「出会いの日・七星視点」






そいつに会ったのは、高校2年の春。

桜ヶ丘学園名物の桜が見事に満開に咲き誇った始業式の日・・だった。

その日の朝もいつも通りに兄弟4人で登校したものの、久しぶりの『浅倉家4兄弟』全員揃っての登校だったせいだろう。

小学校、中学校、高校と坂の下から順に建物が並ぶ桜ヶ丘学園名物の桜坂を4人で歩いているだけなのに、それぞれの校舎と周りを歩く生徒達の視線が痛いほど注がれて・・まるで動物園のパンダになった気分だった。

まあ、うちの家族・・『浅倉家』はちょっと特殊な家族構成で、兄弟4人ともそれぞれ母親が違う。

そして、その複雑な状況を作り上げた張本人である父親・・世界的に有名になったマジシャン『北斗』は、仕事のために世界中を公演していて、滅多に日本には帰国しない。

そのせいもあって俺、浅倉 七星(あさくらななせ)が現在の所『浅倉家』の家長兼長男の役割を担っている。

まあそれだけなら、普通動物園のパンダ状態にはならない。

と、いうのも・・いかんせん、次男である浅倉 麗(あさくられい)・中学3年は母親がフランス人で金髪碧眼、名前の通り見目麗しい容姿を持ち。

三男である浅倉 流(あさくらるい)・中学3年は母親がイタリア人で赤毛に鳶色の瞳、野性的で精悍な麗とは対照的な見目麗しさを持ち。

末っ子の浅倉 昴(あさくらすばる)・中学1年は母親が中国人で真っ黒な髪に真っ黒な大きな瞳、アイドル張りの可愛い顔立ち。

どうあがいても目立つ存在なのだ。

ちなみに俺は母親が日本人で、顔立ちは・・父親にそっくり。

その父親がテレビで見ている限り容姿端麗の部類に入っているのは確かなようなので、その目立つ一端を俺もどうやら担っているらしい。

そんな自覚の全くない俺にとってはどうでもいい事なのだが。

そんなわけで。

もう既に桜ヶ丘学園名物・・とまで言われているらしいその俺達の登校風景は、けれど中学の校舎の前で下3人と別れてから、ようやく解放される。

いささかウンザリ顔で校舎に入ろうとした時、フ・・と、誰かに見られている視線を感じて一瞬見上げたその校舎の4階の非常階段の所から、見慣れない男がこちらを見ているのに気がついた。

視線・・というものには慣れっこになっているはずだったが、その視線が今まで感じていたものとは少し違う・・・そう感じたのは確かだった。

そして。

始業式とホームルームだけのその日の放課後。

俺は1年の頃から習慣になっている生物・科学室へと向かっていた。

そこには実験なんかで使うメダカ類の魚が居て、1年の時の生物・科学専任教師がサイテーな奴で、世話もせずにほったらかして全滅したことがあった。

それ以来、俺はその魚に餌をやりに生物・科学室に通うのを日課にしている。

別に魚が好きだとかそんな理由ではなく、餌ももらえず逃げる事も出来なくて餓死した・・・ということが耐えられなかったのだ。

そしていつものごとく生物・科学準備室のドアを開け放って・・・

思いもかけずそこに居た男に、心底驚いた。                          

朝、非常階段から俺を見ていた男・・!

あちらも俺が突然入ってきた事に驚いたようで、お互いに『ぅわっ!』と、叫び声をあげていた。

「・・・あんた・・誰?」

口をついて出たのは、どう聞いても可愛げのない表情のない声音。

兄弟に対してはそんな事もないのだが、他人に対してはどうしても警戒心が先立ってそんな声と無表情になるのが常だ。

「お、俺は、今日からここの専任教師になる舵(かじ)だ!お前、浅倉・・だな?」

一瞬にして冷静さを取り戻したらしきその男がいきなり俺の名前を言ったので、俺はますます警戒心が膨れ上がって、一層低い声音で聞いた。

「・・なんで、俺の名前?」

そいつは俺のそのあからさまに不機嫌な声と表情など全く意に介していないように、笑って言った。

「・・名札!それ見りゃ一発で分かるだろ?」

カッ・・!と、あまりに明快なその答えとそれに気づかなかった自分に一瞬顔が火照ったけれど、気づかれないように視線をそらし、目的の魚の餌を取ろうとして・・様変わりした準備室の様子に目を奪われた。

どうやらこの舵とかいう教師が、ほとんど使われていなかったこの部屋をきれいに掃除している真っ最中・・・だったらしく、あれほど雑然としていた部屋の中が見事なまでにきれいに片付けられていて。

その上、俺が密かに誰にも知られる事なくいじっていた天体望遠鏡が、その教師の後ろで磨き上げられて光っていた。

「・・なに?これ、浅倉のか!?」

思わず一瞬見つめただけのはずのその視線に、そいつが気づいた!

「・・いや、ここの備品・・」

なるべくぶっきらぼうに答えたつもりだったが、

「・・ふう・・ん?」

と、覗き込まれるように切れ長のいかにも大人・・と思える静かに見透かすような視線をあびて、

「・・んなことより、餌!ここに置いてあった魚の餌知りませんか?これくらいの小さな瓶に入ってる・・・」

何だか全てを見透かされるような・・・そんな今までにない感じがして、慌てて餌の方に話題を振った。

「餌?魚の?」

どうやら思いもかけない問いだったらしく、驚いた表情で眉間にシワを寄せ・・・『ひょっとして?』と、ゴミ箱を思い切りよくひっくり返した。

そこから転がりでてきた瓶に、俺とそいつが同時に手を伸ばし・・俺のほうが一瞬早く瓶を掴んだ!と思ったら、そのつかんだ手の上に、そいつの大きくてあったかい手がかぶさって来て・・・俺は、どうしていいか分からずに勢いよくその手を払いのけて準備室から出て行った。

どうしてそんな気持ちになったのか・・自分でも分からなかった。

ただ、手と手が触れ合っただけなのに。

なのに・・なんであんな風に勢いよく手を払いのけてしまったのだろう?

思い当たる理由が見つからず、心を落ち着けるように魚に餌をやっていたら、

「・・なに?浅倉って飼育係なわけ?」

間の抜けた声と、振り向いた瞬間目の前にあった、本当にまじめな真剣な表情に、思わず笑いが込み上げてきた。

なんだって、高校生にもなって飼育係なんだ!?

おまけに、それを真面目な表情で聞いてくるその態度が妙につぼにはまって、久しぶりに声を上げて笑ってしまって。

その時不覚にも見せた笑顔が、その後の自分の人生に多大な影響を及ぶす事になろうとは・・・この時、俺はまだ全然思ってもいなかったのだ。

 

 

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