野良猫








ACT 2(祐介)








「・・・・っと、よし!これで終了・・・っと!」


パジャマ姿に白衣を引っ掛けただけの、医者という言葉が誰より似合わない容貌をしたスキンヘッド男、一条がそう言って俺の方を振り返った


「おい、真柴!俺の安眠を妨害し時間外労働させた借り、高くつくからそう思え!」


思わず苦笑が洩れるほどの重低音の声音、190は有にある頑丈なガタイ
普通の医者に見せられないケガをした普通じゃない人間でも、この一条の前では大人しい患者に成り下がるしかない


「医師免許剥奪されたヤブ医者のくせに偉そうに言うな・・・!それより、痕が残らないように綺麗に縫ったんだろうな!?」

「・・・・なんだ?俺の腕を疑うのか?だったら抜糸して今度は大雑把に・・・!」


ムッとした顔つきになった一条が、せっかく巻きつけた白い包帯を解こうとしたから、俺は慌ててその手を制した


「うわ!待て!悪かった、今のは撤回!一条の腕は信用してる!」

「ったく!お前はいつも一言多いんだよ、真柴!それより・・・こりゃ、クスリ仕込まれてたな。症状から言って塚田組が流してるやつだぞ?」

「ああ、襲ってた奴らも塚田のトコのチンピラだ。あの辺はあいつらのシマだからな・・・」

「おい、まさかとは思うが・・お前、そいつらに顔見られたりとかしてないだろうな?塚田とお前のトコ、今、結構微妙だろ?」

「・・・言われなくても分かってる。だからお前を呼ぶような羽目になってるんだろ」

「そっか、だったらいい。ま、今回貧乏くじ引いたのは秋月ってこったな。こんな一流ホテルに血だらけのケガ人運ぶ手引きさせられたんだから・・・!」

「仕方ないだろう!たまたまこのWホテルが一番近かったんだから。それに、このホテルの建設を秋月に譲ってやったのは俺なんだ、その貸しを思えばこれくらい・・・!」

「はいはい・・・ゼネコン同士の裏談合なんて知ったこっちゃねぇが、この綺麗な顔の少年、意識戻ったらちゃんと相手してやれよ?塚田んトコのはきついからな」


手早く往診セットを片付けた一条が、ニヤリ・・・と意味深に笑って『じゃーな』と部屋を出て行った


「・・・相手・・・って、ケガ人相手にか?」


嘆息しながら携帯を取り出し、秋月に電話をかけた

このWホテルは俺の会社である真柴建設と秋月の会社である秋月建設、どちらがその建設を請け負うかで最後までもめた経緯のある外資系の一流ホテルだった

俺は父親の早逝で学生時代から社長の座に就いていたが、秋月はちょうど親の後を継いで社長に就任したばかりの頃で

その、一番最初の大仕事・・・!

学生時代からの友人で、ライバル会社同士として親の代からの古い付き合い、おまけに同い年

社長就任祝い・・・じゃないが、まあ、ここは譲ってやっても良いか・・・と思って最後の入札で秋月が勝てるよう談合の場を設けてやった

秋月本人としては不本意だっただろうが、そうしなければ確実に俺の会社が請け負う事になるのは明白・・な裏事情が絡んでいたのだ

その裏事情に関わる連中を納得させるのに多少骨は折れたが、その分、秋月に大きな借りが出来ていた

それを今回大いに発揮させ、誰に見咎められる事もなくこのケガ人をホテルの従業員出入り口から運び、ほとんど人の出入りがない最上階のスィートに運び込んだ・・・という次第

建設当時から、ホテルの主要な従業員とも顔見知り・・だというソツのない秋月だからこそ出来たことだ


「・・・ああ、秋月?今、一条が降りて行ったから」

『はいはい・・丁重にお送りさせていただきますよ!で?どうなんだ?ケガ人のほうは?』

「神経も切れていないし、5針ほど縫った程度。問題は、ケガよりクスリの影響だな・・・」

『・・・は?そっちに関しちゃ最近は食傷気味だとか抜かしてた真柴がなに言ってんだ?』

「・・・お前な」

『ま、俺にはそっちの趣味はないし、弟から預ってた頼まれ物も渡したしな。後はよろしくやってくれ。
これ以上ゴタゴタに巻き込まれるのは勘弁だ』

「ああ、分かってる。すまなかったな、無理を言って・・・」

『うわ、やめてくれ。真柴に素直になられると悪寒がする!』

「あーきーづーきー!」

『あはは・・っと、一条が来た。じゃな!』


陽気な笑い声を残して、電話が切れた

秋月の育ちの良さが窺える・・・あっけらかんとした性格
裏でヤクザなんて看板を掲げてる叩き上げの俺の会社なんかとは違う、元華族の血を引く由緒正しい秋月家の長男で、国内で5本の指に入るスーパーゼネコン秋月建設の社長

そんな奴に借りを作れるのも、裏でやってるヤクザ家業による所が大きい
秋月の所で起こったゴタゴタを、うちで片付けた事は一度や二度じゃない

そんな腐れ縁・・・付きの親友だ


「・・・・・ぅ・・・・っ」


押し殺したような、吐息とも呻き声とも取れる声に振り返ると、キングサイズのベッドの上で、栗色の双眸が俺を見上げていた


「・・・気がついた?」


そう聞いたら、いかにも胡散臭げな眼差しで俺を見据え、次にケガの処置を施された左腕の包帯に視線を移した

まだ動きが緩慢で、目の焦点が微妙に合っていない

塚田が流してるクスリで、切りつけられた物に仕込まれていたんだろうモノは、素人を落とす時なんかに使われてる性質の悪い代物

最初は痺れと供に意識を失い、目覚めると催淫の効果を発揮する・・・


「・・・これ、あんた・・が?」


予想通りの、小生意気そうな声音
恐らくはまだ10代・・高校生くらいの年齢

こちらに問いかけた途端、唇を噛み締めたところを見ると、どうやらクスリの効果が出始めてるんだろう


「5針ほど縫ったそうだ。腕のいい医者だから痕もそんなに残らないと思う。それと、服、血だらけだったから脱がして捨てた。代わりの服は頼んであるから朝には持ってきてくれるはずだ」

「っ!?」


その言葉に、たちまち栗色の瞳に焦点が戻って、ケガをしていない右腕でバ・・ッと掛けられていた薄い羽布団を捲り上げ、見事な腹筋で上半身を跳ね起こした


「っ、血・・・拭き取った・・・のか!?」


かろうじて下半身を隠しつつも自分の全身を眺めて確認し、驚いたように聞いてくる


「さっきまでキズを診てた医者が顔に似合わずきれい好きな奴でね。ベッドを汚すわけにはいかないからキレイにしろ・・って言われて、俺が。
ずい分鍛えこんだ身体してるね?何か習ってる?」

「・・・・あんたに、関係・・・ない・・・っ」


警戒心を丸出しにした、こちらを威嚇してくる双眸
まるっきり、人に慣れない手負いの獣そのものだ


「・・・助けてもらって、その態度か?」

「だ・・れも、・・頼んで・・ない!」

「・・・もっともな意見だな。俺も頼まれた覚えはないが、迷惑だったか?」


そう言ったら、少し意外そうに目を見開いて、その瞳に困惑の色が滲む


「・・・あんた・・なに?おれをどう・・・する気・・・?」

「問題はそこなんだ。俺自身どうしたものか・・・と思案中でね。相談に乗ってくれないか?おれはどうしたらいい?」

「・・・は?」


一瞬にして、その瞳が『バカにしてるのか?』と言いたげな怒りの色合いに変化した


まるで猫だ・・・!


クルクルとその色味の薄い栗色の瞳が、内に秘めた感情のままに表情を変える

高飛車で
小生意気で
どこまでも怜悧で

思わず見惚れるほどの美貌のままに
どこまでも高貴で、まるで女王のごとく人を寄せ付けないその雰囲気


飼われる事を良しとせず
常に一匹で
常に超然と他を見下ろす


高貴な野良猫・・・!


俺を睨みつけてくるその双眸に、そんな風な事を思った

だけど

クスリの効果が強まっているらしく、その威嚇と怒りの色を必死で保とうと、体を強張らせているのが分かる

かろうじて下半身を覆った薄い羽布団の端を、怪我していない右手が小刻みに震えるほど握りしめている

もう何人も、こんな風にクスリで堕とされていくのを目の当たりにしてきた
覆われた下半身がどんな状態になっているか・・・ぐらい、簡単に予想が付く


「・・・まぁ、あけすけに言えば、俺は”タチ”ってこと」

「っ!?」

「そのままの状態じゃ辛いだろうから、どうにかしてあげたいんだけど・・・君、ケガ人だし。
無理やりヤルほど悪趣味でもない・・ってことが言いたかったんだけど?」


そう言ったら、怒りの色が滲んでいた栗色の瞳に、挑戦的な怪しげな輝きが宿る


「ふ・・ぅん。じゃあ・・無理やりじゃなきゃいい・・・ってこと?」


ギシ・・・・ッ


ベッドが軋んで、栗色の瞳が俺の顔を覗き込んできた




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