飼い犬・番外編






遅れてきたハロウィン(ラッキー視点・ファンタジー)







こんにちは、覚えてますか?
僕は潤也さんトコの飼い犬のラッキーです。

今夜は潤也さんも、僕の天敵の涼介も居ません。

なんでも今夜はハロウィンとか言うお祭りの日だそうで、二人してどこかの仮装パーティーに行く・・とか言って出て行きました。

おかげで僕は、今夜は一人ぼっちです。

昼間は二人とも学校という所に行っているので、いつも僕は一人でお留守番です。
だから一人ぼっちにも慣れっこです。

でも。

よく考えてみたら、こんな風に夜中に一人ぼっち・・・なんて、初めてです。
二人で旅行とかお出かけした事は今までも何度かありましたが、そういう時は必ずみっちゃん先生の動物病院に預けられていました。

預けられなかった・・・ということは、遅くなっても二人は帰ってくるという事かな?
そんな風に思って、潤也さんが開けて行ってくれたベランダに出て、珍しく綺麗に見える星空をぼんやりと眺めていました。

多分、もう、日付は変わっている頃で、ハロウィンとか言う日も終わったはず。
もう少ししたら二人とも帰ってくるかな?と、期待して寂しさを紛らわせていました。

そうしたら。

空にあった星の一つが!
僕の方へ向かって落っこちてきました!!

小さな小さな、星の欠片みたいにキラキラ輝く、小さな・・・人!
ベランダのウッドデッキの上に寝そべっていた僕の目の前に、不思議な服を着た小さな光る人がフワフワ・・ポテン。という感じに!

ポテン・・・とウッドデッキの上でうつ伏せ状態になったまま動かないその小さな人を、大丈夫?という意味合いを兼ねて鼻先でツン・・と突っついてみました。

すると、『う・・・』という小さな呻き声と供にその小さな人が顔を上げたので、良かった!生きてる!と、ホッと安堵のため息が漏れました。


「・・・・っ、お、お菓子くれなきゃ、いたずらしちゃうぞ・・・!」


僕と目があった途端、その小さな人が僕に向かってそう言い放ちました。

思わず僕は目を見張ってしまいました。

だって、その小さな人は確かに人間としてはひどく小さかったけれど、僕からしたらちゃんとした人間しか見えなくて。
その人間が言った言葉の意味が理解できるなんて!これはいったいどういうわけだ!?とビックリしたのです。

潤也さんたちの言葉なら、言葉そのものの意味は分からなくても、表情とか仕草とか雰囲気でなんとなく理解できます。
でも、こんな風に犬語じゃない、どう聞いても人間語なのに犬語と変わらず意味が分かるなんて!信じられませんでした。


「あ、あの、君って?何で言葉が?」


そう犬語のまま聞いたら、『え?』という感じに見上げられ、


「ああ!しまった!人間じゃないじゃん!ど、どうしよう・・もうハロウィンの日付も変わっちゃって最後のチャンスだったのに・・・!って!あ、ごめんなさい。はじめまして。僕、いたずら妖精の卵のポロコックルです。妖精なので、どんな動物の言葉でも通じるんです」


そう言って、その妖精がペコンと頭を下げてきます。
僕も慌てて伏せの状態で身を正し、ペコンと小さく頭を下げました。


「こちらこそはじめまして。僕、この家の飼い犬でラッキーって言います。で、あの、差し出がましいようですが、最後のチャンスって?」

「僕、いたずら妖精の卵の中でも落ちこぼれで・・・なかなか人間にいたずら仕掛けられなくて。だから代わりにお菓子もらってこれたら、落第だけはさせないでやるって、そう、先生に言われてて・・・。ああ、でももうだめだ!ハロウィンも終わっちゃった!」


そう言ってシュン・・・と項垂れてしまった小さな光る人の姿があんまりにも可哀相で、放ってなんか置けなくなりました。


「あの・・・そのいたずら、僕じゃだめなんですか?お菓子とか人間の食べ物には絶対手を出しちゃだめだって、潤也さんに言いつけられてるから上げられないし・・・」

「ありがとう。でも、犬じゃ多分だめだと・・・」


言いかけた妖精が、ハッとした様に僕を見つめ返してきました。


「あ、あの!ラッキーさんは飼い主さんがいらっしゃるんですよね!?あの、もしも、お許し頂けるなら・・あなたに魔法をかけてその飼い主さんをビックリさせるって言ういたずらなら、掛けられるんですけど!?」

「え?潤也さんをビックリさせるいたずら?」

「はい。例えば・・・あなたをほんの少しの間だけ人間の姿にしたりだとか、そんな感じの・・・」

「ええ!?で、出来るんですか!?そんな事!?」


妖精の言葉を遮って、僕は今にも噛み付かんばかりの勢いで迫ってしまいました。

だって、僕が人間になれるって言うんですよ!?

一度でいいから、潤也さんと同じ人間になってみたい!
これは叶わないと知りながらも、願わずにはいられない夢なんですから!


「ハイ、今なら多分大丈夫です。ハロウィンの時期が一番いたずら妖精の力が強まる時だし。ただ、僕は落ちこぼれなので、完璧な魔法は無理じゃないかと・・・それに魔法が効いてる時間も・・・」

「い、いいです!一瞬でも人間になれるんなら!是非、その魔法、僕に掛けてください!!」

「ほんとですか!?うわ、良かった!これで落第しなくて済みます!じゃ、いきますよ?この魔法はあなたが次に飼い主さんに会った時に発動します。効いてる時間は・・・僕にもよく分かりません。せぇの・・っ!」


可愛らしい掛け声と供に、妖精がどこからともなく取り出した星の形の小さなバトンを振り上げると同時に、そこから溢れてきたキラキラとした小さな星が僕の全身を包み込んで・・・。

覚えているのはそこまでで、それから急速に眠くなった僕は、どうやら部屋の中に戻って、ベッドの上で眠ってしまったようでした。








「ただいまー!ラッキー?ラッキー、どこ?」


パタパタ・・と、いつもの潤也さんの足音が近付いてきて、僕が寝ている寝室の部屋のドアが開く音がしました。

ああ、涼介が一緒のはずだから、早く起きないと涼介にベッドから降りろ!と叩き出されてしまう!

そう心の中では焦っているのに、なぜだか身体が重くて起き上がれません。
いったいどうしたんだろう?そう思っているうちに潤也さんが僕の所に近付いてきて、頭をソッと撫で付けてくれました。


「ラッキー、またここで寝てたんだ。ったく!涼介は急患の犬の手術の手伝いでみっちゃん先生のトコに行っちゃって居ないから良かったようなものの・・居たら、また一騒動になってるとこだぞ?」


笑いながらそう言った潤也さんの言葉に、良かった・・涼介は居ないのか、と安堵した途端、身体が急に軽くなりました。

パチッ!と勢いよく目を開けたら、目の前に居た潤也さんは、いつもの潤也さんとは少しばかり様子が違っていて、ビックリしてしまいました。

潤也さんは、ほんの少し女の人がする様な化粧をして、最近テレビなんかでたまに見かけるメイドさん・・・というんでしたっけ?
フリフリのレースが付いた、可愛らしい女の子の服装だったんです!

それがまた・・・!もの凄くお似合いです!!

ビックリして・・というよりも、そのあまりにも可愛らしくお似合いになったそのお姿に見惚れていたら、


「あ・・・、そっか、急患だって言うんで急に帰ることになって、この格好のまま涼介の車で送ってもらってきたからなぁ。ビックリさせちゃった?ごめん、すぐ着替えてお風呂入って化粧も落としてくるから!」


そう言って、すぐに立ち上がろうとしました。
潤也さんの言葉なら、だいたいの意味は分かります。
だからその時も、着ているその服を脱ぐ気なんだと、すぐにピンときました。


ええ!?もう脱いじゃうんですか!?


思わずそう思って、僕は潤也さんに飛びついてしまいました。
だって、本当によくお似合いだったんです!
おまけに抱きついたら、いつもと違うなんだかいい匂いまでします。
きっとこれは化粧とかいうモノのせいなんでしょう。

いつもの潤也さんの匂いも良い匂いで大好きなんですが、今日のこの匂いはまた格別です。
ホンワリと甘〜い感じの匂いがして、本当に食べてしまいたいくらいです。


「わっ!ちょっとラッキー、ダメだよ!この服レンタルのだから汚すとやばいんだって!ラッキー!!・・・って?えっ?ええ!?」


抱きつかれて下敷きにされてもがいていたはずの潤也さんが、急に驚いたような声を上げて大人しくなり、僕を目を見開いて凝視しています。


え?何事ですか・・・?


僕の方も驚いて、潤也さんを組み敷いたまま動きを止めて・・・不意に目の前に落ちかかってきた、サラリ・・・とした感触に目を見張りました。

それは、どう見ても人間で言う所の、髪の毛、で。
僕の毛並みと同じ、シルバーグレイです。

ハッと目を転じて潤也さんの肩に置いていた前足を見てみたら!

なんと!!

前足だったはずのモノが、5本の指のある、人間の手へと変わっているではありませんか!


「・・・えっ!?」


驚いて声を上げたら、その声に、またビックリしました。
だって、その声は、犬の鳴き声じゃありません!!
人間の言葉と人間の声、だったのですから!!

しばらく茫然として固まっていたら、組み敷いている潤也さんの方が先に声をかけてきました。


「・・・ひょっとしなくても、ラッキー・・・だよね?」

「・・・そう・・みたいです。さっき、妖精に人間になれる魔法を掛けられたんですけど、夢じゃなかったみたいです」

「ふーーん妖精ねぇ・・・。でも、まあ、目の前で変身されちゃあ・・信じられなくても信じなきゃしょうがないよねぇ。それにさ、首輪付いてるし、耳とシッポもそのままだよ?」

「え!?」


クスクス・・・と可笑しそうに笑いながら潤也さんに言われて、ようやく僕は潤也さんの肩から手をどけて、自分の耳とシッポの存在を確認してみました。

本当です!

あのコロポックルとか言ういたずら妖精は、確か落ちこぼれだと言っていました。
きっとこの中途半端に犬なのは、あの妖精の力不足のせいなのでしょう。


「でも凄いや!ラッキー、ちゃんと人間の言葉喋ってる!ほんとに人間みたいだよ!おまけに凄く、かっこいい!ラッキーって子供だと思ってたけど、人間にしたらもう高校生くらいの年齢なんだね!」

「そう・・なんですか?」


言われても、自分で自分の姿は見ることが出来ません。
首を傾げていたら『あ、そっか!自分じゃ見えないもんね!』と言った潤也さんがヨイショと起き上がって『ラッキー、重いよ。そこ、どいて?』と言うので、僕は慌てて潤也さんの上から降りました。

立ってみると、最初は少しぐらつきましたが、ちゃんと後足が真っ直ぐに伸びた人間の足になっていて、シッポが残っていたおかげで慣れない不安定さも調節できます。


「あー・・・・えっと、と、とりあえず、これ着よう!裸のまんまはちょっとやっぱ・・ね?」


ほんのりと頬を染めて僕から視線を外した潤也さんが、ベッドサイドにかけてあった涼介用のバスローブを僕に手渡しました。

そうです。
犬の時は毛皮があったのですが、今はそれがありません。
つまり、人間で言う所の裸の状態。

ハッと足の付け根を見てみたら・・・そこはちゃんと人間仕様に変わっていて、時々見かける涼介のモノと比べても遜色ない程度のモノが付いていました。

涼介が裸でウロウロしている時も、潤也さんは顔を真っ赤にして『早く何か着ろ!』と言い募っています。
犬の僕からしてみたら、人間が服を着ている意味が分からなくていつも首を傾げていたのですが、潤也さんが嫌がるのなら仕方ありません。

涼介の匂いが付いたものなんて、ホントは着たくなんかありません。
でも、潤也さんの物では僕にはサイズが小さすぎるみたいなので、仕方なくそのバスローブを着ました。

着てみるとサイズがぴったりで、人間になった時の僕と涼介は体格的にほとんど変わらないんだと言うことが判明しました。

と、いうことは。

いま、もし、ここに涼介が居たとしても、僕はひょっとしたら涼介に勝てるかもしれない・・!ということ!
いつもは僕より少し大きい涼介に負けてばかりです。
でも、同じ人間になって、しかも体格的に変わらないのであれば、ひょっとして!

ああ、どうしてこんな時に限って涼介が居ないのでしょう!?
そんな事を考えていたら、不意に純也さんに手を引かれました。


「ほら、ラッキーこっち来て!鏡見てみなよ!!」


ベッド脇においてあるクローゼットに付いていた等身大の鏡の前に僕を引っ張っていった潤也さんが、僕をその鏡の前に立たせます。


「ね?どう?ラッキーって、実は美犬だったんだね!凄くかっこいいよ?」


そんな誉め言葉と供に鏡を覗き込んでみて、僕もビックリしました。
シルバーグレイのサラサラの髪に、シルバーグレイの瞳。
足も手も、いつも見ている涼介のそれと全然見劣りしなくて、ちょうどいいバランス加減。
顔立ちも、時々テレビなんかで見かける顔なんかと比べて遜色ありません。

潤也さんが『かっこいい』というのですから、これが人間で言う所のかっこいい・・という顔になるのでしょう。

凄いです。

髪の間から生えてる耳と足の間から見え隠れしているシッポさえなければ、どこから見ても完璧な人間。

あのいたずら妖精の魔法は本物だったのです!
こんな凄いことが出来る妖精と出会えるなんて、僕はなんてラッキーなんでしょう!
なんだか名前のおかげでこんな奇跡に出会えたような気さえします。

この名前をつけてくださった潤也さんにお礼を言わなくては!

そう思って振り返ったら、潤也さんがあの、もの凄くお似合いのメイド服を脱ごうと背中のファスナーに手を伸ばしている所でした。


「・・・あ!ラッキー、ごめん、これ外してくれないかな?手が届かなくて外せないんだ」


そう言って、潤也さんが背中越しに僕を上目遣いに見上げてきます。


「・・・それ、ほんとに脱いじゃうんですか?」

「うん、だって、変だろ?こんなメイド服なんてさ!さっきだって無理やり涼介に着せられたんだからね!全く、頭くるよ、これ着ないんだったら裸で居ろなんてさ、着る以外どうしょうもないだろ?横暴なんだから・・・!」


ああ、なんていうことでしょう。
この時ばかりはこの服を選んで潤也さんに無理やり着せた涼介を、誉めてやりたい気分でした。

そんな風にブツブツ・・と頬を染めながらも文句を言う潤也さんの表情がまた・・・!

この人は気がついていないんでしょうか?
こんなに、こんなに、可愛いのに・・・!

でも、ご主人様である潤也さんの命令を聞かないわけには行きません。
僕は仕方なく潤也さんに言われるままに、背中のファスナーを下に下ろしました。

露わになった潤也さんの背中をこんなに間近に見るのは初めてで・・・!
そのあまりの綺麗さに、しばし見惚れてしまっていました。


「ラッキー?どしたの?もういいよ、ありがと」

「あ、はい。でも、あの・・・その服、凄くよく似合ってます。潤也さん、凄く可愛いです。それに背中も凄く綺麗です」


思い切ってそう言ったら、潤也さんが肩越しに目を丸くして僕を見つめ返してきて・・・次の瞬間、急に顔が真っ赤になりました。


「・・・な、なに言ってんだよ!?ラッキーッたら、冗談まで言えるなんて凄い・・・っ!?」


『冗談』その言葉を聞いた途端、僕は衝動的に潤也さんを背中越しに力いっぱい抱きしめてしまっていました。
潤也さんはかなり驚いたみたいで、固まってしまって動けなくなってるみたいでした。

僕は冗談なんて言ってません。

本当にそう思ったから、そう言ったのです。
それなのにそんな風に言われるのは、僕が犬だから?
でも僕は今、人間なのに・・・!

そんな思いが一気に湧き上がってきて、その衝動を抑える事が出来なかったのです。

おまけに、抱きしめてみて初めて知った、潤也さんの華奢な身体。

犬だったときは圧し掛かるのが精一杯で、抱き締めるなんて行為したくたって出来なかったから、それは凄く新鮮で、凄く、刺激的でした。

僕の胸の中にすっぽりと納まってしまう、ちょうどいいサイズ。
僕より、頭一つ分小さな身体。

犬だった時は、どうしても人間である潤也さんは大きく見えていました。
こんな風に抱きしめるなんてこと、絶対無理だとあきらめていました。
それはきっと、犬と人間と・・・その違いを、その隔たりを、本能的に感じていたせいかもしれません。

でも、今は、僕は人間だから。


「・・・潤也さん」


潤也さんの耳元に唇を寄せてその名前を囁き、その柔かな耳朶を口に含んでみました。


「あ・・・っ、」


ビクンッと潤也さんの肩が揺れ、息を詰めた感じが伝わってきます。

いつもは邪魔な牙があって、こんな風に潤也さんの身体の一部を口に含むなんてこと、出来ません。
なんて柔らかくて温かで、舌触りが良いのでしょう。

そのまま唇をゆっくりと移動させて、首筋からうなじ、あの、見惚れるほど綺麗だった背中へと・・・いつものように舌で舐め上げながら、唇で、歯で、いつもは決して出来ないその素肌を食む感触を味わってしまいました。


「・・・んっ、や・・だ、ちょ・・っ、ラッ・・キ・・・!」


舐め上げて、唇で食む度、潤也さんの身体に震えが走ります。
犬の時には決してなかったこの震えは、一体なんなんでしょうか?

でも、その度に潤也さんの体温が上がっていって、あの、甘くて美味しそうな匂いが一層強まってきます。

僕はこの時、本当に今、自分が犬でなくて良かった・・・!と思わずにはいられませんでした。
なぜって、今、もしも僕が犬で、この口に牙があったなら、間違いなくこの美味しそうな匂いの誘惑に負けて、潤也さんを食い千切っていたと確信できるから。

今だって、その誘惑に勝てずに、潤也さんのほかの部分も人間の口で味わってみたくて、つい、脱げ掛けていた服をズリ下ろして上半身を裸にしてしまっていたのですから。

でも。

服を肩からズリ下ろした途端、


「っ!?や・・・、ラッキーッ!!ダメ!!」


不意にそう叫んで、それまで身体を強張らせて固まっていた潤也さんが、ズリ落ちた服を必死で引きずり上げました。

僕はその一言でハッと目が覚めたように、慌てて潤也さんの身体を解放しました。


「や、だ・・・、ラッキー、今のは、ダメ・・だよ。ラッキーは、人間じゃないんだ、犬なんだから・・・!」


震える声でそう言った潤也さんの言葉に、僕は一気に、目が覚めた気がしました。


そうです。
僕は犬なんです。
いくら魔法で人間になってるっていたって、ずっと人間でいられるはずがありません。

あの妖精だって言ってました。
『魔法が効いてる時間は僕にもよく分からない』と・・・。

つまり、もうじき、この魔法は消えるんです。
僕は、元通り、犬になる。


「・・・ごめん・・なさい。そんなつもりじゃなかったんです。僕は、ただ・・・」


一度でいいからあんな風に、あなたを抱きしめてみたかったんです。


言えなかったその言葉を呑み込んで、僕はその場でうずくまって耳を垂れ、シッポを丸めて丸まってしまいました。


悲しい。
こんな悲しい事があるでしょうか。

僕は犬なんです。
どうやったって、潤也さんと同じ人間にはなれない。
涼介のように、潤也さんを恋人みたいに抱く事は出来ないんです。

僕は潤也さんの飼い犬で、潤也さんは僕の飼い主。

分かっていたはずなのに。
飼い犬は、決して恋人なんかになれないのに。


悲しくて悔しくて、膝の中に顔を埋めて涙を堪えていたら、ふわり・・と何かが垂れていた耳に触れました。


「・・・え?」


顔を上げたら、目の前に潤也さんの顔があって、ビックリしました。


「ふふ・・この耳、ふわふわしてて凄く可愛いね。このシッポも」


そう言って、今度はシッポを手に取った潤也さんが僕の目の前でそのシッポに顔を寄せ、ほお擦りを始めたのです。


「あ・・あの、潤也さん・・・?」

「さっきは、ごめん。俺もちょっとビックリしちゃって。だってラッキー、ほんとにかっこいいんだもん。思わず流されそうになっちゃった。あ!このことは涼介には絶対内緒だよ?
知られたら、僕もラッキーも殺されかねないからね?」


そう言って微笑んでくれる潤也さんは、きっと僕が傷ついた事に気が付いてくださったんだと思います。

だから、こんな風に。


ああ、僕はなんてバカだったんでしょう。

潤也さんがどんなに涼介の事が好きで、涼介も潤也さんをどれだけ好きか。
一番二人の近くに居る僕が、誰より一番よく知っているのに。
そんな二人の側に居られる事こそが、僕の一番の幸せなのだと、知っていたのに。


ああ、でも。

そんな風にシッポを触られると・・・ちょっと、困った事になってるみたいなんです・・・潤也さん。

一応限界までは我慢しました。
それだけは理解してください。


「・・・あの、潤也さん」

「ん?なに?」

「え・・と、ちょっと、教えていただきたい事があるんですが」

「うん?なに?」

「あの・・・なんか、シッポに触られてたら、だんだん下半身が疼いてきちゃってて・・・でも、どうしたら良いか分からないんで、その・・・潤也さん、どうしたらいいんでしょうか?」

「えっ!?」


慌ててシッポを手放した潤也さんが、パカッとばかりに僕の膝を割って中を覗きこんできます。

人間のそれがどういう条件でそんな風になるのかはよく分かりませんが、微妙に人間と犬とが混ざり合ってるせいでしょうか?

シッポに触れる感覚が、そのままダイレクトに股の間に付いてるアノ部分に伝わってくるみたいで。

潤也さんがほお擦りしてるうちに、そこの部分が異常に大きくなって、固くなってしまったのです。


「・・う・・そ。これ、俺がシッポ触ってたから?」

「はい・・そう、みたいです」

「ひょっとして・・繋がってるんだ、シッポとここの感覚器官・・・!」


『うわ!どうしよう!』と焦った声を上げた潤也さんでしたが、不意に僕の手を引いて立ち上がりました。


「しょうがない!飼い犬の下の世話をみるのも飼い主の仕事!って、昔涼介が言ってた。おいで、ラッキー!」


そう言い放った潤也さんにグイグイと手を引かれるまま、お風呂場まで連れて行かれてしまいました。


「さっきお風呂は入ろうと思ってたから、お湯溜まってる。ラッキー、先に入ってて」


そう言った潤也さんが、僕のバスローブを剥ぎ取って、お風呂場の中に押し込めてしまいました。

僕はもう、どうして良いか分からずに、でも仕方なく先にお風呂の中には入って待つことにしました。

いつもはペット用のお風呂で、こっちの人間用に入るのは初めてです。
思っていた以上に深くて広くて、涼介並の身長の僕でも、ゆったりと入る事が出来ました。

犬の時には常にうつ伏せな状態だったのに、人間になると仰向け状態でお風呂に入る事になります。
なんだか凄く不思議な気分でしたが、シッポがちょっと邪魔だな・・と思うくらいで、これはこれで結構良い感じです。

そんな事を思っていたら、潤也さんが中に入って来ました。
メイド服は脱いでしまったらしく、代わりに自分用のバスローブを着ています。


「さて・・と。ラッキー、外に出て。身体洗ってあげるから」

「え?身体・・ですか?」

「うん、そう。俺も昔涼介にやられたから、要領は分かってるつもり。ほら、早く!」


昔?涼介に?要領?


なんだか訳が分かりませんでしたが、そこはご主人様の言いつけです。
僕は素直に従いました。

僕をイスに座らせた潤也さんは、まず頭から洗ってくださいました。
いつもはペット用のシャンプーで全身を泡だらけにして擦られて終わり・・・なんですが、人間は全身一緒に洗うわけではないようです。

下を向かされ、丁寧に髪を洗ってくださるその感じは凄く気持ちが良くて、その上、潤也さんは耳を洗うのが楽しいらしく、何度も耳をピコピコと引っ張られたり撫で付けられたり・・・散々弄りまくってから、ようやくシャンプーを洗い流してくれました。

僕にとってもその感覚はとても気持ちが良くて、なんだか更に股の間のモノの成長を促進してしまった気がします。

次にボディシャンプーを手に取った潤也さんが、まず背中から僕の身体を洗い始めます。
洗うのは素手で、これはいつもと変わりありません。

でも。

なんて言ったら良いのでしょうか・・・。

どうやら人間の器官にはシッポ以外にもアノ部分を成長させる部分があるようで。
脇腹とか、腰の辺りとか、胸にある、ぷっくりと一体何のために付いているんだか分からない二つの小さな突起部分・・・ここが一番、ダイレクトにあそこの成長に一役買いました。


「・・・っあ、じゅ・・んやさん、ちょっと・・そこ・・はっ!」


あまりの気持ちよさに腰が砕けて、思わず膝を付いて犬の時みたいに四つん這いになってしまいました。


「あ、やっぱここって感じるんだね。俺もここ弄られると弱いんだよね。分かってて涼介の奴、いつまでも弄ってくるんだからさ、ほんと、性格悪いよね?」


朗らかに笑いながらそう言う潤也さんも、似たもの同士だと、僕は心の中で叫んでいました。
さっきから、あそこからなんだかポタポタ・・・とお湯じゃない何か温かいものが湧き出てきていて・・・僕はもう、苦しくてたまりません。

早くなんとかして欲しいのに、潤也さんはなんだか僕が上げる声と身悶える様子を楽しんでいる気配がして、ちっとも何とかしてくれないのです。


「あ・・・、た・・すけて・・下さい、潤也さ・・ん!僕、もう・・・っ!」


涙目になって訴えると、さすがに良心が咎めたのか・・・『ごめん、虐めすぎちゃったね?』と言って、ようやく触れて欲しかった、アノ部分に指を添えて、触れて下さいました。

絡められた潤也さんの華奢な指先が、まるで蛇みたいに固くそそり立ったそこに絡み付いてきます。


「あ・・ぁ・・、や・・・っ、で・・る!潤也さん、何かが・・・っ」

「うん、それで良いの。出して、全部」


そう、耳元で囁かれて、僕はようやく苦しかったモノから解放されました。
ドクドク・・・と何か熱い奔流のようなものが、固かったアノ部分から勢いよく流れ出ていきます。

それにあわせるように潤也さんの指先がその部分を扱いて下さって・・・僕はそのあまりの気持ちの良さに脱力し、風呂場の床の上でぐったりとしてしまいました。


「・・・凄いね、シッポもヘたれちゃってる。やっぱり繋がってるんだ。面白いなぁ」


まるで珍しいオモチャを見つけてはしゃぐ子供のように、潤也さんは嬉々とした顔つきで、僕のシッポをまた撫で付けてきます。


「う・・・っ、だ、ダメですってば!潤也さん・・・!!」


再びピクンッ!と反応しかけたアノ部分に、僕は必死で潤也さんからシッポをもぎ取って胸に抱き抱えて死守しました。


「あはは、ごめん。だってさ、そのシッポ、ほんとにふわふわで気持ちよくって触りごこちサイコーなんだもん!」

「い、犬の時にはいくら触っても良いです、でも、人間の時は止めて下さい!!」

「ゴメンゴメン、もうしないから」


そう言って無邪気に笑う潤也さんが、本気で悪魔に見えました。
ほんとにこの人は、僕が涼介と潤也さんの交合シーンを見ていることを知っってるんだか、知らないんだか。

ホントは僕だって、あんな風に固く熱くなってしまったらどうすれば一番手っ取り早いか、動物の本能で知ってます。

でも、まさか、潤也さん相手に・・・飼い主でありご主人様相手にそんな行為できるはずがないから、だから、どうにかしてくださいと頼んだのに・・・!

涼介と変わらないくらい、潤也さんも実はイジワルなんだということに、僕はようやく気が付きました。

でも。

僕の身体を丁寧にタオルで拭いてくださったり、髪の毛やシッポもキチンと乾かしてくださったり・・・とても優しい一面もお持ちです。

まあ、シッポや耳を乾かしている時は、多少・・・遊ばれている気がしないではなかったですが。

ま、その遊ばれた分は後でしっかり補わさせてもらいました。

いつもは涼介と一緒に寝ているあのベッドに潤也さんと一緒に寝てもらったのです。

犬じゃない、人間になった僕と。


「多分、もうじき犬に戻ってしまうから、それまで、潤也さんを抱いて眠って良いですか?」


意を決してお願いしたら、


「・・・さっきみたいな事は、やっちゃダメ。それが約束できるなら」


そう言って、素直に僕に抱かれて下さいました。


胸の中に抱き込んだ潤也さんは、やっぱり凄く良い匂いがして・・・僕をとても幸せな気持ちにしてくれます。

そのうちにだんだんと身体が重くなってきて・・・あの、人間に変わる前になったような状態が再びやってきました。


ああ、多分、これで魔法は解けるんです。
僕はもう、元の、ただの犬に戻ります。


だから。
きっと最後だから。


僕は重くなる身体を叱咤して、潤也さんの顔を覗き込みました。


最後に、キス・・して良いですか?


もう、声を出す事は叶わなくて、視線だけで訴えてみました。
視線をしっかりと合わせた潤也さんが、ちょっと顔を赤らめつつも笑ってくださったので、僕は最後の力を振り絞って、潤也さんの唇に、自分の唇を合わせました。

一瞬だけ触れ合った、柔らかくて温かい、その感触を最後に、僕の身体と意識は闇の中へと落ちていきました。



凄く。

凄く、幸せで。

凄く、温かな、ステキな思い出と供に。














「こーーのーーー、クソ犬!!また潤也と一緒に寝やがって!」


そんな怒声で目を覚ました僕は、いつものごとく振り下ろされた涼介の拳を寸前で飛び起きてかわしました。


「この!でかい図体してるくせに生意気な・・・!」

「グルルルル・・・・・ッ!」


再び仕掛けようとしてきた涼介を、僕はサッとかわして背後に回り、後ろから思い切り涼介の身体に向かって体当たりしました。

突き飛ばされた涼介の身体が、溜まらずベッドの上に倒れこみます。

そう。
ちょうど潤也さんの寝ている、すぐ隣に。


「ん・・?あ、お帰り、涼介」


その振動で目覚めた潤也さんが、嬉しそうに笑ってそう言います。


「あ、悪い、起こしたか?じゃ、昨夜の続き、やっていい?」

「へ?」

「だってほら、俺、まだメイド服を脱がす・・・っていうシチュエーション楽しんでないから♪メイド服、どこ?」

「はぃ〜〜!?」


まだちょっとだけ、魔法の効果が残っていたみたいで。
この時の二人の会話の意味が、理解できました。

飼い犬は飼い主に似るって言いますが。
それは昨夜、僕が既にやったシチュエーションです。

涼介と一緒なんて!
ちょっとだけ、ブルーになりました。


いそいそ・・と潤也さんのパジャマを脱がしに入った涼介の背中を一睨みして、僕はドアへと向かいました。

すると。


「ラッキー、昨夜は凄く楽しかったよ!また、シッポ触らせてね!」


そんな潤也さんの声が聞こえてきました。

思わず振り返ると、涼介が『ナンノコトだ?』といった疑惑の面持ちで僕をねめつけていて、潤也さんはニッコリと笑いかけてくださいます。


「ワンッ!」


僕は一声で返事を返し、ドアを出て行きました。

閉めたドアの向こうからは。



「潤也、お前、あのクソ犬と昨夜何してた!?」

「え?やだな、いつもと一緒だよ。一緒にお風呂に入って、一緒に寝てただけ」

「じゃあ、シッポがどうのってのは、なんだ!?」

「ふふ・・・秘密」

「ほう・・・?」

「・・・って、え?や、やだな、ちょ・・まって、りょうす・・・・っ」



もうそれ以上は聞く気にもなれません。


なんていうんでしょうか?こういうの?


平凡かもしれませんが。




幸せな日常・・っていうのはこういうことなのかな?なんて思いました。




でも、たまには特別な日があったって良いと思うんです。

だから・・出来れば、もう一度。



『妖精さん、僕にいたずらしに来て下さい』



今度のクリスマスには、そんな願いをサンタさんに願ってみようと思っています。




お気に召しましたら、パチッとお願い致します。




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