失敗した・・・。

目が覚めた瞬間、そう、思った。

風呂上りに冷蔵庫を覗いたら・・みずみずしいオレンジの柄の缶ジュースが目に飛び込んできて、表示もよく確かめずに勢いよくプルトップを開け、のどの渇きに任せて一気に飲んだ。

冷たい、心地よいのど越しの後、カッと、胸が熱くなった。

「う・・わっ!?なにこれ!?酒じゃん!!」

叫んだ後、盛大に咳き込んで・・酒にめっぽう弱い俺は、中身を捨ててしまおうかと流しに向かいかけて・・ふと思ってしまったのだ。

あと一時間もすれば帰ってくるであろう、同居人に置いとけば飲んでくれるだろう・・と。

もともと貧乏性の俺は、捨てる・・という行為に至れず、その缶を持ったままリビングのソファーで寝っ転がってテレビを見ていた・・・が、多分、一口飲んだ酒のせいだろう・・猛烈にのどが渇いてきて。

酒とはいえ、甘く、のど越しの良かったその中身を・・結局、全て飲み干してしまったのだ。

そのまま・・・どこで意識が途切れたのかすら覚えていなくて・・・。

気がついたら・・・

いつもの肌に馴染んだシーツの感触。

そして・・・いつもの、吐息が出るほどの暖かな肌の温もり。

「・・・っ!?」

ハッと、意識が戻って見開いた瞳いっぱいに・・いつもの、触れれば切れそうなほどに鋭い、獣じみた目があって。

「ただいま・・・孝明」

聞き慣れた声がそういった瞬間、その鋭い目が、笑いを湛えて細められる。

(・・ずるいっ!)

そのいつも鋭い目が、そうやって優しげに細められる瞬間をまじかに見て・・ドキンッと、跳ねる心臓をいつも抑えられないのを、知っているのか知らないのか・・?

「おかえり・・じゃ、ねぇっ・・!な・・何してんだよ!チキュウ!?」

慌てて押しのけようと伸ばした手をやすやすと摑まれてシーツに縫い止められて・・その腕にあったはずのパジャマが・・・ない!

「ちょっ・・!な・・んで・・・っ!?」

思わずあげた抗議の声も、首筋を這う熱い唇の感触に途切れて・・嫌になるほど甘くうわずっていた。

「なんや・・やっぱ覚えてへんのか・・・。それに、何べん言うたらわかる?二人ん時はチキュウやない・・智久(ともひさ)やろ・・?」

耳たぶを甘噛みされながら囁かれ・・たまらず詰めた吐息が漏れる。

「・・・ん・・っな・・にお覚えて・・な・・いって!?」

せめてもの抗いに身をよじった途端、スル・・ッと、骨ばった大きな手が腰骨のラインをなで上げる。

「ん・・っっやめ・・・!」

「今更・・!ソファーで眠りコケとったから抱えてベッドへ運んだら・・そのまま抱きついてきたんはお前のほうやないか・・」

「・・ッ!?なっ・・嘘・・だ!そんな・・・・!」

言いかけた言葉を唇でふさがれて・・はいりこんできた舌先に口内を余す所無く蹂躙され、息苦しさに絡み合う吐息が聴覚を刺激して・・体に震えが走る。

「・・・したないん・・?」

お互いの唾液で濡れそぼった唇をぺロリ・・と舐められて・・・もう既に潤んでしまっている瞳を覗き込まれ・・・。

「お・・まえ・・!ずる・・いっ・・!!っん!!」

思い切り睨み返してやったはずの瞳が、いきなりの自身に加えられた刺激に思い切り閉じられる。

「せやかて・・からだの方は正直に反応してるやん・・?」

「ばっ・・か!いちいち・・いう・・な!」

緩やかにしごかれて熱量が上がる自身の横に押し当てられた、それ以上に熱くて大きいもう一つの欲望を感じて・・・ゴクッと、喉が鳴る。

もうその後は・・・まだ残っているらしき酒の勢いと微妙に力の入らない体のせいで・・・いつも以上に智久を喜ばせてしまったのは確実で・・。

俺は何度目かの果てに・・意識を飛ばしてしまったらしかった。

その挙句の・・・この目覚め・・。

しっかりとまるで抱き枕のように智久の胸元に抱きこまれ・・・その上ご丁寧に足まで絡み合っている。

伸ばされた智久のたくましい腕が僕の背中にしっかりと回され・・身動き一つ取れない状況・・。

わずかに自由な腰を少しずらした途端、鈍い痛みが背筋を駆けた。

「・・つっ!・・・ったく!!無茶しやがって・・!!」

低く呟いた言葉に抗議するように・・智久の体が向きを変え、更にしっかりと抱き込まれる。

「ちょ・・・っ!?」

押し当てられた分厚い胸元からは、規則正しく直に聞こえる心臓の音。

妙に安らぎを覚えるその音に・・・あきらめにも似た吐息が漏れた。

「・・・仕方・・ないよな・・これだけ落ち着けるのは・・お前のこの腕の中だけ・・ってのは認めざるえない事実だし・・」

上目ずかいに見上げた智久の寝顔は・・いつも強面で切れ長のきつい眼差し、口を開けば関西人独特の毒のある台詞ばかり・・の人間と同一人物とは思えないほど穏やかで・・・そして・・・見とれるほどに整った野性的な顔立ちをしている。

「・・・黙ってれば、モデルだって張れるよなぁ・・・ガタイもいいし・・・」

自分だって、そう、見た目ほど筋肉が無いわけでもないのだが・・・智久の体と比べられると・・雲泥の差。

フ・・と、一年前の出会いのことが脳裏をかすめ・・思わず苦笑が漏れた。

俺と智久は、パン職人で同僚で・・同じ苗字だった。

そのおかげなのか・・・滅多に新人の名前を覚えない・・と言うので有名な智久が、なぜか初日に俺の名前を呼んだのだ。

フルネームで・・・しかも次の日からは「孝明」と、しっかりと名前で呼んでくれた。

まあ、それは・・貧弱な見た目を裏切る俺の頑張りと、気の強さ・・・そして・・指のきれいさのせいだったと、後になって知ったけれど。

そして・・・そのきれいだと言われた指を事故で潰しかけて・・それがきっかけで、俺は智久をあだ名のチキュウではなく(職場の全員がそう呼んでいたので、俺はそれがほんとの名前だと信じて疑わなかった)「ともひさ」と、仕事場以外でなら呼んでいいと・・つまりは、仕事以外でも付き合える友人として認めてもらえるようになったのだ。

そして・・・本当にいろいろあって・・・ほんの数ヶ月前、こんな・・抱き枕状態で安らげるほどの関係になってしまったのだ・・。

「・・・ほんと・・・智久のせいだからな・・!責任・・しっかり取りやがれ・・!」

呟いた途端、フ・・ッと、耳元に吹きかかった・・・どう考えても鼻で笑ったその吐息に・・俺は一気に体温が上昇するのを感じて、その体を押しのけようとしたのだが・・・。

ア・・・っという間に組み敷かれ、さっき幾度と無く果てたはずの体に再び火がともるような・・・熱い、情熱的なキスを仕掛けられた。

「・・は・・っん・・んんっ・・!ね、寝たふりなんて・・・っさい・・てーだぞっ!」

思わずこぼした本音を聞かれたと知り、恥かしさで真っ赤になっている俺の顔を・・智久が本当に嬉しそうに笑って、見下ろしている。

「・・・・う・・っ!」

その笑顔に弱い事を・・多分こいつは知ってるはずで・・その上、殺し文句のように・・・

「孝明・・・ほんまに好きや・・・。お前以外・・何もいらん・・責任取らせろな・・?」

「ばっ・・・!知るかよ!そんなもん!か・・勝手にしたらいいだろ・・!?っんなことより!お前!仕事じゃないのかよ!?」

パン職人の朝は早い・・・いつもなら、もう、出勤時間のはずで・・・。

「心配いらへん・・・休み、代わってもろたしな・・。お前も、今日は休み・・・」

「へ・・・っ!?」

智久が休みなのは分かったが・・何故、自分まで休みになっているのか!?今日は確か遅番出勤だったはずで・・・?

「あほ・・・今日が何の日か・・ほんまに覚えてないん・・?」

とがめる様な目つきで言われ・・・ハッとした。

「ひ・・ひょっとして・・・?」

「せやっ!今日はお前と初めて出会った日や!そう思て、無理やり休みねじ込んで来たったのに!お前、一人で勝手にさっさと寝てるし・・でも、一部作戦成功・・お前がよく飲んでるジュースと似た様な酒入れといたん・・やっぱ、飲んだやろ?」

「なっ・・!?お前っっ!!」

確かに・・言われてみればそうで・・いつも飲んでるジュースの缶と、デザインがほぼ一緒だったのだ・・!だから一気に結構飲んでしまって・・・!

「お前・・・酔うと妙に色っぽくて・・体も力抜けてて最高ええ感じやし・・・忘れてた罰・・思て大人しく観念しぃや・・」

「な、何がいい感じだよっ!?誰が大人しくなんかっ・・!離せ!!お前なんか・・・お前なんか・・・!」

ジタバタと・・・意地でも逃げ出そうと暴れているのに・・いかんせん、この体力さ・・組み敷かれていては勝ち目がない。

「オレは・・好きやで・・孝明・・・」

耳元に腰にくる様な声音で囁かれ・・くすぶり続けていた種火が勢いを増す。

確かに・・忘れていた薄情者の自分に比べ、智久は・・きっといろいろ考えて、休みを取リ、結構前から計画を立てていたはずで・・その気持ちを思えば・・・今は・・・このまま、流されてもいいか・・・とも思えて。

でも、何だか何もかも智久の思うつぼ・・っていうのも悔しくて。

だから・・・絶対、智久が思ってもいなかったであろう言葉を、自分からその顔を引き寄せて・・囁いてやった。

「ばーか。酒なんかで酔わせなくてもなぁ・・充分お前で酔ってるんだよ・・!せこい手使って・・・!?」

最後まで言わせずに、唇をふさがれて・・・その時に見た・・背筋に寒気が走るほどの、今まで見たこともない獣じみた瞳の輝きに・・・一瞬、言ったことを後悔し・・。

そしてやっぱり・・・それどころではすまない・・記念日の昼を、迎えるはめになったのだ・・・。

 

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