「出会いの日・舵視点」






浅倉と出合ったのは・・忘れもしない桜が満開に咲き誇った始業式の日。

その日、俺は始めて赴任してきた桜ヶ丘学園高等部・校長に挨拶をし、教頭と共にその校舎の最上階にあった校長室から廊下へ出た所だった。

3年生の教室もあるその4階の廊下には、もう既に登校してきた生徒達が廊下で談笑中・・と、いったところで。

そのにぎやかだった廊下の雰囲気が一変する、一部の生徒の黄色い声がそこら中に響き渡ったかと思うと、生徒達が窓側に集まって、外を見つめ始めた。

「・・!?な、何事ですか!?」

いきなりの出来事に驚きつつも、窓という窓に張り付く生徒達のおかげでさっぱり状況が飲み込めない俺は、隣でニコニコと『ああ、始まりましたねぇ・・』と、気にもかけない風の教頭に聞いた。

「ビックリされましたか?ま、すぐに慣れますよ。なにしろ、ほぼ毎日繰り返されるうちの学園の風物詩・・みたいなものですから」

「風物詩・・・?」

怪訝な顔つきになった俺を教頭が手招きし、廊下の端にあった非常階段のドアを開ける。

「窓からじゃあ生徒達が邪魔で見えませんからねぇ。ここからならよく見えますよ?」

階段の踊り場に出た俺は、すぐさま生徒達が騒いでいる原因・・に、気がついた。

桜ヶ丘学園名物の長い桜坂を、とんでもなく人目を引く4人組が歩いていた。

遠目からでも一目で分かる目立つ金髪の少年。

そのすぐ横を歩く目立つ赤毛の少年。

一つ目立って小さくて、真っ黒な髪の少年。

そして・・・

一番背が高くて一番後ろを歩いている、物憂げな雰囲気の黒髪の少年・・!

4人組の中では一番控えめな雰囲気のその少年に、目が吸い寄せられた。

だんだんと近寄ってくるその4人組が、中学の校門の前で3人と1人に別れる。

その1人になった方の、あの物憂げな雰囲気の少年が高校の門をくぐって、校舎の方へ・・・自分のいる方へ近づいてきて、さっきより明確に見えた少年の顔立ちに完璧に心奪われていた。

何処かで見た気のする、整った綺麗な顔立ち。

だがその容貌より何より、俺を惹きつけたもの。

どうしようもなく儚げで、今にも走りよって支えたくなる・・そんな危うい放っておけない雰囲気。

その身にまとう、何か惹き付けられずにはいられない・・独特の色気を感じたのだ。

「・・ね?風物詩になる理由がお分かりでしょう?彼らは『浅倉4兄弟』っていいまして、ご存知ですかね?世界的に有名なマジシャン『北斗』。彼があの浅倉家4兄弟の父親なんですよ」

どこか自慢げにいった教頭の言葉に、一瞬にしてさっき感じたどこかで見た・・という感覚が甦る。

そう、あの物憂げな少年・・あれに笑顔が浮かんだら、まさに今や押しも押されぬスーパー・マジシャン『北斗』そのもの!

驚いた表情になった俺の反応に満足したのか、教頭が嬉しそうに先を続ける。

「一応これは学校内でも公然の秘密、ということになってますので校内ではもちろん外に出たら絶対に口外禁止事項なので、その辺よろしくお願いしますね。舵先生!」

廊下に戻って職員室に向かいながらそんな事を言う教頭に愛想笑いを返しながら、一体それのどこが口外禁止事項なんだ!?と、口の軽そうな教頭の薄い後頭部をしかめっ面で睨んでいた。

始業式で一応生徒達に紹介されたものの、休み明けで長い長い校長の話の後だったので、まともに聞いている生徒が果たして何人居たのやら・・?で。

職員室に戻る手間さえ惜しんで、俺は自分の専任となる生物・化学教室へと向かっていた。

聞いた話では、前の専任教師はかなりだらしのない人物だったようで、生徒の評判も先生間の評判もすこぶる悪かったらしい。

その後の後任だけに、生徒との関わり合いに不安がないといえば嘘になる。

それでも、ここの校長とは気があったし、学園自体の評判も荒れたことがなくいい学校だと聞いて、実際それが本当だと雰囲気から知った。

それに、ここには準備室があって、そこをその専任が自由に使っていい事になっていた。

昔、学生時代にそういう準備室でお茶を飲む先生に教えを受けた俺は、その準備室で生徒や先生とお茶が飲めるような、そんな場所にそこをしてみたくて仕方なかったのだ。

張り切って準備室の掃除を始め、改めて前の専任のいい加減差を目の当たりにしつつ、そこかしこに押し込まれている備品を整理していると、まるで隠すように白い布を被せられた細長い物に気がついた。

「・・?天体望遠鏡!?」

取り出したそれは結構高性能の望遠鏡で、きちんと整備して磨けばかなりいい感じになりそうな代物だった。

ただ腑に落ちなかったのは、その被せられた布がほこりをあまりかぶっていなかった事。

壁の隙間に押し込まれていたそれが、その壁に付着した汚れの擦れ具合からして何度となく最近出し入れされた感があった事だ。

「・・アッ!そういえば・・・!」

ふと思い出した俺は、机に中に整理した書類の中から古びた黒革表紙ノートを引っ張り出した。

表紙に<天文部名簿>と書かれたその中には、過去の部員の名前が書き記されていて、その前の専任のおかげですっかり活動も部員も減った天文部を、できれば前のように復活させて欲しいと、確かそんな事を校長が言っていた。

そんな事を思い出しながら開いたページをめくっていて、3〜4年前までは結構居た部員がここ2〜3年ですっかり激減し、去年に到ってはもう卒業した3年2人と・・・

そこで指が止まった。

その先にあった名前・・・<1年・浅倉 七星>

「浅・・倉って!あの浅倉か!?」

思わず叫んでその名前を凝視して・・そして朝見たあの物憂げで妙に色気のある顔とつい引き寄せたくなる危うげな雰囲気を思い出し、何ともいえない放って置けない気持ちが先走る。

前に居た学校でも何人かそんな風にこいつは気をつけないと・・!と、思う生徒は居たが、こんな風に一目見ただけで何かしら守ってやりたいと強く心惹かれたのは初めてで、正直・・ひどく戸惑っていた。

そんな事を考えていた時、突然教室と準備室とを繋ぐドアが勢いよく開き、そこからたった今頭の中で思い描いていたその本人が現れたのだ!

「ぅわっ!」

同時に叫んで互いに目を見張る。

思い切りうろたえた俺の様子などまるで知らぬ気に、

「・・あんた、誰?」

思い切り冷めた抑揚のない声音と、一転して無表情になった顔つきで浅倉が言った。

その声は想像していた以上に大人びていて、全然17歳の高校生らしくない。

その声音と態度に俺も触発されて冷静さを何とか取り戻し、自分の名前と教師である事、そして浅倉の名前を呼んだ。

途端にさっき以上の警戒心丸出しの態度と表情になり、なんとなく感じていた予想が的を得ている気がしてきて、余裕の笑みを返しながらその名前を呼んだ理由が名札のせいだと言い、その警戒心を緩ませる事に成功したようだった。

そしてその時に一瞬垣間見せた、俺の背後にあった望遠鏡に注がれた浅倉の視線!

ほんの一瞬ではあったけれど、その視線が望遠鏡を引っ張り出した時に感じたあの違和感をあっさりと解決してくれた気がして、思わずその瞳を覗き込もうとしたら、いきなり思いもよらない言葉が返ってきた。

「・・・んなことより、餌!ここに置いてあった魚の餌知りませんか?これくらいの小さな瓶に入った・・・」

「餌!?魚の・・!?」

驚きつつも・・考え込んで思い当たったのがゴミ箱で。

ひっくり返した途端、小さな瓶が転がり出て来た。

反射的に伸ばした手が浅倉に一瞬遅れて、浅倉の手を握りこむ形になった途端に浅倉の体がビックリするくらいビクッと反応し、次の瞬間にはその手を払いのけられてしまっていた。

そのままクルッと教室に向かって出て行った浅倉の後姿に、俺は確信してしまった。

こいつはとてつもなく不器用なのだ。

おそらくは『北斗』の子供である・・ということから、常に好奇心の目で見られて来たのだろう事は容易に察しがつく。

その目に慣れその目から身を守るには、さっきみたいに警戒心丸出しで人を疑い、無表情を作っていなければならなかったはずで。

そして、そのせいで人と触れあう事すらありえなくて。

さっきみたいに不意に手を握られたりなどしたら、どう反応していいのかすらきっと分からないのだ・・と。

そう思ったら余計に放って置けなくなってきた。

そして餌をやるその目が微妙に細められていて、ほんの一瞬幼い子供のように見えてしまった。

だからつい、真顔で、

「・・何?浅倉って飼育係なわけ・・?」

本気で、そんなわけの分からない言葉が口をついて出てきていた。

その言葉に弾かれたように振返った浅倉の顔が唖然としたかと思うと、突然、

本当に可笑しそうに声を立てて、笑ったのだ・・!

その表情はさっきまでの大人びた雰囲気は微塵もなくて、何時までも見ていたいような・・・そんな笑顔で。

その笑顔を見てしまった俺はガラにもなく、ああ、これは運命だな・・と、感じてしまったのだ。

絶対、こいつにこんな風に笑顔でいられる、警戒心も疑う心も持たなくていい・・そんな場所があっていいんだと分からせてやりたい。

そしてそれが分かった時、その笑顔が自分に向けられるものであったならどんなにいいだろう・・。

いや、絶対、そうさせて見せる・・!

そう、固く心に誓った出会いの日だった・・・。

 

 

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