始発恋愛











ACT 3










「っ!?」

僕が外へ飛び出した途端

そいつが驚いたように振り返った

僕の背後でドアは閉まり

電車が発車した

風圧で

そいつの長めの前髪が、フワッと浮き上がる

はっきりと見えたそいつの瞳が

真っ直ぐに僕に注がれていて

なぜだか

カァ・・ッと体温が上がった

その真っ直ぐな視線から逃げるように

僕は慌てて頭を下げた

「・・・っ、あ、あの、ありがとうございました・・・!」

昨日言えなかった分も含めて

僕は深々と頭を下げて礼を言った

なかなか返事が返ってこなくて

やっぱりあきれられているんだろうか・・・?

と、僕は目をギュと閉じたまま

頭を上げることが出来ないでいる

「・・・・・・・あのさ、仕事、どうすんの?」

あきれたような声音と供に返された言葉に

僕は「・・・あっ!!」と、息を呑んだ

完璧に遅刻だ

だけどそんな事

こいつに無視されて背中を向けられた途端

完全に飛んでしまっていた

今更後悔しても遅いけど

自分の情けなさに泣きそうになった

うなだれたままの僕の頭上から

「・・・・・ったく!」

という、完璧にあきれた声音が注がれる

その声の位置からして

やっぱりこいつの方が僕より10センチは背が高い

「・・・・・行くぞ!」

不意に腕を掴まれて引っ張られる

「え・・・!?」

驚いてそいつを見上げると

意外にも優しい笑みとぶつかった

その笑みと、掴まれた腕の力強さに

ドキン・・・ッと心臓が跳ねた

「いつも終点だろ?連れて行ってやるよ。俺、バイクだから」

「ええ!?そ、そんな・・・い、いいですよ・・・ぼく・・・」

「俺のせいで仕事に遅刻なんて、俺が、嫌なんだよ」

「え!?で、でも、僕が勝手に・・・」

「降りたのはそっちの勝手でも
 降りる原因を作ったのは、俺だろ?」

「や・・・でも・・・」

「遅刻してもいいのかよ?」

「や、よくない・・けど・・・っ」

「だったら、来る!」

もう既に駅の改札に向かって引っ張られてはいたけど

そこから更に

駅前の駐輪場へと

有無を言わさず連行された

そこにあったのは

黒光りするナナハンの大型バイクで

凄くそいつに似合っていて

凄くかっこよかった

「ほら、早くしろ」

思わず見惚れていて

かけられたその言葉にハッと我に返った

「・・・え?」

「突っ立ってないで、乗れって」

フルメットをかぶったそいつが

またがったバイクのシートの後部を視線で示す

「え・・・、こ、ここ?」

自慢じゃないけど

バイクになんて乗った事がない

ましてや

こんな大型バイク・・・!

またがって

足が着くかどうかすら、自信がない

「朝も早いし、メット無しでも捕まらねーよ。ほらっ!」

グイッと思い切り腕を引っ張られて促されて

僕は慌ててそいつの背後にまたがった

思ったとおり

片足しか足が着かない

バランスが崩れて

「う・・わっ」

と、そいつの背中に思い切り鼻先をぶつけた

「・・・っ、あ、ごめ・・・」

慌てて身体を起こそうとしたら

掴まれたままだった腕を更に引かれて

そいつの背中に身体が密着する

「ほら、そっちの手も廻してしっかり捕まってろよ
 振り落とされたくなかったらな!」

「え!?うわっ、ちょ・・・っ」

返事を返す間もなく、バイクが発進する

反射的にそいつの腰に手を廻して

思い切りしがみついていた

・・・・怖いっ!

はっきり言って、半端じゃないスピードだった

いや、バイクなんて初めてだったから

それが本当に半端じゃなく早いのかどうかも分からない

耳元を掠めていく風圧と風の音

油断していたら本気で振り落とされそうな切れのある運転

とてもじゃないけど、目なんて開けていられない

ただ

必死でそいつの背中にしがみついていた

どこかの有名ブランドの

肌触りの良いジャケットの布地

微かに香る香水とタバコの匂い

感じるそいつの温かな体温

その温かさが、だんだんと怖さを安堵感に変えていく

今までこんな風に他人と密着した事なんてない

他人の体温が

こんなにも心を落ち着けてくれるものだなんて・・・!

「着いたぞ」

そいつの声が、背中に押し当てていた耳から

身体の振動を伝って、直に聞こえてくる

「え!?」

ハッと顔を上げると

目の前に見慣れた駅ビル街

「あ、ありがと・・・う!?」

慌ててバイクから降りようとして

強張っていた身体がつんのめった

「あぶね・・・っ!」

条件反射で差し出されたのだろう

そいつの腕の中で抱きとめられた

「っ!?うわ、ごめ・・・っ」

視線を上げた途端

そいつの笑っているように細められた瞳が

目の前にあって

「・・・・ほんとに危なっかしい人だな」

笑いを含んだ声音でそう言った

僕は本気で恥かしくて

一瞬で頭の先から爪の先まで真っ赤になった

真っ赤になったその顔を見られるのが嫌で

僕は弾かれたように腕の中から抜け出して頭を下げた

「ご、ごめんなさい!あの、本当に今日は・・・」

「いいって・・・!」

急にトーンダウンしたその声音に

「え?」と顔を上げると

もう既にそいつはバイクを空吹かしして

その場から去っていこうとしていた

「ちょ、まって・・・!」

「また明日な・・・!」

軽く手を振ってそう言い放つと

あっという間に走り去っていってしまった

茫然と

その後姿が見えなくなるまで見送って

ハッと送ってもらった目的を思い出した

「・・っ!やばっ!仕事・・・!」

我に返ってよくよく周りを見てみると

すぐ横に、僕の勤務先である駅ビルの中にある百貨店

その従業員の出入り口が・・!

「え・・?なんで?どうして、ここが・・・?」

僕の乗っているあの電車の改札は地下にあるから

地上に出る出入り口が東西南北にある

なのに

どうして

僕がいつも使っている

この南側の、しかも勤務先の出入り口の近くに!?

「・・・・偶然、だよな?」

どう考えたって、それ以外ありえない

僕は遅刻ギリギリのその時間に焦りながら

百貨店の中にある職場へと駆け出して

何とか遅刻ギリギリで仕事に就くことが出来た

一通りの朝の作業を終えて一息ついた頃

ふと

そういえば

名前も何も聞いていないことに気が付いた

だけど

あいつが言い放って行ったとおり

また明日

あの始発であいつに会える

そう思うと

今まで朝が早くて嫌なだけだった始発が

早く朝にならないかな?

なんて思いながら仕事できるくらい

楽しみで仕方なくなっていた



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