飼い犬










ACT 12









ギシ・・・ッとベッドのスプリングが軋む音


僅かに重さで引き攣ったシーツが、いまだ熱く充血して熱を帯びたままの胸の突起を刺激した

「・・・ジュン、おはよ」

一番初めに「そのボロキレ、俺にくれない?」そう言ったあの時と何一つ変わらない、心地良く耳に響く声

そして

ふわり・・・と額に掛かる髪が梳かれ、梳いた指先がまるで毛並みを整えているかのように、そのまま何度も髪を撫で付ける

やがて耳元に指先が伸び、耳朶に掛かる髪をかき上げ・・・露わになった耳に熱い吐息と唇が落とされる

「ジュン、ほら、もう起きて。受付が来ないと仕事にならないって、またみっちゃんに怒られる」

かすかに笑いを含んだ、甘い声音

その声と吐息に誘われるように、俺はゆっくりと顔を上向けてその甘い声音を紡いだ乾いた唇を、ペロリ・・・と舐めた

「・・・・おはよ、まし・・・っん、」

言いかけて開いた歯列を割って舐めた舌先をすくい取られ、朝の挨拶にしては濃厚で深いキスを受けながら身体を抱え上げられる


「朝風呂の時間だよ、ジュン」


いつもと変わらない、真柴の声、真柴の体温
それが当たり前になりすぎて、なんだか恐い









初めて真柴の部屋に来てから、もう一ヶ月近く経った

あれから毎晩のように、飽きもせず真柴は俺を抱く

いつもいつも

俺は真柴で体中いっぱいにされて、この上ない充足感と恐さを感じながら意識を飛ばす

だから

毎晩入れられる風呂に加えて、朝風呂に入れられるのも真柴との日課の一つになった

真柴と一緒に朝風呂に入り、身体を洗われて、真柴の作ったご飯を食べて

そして一緒に家を出る

真柴は学校に
俺はみっちゃん先生の動物病院に

動物病院で真柴と別れ、学校が終わった真柴と、再び落ち合う
病院に居る時以外、俺と真柴はいつも一緒だった
そして病院に居る時は、みっちゃん先生といつも一緒

それはまるで当たり前のように、二人が側に居たから、だから俺はそれを疑問にも思わなくて

二人が

俺を決して一人にしないことや
学校に行かないことを咎めないこと
家に帰れと言わないこと
真柴の家に連れて行ったこと

それを当たり前のように受け入れていた






あの日


みっちゃん先生が診療中で手が離せなくて、掛かってきた電話を、俺が、取るまで






電話に出た途端

「・・・・なんだ、お前か」

その一言で、相手が誰だかすぐに分かった

こいつは、真柴に心酔してる奴で
確か、真柴組の下っ端の組員だとか言っていた

真柴の前ではニコニコしてたけど、真柴が見ていない時
俺の事を鬱陶しそうに睨みつけていた

真柴は男にも女にも、動物にももてるから
俺は大抵、嫉妬と威嚇の視線に曝される

最近では俺もそれにすっかり慣れっこだったし

どんな目で見られようと
どんな陰口を叩かれようと

それは真柴の側に居る代償みたいなもんだと、そう思って無視していた


だけど


みっちゃん先生も真柴も側に居ない事を確めた後「・・・ちょうどいいや、お前に言っておきたかったことがある」と言って
そいつが言った一言は、無視できるもんじゃなかった



「いい気なもんだよな。お前のせいで涼介さん、獣医になれないかもしれないのによ」

「え・・・?」



・・・・・・なに?それ?どういう意味?



「ま、俺的には感謝してるぜ?涼介さんが組を継いでくれりゃ万々歳。お前なんてちょっと変わった毛並みだから気に入られてるだけで、飽きたら捨てられのは目に見えてるしな」

「なに・・・言ってんだ?真柴は組なんて」

「お前、バカじゃねぇの?お前をボコッたのは田島組の若い奴ら、そいつらに手ぇ出したのは真柴組の跡取り息子・・・ただで済むわけねーだろ!」



受話器を持つ手が、震えた



俺はバカだから、難しい事は分からない

だけど

やられたらやり返すのが鉄則・・・なのが、こういう世界だってことぐらいは分かる

真柴だってそれくらい知ってるはずだ
だからきっと今まで、そういう事に関わらないようにしてたはず

なのにただでさえ目立ってて、真柴にすら知られてた俺が、この動物病院のすぐ近くでボコボコにされて・・・きっと放っておけなくなったんだ

見て見ぬ振り、してれば良かったものを・・・!
真柴は、俺を助けてくれた

でも、組の跡取りである真柴が手を出したってことは
それはただの組員同士の小競り合いじゃ済まない



真柴組と田島組、組同士のメンツに関わる問題



そうなってしまったら、もう、真柴は無関係でなんて居られない
なのに真柴は、その元凶である俺を手元に置いてる


それって


田島組を完璧に敵に回すってことで
真柴が、家を継がなきゃ済まされない問題ってことだ



「嘘だと思うんなら、そこから一人で出てみろよ。田島組の奴らがてぐすね引いて待ってるぜ?」



笑いを含んだ声がそう言って、電話はプツッと唐突に切られた

俺は茫然と受話器を持ち、プープーという無機質な音を聞きながら考えていた



・・・・ここから一人で出てみろ?てぐすね引いて待ってる?



言われて初めて気が付いた
俺は、真柴かみっちゃん先生と常に一緒だ
病院から一歩出れば、常に真柴と一緒

以前みたいにフラフラ・・・と一人で出歩いたことなんて、ない



「・・・・どう・・しよう・・・俺、どうしたら・・・」



ゴトン・・・ッ

震え始めた身体を抑える事が出来なくて、持っていた受話器が手から滑り落ちた


俺は


俺は、ただ


真柴が獣医になることを
真柴が自分の夢を叶えていくことを


真柴の側で見ていたかった



なのに・・・!



・・・・俺のせいでそれが出来なくなる・・・!?



俺が真柴の側に居るせいで

真柴は組を継がなきゃいけない・・・?



「そ・・・んなの、だめだ・・・!」



俺は震える両拳をギュッと握り締め、ゆっくりと病院の受付を出て、玄関に向かった






それが






今の俺が、真柴に出来る、唯一のことで



俺からの、最初で最後の、真柴への贈り物、だった




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