一番最初の言葉を君に

 

 

 

「うーーんと、これがここで・・これは、こっち・・か」

リビングのローテーブルの上に並べられた・・3段のお重の箱と、パック詰めにされたおせち料理

それを目の前にして、山田孝明が眉間にシワを寄せながらパッケージングされていた出来上がり予定図・・と、にらめっこの真っ最中だ

今日は12月31日

世間で言うところの「大晦日」・・だ

ついでにいえば、ここは孝明のマンションではなく、智久の家のマンションである

孝明が勤める店は、集合ビルに入った店ということもあり、大晦日はビル全体で早仕舞いする

夕方5時には仕事納めの挨拶をし、孝明はまず自分のマンションの掃除を適度に済ませた

それから何枚かの着替えをバックに詰め込んで、まっしぐらに近くの大型ショッピングセンターへと向かう

そこで予約しておいたおせち料理のパックを受け取り、智久のマンションへとやってきたのだ

玄関を開けて、まず真っ先にキッチンを覗き込む

予想通りというか・・当然というか・・・

そこには年越しらしい食べ物や、飲み物といった類は皆無の状態だった

「・・・あいつは!ほんとに正月する気がなかったんだな・・!」

憤然と呟いた孝明が、マフラーも解かずにそのままリビングにおせちパックをドスンッと置くと、再び買出しへと玄関を飛び出して行った

そして約1時間後

孝明は、両手に余るほどの荷物を携えて戻り・・バタバタと家の中を掃除して周った

そして今、おせちパックとにらめっこ状態なのである

このマンションの当の住人、山田智久が勤める店は百貨店に入ったテナントの店だ

そのため、いつもよりは早く百貨店も店じまいするものの・・・

その後の大掃除と棚卸が待ち受けている

それを済ませてからでないと、智久はここには帰ってこれない

おまけに

百貨店は2日が初売り

智久が休めるのも、たったの1日

元旦の当日だけ

でもそれは、たまたま智久が百貨店勤務になったから・・そう孝明は思っていたのだ

ところが・・!

 

 

「・・・そんなん、いつものことやで?」

と、仕事を終えるとかかってくる電話で、智久が平然と言い放つ

よくよくその理由を聞けば・・・

智久は地元出身で田舎というものがなく、おまけに独身の一人身

必然的に、他の社員やパートが帰省するその休み代わりを果たす要員として、年末年始は休みなく仕事をするのが常だったのだという

まあ、かろうじて元旦だけは店全体で休みなので、智久も休み

けれど智久にしてみれば、別に何があるわけでもなく・・・

普通の休み・・という感覚しかない・・!らしい

にわかには信じられなくて、孝明が

「嘘だろ!?だって、正月って言ったらやっぱ、コタツでみかん食いながら紅白で、締めは行く年来る年の除夜の鐘だろ!」

などと言い募っても、

「大晦日は大掃除と棚卸で疲れきっとるから、家に帰ったらバタンキュウ!気が付いたらもう次の年や!」

と、にべもない

そのあまりな感覚のギャップに、とうとう言い争いになり・・・

「うるさい!とにかく俺は、年末休みなしで仕事なんや!唯一の休みの日を丸一日寝て過ごして何が悪いねん!?だれが初詣なんぞ行くか!行きたきゃ一人で行って来い!」

と、智久の怒声が捨て台詞を残し・・電話を切られてしまったのだ

 

 

その電話をしたのが年の瀬も押し詰まった28日

それまで電話かメールを毎日必ず入れていたはずの智久が、以来、何の連絡もよこしてこない

もともとどちらも頑固な性格同士

確固として自分の中で在る物が原因でケンカになると・・・

なかなか素直に妥協しあうことが出来ない

孝明だって、何も自分の感覚を押し付ける気があったわけではないのだ

ただ・・・

今の孝明は、実家とは勘当する、しない・・で、帰省なんてありえない状況にあったし

智久もまた、田舎のない、地元出身の地元住民

共に特に帰る所などない二人なはずだった

それなら、一緒に過ごすのも悪くないかも・・・

と、密かに孝明は思っていたのだ

もっとも

この事を意地っ張りな孝明が、智久に素直に言い出せるわけもなく

遠まわしに正月の過ごし方を聞き出したかった・・・

ただそれだけだったのに・・!

それが思いきり裏目に出て、もうすぐ正月だというのに、したくもない言い争いになってしまった

確かに、年末に入って智久はずっと休みらしい休みを取っていない

年末の百貨店の忙しさの恩恵を受け、智久の居るテナント店の売り上げが好調だったせいもある

それでも、毎日欠かさず電話はかけてきてくれていた

その声にも、疲労の色が感じ取れ・・ついつい

「こんな電話かけてくる暇あるんだったら、とっとと寝ろ!」

と、天邪鬼なことばかり言ってしまっていた気がする

だから、せめて正月くらい一緒に・・!

あの最後の電話以来、孝明の指先が何度も智久に電話かメールを送ろう・・!と、ボタンに触れる

けれど、それがかけられた試しも、打たれた試しもなかった

何もあんな言い方しなくったって・・!

という思いと

こちらから何か言えば、まるでこちらの負けのような・・

そんな意固地な思い

負けず嫌いで頑固だと・・知ってはいるつもりだったが、ここまでだとは・・!

孝明自身もその自分の性格に改めて気づかされて、ため息をもらす

だがそれがここまで強く発揮されるのは、こと、智久に関しての時だけだ

多分

智久以外のことに関しては、基本、どうでもいいのだろう・・という自覚はある

なのに・・どういうわけか、智久に対しては素直になれない自分がいるのだ

孝明にしてみれば、初詣くらい一緒に行ければ・・と密かに思いつつ軽い気持ちで言っただけの言葉だったのに

それに返された返事が「行きたきゃ一人で行って来い!」・・・ではあんまりではないか!?

と、素直に「一緒に行こう」と言えなかった自分を棚に上げてしまうのだ

だから

いつもは、泊まりに来い!と、智久から誘われて、シブシブ・・泊まりに来る・・といった感じが否めない孝明だった

自分から、望んで泊まりに来る等・・なんだか気恥ずかしくて言い出せない・・というのが本音だ

きっと驚くだろう智久の顔が目の前にちらついて・・それだけで孝明の耳が薄っすらと体温を上げる

「と、とりあえず・・!年越し準備だ・・!うんっ!!」

思わず手を止めて、その顔を思い浮かべて顔がほころんでしまった孝明がごまかすように嘯いて、出来上がり完成図に意識を集中した

一つ一つ真空パックを開封しながら、ついつい、その料理を興味深げに観察してしまう

「ふーーん、これって、どうやって作るんだろうな・・?結構、面白そうだな・・作るの」

来年は、是非とも自分で作ってみたいもんだと・・自炊派の孝明の目が輝いていた

 

とりあえず、完成予想通りに料理を敷き詰めると、次は年越しそばの準備だ

粉末出汁の元で出汁を作り、酒のつまみ用にかってきた肴も皿に見栄え良く並べてみたりする

酒も、ビールだけではなく、ワインや焼酎・・酒にあまり詳しいわけではない孝明だけに、そのラベル印象で適当に買いあさってきていた

新年を迎える日である

今日ぐらいは、羽目を外して飲んでみるのもいいかもしれない・・と、孝明が思ったのも無理からぬことだ

床下暖房の入った智久のリビングには、コタツという物がない

リビングのローテーブルの上につまみとお重と酒を並べ、孝明が暖房効果でポカポカとお尻の温かい絨毯の上に胡坐を組んで座り、テレビのまん前に陣取った

「なーんか、落ち着かないよなー。コタツがないっていうのは・・・」

もともと田舎出身の孝明だけに、充分温かいとは言え、コタツの・・あの、コタツ布団の感触のない座り心地は、何となく、居心地が悪い

「・・・やっぱ、日本人なら、コタツだろっ!」

思い立った孝明が、寝室から薄手の毛布を引きずって戻ってくる

雰囲気だけでも・・!とばかりに自分の足元にその毛布を広げ、後のソファーを背もたれ代わりにしてテレビを眺める

時刻はもうすぐ11時だ

「・・・遅いなー。そんなに時間かかるのかなぁ・・・」

見るとも無しに見ているテレビから、今年のヒット曲が次々と奏でられていく

心地良いリズムに耳を傾けながら・・孝明がジュースのように飲み易い酒で喉を潤す

ふと携帯を見てみたが・・・

メールの着信履歴も、電話の着信履歴もない

(・・・このまま新年なんて、やっぱ・・嫌だよな)

そんな風に視線を漂わせながら・・孝明の指先が、メールを打ち込む

時間指定のできるグリーティングカードのサイトにログインし、新年ちょうどに送られるように送信ボタンを押した

きっと、メールの立て込む時間だけに、希望時間どうりには着かないだろうけれど・・いま、孝明が思ったままの正直な言葉をメールに打ち込んだ

まだ智久の元に届かないメール

今の状態と同じ、智久に届かない自分の思い

「・・・来年は、仲直りできるかな?」

テレビから聞こえる声が、どこで途切れたのか・・孝明の瞳がゆっくりと落ちていった

 

 








(『・・・愛してるよ』)

ふ・・っと耳元に囁かれた言葉に、孝明の意識が覚醒する

「え・・・?」

パチパチ・・と瞬きをして開けた瞳いっぱいに、智久の笑う端整な顔

孝明が一番好きな、いつもの強面の顔からは想像できない、無邪気な笑み

「・・と・・もひさ・・?」

流れるテレビの音声が、『明けましておめでとうございます!』とにぎやかに告げている

その声より先に、孝明の耳元で告げられていた言葉・・・!

囁かれていたその言葉に、孝明の顔が一気に真っ赤に変わる

「な、な・・今、なん・・て・・?!」

どもりながら見つめ返した智久の笑みが、より一層、孝明の目を奪う

「ちゃんと届いたみたいやな?”一番最初にお前の笑顔と声が聞きたい”孝明君?今のが正真正銘、俺の今年最初の言葉やで」

「あ・・・っ」

まるで瞬間湯沸かし器のように、足の先まで孝明の身体が一気に体温を上げる

送ったメールは、どうやら予約時間通りに智久に届けられてしまったらしい

でも、なにもこんな近くで・・!自分の一番弱い智久の笑顔の見つめられた状態で・・!

そんな時に限ってきっちり届かなくてもいいのに・・!

「・・・で?何でお前はここに居るんや?」

急に真顔になった智久が、孝明が視線をそらすことを許さないとばかりに真上から射るように見下ろしてくる

気が付けば、孝明は背もたれ代わりにしていたソファーの上に頭を乗せて上を向き、智久はその孝明の身体をまたがるようにしてソファーの上に両手を付いて、孝明を間近に見下ろしている

智久が、孝明が自分でコタツ布団代わりに・・と足元に広げていた毛布を踏み敷いているので、身動きすることも、ましてやその状況から逃げ出すことも叶わない

「な・・んでって・・居ちゃ悪いのかよ・・?!」

真っ赤になった耳朶をそのままに、孝明が上目遣いに智久を見返した

あのメールを見たのなら、今更そんな事を聞く必要もないだろうに・・!

あえて聞いてくるその表情が、からかいでもなく生真面目なのが余計に気恥ずかしい

きっと・・直接、一緒に居たいと言って欲しいのだと分かってはいる

分かってはいても、素直に口に出せないのだ

ああ、また言ってしまった・・と、孝明の視線が智久から逃げる

きっとまた、新年早々、ケンカになってしまう・・そう思っていたら

「・・な、これ、お前が準備したん?」

その孝明の言い草など気にする風でもなく、智久が聞いてくる

その問いの意味が、ローテーブルの上に並べられた孝明流年越しセットの事であることは明白だ

「・・・そ・・うだけど?」

真面目な表情なまま、今ひとつ感情が読めない智久に、孝明が恐る恐る返事を返す

その途端、智久の口元に笑みが浮かんだ

「俺、めさめさ腹減ってんねんけど・・・」

そう言った智久の言葉に、準備しておいた年越しそばが孝明の脳裏に浮かぶ

「あ・・!そば、食う?あっためるだけだからすぐ出来る・・けど?」

「ええなぁ。あ、でもその前に、味見もせな・・な?」

「は?味見・・・っぅん!?」

聞き返す間もなく、一層、智久の顔が近づいたかと思うと、問い返すために開かれた孝明の唇を塞ぐ

味見とは名ばかりに・・智久の舌先の愛撫は徐々に深くなり

孝明の体の芯が加速度的に疼き始める

量は少ないとはいえ、既に飲んだ酒がその疼きと上がる一方の体温に拍車をかけていて・・

抗う腕にもなかなか力がこもらない

「・・っん・・!」

抗議のつもりで声にならない声を上げた途端、珍しく智久の方からあっさりと唇を解いた

「あま・・!イチゴ味の酎ハイ・・?新年最初のキスらしく甘くてええけど・・たまには大人テイストの酒も飲んでみたらどーや?」

孝明に酒が入ると、てきめん抗う力が弱くなるのを知る智久だけに・・・そう言った言葉の裏に何が含まれているのやら・・・

けれど、そんな言葉をキスに反応を示した事を知っていながら、わざとらしく唇を離して意地の悪い笑みを浮かべて言うこの男に、孝明が負けじと突っかかる

「う、うるさい!甘くないのだって飲めるんだからな!」

「ほーお?じゃあ、どこまで飲めるか飲み比べやな。せっかくいろんな酒がぎょうさんあることやし?」

「受けてやろーじゃん!どっちみち今日は酔いつぶれてみたかったし!」

「ええ覚悟やな。じゃ、ま、とりあえず腹ごしらえや。空腹で飲んだら胃に悪いしな」

ニヤリ・・と気になる笑みを浮かべた智久の真意など、これっぽっちも気が付かない孝明を解放して立ち上がらせると、智久が孝明の手を取ってキッチンへと引っ張っていく

「え・・?おい、俺が作ってやるから座ってろよ?疲れてんだろう?」

「・・・あほ。お前かて仕事上がりでここの掃除して買い物行ってたんやろ?お互い様や。それに・・・」

気になる感じに言葉を切った智久が、コンロに掛けられた出汁入りの鍋に火をつけるべく孝明の手を離す

「・・・それに・・なんだよ?」

その火の付き具合いを、身を屈めて確認している智久の背中に、孝明が問いかけた

「ん・・?それに・・な、ほんまに久々なんや。・・正月気分してみてもええかな・・って思えんのが・・」

「・・え?な・・んで?どういうこと?」

火がついたのを確認した智久が、つけた手を所在なさげにジーンズのポケットに突っ込み、もう一方の手で鍋の中に入っていたお玉をグルグルとかき回す

「んーー・・一人で正月したかて虚しいだけやろ?・・せやから、ずっとしたくなかったんや」

「・・っ!」

思わず孝明が絶句する

どうして気が付かなかったのだろう?

智久は父親を亡くしてからずっと、この広すぎる家でたった一人で正月を過ごさねばならなかったはず・・!

その智久に、無神経に家族で過ごす正月のあり様を「ありえない・・!」とばかりに言い募ってしまっていた

年末に入ってほとんど休みも取らずに仕事ばかりしていたのも、正月なんて普通の日と変わらないと言い放っていたのも、虚しい気分にならないため・・

なら・・ひょっとして電話をかけてこなかったのも、怒っていたからではなく・・?

絶句したままの孝明の様子に、智久が更に激しくお玉をグルグルかき回す

「・・なんや・・そんなんでお前まで嫌な思いさせたくなかってん。それで電話も・・・」

「・・・ごめん。でもって・・ばか」

コテンと、智久の広い背中に額をぶつけた孝明が呟くように言う

「・・なんやそれ?」

「そのまんま。・・・っていうか、そんなにかき回すな!せっかくきれいに掃除したのに、こぼれちまうだろ!?」

言いたいことはもっとあったけれど、そんな事はきっと今、言う必要はない

もう、新年なのだ

新しい年に、新しく二人で迎える正月

これから二人で楽しい正月の思い出を作ればいいだけのこと

きっと智久も同じ思いなのだろう・・・

「あほ!だーれがこぼすか・・!それよりさっさとお湯沸かせ!どんぶり、一回お湯で湯通しした方がええやろ?」

「お、なるほど!その方があったまりそう・・!」

新年初めの共同作業・・!

とばかりに手早く海老天入り熱々年越しそば・・ならぬ年明けそばを作り上げた二人が、にぎやかに新年を祝うテレビの前に陣取った

「・・じゃ、とりあえず・・明けましておめでとう!今年もよろしくな!」

とりあえず・・とばかりに冷えたビールを片手に掲げあげた孝明に、智久が応える

「おめでとうさん。よろしくお願いされたるわな・・!」

「あ、なんだよ?!その言い草!」

クスクスと笑いあいながら乾杯し、智久がまるで幼い子供のように、嬉々としておせちの入ったお重を次々にテーブルの上に並べ立てていく

コタツ布団代わりに・・と孝明が持ってきていた薄手の毛布を足元に広げて、その中で時々足を小突きあったり・・テレビで繰り広げられるお笑いのネタに二人で突っ込んでみたり・・

そんな正月ならではの、コタツでみかん・・ならぬコタツでお酒・・の雰囲気を堪能しつつ、最初に言い放ったとおり、孝明も珍しくいろんな酒を智久に勧められるままに口にする

やがてテーブルの上に突っ伏した孝明が、上目遣いに智久を見上げて言った

「あ〜〜〜・・なんかさー、こういうシチュエーション、以前にもあったよなーー・・・」

横で缶ビールを煽っている智久の視線と、孝明の妖しく潤んだ瞳が重なる

カタン・・とビールを置いた智久が、その孝明の額にかかるサラサラの髪をかきあげた

「・・・それ、あの時のことか・・?」

孝明よりもたくさん飲んでいるにもかかわらず、智久はちっとも酔っているような感じがしない

「そー・・!お前、あんとき、やっぱ酔ってなかっただろー・・!今だって・・俺より飲んでるくせにーー・・」

悔しそうに眉根を寄せるその表情は、はっきり言って、犯罪級に色っぽい

それが目的で飲ませた智久だったのに・・!

まさかあの時の事を引き合いに出されるとは思ってもなくて、一瞬、表情が硬くなる

「言っとくけどなー・・あれ、ものすごーーーーく、傷ついたんだからな・・!思い出すたびに手首が痛くなるんだからなーーー!・・・どーしてくれんだよーー・・・」

 

 

孝明の言う、あの時の事

それは去年の夏の出来事・・・智久の旧知の友人が遊びに来て、野球観戦をしたその夜

初めて誰かに対して嫉妬心を抱くという、やりきれない気持ちを抱えて帰宅した孝明の家に、駅前で別れたはずの智久がやってきたのだ・・酔って、車で帰れないから泊めてくれないか・・と

本当は、孝明に対して抱き始めた感情を認めるのが怖くて・・ただの悪ふざけなんだと言い聞かせて終わらせてしまいたくて・・・

酔った勢いも借りて今のように小首を傾げて見上げていた孝明に、悪ふざけの延長のようなキスをしようとした

それがきっかけで鬱屈していた孝明の感情が爆発し、そして・・気づかないつもりにしていた、孝明を友人としてではなく、恋人のように思っている事実を突きつけられる結果になった

気づいてしまったからこそ封印しようとしたその思いを、何も気づこうともしない孝明に煽られて・・つい、押し倒してしまった・・あの夜

結局、孝明に拒否されることが怖くて・・押し倒したまま両腕に痣が出来るほど握り締めて、その激高した感情を押し殺しす事しか出来なかった

そして・・孝明の望む答えに何も答えないまま、ただ、悪戯に孝明の心と身体に傷を残してしまった・・最悪の思い出

 

 

やはり・・・

それは今でも孝明の心に深い傷として根をおろしてしまっているらしい

「・・・すまん・・」

智久が何度も髪をかきあげてあやす様に、謝罪の言葉を口にする

「なーーーんで謝るんだよー・・・あれはーー鈍感だった俺がさーー、悪いんじゃん・・・!謝んなよーー・・」

さすがに酔っているだけに、言っていることが支離滅裂だ

「・・・どないしたら・・ええ?」

さすがにどうしたらいいか分からなくて・・智久が既に半眼になりかけている孝明の潤んだ瞳を覗き込む

「・・・んーーーー」

唸るように言った孝明が、智久の腕を取って、そのまま智久の腕の中にしなだれかかるようにもたれかかってくる

「た、孝明・・?」

「・・・んじゃーさーー、あん時の思い出・・・作りなおさねーー?」

そう言って、もたれかかったまま間近に見上げてくる孝明の表情は・・・どうみても自分から智久を誘っている

したたかに酔わせて、その色っぽさを見てみたいと思った智久だったが、完全に酔っ払って羞恥も何も脱ぎ捨てた感のある孝明の色気は、半端ではなかった

「・・・あれがさー思えばぁ・・こうなることのきっかけだろー?だからさぁー・・」

舌足らずな口調で、胸の中で小首を傾げてくる孝明からは・・飲んだ酒の放つ甘い香が立ち上っている

その艶めいた瞳と芳香は、例え相手がノーマルな人間だったとしても・・承知で抱き寄せてしまうに違いない程の色気が匂いたつ

おまけに、普段なら絶対ありえない・・孝明の方から誘っているのだ・・!

「・・智久さぁ、あの時・・ほんとはどーしたかった・・?」

孝明の豹変振りを、唖然と見つめて固まっている智久をけしかける様に、孝明の方からその首筋に手を廻しついばむようなキスを送る

その途端、智久が邪魔になるローテーブルを押しのけて、孝明がコタツ布団代わりに広げていた毛布の上に、あの時の激情のままにその身体を押し倒して、その両腕を孝明の顔の横に押し付ける

その刹那、一瞬、孝明の表情に怯えの色が滲んだのを・・智久は見逃さなかった

「・・・怖い・・んか?」

思わず問いかけた智久に、押し倒した瞬間強張った孝明の体から力が抜けた

「・・んーーー・・らいじょーぶ・・・」

それは嘘だと・・いくら酔っていても智久にも分かる

その自分以上に酔っているはずの孝明が、そんな嘘を言えるのは・・そして今までここまで飲んだことがなかった酒を飲んで誘ってくるのは・・?

どこかでトラウマになって・・残っている怖さを、どうにかしたかったから・・?






あの時

トラウマとして残ってしまったのは、何も言わずに背を向け、振り向きもせずに出て行った智久の姿

何が原因かわからないまま・・

自分で何も出来ないまま・・

引き止める事すら叶わずに・・

智久は無言で部屋を出て行ったのだ

それは打ちひしがれた感情と共に強烈な恐れとなって、孝明の心の中に植えつけられてしまっている

だから

どうしても素直になれない

素直になって、信じて、またあの時のように置いていかれたら・・・!

その恐怖が、あの時以上に傷つくことのないように、どこかで一線を引かせてしまうのだ

無意識に・・・




微かに震える孝明の潤んだまつ毛に、智久がキスを落とす

そして次に掴んでいた両手首を孝明の目の前に掲げ上げ、その手首の両方に唇を寄せ・・酔ってピンク色に染まった内側それぞれに所有印であるキスマークを刻み込む

「・・ここにあるんは、あの時みたいに掴んで残った指先の痣やないやろ?」

「・・・ん」

あの時とは違う、一番好きな智久の笑顔とその紅い痣を交互に見上げ、孝明がうっとりとするような微笑を浮かべて智久の顔を包み込んだ

「・・酔っ払ってるからぁ・・言っとくぞーー!」

「・・お互い様や・・言っとけ・・!」

クック・・と笑い合った視線が間近で見詰め合う

「あーいーしーてーるよーー!とーもひさーー!」

「・・あのな・・お前、それ・・軽すぎやろ・・」

「いんだよー、新年だしー酔っ払いなんだからー・・!智久ーすきーーあいし・・」

なおも繰り返そうとする孝明の口を、智久が苦笑いを浮かべながら塞ぐ

「んっ・・!ぁ・・・」

普段なら逃げを打つ孝明の舌先が、押し入ってきた智久の舌に貪欲に絡みついた

互いに激しく求め合うせいで溢れそうになる蜜液を、孝明が躊躇なく飲み下す

それでも足らぬげに、離れた智久の唇にもまるで猫のように舌を這わせ、その背に回した手に力を込めた

「・・も・・ひとりに・・す・・んな。お前・・が、居ない・・のが、一番・・こわ・・い」

そう、喘ぐように言った孝明の言葉に、智久がハッとする

あの時も、自分は孝明の目の前から居なくなったのだ・・泣いている孝明を一人残して・・・

そして先日の電話でのケンカも・・結局は孝明を一人にし、何の連絡も入れなかった・・・

きっとその間に、あの時の事を思い出してしまったのだろう

「・・・ごめん。・・でもって、あほ!」

孝明に言われた言葉をそのままそっくりお返しにする

「・・んだよー?それー?ともひさのまねっこーー!」

クスクス・・と笑う孝明の髪を、智久がその大きな両手を差し入れて撫で付ける

「な・・今年一番最初のお前からの言葉、ほんまに嬉しかった。怖かったら、そう言うてくれ。俺は・・いつでもこうしてそれを取り除いてやりたいんや。せやから・・・」

「・・ん?」

うつろに熱っぽく見つめ返す孝明に、今なら・・!とばかりに智久が聞く

「一緒に暮らそう、孝明・・?」

その問いかけに、孝明が小首を傾げてニコニコと答える

「んーーー・・やだーーー」

「・・・っ!」

酔っているくせに・・!

その妙に意固地なところは、しっかり残っているらしい

それならば・・!とばかりに智久の瞳が微妙に細まった

「・・・頑固者やなー」

ニヤ・・と笑った智久が、カラーシャツにフリースカーディガン姿だった孝明の、カーディガンの前をはだけだけで、シャツの上から身体を撫で回し始めた

「・・ぁ・・んっ・・?」

その微妙な刺激に孝明が小さく息を呑む

酔って、熱くなっている身体は刺激に素直だ

布地一枚を隔てて探り当てた胸の突起を、智久が指先でゆっくりと円を描くように微妙な力加減でこね回し始めた

「・・んん・・っや・・だ・・・!」

身をよじって逃げを打ったその肩口に手を伸ばして引き戻すと、その先にあった両手首を捉えて胸と平行する位置で縫いつける

その両手をそのままに、体全体で孝明の身体を押さえつけた智久が、今度はシャツの上から突起に唇を這わす

「・・ぅあ・・っん!や・・だっ!そ・・れ、やっ」

「んー?なら、どうしてほしい・・?」

「・・っどうして・・って・・!そ・・んな・・」

「言わな、このまんまや・・」

布地一枚を隔てた上から舌先で舐め回されて・・喋りながら甘噛みされる刺激は、直接肌に触れていない分その刺激が異常にじれったい

必死に全身で逃れようと試みてはいるものの・・酔って弛緩した身体に力が入るわけもなく

その上、仰け反った足の指にだけ直に智久の足の指先が絡んでくる

身体全体が敏感になっているのに、そこに与えられる刺激はシャツの上を執拗に這い回る智久の濡れた唇と舌先だけ

特に重点的に嘗め回された両胸の突起は、その紅く充血して尖った先を唾液で濡れ光るシャツの下で透けていた

「・・も、や・・だ・・って!ともひさの・・へんた・・いっ!」

既に孝明のジーンズの下もはちきれんばかりに膨張しているというのに・・!

智久はそこに触れようともしないで、服の上からその周辺を食むような、孝明にとって死ぬほどじれったい刺激だけを与えていく

胸の突起に触れていないときも、唾液で濡れたシャツが張り付いていて、服のすれる感覚で微妙な刺激が絶え間なく拷問のように孝明にじれったい快感をもたらしていく

智久は、いつもは恥かしがってあげない嬌声を、酔った孝明があられもなく発するのを楽しむように、ただ無言で服の上から全身を食むように啄ばんでいる

「・・っともひさっ!」

とうとう泣き声になった孝明の呼び声に、智久がようやく顔を上げた

「・・・んー?」

「・・ぅっ・・ぃやだ・・こんな・・の!」

瞳いっぱいに涙を浮かべ、乱れた息も整わないまま・・孝明が訴えるように智久を見上げてくる

その溜まった涙を、あの時のように智久が唇を寄せて吸い上げる

「・・な、思わへん?孝明?あの時も、今も、お互い言いたいこと伝え合わへんかったから、怖かったんや。・・せやから、言うて・・?どうしてほしい?」

「・・ひ・・とりだけ・・は、ぃや・・だ・・」

「・・うん」

頷いた智久が掴んでいた手首を離した

「服・・も、やだ・・・」

「ん・・・」

言われるままに、孝明のシャツに手を掛けた智久に、孝明が腕を伸ばしてくる

「そっち・・の、服も・・や・・だ」

伸びた手が、智久のトレーナーの下に差し入れられ・・その服をたくしあげる

服が脱がせやすいように身体を起こした孝明と智久が、互いの服を一枚ずつ脱がせては放り出しながら・・部屋を移動し、ベッドへともつれ合うように倒れこんだ

まだ冷えたままの寝室の温度は、酔っているとはいえ・・肌寒い

二人して布団の中へすっぽりと入り込んで、全裸になった身体をすり合わせてその肌寒さを忘れていく

智久の唇が、今度は直に孝明の素肌に触れ、その形を確かめるようにゆっくりと全身を食んでいた

孝明もまた、まるで幼い子供が毛布に包まって秘事を楽しんでいるようにクスクス・・と笑いながら智久の身体を食んでいく

「・・ぁ、ん・・ともひ・・さ、熱い・・よ」

絡み合う足の間で、互いの中心がはちきれそうなその熱さと硬さを主張しあう

「ん、どうしてほしい・・・?」

耳元で囁くように問いかけた智久に、孝明がのしかかるようにしてその熱い身体を押し付けた

「っ?たかあ・・・」

「や・・だ、俺・・が、ほしい・・のっ」

全然力の入らない身体全体を使って智久を組み敷いた孝明の手が、智久の中心に絡みつく

「っ!?ちょ・・っ、ぅ・・・っ」

不意に加えられた刺激に、智久が逃げを打って腰を引く・・が、

「・・・だぁーめ、」

舌ったらずな口調で孝明が言ったかと思うと、すでに先走りでヌル付くそれをパックリと口に含んだ

「え・・っ!?」

孝明からの初めてのその行為の中に、かつて追うことが出来なかった自分自身への後悔が透けて見える

今は、もう、

自ら望んで動く事が出来るから

だから、

一番最初の行為は、自分の方からほしいんだ・・・と、孝明の潤んだ視線が、息を呑んで見開かれた智久の視線に訴えていた

ぎこちなく絡む舌先の動きと、自身より熱い孝明の咥内の熱に、堪らず智久がその髪を掴んで引き剥がす

「ん・・・っ、や、とも・・」

抗議の言葉を口にしようとした孝明の唇を塞いだ智久が、反転してそのいつもより熱い体をシーツの波に沈ませる

「・・っあ・・ほ、お前の中でいかせ・・ろっ」

呻くように言った智久の乱れた髪に、孝明が指先を差し入れた

「・・・ん、い・・れて、智久」

ゾクリ・・ッと肌が粟立つほどの艶めいた声音、妖しく潤んだ瞳が智久を誘う

「・・っの!まだ、慣らして・・」

「っなの、いら・・ない、から・・・!」

言い放った孝明が、自ら足を開いて智久の腰を締め付けてくる

髪に差し込んだ指先でゆっくりと智久を引き寄せた孝明が、唇を合わせて深く智久の咥内の侵入し、その先をねだる

かろうじて欲望を押し留めて、与えられた孝明の粘液と滴る先走りで濡れ光っている熱い楔を、許しを得た智久が遠慮なく奥まったその場所へ押し当てた

いつもは固く侵入を拒む入り口が、酒のせいで弛緩した身体と酔って刺激に敏感になった反応で、柔らかくその熱さを迎え入れる

それでも慣らされていない閉ざされたその入り口を、絡まった粘液の助けを借りながらゆっくりと智久が突き入れ、浅く抜き差しを繰り返しながら解していく

「うんっ・・んっ・・」

喘ぐように唇を解いた孝明が、腰を揺らめかせてその動きを受け入れる

智久の解かれた唇が孝明の胸元を這い、その色づいた突起を含んで甘噛みする

「ああっ、ぁん・・っ」

上がった嬌声と供に浮いた腰が、突き上げる動きと重なって智久を奥へと呑み込んだ
弛緩していた孝明の身体が一瞬強張り、ビクッと跳ね返る

「っ、やあっ・・!!」

その声とは裏腹に、孝明の足が智久の腰を逃がすまいとするかのように、絡みつく

「くっ・・!」

まるで引きずり込まれるように奥へと呑み込まれ、更にその先へと締め付けてくる刺激に、智久が唇を噛み締めてその波をやり過ごした

クン・・ッと、孝明の腰が揺らめく

「・・と・・もひさっ、いい、よ、動い・・てっ」

体の中で熱くドクドクと熱く脈打つ智久に反応して、言葉を途切れさせながら、孝明が熱っぽく潤んだ瞳で見上げてそう言った

酒のせい・・・というだけではない
孝明が、自分の意思で智久を誘い、快感を貪欲に求めてくる

身体の中もかかる吐息も、いつもより何倍も熱くて
獲物を捕らえた食虫植物のように、甘い香りと柔らかい蠕動で智久を包み込み、引きずりこんでいく

今更ながらに智久が思う

もう二度と、こいつを手放したり出来はしない・・・と

自分がどんなに弱い部分を曝しても
たとえ・・・どんなに傷つけても

孝明は、逃げずに、受け入れて、捕まえに来てくれる

「あっ、やあっ、ああぁ・・っ」

突き上げるたびに、堪える事を止めた嬌声が高くなっていく
智久を求めた孝明の指先が、その背中に食い込み、爪あとを刻む

捕まえられて
囚われて

幾度となく果てて身体の中から溶け合って、分け合った熱がどちらの物かすら分からなくなる

意識を飛ばしてぐったりとした孝明の身体と繋がったまま、智久がその背中を抱きこんで首筋に散らしたマーキングの一つに、更に朱を鮮やかに刻みながら耳元で囁いた



「・・・一番最初に目が覚めて、感じるモノ全部、俺やから・・な」



新年早々、目覚め一番に酔いの冷めた孝明の、真っ赤になって怒る顔が目に浮かぶ


・・・どっちみち、初詣なんて行く暇ないで・・?


そんな事を智久が心の中で呟きながら、甘い寝息を奏でる恋人が見る初夢の中へ、満ち足りた笑みを浮べて落ちていく







夢の中でも、一番最初の言葉を君に・・・






=終=

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