突き上げるたびに漂う芳香はその香りを増し、その甘いチョコの匂いに酔わされて・・逃れられなくなっていく

もうその後は、互いに溶け合って、その甘さを堪能しあうためだけに互いを貪りあった

 

 

 

何だってチョコなのか!?

もうそんな事は思わない

来年からは、毎年、飛び切り甘くて美味しいチョコを、孝明と一緒に食べようと思う

もちろん、俺は間接的に頂くのだ

俺が堪らなく美味しいと思うのは、孝明だけが持つチョコなんだと、その身体に刻み込みながら

 

 

 

 

 

 

=終=

 

お気に召しましたら、パチッとお願い致します。

 

 

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