飼い犬
ACT 19
「俺・・・ずっと、いつ死んでもいいや・・て、そう、思ってました」
視線を合わせた祐介さんの真剣な眼差しが、俺の言葉の先を待っている
まだ、10代のガキで
全然、語れるような言葉も経験もない
きっと、祐介さんみたいな人からすれば、俺なんてその辺に転がった小石と一緒
踏みつけられて、転がされて・・・その存在にすら気付いてなんてもらえない
でも
この人は
そんな風な存在のままで居ることを
そこから抜け出そうとも思わないことを
見つめるだけで、それでいいのか?って問いかけて
そんなふうにしか思っていない自分に、気付かせてくれる
・・・・・そんな人
だから
とても素直に、ありのままの自分を、曝け出せる
俺は、先の言葉を継ぐ前に手の平を広げ、暖かな木洩れ日の陰影をその中に握りこんだ
「・・・でも、今、こうしてお日様の暖かさや、気持ちいい風、すごく柔らかくて鮮やかな色の緑、土の匂い・・・こうして感じられる事が、すごく、嬉しいんです。
今まで生きてて、初めて、生きてて良かった・・・って、そう思える
田島に捕まって、ボロボロになって、何度も死にたいって思った
ほんとは、もう、会いたいとか、声が聞きたいとか・・・そんな事、言えるような立場じゃないのに
もう、二度と、顔なんて見れない・・・そう、思ってるのに
目の前に浮かぶのは、その顔で
聞こえるのは、あの声で
頭のどこかで幻だって分かってて、幻聴だって分かってて、それでも、その夢から覚めるのが怖くて、逃げ出せなかった
凄く、悔しくて、悲しくて、情けなくて・・・でも、俺をこんな風にした奴らが何食わぬ顔で生きてるんだって思ったら、どうしても許せなくて
絶対、あいつらのせいで死にたくなんてなかったし、あいつら全員、殺してやる・・・殺してからでなきゃ死ぬもんか・・・ってそう思った
それに・・・」
俺は、その先の言葉を言うために、言葉を切った
その言葉を、この人を前にして言っていいのか分からない
それでも、今の俺には、その言葉以外、何もない
「・・・それに?」
俺の迷いを見透かしたように、祐介さんがゆったりと笑い・・・『言ってごらん』と、視線で訴える
なぜだか、涙が出そうになる
どうしてみっちゃん先生が、俺と同じ目にあってもこの人を選んだのか・・・分かる気がする
多分
今の俺と同じ気持ち・・・だっただろうから
「・・・・ごめん・・なさい。俺、真柴に・・・会いたい。
もう、こんな事言える資格なんてない事ぐらい分かってます。
でも、俺、今、生きてるから・・・生きてることが嬉しいって思えるから、だから
・・・せめて、真柴の言葉で、殺されたい」
それが
今、俺の中にある言葉の全て
声が、震えてた
目の前がぼやけてて、でも何でぼやけてるのかすら分からなくて
祐介さんの指先が頬に触れ、流れ落ちる涙の跡を拭い去られるまで、自分が泣いているってことに気がつかなかった
「・・・・私も光紀に、同じことを言ったよ」
「え・・・?」
目を見開いた視線の先で、祐介さんがとても静かな優しい目で、遠くを見つめていた
「私も、あの頃は無鉄砲で切れやすくてね。光紀が拉致られたと分かった瞬間、飛び出していた。
ただ闇雲に拉致った先の組の事務所の殴りこんだって、光紀の居場所が分かるわけもないのにね・・・。
考えのない行動が、逆に相手の怒りを買って光紀を最悪の状況にまで追いやってしまっていた。
ようやく居場所を突き止めてのり込んで・・・結果、光紀を助け出す事は出来たものの、私自身も手ひどい傷を負って意識不明の重傷に陥ってね。
気がついたら、情けないことに助けたはずの光紀に看病されていた。
ずい分、なじられたよ・・・クスリ漬けにされて死に掛けて、文句の一つも言ってやろうと思っていたのに、これじゃあそんな文句も言えやしない・・!ってね。
だから、光紀が望むなら、殺せと言った。
光紀になら殺されても良いと思ったし
殺されても文句のつけようがない苦しみを、私は光紀に味あわせてしまったからね
私も・・・怖かったよ。意識不明で2ヵ月後にようやく意識が戻って、光紀が無事だと知って、会うことが。
もう二度と、顔なんて見れないと思っていた。
許してはもらえないだろう・・・ともね」
「・・・う・・そ、ゆう・・すけさんも・・・?」
俺は信じられなくて目を見張った
そんな俺に、祐介さんが優しく笑み返す
え・・・?
だって、
それって、
じゃあ?
真柴も・・・俺と同じ気持ちで居るってこと?
だから
だから?
ここに、真柴が居ない・・・?
でも、その時祐介さんはケガをしてて・・・
え・・じゃ、まさか
「・・っ、まさか、真柴もどこかケガして・・・!?」
慌てて言い募った俺を、祐介さんが笑い飛ばす
「あはは・・、光紀が一緒だったのに、そんなわけがない。涼介は無事だよ、ピンピンしてる。
だけど、まあ、今回は、二人してかなり派手にやってくれたからねぇ・・・さすがに私も庇いきれなかった。
仕方がないから、頭にのぼった血を冷ますのと、少し灸をすえるのも兼ねて、一年ほど堀の中へ放り込んでやったんだ」
「へ・・・!?堀の・・・中?」
・・・・・・・・え?それって、まさか・・・!?
「そう、刑務所の中。堅気になりたいって言うのなら、自分がやったことに対してキチンと堅気らしく刑に服さないとね。ま、お情けで優秀な弁護士はつけてやった。
相手も叩けばいくらでも埃は出る連中だし、涼介には自首させて、正当防衛も認められた。
大人しく模範囚していれば、一年といわずに出てこれる」
あまりにもあっけらかんと
陽気に笑いを含んだ声で祐介さんが言う
あんまり普通の事のように告げられて、俺は、どう、リアクションを返していいのか分からなくて
ただ、唖然として祐介さんを見つめ返していた
「・・・・ところで、光紀の背中の刺青、見たんだろう?どう思った?」
不意に祐介さんが話題を変え、そう聞いてきた
もう、結構いい歳なはずなのに
胡坐をかいた足の上に肘をつき、俺の顔をニコニコとどこか楽しげに覗きこんでくる様子は、とてもヤクザの組長には見えなくて・・・まるで子供みたいに見える
「え!?あ・・・もの凄く、綺麗・・・でした」
それが刺青に対する誉め言葉になるかどうかは分からないけど、本当に、あの刺青は、活き活きとして、綺麗だった
「あれがどんな鳥だか、知っている?」
「あ・・はい。たしか、鳳凰・・ですよね?」
「そう・・・鳳凰は雄と雌、対で描かれる物なんだ。そして死ぬときは自らをその炎で焼き、その灰の中から再び生まれかわる。永遠に・・・
光紀の背中にあるのが雌で、私の背中にあるのが雄。
あれは私と光紀とで交わした約束の証なんだ」
「祐介さんの背中にも!?それに、交わした約束・・・って?」
あの鳳凰と対を成す鳥が、祐介さんの広い背中一面に棲んでいる!?
それは・・・きっともの凄く綺麗で、きっと、凄く、優美だろうと思った
「光紀になら、殺されても構わない。そういう約束だ」
「っ!?」
驚いた俺を横目に、祐介さんが誇らしげに笑う
みっちゃん先生が『俺は祐介さんの飼い犬だよ』って言った、あの時の笑みと同じ笑みで
なんとなく
どうして今、そんな話を祐介さんが俺にしたのか・・・分かった気がした
『放し飼いのね』そう言ったみっちゃん先生の言葉どおり、祐介さんもみっちゃん先生も、ずっと側に居るわけじゃない
祐介さんは結婚もして、真柴って言う息子が居て
そしてみっちゃん先生は、真柴の調教をして、祐介さんの意思を無視して、一緒に無茶もする
首輪なんてなくても、繋がなくても、側に居なくても
みっちゃん先生は、ずっと、祐介さんの一番近い所に居る
どんなに離れていても、
二人は、一緒に居るんだ
だったら・・・!
今なら、自分が何をするべきなのか、はっきり、言える
「・・・俺、勝手に繋がれてた鎖を切って、迷子になって、他の奴に飼われたりもしたけど、でも、飼い主が誰なのか、忘れたわけじゃない。
今はまだ、迷ったままで、きっと、凄く、遠い所に居るけど、俺、どんなに時間かかっても飼い主の元に帰りたい。
今度は・・・俺が真柴を追いかけたい。
ちゃんと、言えなかったことを言えるだけの人間になって。
ちゃんと、真柴と並んで歩けるように」
もう、
声は震えてなんていなかった
涙も、とっくに乾いている
「・・・・一年後を楽しみにしているよ」
祐介さんが笑って
そう、言ってくれた