始発恋愛













ACT 4









次の日の朝

僕はまた、いつもの指定席に座った

さすがに殴られたので懲りたのだろう

あのおっさんが僕の居る車両に来ることもなかった

僕はホッと胸を撫で下ろして

3つ目の駅を心待ちにする

ビシュッ・・!

ドアが開く

見上げた先に、あいつが居た

視線が合って

思わず自然と笑みが浮かんだ

すると

少し驚いたように、あいつは目を見張ったけど

フ・・・ッと口の端が上がって、薄く笑み返してくれた

でも

すぐに視線は外されて

いつもの自分の指定席に座って

いつものように足を組み、俯いてしまった

いや、いつもそうなのかどうか、それはちょっと自信がない

だって

僕はたいてい居眠りをしていて

そいつに関して知っている事といえば

3つ目の駅から乗ってくることと

いつも雑誌から抜け出してきたみたいに

洗練された服装をしていて

微かに漂う香水が日によって様々だ・・・という事

僕の位置からはその表情を窺い知ることは出来なくて

そいつが目を閉じているのかどうかも分からない

笑いかけたことを、どう思っただろう?

確かに、微かではあったけど

笑ってくれた・・・と思う

だけど

こうしていつも通りの態度を取られると

不安になる

ひょっとして

馴れ馴れしい奴だと思われただろうか?

やっぱり

昨日の事はあきれ果てた末の

仕方なく・・・な、行為で

こいつにとってはどうでもいい事・・・だったんだろうか?

なんだか

僕はもの凄く、落ち込んだ

昨日のこいつは、もの凄くかっこよくて

僕の持っていない、憧れみたいなものを全て持ってた

そんな奴と、友達になれたら・・・!

いや、きっとなれる・・・!

勝手にそんな風に思い込んでいた

バカみたいだ

堪らなくなって

ギュッと目を閉じて俯いた

昨日から、ずっと始発に乗るのが楽しみだった

それは、多分

いや、それ以外疑いようもなく

あいつに会える・・・そう思ったからだ

でも

よく考えてみたら

昨日の事は、偶発的な、奇跡に近いもの

同じ電車に、同じ時間に、同じ車両に

偶然乗り合わせた・・・それだけの関係

それで友達になれるだなんて

そんな風に思うこと事態、非常識

そんな結論に至った途端

鼻の奥がツン・・ッとした

何だってこんなことぐらいで・・・!

不覚にも、泣きそうになる

涙なんて絶対こぼしたくなくて

僕はギュッと目を閉じて涙が引っ込むのを待った

だから

終点の1つ手前の駅でも顔を上げなかった

また

あいつに無視されて背中を向けられるのかと思うと

とてもじゃないけど、顔なんて上げられない

1つ手前の駅の扉が閉まる音と供に

僕はホッと強張っていた体の緊張を解いた

もう止めよう

こんな想いを毎日するのは耐えられそうにない

明日からは

違う車両の、違うシートに、乗ろう

また

いつもどおりの

朝が早くて嫌なだけの始発

この数日の事は、とっとと忘れてしまおう

そうだ

男の僕が痴漢にあっただなんて

そんな事、覚えていたくなんてない

終点に付いたアナウンスが流れたけれど

僕はしばらくジッとしていた

この電車は、すぐに折り返し電車になる

だから、乗っていれば帰っちゃうんだよな・・・

そんな事を初めて考えた

仕事に行くのがこんなに嫌だと思うなんて

この仕事を始めて6年になるけど

初めて、だった

乗っていた全員が降り切ったようで

周りがシーーンと静まり返る

もうじき反対側のドアが開いて

折り返しに乗る人達が乗り込んでくる

そう思った瞬間

「・・・・おい!」

不意に肩を揺さぶられ、声が注がれた

「え!?」

驚いて顔を上げると、そこに

あいつが、立っていた

目の前のものが信じられなくて

僕は一瞬、寝ぼけているのかと思った

だけど、今日は1秒だって寝ていない

ただ茫然と見上げていると

そいつが、少しムッとしたように言った

「・・・っんだよ、狸か?よくわかんねー人だな」

「え・・・?」

わけが分からなくて、そいつの顔を凝視する

そのムッとした顔つきでさえも

こいつだと、こんなにかっこいいんだな

そう思って、少し神様ってものを恨んだ

僕は童顔と身長の低さのせいで、

今年で24だというのに、大抵学生に見られてしまう

最悪な時には高校生だ

同じ人間なのに

こんなに違うなんて、不公平だ

そんな現実逃避から、そいつが引き戻す

「サボる気か!?」

「っ!?」

その一言で、現実に目が覚める

ハッと弾かれたように立ちあがった僕は

慌ててドアの外へと駆け出した

その腕を

ドアを一歩出た所で掴まれて

引き戻される

「え・・・?」

ふわ・・・っと微かな香水とタバコの匂いが濃厚になる

「・・・俺が気になるんなら、明日は俺の横に座ってろ
    座ってなきゃ、あきらめるから」

背後から

一瞬、そいつが俺を抱き寄せて

耳元で、そう言った

「な・・っ!?」

僕の声と、ドアが閉まる警報音が重なる

次の瞬間

そいつに背中をドンッと押され

僕はドアの外へと、つんのめる様に押し出されていた

ビシュ・・!

完全にドアの閉まった音と供に振り返ると

反対側のドアが開いて

折り返し乗車客がドヤドヤと乗り込んで来ていた

でも、さっきの事が夢じゃない証拠に

いつもの指定席に、あいつが居た

俯いたまま、顔も上げず、そこに

どうして!?

なんで、終点まで!?

それに

さっきの言葉は!?

・・ 『・・・俺が気になるんなら、明日は俺の横に座ってろ
    座ってなきゃ、あきらめるから』・・

なに?

気になるんなら、横に座ってろ?
座ってなきゃあきらめる?

どういうことだ!?

わけが分からない

茫然と立ち尽くしていた僕の耳に

違う電車の発車音が、けたたましくこだまする

ハッと我に返った僕は

仕事の事を思い出し、慌てて改札へときびすを返した

息を切らして地下から地上への階段を駆け上がる

いつものように滞りなく仕事を開始した僕は

やっぱり

次の日の朝が

待ち遠しくて仕方がなくなっていることに

気が付いていた




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