ターンオーバー
ACT 4
「・・・で、その九曜会が”エフ”に手を出そうとして、その製造元である製薬会社とコンタクトを取りたがっている・・・としたら?」
「な・・に?」
「その上で信者である俺が、極秘の潜入捜査でその会社に潜り込むとしたら?」
「お・・い、ちょ、待て!」
ガタンッ!とスツールから立ち上がった高城がカウンターの上に両手を付いて、織田に迫る
「・・・なんだ?」
「なんだ?じゃない!まさか、お前、ダブルスパイ役でも演じるつもりなんじゃ!?」
「・・・お前は説明の手間が省けるから早くていい」
「っ、ふざけるな!」
思わず織田のコートの襟を掴んだ高城が、声を荒げて言い募る
「下手したら警察をクビになるどころじゃすまないんだぞ!?麻薬密売の犯罪者にでもなるつもりか!?」
「高城!」
不意に
織田が襟を掴み上げていた高城の手を掴んで引き剥がし、グイッとその腕ごと高城の身体を引き寄せた
「だから、お前の協力が要る。あっちに行けば俺の味方はお前一人しか居ない。警察の内部情報が筒抜けな以上、九曜会を潰そうと思ったら、国内からの摘発じゃ無理なんだ。
やつらがこれから作ろうとしている麻薬密輸ルートの基礎を俺が全て作り上げれば、それが動かぬ証拠になる。
それ以外、摘発の可能性はない!」
間近に注がれる低い声音
掴まれた力強い指先、伝わる体温
請い、願う、その曇りの一点もない鋭く熱いまなざし
「お・・・だ・・・っ」
高城の身体に震えが走る
この男は一度決めた事を決して曲げない
唯我独尊、有言実行、傍若無人、大胆不敵・・・!
そんな言葉が代名詞のような、そんな男
その男が、『お前の協力が要る』と言う
そのうえ、『味方はお前一人しか居ない』・・・とまで
その言葉を、どうして、拒める?
たった一人、心奪われた・・その相手の願いを
「・・・っふざけるな、誰がお前を犯罪者なんかにするか!俺のたった一人の大事な妹をくれてやる男だぞ?ナオを悲しませるような事、この俺が絶対に許さない」
「高城・・・!」
「分かったらその手を離せ!このばか力!痣になっちまう!」
「あ・・、すまん」
知らず力がこもっていた高城の腕を掴んだ自分の手を、織田がハッとした様に手放した
「・・・ったく!相変わらずだな、その強引さ!っていうか、俺が出向を希望しなかったら、お前どうする気だったんだ!?」
「・・・断ってたさ。当然」
「は・・・?」
「この話を聞いたのは、お前の出向が決定してからだ。お前でなけりゃ、こんな危険な潜入捜査なんて受けるか」
「なん・・・!?」
「そういうわけだから、半分はお前の責任だ。しっかりサポートして俺を助けろよ?高城?」
ニヤリ・・・と、その男臭い精悍な顔に無邪気な笑みを浮かべた織田に、高城はそれ以上継ぐ言葉を失った
「・・・っ、くそ!!」
ガツッ!と言う鈍い音を立てて、高城が飲み干したグラスを分厚い一枚板のカウンターに叩きつける
「・・・高城さん、今日はもうそれくらいにされた方が」
「うるさい!もう一杯!」
ズイッと目の前に突き出されたグラスを、カウンターの中に居た、オールバック風に長めの髪を後ろ手で一くくりにきっちりと縛ったバーテンの男が、もぎ取った
「・・・それ以上飲んだら家まで一人で帰れなくなりますよ?」
「じゃあ、米良が送れ。ついでに米良となら寝てもいいぞ?」
「光栄なお申し出ですが、ご辞退させていただきます。秋月さんに殺されかねませんから」
「うそつけ!秋月じゃなくてハル君に、だろ!」
酔いも手伝って、高城がいつになく声を荒げて言い募る
その背後から、不意に聞きなれた声が落とされた
「おーおー、荒れてるねぇ。何があったか知らないが、酔い潰れてくれるなら願ったりだな。いくらでも飲め、海斗。俺が送ってやる」
「っ、秋月・・ッ!」
カウンターに腰掛けたまま振り返った高城の横に秋月真哉(あきづきしんや)が座りながら、声を潜めてその耳元に囁きかけた
「お前な、ハル君を刺激すんな。店に入った瞬間感じた殺気で鳥肌たったぞ」
聞きながら、高城がチラッと店の奥側で給仕している『ハル君』と呼ばれた若いウェイターを盗み見る
艶やかな黒髪を軽く後に流したその横顔は、未成熟な少年の危うさを感じさせるシャープな線で縁取られ、薄く色づいた唇にはふっくらとした幼さが感じられた
そのすっきりと整った横顔が、一瞬、高城の方へ向き直り、空恐ろしいまでの殺気を含んだ眼差しを注ぐ
だが、次の瞬間
たった一瞬の一睨みで高城の背筋を凍りつかせたその瞳から殺気が掻き消え、いつものどこか幼さが残る穏やかな笑みを浮べて客に応対を始めた
「・・・酔いがいっぺんに醒めたよ」
凍りついた背筋をほぐすように軽く肩を上下させながら言った高城が、米良に『だから飲ませろ』と言わんばかりの視線を投げる
「懲りない人ですね、高城さんも」
「・・・ふん、相思相愛の奴の言うことなんか、」
「なんだ、やっぱ織田か!」
「っ、」
高城の言葉を遮って秋月があきれたように言い募リ、言葉に詰まった高城がグ・・ッと一枚板のカウンターの上で拳を握り締めた
米良が差し出した酒でのどを潤した秋月が、高城の方へ向き直って頬杖をつく
「ナオちゃんと婚約するから、あきらめるんじゃなかったのか?」
「・・・婚約は延期だそうだ」
「は?」
「おまけに・・・っ!」
「おまけに?なんだ?」
言葉を切った高城に、秋月がその先を催促するも・・その先の言葉は他言無用の極秘捜査に触れる内容になってしまう
高城が唇を噛み締めてその先の言葉を飲み込んだ
どこで誰がどこかに繋がっていて、情報が漏れるとも限らないのだ
実際、織田がICPOへ出向することは公にされていない
織田が潜入捜査で渡英するのを知っているのは、警察上層部のほんの一握り
つまり、織田が自身で言ったように、高城が織田と同じく出向してそのフォローに付かない限り、味方は一人も居ないのと同じ
何しろ織田が潜入する捜査方法は、麻薬の密輸ルート作り・・という犯罪以外の何物でもない
誰かがその内容を把握しフォローしていなければ、何かあった時、捨て駒として切り捨てられ完璧な犯罪者になってしまうのだ
「・・・っ、秋月、さっき送るって言ったな?」
「え?あ、ああ、言ったけど・・・」
「じゃあ、送れ!俺は今日、酔い潰れる!」
「は!?おいおい・・・いいのかよ?送るんなら行き先は俺のベッドの中だぞ?」
苦笑を浮かべ、いつもの冗談と受け取った秋月が、いつものように軽口で返してくる
今まで高城は酔うことはあっても、酔い潰れたことなど一度もない
ましてや、秋月に送らせた事も
「ああ、別にいいぞ」
返って来た高城の返事に秋月の顔から笑みが消え、目を見開いて高城を見つめた