王子とボディーガードとマジシャンと
「麗!流!昴!?」
北斗が部屋の中に飛び込んだ時
もう既に部屋の中も白い煙で充満していた
その中に
防毒マスクをつけた見慣れない男達が居た
そのうちの一人が小さな身体を抱き抱えて行こうとしているのを、もう一つの小さな影がその腕にしがみついてぶら下がっている
「・・っのやろう!そいつを離せ・・!」
「このっ邪魔だ!どけ・・・ッギャ!?」
叫んだ男の悲鳴から、どうやらその腕にぶら下がっている小さな影が噛み付いたらしい
男が抱き抱えているのはハサン王子で、その腕に噛み付いているのは・・流だった
「おいっ!早くしろ!!」
他の仲間らしきマスク姿の男達が一斉に部屋の外へと走り出るのを見たその男が、噛み付いたまま離れようとしない流と意識を失っているらしきハサン王子、両方を抱え上げて仲間の後を追って走り出した
「っ!?流!?ハサン王子!?」
その姿を催涙弾で霞む瞳で見つけた北斗が、男達の後を追い、そのうちの一人に追いすがった
途端に男が手にしていた銃器の先でしたたかに北斗の腹を打ち据える
「ッゥグッ・・!!」
呻いてよろめいた北斗だったが、その手だけはしっかりと逃走しようとする男を掴んで離さなかった
「・・ッチ!この・・!!」
苛立たしげに舌打した男が、北斗の額に銃口を突きつけた
・・・が、
「やめておけ!そいつはサウードも気に入っている奴だぞ?」
突然背後から現れた男が、その銃に手をかけて低い声音で制止する
「っ!?サウード様が!?」
まるで鶴の一声のように、北斗に銃口を突きつけていた男が銃を降ろす
(・・サウード!?)
どこかで聞いた記憶のある名前とその低い声音に、北斗がハッとしたように顔を上向けようとしたが・・
その前にもう一発したたかに、こんどは鳩尾(みぞおち)に拳が打ち込まれた
「ッグ・・ッ!」
急速に落ちていく意識の中で、その男の肩に担ぎ上げられた北斗が、どこかで聞いた事がある低い声音が耳元で言うのを聞いていた
「こいつは殺さず連れて行く。王子ともども交渉に使えるからな・・」
(・・こう・・しょう?それに・・この、声・・たしか・・・)
薄れる意識の中で、北斗がその記憶の痕跡を辿っていた
「父さん!麗!流!昴・・!?」
七星がようやく治まった目の痛みと、風で流されて薄くなった催涙弾の煙のおかげで部屋の中へ入り込めた七星が叫ぶ
けれど、その部屋の中には人の気配はない
・・と
「・・七星!」
何処からか七星の名前を呼ぶ声がこだまする
「・・っ!?麗!?」
聞き覚えのあるその声に反応した七星が、声のする方へ駆け寄った
重厚なカーテンの中に身を潜ませていた麗と昴が、恐る恐る顔を出した
「麗!昴!無事だったんだね!」
七星の顔にホッと一瞬、安堵の色が浮かぶ
ガラスを割る音が響いた時、ハッと目を覚ました麗は、すぐさまその異常性に気がついて横に寝ていた昴を叩き起こして、そのカーテンの中に逃げ込んだ
少し離れた所で寝ていた流も、麗と同じくハッと起き上がり、麗たちのほうへ行こうとしたが、すぐ横で寝ていたハサン王子を起こそうとして、一足遅れた
そのせいでなだれ込んできたマスク姿の男達が、流からハサンを奪い取り逃げ去っていこうとした
目の前でそんな事をされて黙って見過ごす流ではない
男の腕を掴んでその腕に噛み付き・・ハサンと一緒に連れ去られてしまったのだ
そして
その後を追った北斗もまた・・・
「父さんと流は・・?!」
問う七星に麗が力なく首を振る
「・・多分、さっきの奴らに連れて行かれたみたい・・」
「・・っ!?なに!?どういうこと?何で流も北斗も居なくなっちゃったの!?」
未だ状況判断の出来ない昴が、麗に食って掛かる
問いかけられたとて、七星も麗もその問いに対する答えを知らないのだ
視線を合わせた七星と麗が、そろって眉間にシワを寄せる
そうこうしているうちに・・
やがてその騒ぎは宮殿中に広まり、ハサン王子と北斗、流が連れ去られたことがファハド国王の下へも知らされた
護衛の兵士に保護された七星と麗・昴のもとへ、すぐさま蒼ざめた顔つきのファハド国王が現れた
「・・・すまない。北斗と君たちの兄弟、ハサンともども私の王位失脚を狙う反抗勢力に連れ去られたようだ・・」
「・・っえ!?」
3人が一様に驚きと動揺の声を上げた
その中で、一番に冷静さを取り戻した七星がファハド国王の目を真っ直ぐに見上げた
「・・・理由を・・どういうことなのか、理由を聞かせてください・・!」
その、とても12歳とは思えない冷静な瞳の輝きとその落ち着いた声音に、ファハド国王が驚いたように目を見張る
白いものが目立ち始めた口ひげをゆっくりと撫で・・幼い七星の態度によって、自らも落ち着きを取り戻したファハド国王がその問いに答えを返した
「私にはサウードという名の腹違いの弟がいる。前々から私に対する反抗勢力を密かに集っていたのだが・・どうやら明後日の王位継承者に譲られる指環の儀式を認めないつもりらしい・・・。ハサンを無事に取り戻したいなら継承相手をサウードの・・自分の息子に変更しろと言ってきた」
その答えに、麗もまた10歳とは思えぬ冷静な問いを重ねる
「でも、おかしいじゃないですか!?反抗勢力を集ってるってわかってたのに、こんなに簡単に連れ去られるなんて・・!」
その麗に、ファハド国王の「ほう・・?」という呟きと共に鋭い視線が注がれた
「では、麗といったな?どうしてそう思う?」
どうやら北斗の息子たちが、ただの子供ではないらしい・・ということに勘付いたファハド国王の目つきが一変する
その視線は、さすがに巨万の富を受け継ぐ王族の王だけに一筋縄ではいかない輝きが宿っていた
「だって・・どう考えてもおかしい。ハサン王子が僕たちの部屋に来たのは王子の気まぐれだった。それなのにあいつらは僕たちの部屋だけしか襲っていない・・・そんなの、絶対、変だ!」
「僕も麗の意見と同じです。あんなに銃を持った兵士がいっぱい居たのに、銃声も聞こえなかった。それはどうしてなんですか!?」
七星もその国王の鋭い視線を物ともせず、言い募る
まだ幼い昴だけは、話の内容が理解できずに七星の影に隠れているものの・・しっかりと七星と手を繋ぎ、気丈に兄達と同じく国王を真っ直ぐに見つめていた
「・・・どうやら、北斗の息子たちは北斗によく似て皆、聡明なようだ」
低く呟いたファハド国王が、笑みを浮かべて3人を自分の座る椅子の方に手招きする
警戒心を露わにしながら顔を見合わせた七星と麗、昴が逡巡の後、その手招きに応じて恐る恐る近づいた
その3人と姿勢を低くして視線を合わせた国王が、3人に囁くように言った
「・・実は以前から密偵者がいることは分かっていたのだが、特定できずにいる。おかげで、めぼしい兵士達も皆、薬で眠らされていたのだよ・・。一応こちらからもあちらに密偵者を潜り込ませている。だから・・・」
不意に言葉を切った国王が、3人の心のうちを見透かすようにジッとそれぞれの瞳を覗き込みながら言った
「北斗が連れ去られたことは心配ではあるが・・逆に相手にとっては不利になったと私は密かに思っているのだよ?君たちの父親は、自分が受けた仕事の公演を一度としてキャンセルしたことがあったかね?」
その言葉と、その不敵な笑みを浮かべる国王の顔つきに・・・
七星と麗がハッと顔を見合わせて頷き合い、七星が答えを返す
「・・ありません!今まで一度だって!」
その答えに満足したように、ファハド国王がゆったりと椅子に座りなおす
「・・では、北斗の息子達に今一度、北斗の公演依頼をお願いしよう。北斗と君たちの兄弟、そしてわが息子ハサンは必ず私が連れ戻す。君たちには北斗がすぐに公演できるようにその準備を進めていてもらいたい・・・出来るかね?」
「・・・えっ!?」
七星がその言葉に驚いて国王の真意を探るように、その不敵な笑みを浮かべ決して腹の中を他人に明かしはしないのだろう・・強固な意志を潜めるファハド国王の黒い瞳を凝視する
北斗が金のためだけに公演依頼を受けないこと
この国王以外に、スポンサーとしての資金援助以外で親しい付き合いなどした験しがないこと
なにより、家族を一番大切にしている北斗が、自分たちをこの国王の招きに応じてここへ呼んだこと
それはひとえに、北斗がこの国王を信頼するに値する何かを見出しているからだ
そしてこのファハド国王もまた、どうやら北斗に絶大なる信頼を寄せていると言って過言ではないらしい、その言葉
七星がキッと国王を強い意志を込めて見つめ返す
「・・出来ます!ずっと父さんの仕事を見て、一緒に手伝ってきたんです。やらせてください!」
七星の言葉に、麗と昴もまた力強く頷き返した
「頼もしいな。さすがは北斗の自慢の子供達だ。任せたぞ・・!」
満足そうな笑みを浮かべてそう言い残すと、ファハド国王はカーフィアをひるがえして側近達と共に部屋を後にした
その後姿を見つめていた昴がツイツイ・・と麗の服の袖を引いた
「ねぇ、ねぇ、あの人・・麗の名前だけ覚えてたみたいだね?」
「・・・そう?」
「うん。だってあの人、最初から麗ばっか見てたもん」
「・・・・・」
浅くため息をついた麗が、昴の観察眼を誉めるようにその黒髪をポンポンと撫で付けた
「とりあえず、北斗のパソコン見てみよう、七星。公演内容はこないだ聞いたとおりだろう?」
北斗はその公演内容を必ず七星たちにメールか電話で相談し、自分のノートパソコンにその内容を詳細に記録している
子供が楽しめる内容であること・・!
それは北斗が一貫して貫き通してきた信念だ
そしてその北斗の仕事を一番手伝い、その内容を把握しているのが七星だった
生まれたときからずっと北斗の仕事を見て育ち、北斗のマジックの練習相手をしてきたのだから
「うん。今回のは大きな仕掛けはないから・・僕達だけで準備できる」
言い切った七星の顔つきは、北斗そのものの真剣さを宿していた
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