求める君の星の名は・プロローグ

赤銅色の月の下












「浅倉、夏休みの予定は?」

明日から夏休み・・・という、高2の一学期最後の日

しばらく使われなくなる準備室の掃除をしながら、舵が七星に問いかける

「・・・・レポート」

「・・・・は?」

意外な七星の答えに、舵の手がとまった

「レポート・・・?何の?」

望遠鏡の手入れをしつつレンズを頭上にかざし、七星が汚れの落ち具合を確かめるように目を眇めて言った

「華山グループ傘下企業の改善点と、「AROS」新規事業提案」

舵が思わず目を見張る

そうなのだ

七星は華山グループの正式な後継者として、「AROS」に関わる事を決めた

その日以来、社長でもあり、叔母でもある華山 美月から学業以外に経営帝王学ともいうべき、その手腕をじかに手ほどきを受けるようになっていたのだ

「夏休み中ずっと?」

「何日かは父さんの公演見学も兼ねて、海外に行くとは思うけど」

望遠鏡を丁寧に掃除する手を休めもせず、七星の言葉は素っ気無い

「・・・・・・・・・・・それだけ?」

「・・・・え?」

不意に暗くなった手元に、七星が怪訝そうに顔を上げる

椅子に座って作業をしていた七星を囲い込むように背もたれに手をかけ、思いがけなく近くにあった舵の顔に、七星が驚いたように目を見張った

「な・・・っ」

「・・・・・俺は?」

「は?」

「浅倉の夏の予定の中に、俺は居ないの?」

「っ、」

一瞬、七星が唇を噛み・・・視線を落とす

「・・・・あんただって、補習授業とか帰省とか・・いろいろある・・だろ・・?」

「・・・・夏休み中、会ってもくれないのかな?40日間、ずっと・・・?」

「・・・・補習授業を除けば20日だろ」

夏休みの前半10日間と後半10日間、午前中に補習授業がある

補習授業という名目ではあるが、実質は普通の授業同様に進むので欠席するものは皆無に近い代物だ

「そういう会い方でいいの?浅倉は?残りの20日間も会わないまま?」

「・・・・・・・・・俺は・・・べ・・つに」

その言葉に、舵が肩を落とす

「そっか・・・。じゃ、他の誰かを誘おうかな・・・」

舵の意味深な言葉に「え!?」と、七星の顔が跳ね上がる

舵は既に身体を反転させ、七星に背中を見せつけたまま言葉を続ける

「9月の文化祭・・・夏休み中にある皆既月食の観察パネル展示にしようかと思ってたんだけど・・・」

『ガタンッ』

思わず七星が座っていた椅子から立ち上がり、腰に当てられていた舵の腕を掴む

「・・っ、いつ!?」

「いつ?誰か・・じゃなく?」

振り返った舵の問いに、七星が言葉を失う

「・・・浅倉にとっては、俺が誰と行こうが気にならないって事?」

「っ、そ・・れは・・・だって・・・」

だって、もしも七星が行けない日であったとしたら

舵が誰を誘おうと、七星が口出す権利などない

そう思った言葉を、口に出す事が出来なくて七星が口ごもる

他の誰かとなど行かないでほしい・・・

そんな風に素直に言えたら・・・どんなにか

初めて舵の腕の中で眠った日から、身体を重ねたのはまだほんの数回・・・

週末に屋上で天体観測をしてから一緒に帰ってはいたのだが、まだ夕食時に家を空けるという感覚と

あからさまに泊まる事など考えられなくて、夜中に一人で家に帰る・・・という感覚

それになかなか慣れる事が出来ず、舵の誘いを受けるのは3度に一回程度だったから

そして困った事に

淡白なんだと思い込んでいた性欲が、実は知らなかったから求めなかっただけだったのだ・・・という事を自覚し始めていて

このままではその欲に流されていってしまいそうで・・・

それが、だんだんと怖くて、不安で・・・仕方なくなってしまっている自分が居た

だから

この夏休みは、そんな感覚を克服するには打ってつけで

舵に会わなくてすむのなら、その方が・・・!

そんな風に思い始めていた矢先だったのだ

「だって・・・?」

問い返す舵に

「・・・あんたが・・決める事だろ・・・?」

口をついて出た言葉がそれ・・・・

本当は言いたい言葉はそれじゃないのに・・・七星が自分で自分の心臓を締め上げる

「・・・・・・そっか。ま、写真を撮ってもらうのに白石は呼ぶつもりなんだけど。来れるようならおいで」

苦笑交じりにそう言った舵が、掴んだまま離せないでいる七星の手に視線を落とす

「浅倉、離してくれないと掃除できないんだけど・・・?」

「あ・・・ごめん」

消え入るような声音で言って、手を離した七星の表情は

まるで捨てられた仔犬のように頼りなさ気で・・・

舵がその向けられた七星の背中を抱きしめてやりたい衝動を、必死で押さえ込む

七星が感じている怖さも不安も

舵には痛いほど伝わっている

けれどそれは七星自身が認めなくてはどうする事も出来ないことで

それを認めさせるためにも、この夏は我慢の夏だな・・・と、舵もまた唇を噛み締めていた




トップ

ススム