野良猫








ACT 23(光紀)










カシャッ


聞き覚えのある乾いた音と、息苦しさに、ふ…と意識が覚醒した

目を開けると目の前に塚田が居て、手にした携帯を俺に向けて再び乾いたカメラの音を響かせた


「っ!」


声を上げようとしたけど、口はガムテープで塞がれていて声にはならず、身じろぐと手足が拘束されている
顔を上向けるのが精一杯だった


「よぉ、良い写真が取れたぜ?いいねぇ…拘束された美少年ってのは。ゾクゾクする」


そう言った塚田の爬虫類を思わせる薄い口元から覗いた赤い舌先が、蛇のごとくチロリ…と上唇を舐める
だがその視線は携帯の画面に注がれたまま、何事か操作するように指先が忙しくなく蠢いていた

よく見れば、それは俺の携帯で、操作を終えた塚田がパチンッと勢いよくそれを閉じた


「凄いねぇ、お前の家、家政婦なんてのが居るんだ」


指先で携帯を持ち、俺の顔の上でブラブラ…と揺らしながら塚田がニヤニヤと笑う
思わず目を見開いてそのニヤつく顔を凝視した


…こいつ、まさか家に電話を!?


心の中で叫んだ言葉を読み取ったように、塚田のもともと細い目がより一層細まった


「さっきちゃんと連絡入れておいてやったぜ?息子さんを預ってます。無事に帰して欲しかったら、真柴組を空港建設から外して下さい…ってね。真柴の野郎、今までの苦労が全部水の泡だな、いい気味だぜ!」


クックッ…と肩を揺らして塚田が笑う


…こいつ!!


その顔を思い切り睨みつけようとしたのに、瞼が重くなってきて、視界が霞む
塚田の顔が…ぶれてはっきり見えなくなり、身体が拘束されているのとは違う意味で自由が利かなくなってくる


…こ…れ、この、感じ…!まさか…!?


「お?だいぶクスリが効いてきたみたいだな。さすが注射は即効性で効果が出るねぇ。ゆっくり寝なよ、起きたら真柴への借り、お前の身体でも払ってもらわなきゃならねぇからな」

「!」


やっぱりそうだ
この感じは、以前こいつの下っ端に切りつけられた時と同じ!
痺れと共に意識を失って、目が覚めたら催淫の効果を発揮する…あのクスリ!


…祐介、さん…っ!


堪らずその名前を心の中で叫んだけれど、聞こえてきたのは塚田の耳ざわりな笑い声だけだった














ガチャ…ッ


何かの金属音とともに、手首に感じた圧迫感
気がつくと辺りは真っ暗で、一瞬、自分がどこに居てどんな状況だったのか…分からなくなる


…ああ、いつもの…夢?


暗くて、何もなくて
自分が一人ぼっちなのだと、思い知らされる夢

あの人と知り合ってからは、見なくなっていたのに…
あれ?
あの人?
だ…れ…だっけ?

そう…だ、ゆう、すけ…!

その名前を頭の中で反芻(はんすう)した途端、頭の中は霞がかかったみたいにぼんやりしているのに、身体は勝手にビクッと反応した


ガチャン…ッ!


身体が揺れると同時に響いた音と、手首に感じた冷たくて硬質な違和感


「…目ぇ覚めたな。ちょうど頭数も揃った事だし、始めようか?議員のおぼっちゃん?」


そんな塚田の声が頭上から降り注いだ…と思った瞬間、『ガチャッ!』と車のドアが乱暴に開け放たれ、手首に感じていた違和感の元凶…銀色に鈍く光る手錠ごと手を引かれ、引きずり出されるようにして車の後部座席から外へと転がされた

落ちた場所は、アスファルトじゃなく、湿った土の上

普段からあまり日の当たっていない感じのする、少しかび臭い湿った土、腐ったような落ち葉が、手錠をはめられて自由の利かない手の平に感じる

いつの間にか口に張られていたモノと足を縛っていたモノは解かれていて、自由の効かない手を地面について俺はようやく立ち上がった

暗闇に慣れて来た視界の先に、車を背にして立つ俺を囲むようにして立っている、5〜6人の人の気配

周囲に明かりは何もなくて、背後の車内ランプのかすかな明かりと月明かりくらい

何をしたわけじゃないのに、だんだん身体が熱くなってきているのを感じる
その熱さと共に、頭の中もボゥ…ッとして未だまともな思考にまで及ばない

この状況がなんなのか
自分が今、どんな窮地に立たされているのか


「なぁ、おぼっちゃん…覚えてるか?こいつら皆、以前お前に病院送りにされた連中なんだよ。ようやく再会できて嬉しくてたまらねぇんだと」


不意にガシッと肩に手が廻され、塚田の声が耳元で囁きかけてくる
不快でたまらないはずの声なのに、掴まれた肩を指先でやんわりと揉まれ、耳朶に息を吹きかけられてペロリと舌先で舐め上げられると、自分の意思とは関係なく全身にゾクリと震えが走る


「お前もやられるだけじゃ、つまんねぇだろ?だからさ、鬼ごっこやろうぜ?手錠はお前のペナルティ。あいつらは1分間追いかけないペナルティ。あ、ちなみにここ、だ〜れも来ない山奥だから。ドンだけ叫んだって誰も来ないぜ?」


言い終えると同時に、塚田が勢い良くドンッと俺の背中を押した
つんのめる様にして前に出ると、囲むようにして立っていた男の一人が俺の腕をギリッと掴み上げた


「っ!ぁつっ!!」

「せっかく傷口が塞がったのに、残念だったなぁ?」


まだ抜糸していない腕の傷痕に、爪先を食い込ませてきた男は、以前この傷をつけた、あのイモムシ野郎だった

駆け抜けた痛みが、次の瞬間、ゾクリと背筋を粟立てる痛みへと変わっていく


「い…っ、は、やめ…ろっ!」


性質が悪いクスリ…だとは聞いていたけど、痛みさえ快楽に感じるなんて、冗談じゃない

手錠で拘束された両手を振り回して男の手から逃れ、その男に体当たりして山の中へと駆け出した
背後からかけられた、塚田の『残り43、42、41…1分間でどこまで逃げられるかなぁ?』という声に、他の男達の嘲笑が重なる

両手が拘束されているせいで、上手く走れない

誰も人が来ない山奥…と言っていた通り全く整備されていない雑木林で、うっそうと茂る雑草とゴツゴツした足場、月の光りさえまばらにしか届かないほど林立した樹木

恐らく叫んだところで、無駄なだけ
こんな真っ暗な山の中に人が居るとは思えない
声を出せば、そこに自分が居ると、奴らに教える事になる


どうすればいい?
どうすればあいつらから逃げられる?


必死に木々の間を抜け、走りながら考えるのに、走れば走るほど体の中にこもる熱は上がり、頭の中が酸素不足で真っ白になって行く

自分では必死に走っているつもりだったのに、クスリのせいでおぼつか無い足元と慣れない山道では、転んでは起き上がり…の繰り返しが関の山

すぐに『居たぞ!』という連中の声がすぐ近くでこだました

闇の中から伸びた腕に腕をつかまれた瞬間、咄嗟にその腕の方へ突っ込んで、掴んできた男を突き飛ばす

その勢いのままよろめきながらも走り出すと、今度は違う男が俺めがけて体当たりをかけ、除けきれずに転がされ、背中から思い切り大木の根元に打ちつけて、その衝撃で一瞬息が止まる

その上に別の奴が馬乗りになって、顔めがけて振り下ろされた拳を、手錠で繋がった両手を掲げてブロックし、逆にその腕を取って横に引き倒し、足で蹴り飛ばしてやった

手錠で拘束されてはいても、そう簡単にやられるもんか!
そう思った瞬間、

ヒュン…ッ!

という耳慣れない何かがしなるような音が聞こえたかと思ったら、片足に何かが巻きついて引っ張られ、思い切り地面に引き倒されていた


「つーかまーえた♪やるねぇ、おぼっちゃん。あいつらが病院送りにされるわけだ」


そんな塚田の声と共に、捕らわれた足が更に引かれ、片足が引き摺り上げられる

足首に巻きついているのは、長い紐状の…ムチで、それを操る塚田の表情が嬉々とした笑みを浮べていた

『塚田は真性のサドだって噂だ』

確か、馴染みのバーテンがそんな風な事を言ってたっけ…!と思いだしたけど、もう後の祭りだ
足を取られては逃げ出す事も叶わない

何とか身体を起こして足首に巻きついたそれを取ろうと手錠で繋がれた両手を釣り上げられた足に延ばした途端、不意に足首のムチが解かれ、今度は突き出した恰好になっていた手錠に、それが巻きついた

まるで自分の手足のように自在にムチを操っている事からも、その扱いにどれだけ塚田が慣れているのかが知れる

そのままグンッ!と手首ごと引っ張られ、塚田の足元に引き倒された


「っ、サド野郎…っ!」


上目遣いに睨みつけ、毒づいたら、一層塚田の笑みが深くなる


「いいねぇ、その目、そのキレイな顔。顔はキレイなままの方がいいかな。その方が良く売れる」

「っ!?」


売る!?それって…!?


ハッと目を凝らしたら、闇の中で光る赤いランプに気が付いた
多分、赤外線付きで闇の中でも撮れるビデオ

驚愕の表情になった俺に『こういう実録強姦ものが好きな奴、結構居るんだぜ?』と、さも楽しそうに塚田が言い、手首に巻いたムチの持ち手を頭上にあった太い木の枝に放り上げたかと思うと、落ちてきたそれをグイッと引いた

手錠にムチが巻きついたままの俺の身体は、足がかろうじて地面に着くほどに持ち上げられて、吊るされた


「は…なせっ!!」


叫んで暴れよう…とした瞬間、『動くな!』というドスの利いた声と共に冷たくて硬質なナイフが首元に押し当てられて、動きを封じられる
その間に吊るしたムチの先が別の太い枝に繋がれて、固定されてしまった

背後から歩み寄ってきた塚田が、ナイフを押し付けられて動けない俺の前に立ち、新たに取り出したナイフでグイッとシャツの胸元にその先端を押し当ててくる


「暴れると、間違って心臓えぐるかもよ?」


ゾッとする薄笑いを浮べた塚田の持つナイフがゆっくりとシャツのボタンを弾き飛ばしながら下へと降りていく
シャツの中に忍び込んだナイフの先端が、胸元の薄い皮膚の上に、薄っすらと赤い線を刻んで行く

血の出る一歩手前

そのむず痒いような痛みと、いつ深く抉られるか…という恐怖が相まって、肌が粟立つ
全てのボタンが外されて開いた胸元…先ほどついた赤い傷跡に、塚田が冷たいナイフを押し当てながら今度は下から上へとゆっくりと這い上がらせてくる

その感覚に身体が勝手に反応し、ゾクゾクとした電気のような痺れを伴って、全身に震えが走った


「いい感度してるねぇ。安心しな、すぐに痛みは快楽に変わるからよ…」


楽しげに耳元で囁いた塚田とナイフを押し当てていた男が離れた瞬間、『ヒュンッ!』という音と共に背中に走った激痛


「ぅわ…っ!」


さっきまで俺を追い立てていた連中が、笑いながら吊るされた俺の背中めがけて代わる代わるムチを繰り出してくる


「ほら、しっかり狙えよ、外れてるぞ!」
「手首のスナップ使うんだよ!」
「は、こりゃスゲェ!そそられる!」


嘲笑の合間にそんな言葉が交わされる
最初の頃は的外れだったりして弱かった痛みが、だんだんとムチの扱いに慣れてくるにつれ、命中度と威力が上がり、痛みが半端じゃなくなってくる

それでも唇を噛み締めて、悲鳴を押し殺していた
声なんか上げようものなら、それこそこいつらを喜ばせるだけだ

背中のシャツが引き裂かれ、飛び散っていく
避けた皮膚から流れ出ているんだろう…生温かい血が幾筋も背中を伝わっていく

だけど

痛かったはずのその痛みが、だんだん熱さに変わっていく
クスリのせいで体の中にわだかまる熱さと、区別がつかなくなって来る

打たれるたびに感じていた痛みが、背筋を震わせる痺れへと変わり、意識が朦朧としてくる


「もういいだろ」


そんな塚田の声が聞こえ、吊り下げられていた身体が地面に落ちると、うつ伏せになっていた俺の腹を蹴り上げるようにして身体を反転させられ、仰向けに転がされた

その拍子に、首に掛かっていたアロマペンダントの鎖が切れたらしく、地面に落ちたその硬く冷たい涙色の石を、塚田が拾い上げた


「あらら、切れちゃった。もったいない。おい、これも金になるかもだぜ?」


そう言った塚田が、周囲に居た男の一人に向かってそれを放り投げた瞬間、俺は抗う気力を一気に失った


唯一あったはずのあの人との繋がりは、こんな簡単に奪われる程度の物…


涙すら湧いてこない
繋がれる首輪は切れ、飼われる望みさえ失った


「…犯れよ」


笑いを含んだ塚田の声音と供に数人のナイフを持った手が伸びてきて、もう既に破れて血まみれのシャツからズボンまで、嘲笑と共にズタズタに切り裂かれて全裸にされ、足を押し広げられる

これから何が起こるか、もう十分すぎるほど分かっていた

いくつもの腕が俺の身体を押さえつけ、逃げ出す事も抗う事も出来やしない

一気に駆け抜けた引き裂かれるような衝撃
上げたはずの悲鳴が闇の中に吸い込まれ、あっと言う間に消えていく

誰も助けになんて来ない
誰にもこの声は届かない

もう、何の感情も湧かなかった

ただ

どこかで見かけた汚物にまみれた薄汚い野良猫…のビジョンが自分と重なった

クスリのせいで感じる痛みが熱さに変わり、それがやがて抗いようのない快楽へとすり替わっていく


自分の上げる嬌声がネコみたいだと


何もかもがどうでもよくなった頭の中


ぼんやりと


そう


思った





トップ

モドル

ススム