七夜の星に手を伸ばせ・番外編
最愛のものの名のもとに
「・・・予想通りだ」
「え・・・?」
微かに笑いを含んだその低い声音に、北斗が思わず振り返る
「・・・アル?」
「見ろ。今こっちに向かっている車、あの女とお前の息子だ」
「っえ!?」
迷うことなく一点を見据えた、アイスブルーの瞳
その先に、確かに黒塗りの車らしきものが見て取れる
けれど、その瞳が捕らえている車はまだはるか彼方で・・・北斗の視界には豆粒のようにしか映っていない
「・・・まったく。なんでこの距離で誰が乗っているかまで把握できるんだ・・・?」
あきれたように呟いた北斗が、確認するだけ無駄だ・・・とばかりに肩をそびやかし、背後に立っているアルを仰ぎ見た
そこにある、白いカーフィアから僅かに流れ出た癖のない、ストレートの金色の髪
浅黒いブロンズの光沢を放つ肌と、捕らえられ魅入られる鮮やかなアイスブルーの双眸
その双眸が微妙に細まり、見惚れるような笑みが薄い唇に浮かんだ途端、北斗の心臓がドキリと跳ねる
「・・・なんだ?妬いているのか?お前なら、目を閉じていてもどこに居るか言い当てられるから安心しろ」
「っだ、誰が妬いてるって!?」
跳ねた心臓と共に朱に染まりつつあった顔を誤魔化すように、北斗が声を荒げて言い募る
その北斗の細い腰に腕を回したアルが、無造作にしなやかな身体を引き寄せた
「ちょ・・・っ」
「・・・俺はいつでも妬いているぞ?お前が誰かに笑みを向けるたびに・・・いつも、な」
「な・・・っ!仕事だろう!?」
「お前にとってはそうでも、相手からすればそうじゃない。奴らがお前を視姦する度、そいつらの目を抉り取ってやりたくなる」
「視姦って・・・!まったく・・・頼むからそんな物騒な事考えないでくれ。お前が言うと冗談ですまない気がして心臓に悪い」
「冗談・・・?」
フ・・・ッと鼻で笑ったアルが、その薄い唇を北斗の耳朶に押し当てて言った
「・・・本気だぞ?北斗・・・」
・・・ッゾクリ
北斗の背筋を言い知れぬ感覚が突き抜ける
耳朶に掛かる吐息と触れる唇は火の様に熱いのに、落とされた言葉からは絶対零度の冷たさが注がれる
確かに・・・
この男ならやるだろう
もしも・・・相手が度を越えて、その手を北斗に伸ばそうなどと不埒な考えを持った途端に・・・!
「・・・ッバ・・カ!分かったから、離・・せ・・・!」
拘束するのは腰に回された腕一本なのに、なぜか北斗は言葉とは裏腹に、その腕の中から逃れる事が出来ない
その金色の髪に、鮮やかなアイスブルーの瞳に、触れる体温に、明確な意思を伝えてくるその力強さに・・・
囚われている・・・
そう認めざる得ない感情
言葉で、態度で、あからさまに拘束される事に安堵している自分が・・・そこにいる
「・・・覚悟は出来ているのか?」
耳朶に唇を寄せたまま、アルが北斗を背後からゆるりと抱く
その背に感じる温かな体温に、北斗が吐息と共にその身を預けた
「ああ・・・。いつまでも七星を縛り付けておくわけにはいかない。父親らしい事を何一つしてやれなかった上に、傷つけ、救いの手も差し伸べてやれなかったんだから・・・」
あの時
共に最愛のものを失いながら、北斗は七星から悲しむ感情を、泣ける場所を・・・奪ってしまった
更には身寄りを失った麗、流、昴を養子に向かえ・・・その世話までも七星の役目にしてしまったのだから
「・・・そういう覚悟じゃないんだがな・・・。お前達は本当に似た者親子だ」
「・・・?どういう意味だ?」
「すぐに分かる」
そう言ったアルの体温と拘束していた腕が、スルリ・・と北斗から離れていく
「・・っ!ア・・ル・・?」
「側に居なくても、俺はいつでもお前を見ている・・・」
北斗が振り向いた時には、もうアルの姿は掻き消えていて、反対側からは近付いてくる別の気配・・・
「っ!あ・・・」
その近付いてきた相手を確認した途端、北斗の顔に複雑な表情が浮かぶ
「・・・なによ?そのあからさまに嫌そうな顔は?ごあいさつね」
「・・・美月・・さん」
溜め息と共に北斗がその名を呼ぶ
昔は宙の名前と共に、いつも呼び捨てで呼んでいたその名を
「・・・迷惑だったかしら?人がせっかく貴重な時間をさいて見送りに来て上げたのに」
昔と何一つ変わらない美月のその物言いに、北斗が苦笑を浮かべる
「いえ・・・来てくださって嬉しいですよ。その後、お爺様の体調はいかがですか?」
「おかげさまで。Wホテルの買収成功の話が何よりの薬になったみたいよ?これで昔の借りは帳消し・・・ってとこ?」
「・・・相変わらず意地が悪いですね。そんな気はさらさら・・・」
「意地が悪いのはどっちよ!?」
北斗の声を遮って、美月が北斗を真っ直ぐに見つめ返す
「・・・なによ!今まで私達を避けてたくせに・・!私達が宙の存在を消す事ばかり考えている間に、あなたは・・・宙を生かすことを考えてた。それも私達が到底及びも付かない方法で・・!しかもそれを私が断れない状況だと知ってて・・・こんな大きな話を何の交換条件も無しに持ってくるなんて!」
「それは違いますよ。最終的に華山を「AROS」のパートナーに選んだのはハサン王子です。俺はただ、通訳と付き人の一人をしていただけで・・・」
「それだけじゃないわ!七星を・・・七星が華山を選ぶように仕向けたでしょう!?」
その言葉に、北斗の口元に笑みが浮かぶ
「・・・七星は、華山を選んだんですね。だったらそれは七星の意志ですよ・・・美月さん。七星は、他人の言動に左右されるような子じゃない。あの・・宙の子なんですから」
「・・っ、じゃあ、宙の代わりに七星を返してもらうわ!それでいいのね!?」
「・・・宙の代わりなんて、誰もなれない。それに、七星は誰の代わりでもない。七星は、俺と宙と家族みんなにとってかけがえのない、ただ一人の存在なんです」
静かに艶然と微笑み返す北斗の表情は、お互いを必要とし、認め合った父親としての顔・・・
「・・・・あ・・そ。でも、言っておくけど!「AROS」に浅倉4兄弟は必要よ。もちろん、浅倉北斗、あなたも含めてね!」
ムッとしていた顔つきから、一転、社長としての顔つきに変わった美月が北斗に挑むように言い募る
「っ!?俺も・・・?」
「あなたが提案して私が認めた「AROS」の名前よ。あなたにも育てる義務があるわ!覚悟してなさい、あなたの使える部分は全て利用させてもらうから・・!」
唖然とした表情になった北斗を置いて、美月が「じゃ、またね」と、きびすを返してハサンの居る飛行機の方へと歩いて行った
「・・・・まったく」
ク・・・ッ喉で笑った北斗が突き抜けるような青空を、目を眇めて仰ぎ見る
「変わってないね、宙。美月さんのあの気の強さは・・・。ハサン王子と一歩も引けをとらずに交渉できるはずだ・・・!」
そう・・・ハサン王子が華山を・・美月を「AROS」のパートナーに選んだ理由・・・それは美月の歯に物着せぬ態度と物言い、その、他の者を寄せ付けない強靭な精神力
そして人を惹き付け、魅了する・・・指導者として必要不可欠な、ハサン自身とも共通するカリスマ性・・・だ
ハサンの高飛車で高圧的な態度を物ともせず、その年齢の若さでハサンを見くびったりもしない
人の持つ資質を一目で見抜き、相応で最善の対応を瞬時に展開出来る才能は、美月だからこそ・・・!
「・・・北斗!」
不意に聞こえてきたキーの高い昴の声音
仰いでいた青空から視線を戻すと、麗と昴が駆け寄ってきていた
「あれ・・?流は?」
問いかけた北斗に、麗が意味深な笑みで応える
「ハサン王子の所・・・」
その答えに、北斗が向かい側の飛行機に視線を向けた
「・・・ああ、そうか・・・」
向けた視線を戻したその先で、七星が美月の後姿に一礼を返している
一瞬垣間見えた美月の笑みは、北斗と七星・・・どちらに向けられたものなのか・・・
「・・・とうさん!」
きびすを返した七星が、今まで決して北斗に向けた事がなかった晴れやかな笑みを浮かべて駆け寄ってくる
「・・・な・・なせ・・?」
「この間は食事に行けなくてごめん。その代わり、今度帰ってくるときは家に泊まってよ。皆でご馳走作って待ってるから・・!」
「え・・!?」
北斗が驚いたように目を見開いた
これまで七星の方からそんな風に誘うなんて事、なかった事だ
いつもいつも・・・北斗とはどこか距離を置いて他の皆に気を使っていた
アルとの事があってから・・・何となく北斗自身にも後ろめたい気持ちがあって、そんな風に振舞う七星を、父親として庇ってやる事も出来ないで居たのに
「それ、いい考え!!大賛成!!俺、七星に料理教わって、絶対何か一品北斗に食べさせてあげる!」
「いいね。俺も何か七星に教えてもらうとするかな。マンツーマンでじっくりと・・!」
昴と麗が、そんな風に七星の言った言葉に応えを返す
「じゃぁ、家に帰ったら早速特訓だな!失敗作は各自、自分で責任もって処分してもらうからそのつもりで!」
「・・っげ!まじで!?」
「昴の場合、人間の食べ物になるかどうか疑問だけどな」
「あーーっ!麗!そこまで言うか!」
麗に向かって突進していった昴を、七星がヒョイッとその首に腕を回して引きとめ「麗、言いすぎ・・!」と、クスクス笑いながら仲裁に入っている
そんな3人の様子を唖然と見つめていた北斗が、さっきアルが言った、「覚悟」の意味にようやく気が付いていた
どこか七星に対して持っていた、後ろめたさや罪の意識、父親としての役目を果たせていない事への負い目・・・
今までのそんなしがらみを捨て去って、変わっていく七星のように・・・北斗自身も変わっていけるのか?という「覚悟」に
「・・・父さん」
呼ばれたその声に、北斗がハッと我に返る
「俺、父さんも、父さんのマジックも、母さんも、麗も流も昴も・・・皆大好きだ。何があってもこの気持ちだけは変わらない。今まで言ったことなかったから・・だから、ちゃんと伝えておきたい」
「・・・っ!?」
「だから・・・父さんもちゃんと幸せになって。俺は・・・もう泣ける場所が出来たから」
「あ・・・・」
言われて初めて北斗も気が付いていた
今まで、自分が幸せになれるなど・・・そんな資格などないと思い込んでいた事に
「・・・七星」
「・・・え?」
無造作に伸びた北斗の腕が、七星の身体を抱きしめる
「いつの間に・・・こんなにでかくなったんだ・・・」
抱きしめてみて、初めて自覚する
最後に七星をこうして抱きしめたのが、両腕の中にすっぽりと包めるほどの・・・幼い頃だった事を
今はもう、自分と大して変わらない身長、自分よりもガッシリとした体格・・・
もう
北斗の両腕では包みきれないほどに、成長している
「・・・父さん、華奢だからね。ちゃんと飯食ってる?野菜食べれるようになった?」
「・・・あんなもの、ビタミン剤で充分だ」
「とーさん!そんなんじゃだめだって、いつも言ってるだろ・・・」
「七星!」
「・・なに?」
「・・・可愛くない・・相変わらず小姑みたいだ」
「・・・あのね、誰がそうさせてると・・・」
言いかけた七星の身体を抱く腕に、北斗がギュ・・ッと力を込めた
「・・・お前も幸せになれ、七星。離れてても、いつでもお前の事を考えてるから・・・何があっても、お前は俺の自慢の息子だ」
「・・・うん」
「・・・っよし!」
バシッと七星の背中を思い切りよく叩いて解き放った北斗が、次に麗を、昴を同じように抱きしめて、解き放つ
「・・・じゃ、各自、自分の目標に向かって精進する事!元気でな!」
「うん、父さんも」
「気をつけて・・!」
「元気でね!北斗!!」
搭乗口へのタラップを上がっていく北斗に、七星が「・・・あ!」と思い出したように駆け寄った
「父さん!」
「っ?ん?」
「あの・・・さ、アルに伝えておいて。母さんを守ってくれてありがとう・・・って。あの時、責めたりして悪かったって・・・」
「な・・なせ・・!?」
今まで、ずっと、アルの名前が出ただけで嫌悪感を露わにしていた七星だったのに!
それが・・・礼の言葉ばかりか、謝罪まで!?
「それと!父さん!俺の事でなんかわだかまりがあるんなら、いい加減素直になりなよ!あいつに逆恨みされてとばっちり食うのはごめんだから!」
「なっ・・!?」
「じゃ!」とばかりに七星が言いたいことだけを言い放ち、タラップを駆け下りていく
「・・・ったく!これじゃあ、どっちが親なんだかわかりゃしない!」
一体どこの世界に、子供から「いい加減素直になれ」などと忠告される親が居るというのか!!
フライト時間の迫ったアテンダントに急ぐよう諭されて、機内に乗り込んだ北斗がシートに深々と沈み込んでため息を吐く
「・・・・アル、お前・・・七星に何を言った?」
北斗が呟くと同時に、ス・・・ッと、どこからともなく現れた気配が北斗の座るシートの横に、腰掛けた
「本当の事を言ったまでだが?」
「・・・だから、何を?」
「お前がもう、息子の事で自分自身を押さえる必要はない・・・ということをだ」
「?なんだ?それは?」
言っている意味が分からずに眉根を寄せた北斗に、アルが不敵な笑みを返してくる
「・・・知りたいか?」
「・・・?ああ」
「言い出したのはお前だ。忘れるな・・・」
そう言ったアルの表情は、北斗が聞くんじゃなかった・・!と、後悔せずにはいられない何かを滲ませていた
日本を発ったのが午後2時過ぎ・・・
ラスベガスとの時差は約17時間あって、到着した時刻は、朝の7時だった
公演依頼のあったホテルにチェックインしたものの・・・夜の公演までに時差ぼけを何とかしておかなければ、辛い
体内時計は夜中だと・・身体は訴えているのだが、部屋の中は眩しいほどの朝日で満たされていて、カーテンを閉めても薄暗くしかならない
その明るさのもと眠るのは、正直きつかった
「ハァ・・・参ったな。こればっかりは慣れるってことができない」
ベッドに腰掛けてうなだれた北斗の足元に、フワリと白い影が落ちてきた
「・・っ?」
見上げた視線の先に、カーフィアを取り去ったアルが立っていた
その、見事なまでに輝く何の戒めもない金色の髪に、北斗がしばし茫然と見惚れる
薄暗いとはいえ、こんな明るい光に満たされた中で、その伸びやかな金色の髪を間近に見るというのは、滅多にないことだ
いつもはカーフィアを目深に被っていて見えないか、きっちりひとまとめに括られているかどちらかなのだから
「・・・・脱げ」
「は!?」
唐突に言い渡された命令口調に、思わず北斗が目を瞬く
「どうせ眠れないだろう?だったら眠れるように協力してやる」
「・・っな!?冗談!ただ寝るんなら薬の方が手っ取り早い!」
「・・・普段から薬に身体を慣らしてる奴に、効く薬などあるのか?」
「う・・・っ」
確かに、どんな状態で一服盛られても大丈夫なように、北斗は普段から薬に身体を慣らしている
多少の睡眠薬など、何の役にもたたないほどに
「それに、知りたいと言ったのもお前だ・・・」
「え・・・?」
乱暴に肩を捕まれて、そのままベッドの上に押し倒された北斗が目を見張る
覆いかぶさるようにして北斗を見下ろすアルのアイスブルーの瞳に、滅多に見ない獣じみた雰囲気が滲んでいた
「ちょ・・・っなんなんだ・・・!?」
「なんだ・・だと?」
アルの身体を押し戻そうとした北斗の両手首を、ひとまとめにして頭上で押さえ込み、片手で器用に北斗の服を剥きながら、アルが非難めいた口調でいい募る
「日本に居る間、ずっと意図的に俺との接触を絶って、無視し続けたのは誰だ?俺がどれだけ我慢していたと思う!?」
「・・・っ!!そ、それは・・・!仕方ないだろう!お前は今回ハサン王子と七星、両方のボディーガード役だったんだ。俺なんかに構ってる暇・・・」
「・・・ほう?あの美月とか言う女に会ってから、確かにお前の態度が変わったと思うのは、気のせいか?」
「っ!!」
一瞬、北斗の抵抗する動きが、ビクッと止まる
その北斗を睨みつけながら、アルが着ていた長袖長衣を脱ぎ捨てた
「俺とのことが疎ましくなりでもしたか?あれ以来、お前は俺をまともに見もしない」
「バ・・ッ!ちが・・・っ」
あっという間に北斗の服を剥ぎ取ったアルが、北斗の首筋に噛み付くように貪りつく
「っ痛・・・・」
「じゃあ、何であの女に会った夜、俺を避けた?」
「ん・・・っ誤・・解だ!あの・・晩は、殴られて・・・顔が腫れてた・・・から・・・っ」
「な・・・!?どういうことだ!?」
思わず顔を上げたアルが、真上から艶めいた北斗の漆黒の瞳を凝視する
「・・・あの晩、美月さんにお前との事を話したんだ。そうしたら・・・有無を言わさず一発、顔にクリーンヒットされて・・・」
「・・・あの・・女!!」
アルの双眸に、瞬時に殺意にも似た炎が揺らぐ
「そら見ろ!あの時お前に会っていたりしたら、お前は美月さんを殺しかねん!だから避けたんだ・・!」
「確かにな。・・・で?あの女、その後も特に態度は変わらなかったように見えたが?」
「渾身の一撃で、もう気は済んだんだそうだ。ましてや、相手が女じゃなく男だったから・・・許してやってもいいと。女だったら絶対に許していないと・・・。昔からそうなんだ・・・あの人は・・・」
「・・・・なお更よく分からんな。なら、なぜ俺を避け続けた?」
「あ・・あたりまえだ!知られてて、その上で・・・あからさまになんて、できるわけがないだろう!」
「・・・・気に入らん。それだけじゃないだろう?俺の事を宙の身代わりだとでも言われたんじゃないのか?」
「っ・・・・・」
言い返せない北斗の表情が、それを無言で認めている
「・・・バカバカしい」
吐き捨てるように言ったアルが、頭上に押し付けた二の腕の内側に唇を這わせて、その普段秘された白い素肌に紅い印を刻み込む
「・・・っつ・・ぁ・・・っ」
そこから下へと辿ったアルの手の平が、脇腹から腰へ・・・体のラインを確かめるように滑り降り、再び撫で上げるようにそのラインを辿る
その手の動きに合わせるかのように降りてきた唇が、首筋を辿り耳朶を食んだ
「・・・・んっ」
「・・・宙の代わりなど必要ない。お前の中の宙はお前だけのものだ。そうだろう?」
耳朶を食みながら注がれた言葉に、北斗がかろうじて頷き返す
もどかしく撫でまわる熱い手の平、触れ合う体温、耳朶を食む感触・・・
ただそれだけの行為に、北斗の体温と呼吸が加速度的に上がっていく
我慢していたのは、アルだけではない・・と体が正直に訴えてくる
日本に居ると、どうしても宙との思い出が頭をよぎっていった
その度に
アルに抱きしめてもらいたい・・・と
あの温かな体温に触れ、溶け合いたい・・・と
そう思ってしまう自分が居た
それはやはり、アルを宙の身代わりとして受け入れているからなのか・・・と、アルに対する罪悪感が湧き上がってきてしまう
本当は
美月に、アルは身代わりだなどと言われてはいない
そう思っていたのは北斗のほう
美月にカミングアウトしたのも、本当は、ボロボロになるまで罵詈雑言で傷つけられたかったから
宙の代わりに美月になじられ、責められたかったから
そして、それを美月に見透かされた
『私を姉さんの代わりにしないでちょうだい・・!』・・と
したたかに一発殴られて、目が覚めた気がした
宙の代わりなど誰もなれないのだと
宙はもう、居ないのだと
はっきりと分かってしまったからこそ、アルの事がまともに見れなくなっていた
自分は・・・アルをどう思っているのか・・・と
身代わりとしてしか見ていないのだろうか・・・と
「・・・っは・・・あっ」
体のラインを辿っていた悪戯な指先に、ギュッと胸の突起を摘み上げられて思わず腰が浮く
不意に腕の戒めが解かれたたと思うと、その浮いた腰の間に腕が入れられ、双丘を撫で回される
割れ目に沿ってゆっくりと火傷の痕を撫で上げられて、北斗が息を詰めた
「・・ん・・・く・・・っ」
「北斗・・・お前が求めているのは宙じゃない」
「え・・・?っあ・・」
不意に下腹部に伸びたアルの手が、緩やかに勃ち上がり掛けていた物を握りこむ
いつもよりも性急に指をスライドさせ、追い上げていく
「ア・・ルッ!や・・・めっ・・・」
たちまち滲み出た体液が、アルの手の動きを滑らかにして聞こえる粘着質の擦れる音が、一層身体を煽っていく
抱き慣れている身体の反応に対して、アルは恐ろしいほどに巧みにそれを把握している
「・・・あ・・・っ・・・く・・・っ」
滴り始めた体液を指先ですくい上げられ、先端の敏感な部分を掠めていく
「はぅ・・・ッ」
そのまますくい上げた指先が、しなる茎に沿って後ろへと入り込んでいく
「あ・・・・」
濡れた指先が、秘された周囲をくすぐるかのようにゆっくりと撫で上げた
「お前が求めているものは・・なんだ?」
掠れた低い声音を注ぎ込みながら、アルが北斗のきつく閉じられた瞼に啄ばむようなキスを落とす
「・・はっ・・・な・・に・・・・・っ」
「お前は、いつも目を閉じているな・・。それでは自分が何を求めているか見えないぞ」
「・・・っ!」
閉じた瞼越しにも分かる・・・薄明かり
もっと暗い場所でなら目を開けてもいい・・・と思えたのに
「目を開けろ・・北斗」
応えられないまま、ギュッとまぶたを閉じている北斗の腕を取ったアルが、力任せにその身体を引っ張り上げた
「う、わ・・・っああっ」
起き上がらされた反動で思わず見開いた瞳
後をまさぐっていた濡れた指先が、反動そのままに体の内部へ呑み込まれる
「あ・・・っく・・・ぅっ」
久しぶりに感じるその違和感に、北斗の背筋が小さく痙攣する
堪らず閉じようとした瞳を、それを許すまいとするアルが、互いの鼻先が触れ合うほど顔を近づけ、北斗の瞳を真っ直ぐに見つめて問いかけてくる
「・・・お前が求めているものはなんだ?北斗?」
「な・・・にを・・・言って・・・・、ああっ」
いきなり突き入れられた2本目の指
少しでも圧迫感を和らげようと、片膝を折り曲げて腰を浮かす
けれどそれは、かえってアルの指の動きも助長させた
動かしやすくなった2本の指が、容赦なく内部をまさぐり掻き乱す
「ぅくっ・・・・あ・・っ・・・くぅ・・・っ」
アルの額に自分の額をこすりつけ、その肩を掴んだ北斗の指先が、ギリギリ・・と食い込んでいく
見開いたまま閉じる事を許されない潤んだ漆黒の瞳が、鮮やかなアイスブルーの瞳を懇願するように見つめ返す
「ア・・ルッも・・・やめ・・・・」
「やめてもいいのか・・・?」
問い返してきたアイスブルーの瞳が一瞬、細まる
次の瞬間、無秩序にまさぐっていた指先が、意志を持って一点を突き上げた
「アアッ!!」
一番感じるポイントを容赦なく突き上げられて、放置されていた屹立から新たな滴がポタポタと湧き出して、入れられた指の根元へと滴り落ちていく
「さあ、どうしてほしい・・・?」
「・・っな!?・・・くっ・・あ・・・ぁあ・・・っ」
繰り返されるポイントを微妙にずらした突き上げ
ダラダラと体液を流し続けるものも放置され、どこにもいけない苦しさで呼吸もままならない
「くぅ・・・ッアル・・っ」
「・・・っ、なんだ?」
涙で霞む瞳いっぱいに、北斗の壮絶な色気が滲む
その誘惑に抗って、自分を押し留めているアルの精神力も賞賛に値すると言っていい
「な・・んで、こん・・・な・・・・っ」
「お前が素直にならないからだ。七星も泣ける場所を得ただろう?もう七星を理由に後ろめたさを感じる必要も何もない。お前自身が何を求めているのか、言ってみろ。そうすれば楽にしてやる」
「な・・ん・・・・くっ・・あ、あっ・・・っ」
内部を掻き乱す指先が不意になくなったかと思うと、今度は屹立をゆるゆると扱き立て、イク一歩手前で放置する
その快感の波をやり過ごす間に、胸の突起を摘まれて爪先で弾かれる
そうかと思えば再び後に突き入れられた指先が、ポイントを刺激する
何度も何度も絶頂に行く寸前で絶妙に寸止めされ、北斗がぐったりとアルの金色の髪の中へ顔を埋める
「・・・・ア・・ル・・・・っ・・・・い・・・」
耳元で途切れ途切れに囁く北斗の声音
「・・・・聞こえない。はっきり言え、北斗」
「・・・っこの!・・ルが・・・ほし・・い・・!アル・・・が、ほしい・・っ」
叫んだ途端、アルが北斗の身体を組み敷いて、涙であふれたその瞳を覗き込む
「お前が欲しいのは宙の代わりか?」
「ち・・・がう・・っ」
「じゃあ、誰だ?」
問いかけるアルのアイスブルーの瞳もかすかに揺れている
瞳を閉じていたら、暗い場所だったら、決して見えなかっただろう・・・その期待と不安が滲む色合い
フワ・・・と北斗の両腕がアルの金色の髪に差し入れられる
「・・・アル、お前だ・・・他の誰の代わりでもない、お前が・・・ほしい・・・」
「・・・ようやく、聞けたな」
言い終わるかどうか・・・という間に両足を担ぎ上げられて浮いた腰に、求めて、望んで、ほしかったものが、体の内部を鋭利に穿つ
「はうっ、あ、ぅ、く・・・・っんっ・・・」
呼吸もままならないほど激しく突き上げられて、北斗の視界が霞む
今までに感じた事のない、強烈な悦楽
自ら望んで素直に受け入れる行為は、それまでのものと比べ物にならない
「あっ・・・はっ、あ、んっ・・・アル・・ッ」
伸ばされた北斗の腕が、アルの顔を引き寄せてその首筋に絡みつく
その動きと共にアルの手が北斗自身を扱き上げ、一層深く北斗の中へ突き上げた
「はあっ・・・ぁ・・・・っ・・・っ」
あがった嬌声はアルの唇に吸い上げられ、北斗を見つめていたアイスブルーの瞳が、陶然と細められていた
「・・・・ん」
意識を飛ばしたまま、眠りについていた北斗が目を覚ました時、既に時刻は公演時間を過ぎていた
「っ!?え!?」
跳ね起きようとした身体が軋んで、再びベッドの上に突っ伏する
「くぅ・・・・・・っ」
「・・・無理をするな」
「な・・っ!?アル!?なんで起こさなかった!?」
ベッドの端に腰掛けたアルが、フ・・ッと意味深に笑う
「今夜の公演は中止になったからな・・・起こす必要もないだろう?」
「中止?!バカな!ありえない!」
「本当だ。ショーで使うメイン電力がショートして、明日の朝まで修理に掛かるからな」
「・・・・・・アル」
「なんだ?」
「・・・・・・・何だってそんな事をする?」
「何の話だ?」
「・・・・・・・信じられん、何だって俺はこんな危ない奴を・・・」
「・・・危ない奴がなんだって?」
ベッドのスプリングがギシッと軋む
「・・っ!?おい・・ちょ・・・!?」
突っ伏していた北斗の背中に覆いかぶさったアルが、その耳朶に唇を寄せる
「・・・今度は、俺が、お前をほしいんだ」
注がれた言葉に見開かれた北斗の漆黒の瞳が、幸せそうにゆっくりと細められていった
終わり