ターンオーバー
ACT 2
ばれないように、巧妙に、隠し続けてきたおかげで誰にも知られていないが、高城海斗は同性に対してしか興味がもてないタイプの人間だった
思春期を迎えた中学頃には既にその性癖を自覚して、以来、ずっとそれを隠し続けている
家族や友人達の目を誤魔化すため、数人の女とも付き合いはしたが・・・寝たことなど一度もない
そんな高城が初めて男と寝たのは、ハーバード大学留学中だった
自分を知る者が一人として居ない環境
日本より何倍も開放的な自由恋愛
後腐れのない、一夜限りの相手を探すのに苦労しない場所
決して特定の相手は作らなかったが、ある程度の経験は積んだ
その時、時期を同じくして留学していた秋月真哉(あきづきしんや)と知り合い、同じ性癖の持ち主では初めての友人・・・を得た
以来、幾度となくその秋月に口説かれつつも・・・その誘いを高城は無視し続けている
自分の身近に居る人間・・・自分の素性を知る人間とは、決して寝ない
その確固たる線引きが、今まで高城の性癖が周囲に知られることなく済んでいた最も大きな理由だ
そして、秋月という男もまた、そんな高城に一途に惚れこんでいて、高城がその気になるのを待っている・・・という、稀に見る男気のある男だった
その高城が、初めて、惚れた相手
それが、織田 樹
基から恋愛感情というものが希薄な高城は、一目ぼれ・・・だなどというものを微塵も信じていなかった
ところが
科捜研に入り、初めて現場という所に行った・・・その日
織田 樹に出会った
誰よりも精力的に動き回り、ただのお飾りのキャリアなんかじゃない、本物の、誰よりも刑事らしい刑事
現場で鑑識物を採取していた高城に声をかけ、間近に見つめてきた・・・その印象的な灰色の瞳に、高城は生まれて初めて、何かに心を奪われる・・・という感覚を知った
それ以来
高城は、ずっと織田に対する感情を隠し続けている
織田は普通にノーマルな人間で
そんな織田に思いを告げる気など、高城にはサラサラなかった
ただ
織田がどんな女と付き合おうとも
誰かと・・・結婚しようとも
織田の側に居られれば、それだけで良い・・・はずだった
そんな高城が
織田から離れよう・・・!
そう思い至ったのには、それだけの理由があったのだ
「なんだ?何が不満なんだ?高城?」
ガコン・・・ッと吐き出された缶コーヒーを、織田がほらよ・・・とばかりに休憩所の椅子にムッとした表情で沈み込んでいる高城に放り投げた
投げられた缶コーヒーを眼前で受け取った高城が、上目遣いで織田を睨み返している
ついさっき、二人揃って警視総監にICPOへの出向を正式に通達され、受諾させられた・・・ばかりだ
・・・・・・何が不満なんだ、だと!?冗談じゃないぞ!
と、高城が呑気に向かい側の椅子に座り、缶コーヒーを飲んでいる織田に対して、心の中で憤まんやるかたない怒声を上げる
思わずノドモトまで出かけたその言葉を、何とか高城が飲み下し、どうしても聞いておかねばならない事柄を問いかけた
「・・・・・お前、ナオをどうする気だ?」
「・・・ん?ああ、ナオか。職場が一緒っていうのはこういう時に便利だな、『帰ってくるのを待ってる』ってさ。ついでに、『兄さんをよろしく』とも言われたぞ」
「っ、あの・・バカ・・・!」
一瞬目を見開いた高城が、更に深く椅子に沈みこむ
ナオとは、高城の実の妹・高城直子のことだ
織田と同じく本庁の捜査第一課に勤務し、織田の部下であり、恋人・・・でもある
高城とは5つ違いで刑事になって2年目
女だてらに合気道と剣道の有段者で、捜査一課の中でも織田に続いてトップを行く検挙率
その上、顔立ちは双子と見まごうばかりに兄の高城と瓜二つ・・・
ただ違うのは
ふわふわの猫毛で亜麻色の髪色をした高城とは対照的に、ナオはクセのないストレートで、艶やかな濡れ羽のような黒髪をしている
捜査第一課に配属されてきたナオを初めて見た日、織田は『・・・・いつから女装が趣味になったんだ、高城!?』と、真顔で問いかけ、ナオに爆笑された
それをきっかけに、兄である高城の話題で親しく話をするようになり・・・いつの間にやら周囲も認める恋人同士・・・になっていったのだ
「・・・で?その不満顔の理由をお聞かせ願いたいんだが?」
深く椅子に沈みこんだ高城のほうへ身を乗り出した織田が、その顔を間近に覗き込んでくる
・・・・・・っ、お前の、その、無神経さだ!
もう一度心の中で悪態をつき、高城が織田の顔を突き放す
「冗談も大概にしろ!お前も、ナオも!もうじき婚約しようか・・・って言うこの時期に、なんだって・・・!」
そうなのだ
高城が織田から離れよう・・・と決意した理由
それが、妹のナオと織田が付き合い始めたことだった
織田が誰と付き合おうと、誰と結婚しようと、側に居られればそれでいい・・・はずだった
が、それが妹となると話は別だ
一生、織田と付き合わざる得なくなる
織田に対する秘めた想いを抱えたまま・・・
可愛い妹の幸せを見守る兄・・・を演じ続けなければならない
5つ年下の妹が生まれた時から、共働きで忙しかった両親に代わり、その面倒を高城が一身に請け負ってきた
妹・・・というより自分の子供・・・という感覚の方が近い
だから父親よりも口うるさく、妹が付き合う男に口を出してきた
高城とそっくりなその容貌は、なまじその辺のアイドルよりも可愛いので、黙っていても男が寄ってくる
そんな輩を、高城はその怜悧な美貌と明晰な頭脳を駆使して蹴散らしてきた
自分が手塩にかけて育てた妹を、その辺の有象無象な男なんぞにくれてなどやるものか!と豪語して
そのナオが、選んだ男
それが高城が唯一惚れた男・・・織田だったのだから、その巡り合わせを恨むしかない
織田ならば
きっと、誰よりもナオを幸せにしてくれる
そう確信できる相手に、付き合うことを反対する理由など、高城にあるはずがなかった
「ああ、その話か・・・延期ってことになるな」
突き放された織田が、その勢いのままに再び向かいの椅子に身を沈めて、事も無げにそう言った
「延期・・・って!お前、今回の出向は・・・!」
「ストップ!」
言いかけた高城を、織田が鋭い一瞥と供に黙らせる
「その話がしたいなら、ここを出てからにしろ、高城」
「っ、」
クソ・・・ッ!とばかりに舌打した高城が、だったら話の出来る場所へ連れて行け!とばかりに織田を睨み返した