ターンオーバー







ACT 5








「・・・本気か?」


真顔でそう聞いた秋月に、フイ・・・と高城が視線を反らしながら『ああ』と返事を返す


「っ、じゃあ、今すぐ送ってやる。酔い潰れて意識のない奴を抱く趣味はないんでね」

「!?、あきづ・・・っ」


高城が言葉を継ぐ間もなくその腕を取った秋月が、強引にその腕を引っ張って出口へと向かう

その行動は迅速で、店内に居た客の数人が一瞬、その騒動に視線を投げかけただけで、あっという間にドアの外に消えた二人の事など気にする風でもなく、元の静かな店内に戻ってしまった

ドアから出て行った二人の軌跡を辿るようにしてカウンターに戻ってきた、まだどこかあどけなさが残る黒髪の少年・ハルに、米良が問いかける


「・・・どうした?」

「秋月さん、本気で怒ってた」

「だろうな」

「いいの?放っておいて?」

「なんだ?珍しいな。気になるのか?」

「だって、あの人、心の中に深い海を巣くわせてるから。秋月さんが冷静に戻らないと呑まれるかも・・・」


意味深な言葉を吐いて、ハルが不安気にドアの方を振り返る

このあどけない顔つきの少年は、たまに不思議な力を発揮する

こんな風に意味不明な、でも分かるものが聞けば蒼ざめるような事をサラリと言い当てたり
失くし物の在り処を言い当てたり
言葉にしていないはずの言葉を言い当てたり

おまけに、賭け事でも負けたことがない

この店の『ジョーカー』という名前の由来も、実はハルの持つその特性ちなんだ『最後の切り札』という意味合いで、その特性を身を持って知った者達がいつの間にかそう呼ぶようになったことがきっかけだ


「・・・ひょっとしてさっき機嫌が悪かったのは、俺もその海とやらに呑まれるとでも思ったからか?」

「っ、あんたは、誰にでも優しいすぎるんだ・・・!傷ついたモノには特に!だから、」


キッとばかりにそのあどけなさが残る表情から、急に大人びた顔つきに変貌し、ハルが恐ろしく鋭い眼差しを米良に注ぐ
そのハルの言葉と眼差しを遮るように、米良の静かな瞳が真っ直ぐにハルを見据えた


「俺は誰にでも優しくした覚えはない」

「っ、でも、」

「お前に関係なければどうでもいい」

「え・・・?」

「高城さんは切れ者の刑事さんだ。何かあった時頼りになるし、お前の素性も問わなかった。だからだ」


静かに言い放った米良に、ハルの表情がスゥ・・と柔らかい元のあどけなさが残る顔つきに戻っていく


「・・・で?あの二人、どうなってる?」

「ん?今、秋月さんの家に向かってる」


即答してきたハルに、米良が眉間に深いシワを刻む


「じゃあ、覗き見はもう止めておけ。悪趣味だぞ」

「・・・ちぇ、」

「ハル!」

「はい、はい」


肩をそびやかし、チロリと舌を出して無邪気に笑いながら、ハルが奥の席で手を上げて呼ぶ客の元へと歩いていく

その少年らしい華奢で細いしなやかな背中を見つめながら、米良が特大のため息を吐き出していた











ドサッ!

部屋にたどり着くやいなや、容赦なく腕を引っぱったままベッドの上に突き飛ばすようにして高城の身体を転がした秋月が、その上に覆い被さって来た


「ちょっ、待て!あきづ・・き!」

「なんで?俺は送るならベッドの上だと言ったはずだ」

「いや、けど・・・っ」

「お前が、いいと言ったんだぞ!?」

「っ、」


いつにない秋月の怒気を含んだ声音に、一瞬高城が言葉に窮する
それが事実なだけに、反論の言葉が見つからない

動きを止めた高城に、それを合意と受け取って、秋月が高城のシャツのボタンを引き千切らんばかりの勢いで外し始めた


「っ!ま、まてって、秋月・・っ、」


表情を強張らせボタンを外すその手を止めようとした高城の手を掴み上げた秋月が、その両手首をひとまとめにして頭上で縫い止め、肌蹴た胸元に指先を忍び込ませた

酒でほんのり桜色に上気した高城の素肌の上で、秋月の冷えた指先が鎖骨を辿り薄い胸を撫で付ける


「ッ!!」


その指先の冷たさにビクンッと高城の身体に震えが走り、よく知っているはずの自分を見下ろす男の視線に、獣じみた知らない一面を感じてゾ・・ッと肌が怖気立った


「や・・っ!ぃやだ、離せ、秋月・・・ッ!」


叫んだ高城が死に物狂いに暴れだし、その必死の抵抗振りに秋月が言い放つ


「じゃあ、言え!俺に何を隠してる!?俺だけ蚊帳の外にしようなんざ、いい度胸じゃないか!織田と何があった!?」

「っ、そ・・れは・・・っ」


ハッと表情を強張らせた高城が、言いかけた口を再び閉ざす
織田とのことは、誰にも言ってはならないコト

特に、この秋月は国際弁護士の資格も持つ敏腕弁護士で、刑事事件にも多数関わっている
秋月自身が気づかないうちに九曜会との繋がりが出来上がっていることも十分考えられた

おまけに秋月の実家は由緒正しい元華族の家系で、国内でも5本の指に入るスーパーゼネコン・秋月建設!
財界の大物連中とも顔馴染みだ

そのどこで九曜会に情報が漏れるとも限らない
それだけでなく、どこで秋月を巻き込んでしまうかも分からないのだ

この男がその事を知れば、必ず首を突っ込んでくる
例えそれがどんなに危険なことであったとしても・・・!

唇を噛み締めて秋月を睨み上げていた高城が、フ・・ッと浅くため息をついてその全身から力を抜いた


「・・・じゃあ、好きにしろ。その代わり織田とのコトは一切聞くな、それが条件だ」

「!?」


一気に弛緩して大人しくなった高城の手の束縛を解いた秋月が、高城の顔の両脇に手をついて、その顔をジ・・ッと見下ろした


「・・・そんなにヤバイ事なのか?」

「・・・・」

「まさか、俺を巻き込みたくないとか・・そういう陳腐な理由じゃないだろうな?」

「・・・・」


視線を反らし黙り込んだままの高城に、秋月の目がスゥ・・ッと眇められた

高城の性格は、誰よりも秋月が一番よく知っている
いったんこうと決めたらその意志を決して曲げない、特にそれが相手の身を思ってのことでなら、なお更


「やーめた!」


不意に、まるでオモチャに飽きた子供がそれを放り出す勢いで高城の上から降りた秋月が、背を向けたままベッドサイドに腰掛けた


「秋月・・・?」

「フン・・ッ!そういうことなら誰が抱くもんか、お前が言わないって言うんなら俺は自分で確めるだけだ。秋月の家の人脈を舐めるなよ、警察、政界、財界、ありとあらゆるコネを利用して突き止めてやるからそう思え!」

「な・・っ」


一気に蒼ざめた表情になった高城が、ガバッと身を起こした

今まで秋月は自分の家の人脈とか、コネとか・・・そういった種類の事を毛嫌いして、一度だってそんな風に口走った事などない

それを、今、こんな風にあからさまに言い募るということは、それだけ秋月が本気だということ
更に悪い事に、それをされる事は逆に織田の事を相手側に知らしめる結果にもなりかねないばかりか、秋月をも渦中に曝すことになる


「やめろ、秋月!お前がそんな事をしたら・・・!」


詰め寄った高城の方へ不意に秋月が振り返って、怒気を孕んだ顔つきで言い募った


「織田も、お前も、俺も、ヤバイ事になるってか?だったら言え!言わなくても結果は同じってことだろ!?言わないならお前のICPOへの出向、俺も追いかけて行ってやるからそう思え!」

「な・・っ、ふざけるな・・っ」

「ふざけてるのはそっちだろ!」


部屋の空気が震撼するほどの迫力で怒鳴った秋月が、ギュッ・・・と息が詰まるほどの勢いで高城の身体を抱き寄せた


「お前の中に織田しか居ない事は分かってる!けどな、その前に、お前も織田も、俺にとっては大事な親友なんだよ!
そいつらがヤバイ事になるかもしれないって分かってて、それで俺に何もするなって!?俺に、見て見ぬ振りをしてろっていうのか!?冗談じゃない!!」

「あ・・きづき・・!」

「ふざけるなよ・・海斗、お前・・・織田が今のお前みたいに言ったとして、それでお前は引き下がるのかよ?何もしないでジッとしていられるのかよ?出来やしないだろ・・・?」

「あ・・・」


ゆっくりと、高城を抱き寄せていた秋月の拘束が緩む

それは、頑なだった高城の心をも弛緩させるには十分な言葉と抱擁で・・・もとより口論でこの敏腕弁護士に敵うはずもなかったか、と、高城の口元に苦笑が浮かぶ

拘束の緩んだ秋月の腕の中で、高城がしっかりと顔をあげ、真剣な眼差しで秋月を見つめ返した


「・・・条件が、ある」

「っ、またか!・・・まあ、いい、言ってみろ」

「俺に何かあったら、秋月、お前が織田をフォローしてくれ」

「っ、じゃあ、こっちも条件付だ。織田だけじゃない、お前もフォローさせろ、それならなんだって聞いてやる」


秋月のその言葉に、高城が視線を落としてため息混じりに呟いた


「・・・お前、お人よしにもほどがあるぞ」

「うるさい、ほっとけ。お前だってそうだろ?お互い報われない万年片思いじゃないか」

「・・・秋月、言ってて虚しくないか?」

「ああ、虚しいとも!ったく、とっとと本題を言え!」


ほんとに可愛げがない奴だな・・・と苦笑交じりに囁かれ、そんな奴を好きだって言う物好きがいるらしいぞ・・・と切り返した高城が、ようやく意を決したように重い口を開いた




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