野良猫







ACT 1(光紀)








「おらっ、逃がすんじゃねーぞ!」


聞こえたその声に、思わず『チッ・・!』と舌打ちが洩れた
バタバタ・・・と聞こえてきた、確実に5〜6人は居る足音

切られた左上腕の傷は、とっさに避けたからそんなに深くない

だけど


「・・・っ、く・・そ、あの変態野郎、刃先に何か塗ってやがる」


呼び止められて、振り返った瞬間切り付けられて、かろうじてかわしてこの様だ・・・

ご丁寧に痺れ薬か何かが仕込んであったらしい
逃げ出して、心拍数の上昇と供にクスリが全身に廻ってきて・・一瞬、平衡感覚を失って、どこかのバーの少し奥まったドアに身体を預けて、身を潜めた


「・・・や・・ばい・・な。このままじゃ・・・」


かなり、クスリが廻ってきてる
早いとこケリをつけないと、こっちがもたない

幸い・・・というべきなのか

効いてきたクスリのせいでケガの痛みがほとんど感じられない
出血量とクスリの回り方から言って・・・


もって、後、5分


そんな事を思った瞬間


「居たぞっ!」


そんな声と供に近寄ってくる3人分の足音
ちょうど良い・・・手間が省けた


「見つけたぞ!手間取らせやが・・・・・」


ヒュン・・ッ!

ガシャンッ・・!ズ・・・ドサ


最後まで言わせずに、伸びてきた腕をかわしつつ反転し、一番威力のある足蹴りをそいつの腹にお見舞いしてやった

クリーンヒットしたそいつの身体が、横にあったビルの壁の窓にぶつかって硝子が飛び散った

一瞬、他の2人がたじろいだように後ずさる


「・・・どーした?俺を捕まえに来たんだろ?」


あざ笑うように言ってやったら


「っ、の野郎!」


案の定、挑発に乗って後先考えずに突っ込んで来た

一人目を下に沈んでボディブローをお見舞いし、二人目は地面に向かって落ちていく一人目の背中を支点にして回転し、その顔をしたたかに横蹴りにする

地面に着地すると供に背後から駆け寄ってきた・・・三人目

そいつに振り返り様に肘鉄を食らわせ、もんどりうった体を足で蹴り飛ばし、後の壁に思い切り叩きつけた


残り、後、3分


その騒ぎに、周囲が騒然となって『ケンカだ!』『誰か、警察・・!』とか言ってる声が聞こえてくる

声を聞きつけたんだろう・・・俺に切りつけてきた変態野郎が『ドケッ!邪魔だ!』と、野次馬をかき分けて、残りの取り巻き二人と供に俺を取り囲んだ


「てめぇだろ?こないだうちの舎弟を3人も病院送りにしやがったのは!」

「・・・さあ?心当たりが多過ぎてイチイチ覚えてられないね」

「っ、なめんな!クスリが効いて立ってるのだってやっとだろうが!そのキレイな顔、二度と拝めない面にしてやる!」


さっき俺の腕を切り付けたナイフを振りかざし、そいつが切りつけてくる

突進してきたそいつを寸前でかわし、切りつけてきた腕を掴んで背中で捻り上げ、そいつの体を盾にして残り二人の攻撃を牽制する


「く・・・・っ、いててて・・・っ!!」

「暴れると、肩、外れるよ?」

「ってっめぇ・・・っ効いてねぇのか!?くそ・・・っ!!」


人の言ったことを無視したそいつが暴れた途端、『・・・ボギッ』という鈍い音を立てて、そいつの肩が外れた


「うがあああああ・・・っ!」


外れた肩がダラン・・・と下がって、そいつが地面に倒れこんで
巨大なイモムシみたいに身悶える


「・・・だから言ったのに。下手に折るより痛いよ?脱臼って」


地面に転がったナイフを足で踏みつけ、無様に呻いているそいつを蹴り上げて、二人組みの足元に転がした


「・・・まだやる気?」


薄く笑って残りの二人を睨みつける


残り、後、1分


ここで引いてくれれば・・・!


「あたりめーだ!まだ二対一なんだぜ・・・!」


血だらけの俺の左腕を見つめ、そいつがまだ勝算はあると踏んだ目で、言い放つ
『・・・ッチ!』思わず心の中で盛大に舌打ちした


そろそろマジで限界
目の前が霞む
盛大に動いた分、出血が予想以上に多い


クラ・・ッと一瞬、目の前が揺らいだ時


「刑事さん!こっち、こっち!早く!!」


そんな大声が野次馬の中からこだました


「っくそ!この続きはまた今度だ!」


そう言った二人組みが、足元に転がっていた脱臼男を抱え上げて逃げ去っていく


「・・・・は、・・・ぁっ」


安堵とも息切れとも取れるため息が漏れた
最後の気力を振り絞ってその場から逃げようとしたけど
身体がよろけて、倒れる・・・!

そう思った瞬間


「・・・っぶない!捕まりたくなかったら、言うとおりにして・・!」


低い染み入るような声が耳元に注がれた・・・途端


ふわ・・・っ


と、何かあたたかな物で包み込まれて、抱きとめられた


「急げ!早く!」


野次馬の向こうから、さっきの大声と同じ声がこだまする


「・・・行くよ?走れるね?」


包み込まれた物が声の主のコートだと気が付いた時には、半分体を抱き抱えられるようにして、走り出していた

野次馬の中に紛れ込んだ途端
通りの向こうから警察官が駆け寄ってくるのが見えた


「・・・ここから、普通に歩いて」


頭一つ分高い所から声が降りてきて、肩を抱きこまれるようにして、そこからゆっくり歩き始める
コートを着せ掛けられていたから、切られて血だらけの腕も見咎められる事もない

すぐ側を警察官が走り抜けていく

途端に早足になったかと思ったら、大通りに止まっていた一台の車の中へ押し込まれた


「秋月、急げ!出血が思ったより多い!」

「ったく!なんだって俺がこんな事しなくちゃならないんだ!真柴!」

「うるさい!文句は後でいくらでも聞いてやる!とにかく急げ!」


そんな会話が聞こえてた

普段なら
こんな状況、絶対、気なんて許さない

だけど

包み込まれたコートから香る・・・今まで嗅いだ事のない何かの良い香り
キズに触れないように最新の注意を払いながら、力強く抱き留める腕

まだ体温が残るコートを着せ掛けられた時から感じる・・包み込まれているかのような温もり

そんな物が、急速に尖りきっていた神経を癒していく

張り詰めていたはずの緊張が解けて

身体が・・・沈んでいく


そのまま


何も考えられなくなって


意識まで・・・沈んでいった




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ススム