野良猫








ACT 24(祐介)







この父親は、どこまで光紀の夜の顔を知っている?


そんな疑問が、その真っ直ぐに見つめてくる威圧感から湧いてくる
もしも何も知らなければ、こんな風に俺と直に会うなんて事、するだろうか?

俺の中で出した答えは”否”だった


「…息子さんは、その携帯を送りつけてきた人間ともめていました」


それだけ言って様子を窺うと、眉一つ動かさず


「…知っている」


と、答えを返してきた
思わず、片眉がピクリと痙攣する


「…知っていて、どうして止めなかったんですか?」


少し、感情が出てしまったかもしれない
七里議員の目つきが険しくなった


「…君は息子が居るのか?」

「…はい」

「そうか…君は父親として息子に十分接してやれている方かね?」

「っ、いえ」

「なら、少しは分かるだろう?気がつけば隔たってしまっていた息子との距離の遠さが。そうなってしまったら、もう見守る以外、何もしてはやれなかった。
夜の街にでてウサ晴らしするような真似をするようになったのも、私のせいだ。分かっていたからこそ、止める事も出来なかった。今更…と言われても反論はしないが、やめさせるべきだった…」


言いながら、七里議員の視線が光紀の携帯に注がれ、伸ばされた手で指先が白くなるほど、その携帯握りしめた。

光紀は決して愛されていなかったわけじゃない。
ただ、それをお互いに伝える術を知らなかっただけなのだ。

だったらなお更、光紀をこのままになどしておけない。

俺は座っていた座布団から降り、議員に向かって頭をたれた。


「…七里議員、お願いがあります」

「っ?」

「どうかその事を…息子さんを大事に思っていらっしゃる事を、きちんと伝えてやってください。それと塚田の要求通り、うちの会社を空港建設から外してください。息子さんは必ず私が助け出しますから…!」

「っ、きみ…?警察にも公にせずに動いてもらっている、君がそこまでしなくても…」

「塚田は私に恨みがあるんです。息子さんは私の子供の身代わりに連れ去られた…ですから、私の命に代えても、必ず!」


要求を呑んだ所で、光紀が無事に帰ってくる保証はどこにもない。
ましてや、警察に塚田を渡す気などさらさらない。


「…身代わりとはいえ、連れ去られるだけの理由がうちの息子にあったのも確かだ。私も少しくらいなら警察の上層部に顔が利く。何かあった時には力になれるだろう」


含みのある言い方に、議員も端から警察など当てにしていない事が伺えた。
わざわざ俺を呼びつけ、こうして極秘裏に会ったのだって、俺が単独で動く気があるのかどうかを確めるため…。

どこまで裏情報に精通し、どこまで俺と光紀の関係を把握しているかは知らないが、たいした狸だ。

それでも。


「ありがとうございます。では、失礼致します」


立ち上がり、部屋を出際に七里議員と合わさった視線には、確かに息子を思う親の切実さが滲んでいた。







そこからの行動は、一条に示唆されたとおり、使えるものは全て使った。

新井組とは、既に破門同然とはいえ組員である塚田が俺の息子に手を出したのだ…塚田を探し出す事を条件に手打ちとし、葛西組とも塚田探しの協力を取り付け、かなり広範囲でその行方を追っていた。

ところが。

光紀が連れ去られてから丸一日経ったが、何一つ手がかりが得られない。

普通では有り得ないことだった。


「塚田の行動範囲は全部あたってるはずだ…!なのに何で見つからない?」


報告も兼ね、一条の寺に押しかけてそう言い募ると、さすがの一条も厳しい顔つきで俺を見返してくる。


「確かにな。しかも塚田の舎弟も何人か姿を消してるんだろ?そいつら全員が見つからないなんて、どう考えても不自然過ぎる…」

「警察も検問をしいてるが、ひっかかってない。光紀を連れて移動する事自体無理がある…。絶対どこかに潜んでるはずなのに!一体どこだ?どこか見落としてるか!?一条!」


イラつくままに声を荒げ、一条に詰め寄った途端、内ポケットに入れていた携帯が着信のメロディを奏でた。

何か情報か!?と、慌てて表示を見ると、今、ニューヨークに居るはずのアキこと、秋月剛からだった。


「剛か!何だ、この忙しい時に!?」


不機嫌全開で電話に出ると、その俺以上に不機嫌な声音が返ってきた。


『何だとは何よ!?それはこっちの台詞だわ!こないだ作ってあげたアクアマリンのペンダント、質屋に出されてるんだけど、どういうことよ!?』

「な…っ!?どういうことだ?」

『それはこっちが聞いてるんでしょ!うちのオリジナルは一点ものでしょ?付加価値を高める為にも質屋なんかに出回ったら倍の金額で買い戻す事にしてるの!だから、どこの質屋でも出されたら即行連絡が来るのよ!』

「っ!剛、どこの店だ!?どこで出されてた!?」

『な、なに?真柴のシマ内よ。空港建設で埋め立て用の土砂掘ってる山あるでしょ?その麓(ふもと)のK町、○○質店。なんだってこんなトコで…』

「一条っ!やられた!うちのシマ内だ!」


剛の言葉を最後まで聞く間もなく携帯を閉じ、一条と共に外の車へと飛び出し、急発進させていた。


「シマ内だと?どこだ、真柴!」

「空港埋め立て用の土砂掘削場!あそこなら隠れるのにうってつけだ!プレハブの事務所もある!」

「なっ!?あの山の中か!?そういや、塚田の要求呑んでから作業も止まって、誰も行ってねぇんじゃ?」

「ああ、週末休みもあったから、この3〜4日は誰も行ってない!」

「なんだってそんな場所を塚田が…?!」


言いかけた一条がふと黙り込み、『…真柴、お前の携帯、ちょっと貸せ』と言って、運転していた俺の手から携帯をもぎ取った。


「…おい?誰にかけてる?」


勝手に人の携帯を開けたかと思うと、一条が誰かに電話をかけ始める。
既に暮れ始めた空は暗く、厳しい顔つきの一条の横顔にも深い影が落ちていた。


「…っ、留守電だと?おい、真柴、今までお前がかけた電話で影司が留守電だった事あったか?」

「影司にかけたのか?いや… いつかけても、3コール以内に出るぞ、あいつは。今日は中止になった空港建設を秋月の会社に引き継いでもらう手続きに走り回ってるはずだから、忙しくて留守電にしてるんじゃないのか?」

「つまり、今どこにいるのか誰も知らないってことだな!?昨夜は?」

「昨夜?確か…知事からの電話を俺に伝えてきて、その後、塚田の要求を呑んだ事を伝えて…いつもどおり退社してるはずだが…?」

「…涼介のGPS、秘書室のパソコンとも繋がってたよな?」

「…おい、一条?」

「影司なら、塚田に情報が流せる。こっちの捜索情報も、塚田側からじゃあ絶対捜索範囲に入らない、人が行かなくなると分かってる、こっちのシマ内の絶好の隠れ場所もだ!」

「…は、なに言ってるんだ一条?影司が塚田を助けるようなマネするわけないだろ!あいつは昔、塚田みたいなチンピラに絡まれて起こした傷害事件のせいで、夢を潰されてるんだぞ?」


俺だって、一条や伊藤の態度から影司の行動には気をつけてた。
けれど、その行動のどれを取っても、疑わしい所などなかった。
それどころか異常ともいえる献身振りで、替えのきかない秘書役に徹している。


「ああ、俺もそれがあったから、今ひとつ合点が行かなかったんだ。けどな、そんな奴がなぜ、自分の夢を潰した同じ世界にも身を置くお前の下で働いてる?真柴組の弁護をし、他の組との関係にまで口を出す?」

「……」


言われて改めて考えてみれば、確かにそうだ…それに、なぜか妙に塚田を潰すべきだと、俺に言い募ってなかったか。

確かに、問題回避のためにはそれが一番手っ取り早い…光紀との事がなかったら、俺も早々に塚田を潰しにかかっていたはずだ。
だからこそ、そんな影司の態度に疑問など抱かなかったのだが…。

黙り込んだ俺を見つめていた一条が、今度は自分の携帯から再び誰かに電話をかけ始める。


「…ああ、真哉か?俺だ、一条だ。久しぶり。お前、今どこにいる?仕事場か?ちょうどいい…塚田は知ってるな?そいつが以前関わった傷害事件がないか調べてくれないか?…ああ、まってる。分かったら電話してきてくれ」


そう言って電話を切った一条に、俺は思わず目を見張った。


「一条!?まさか…」

「偶然過ぎるか?でもな、もしも影司が自分の夢を潰した奴を探し出して復讐する為にお前の下に居たんだとしたら、これは偶然じゃねぇ、必然だ」

「だが、例えそうだとしても、一体何のために影司は塚田を助けるようなマネを…?」

「助ける為じゃねぇ…」


一条の低いその声音に、ハンドルを握る指先に力がこもった。


「それともう一つ、影司の奴のお前に対する献身ぶりだがな…ありゃ、お前に惚れてるからだぞ?なのにお前ときたら、誰かと寝る度にホテルまで影司を迎えに来させてたろ?
まあ、遊びだと分かってたから影司も我慢できてたんだろうが…」

「ちょ…、まて!影司が俺に!?」


思いがけない事を当然のように告げられ、俺は心底驚いた。
確かに影司の献身振りは普通じゃなかった。
けれどそれは、

『社長に拾って頂かなかったら、俺は死ぬつもりだったんです。命の恩人に恩返しするのは当然でしょう?』

そう言っていた影司の言葉通りの、自暴自棄になってゴミくずみたいになっていた所を拾ってやった事に対する礼のつもりなんだろう…としか思っていなかった。


「ほんとに気がついてなかったのか…だからお前は自覚が足らねぇ…つってんだ!しかもお前、影司に拉致られた美少年を探して取り乱した所も見られちまってるしな。影司にお前が本気なんだって教えてやったのと一緒だ…もしも俺の勘が当たってたら、マジでヤバイことに…」


言いかけた一条の携帯が鳴り、真哉かららしきその電話を受けた一条が、眉間にシワを寄せながら『…そうか、分かった。ありがとう』と言って携帯を閉じた。

その言葉と表情だけで、一条の憶測が正しかった事が容易に知れる。
一条に確認を取る必要もなく、俺はアクセルを全開で踏み込んでいた。


「一条!伊藤達に連絡!」

「分かってる!クソッ!何でもっと早く確めなかったんだ!無事でいろよ、美少年!!」


叫んだ一条がガッ!とばかりに窓ガラスに拳を叩きつける。

その時、後部座席で小さな影が蠢いた事に、俺も一条も気がついてはいなかった。




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