ヴォイス









ACT 14










高木が、興味津々・・・と言った面持ちでその☆マークをクリックする

開いた画面には、今まで見た事も聞いた事もない形式のブログ・・・ボイスブログなるものがリンクされていた


「ボイスブログ?へ・・ぇ、そんなのがあるんだ・・・」


今ひとつシステムを理解出来ないまま、画面を下に向かってスクロールする

そこには、普通のブログと同じように文章で内容を書くスペースがちゃんとあり、その下に音声が聞けるらしきコントローラーが置かれていた

ヘッドフォンを取り出した高木がそれを耳に装着し、コントローラーの中の再生ボタンをクリックする

途端に聞こえた、久我の声

弾けるように明るくて軽快で聞き心地の良い、透明感のあるいつもの久我の声が、高木の耳に注がれた

そこで語られていた内容は、久我の日常

久我が好きだと言っていたテレビドラマの感想とか、好きな声優の話題・・・

そこには、高木が知らない久我の一面が語られていて・・・思わず聞き入ってしまう

そのうち話題が拍手コメント返しになり
”好きな人はいますか?”という質問ネタになった


『えーーーと、好きな人・・はですね、いまだに、初恋の人です!幼稚園の頃だから・・・もう10年以上になるかなぁ。思いっきり片思い!結構一途です。自分でもバカだなぁ・・とは思うんですが、いまだに引きずってます。そんな感じです。あ、また長々と喋っちゃってますね。じゃこの辺で。まったね〜』


そこでボイスブログが終わった

”好きな人”という話題に、聞き耳を立ててしまった高木だったが、その内容は、以前、久我が冗談交じりで返してきたことと同じだ


「え・・・・、あれって、マジ・・だったのか?」


高木が茫然と呟いて、固まった

幼稚園の頃から・・・?
もう10年以上・・・?
片思い・・・?

久我に本当にそんなそんな相手がいるのなら、誰と付き合っても長続きしなかった・・わけじゃなく、ただ単に本命が他にいて、本気で付き合えなかった・・・という事だ



・・・・・・・・ッ、誰だ!?それ!?



高木の中で、一気にその見知らぬ久我の”初恋の人”に対する嫉妬心が湧き上がる
けれど、久我の周辺でそんな感じの人物が思い浮かばない

ひょっとしたら、引越ししてしまったのかもしれない
身近に居る人ではないのかもしれない

それでも確実に言えることは

幼稚園の頃から・・・なら、その相手は間違っても高木じゃない、ということ

確か久我は生まれた時からずっとこの街に住んでいると言っていた
高木は、母方の実家はあるものの・・・住み始めたのは3年前なのだから


「・・・他に、なんかヒントみたいな事、言ってないのか!?」


思わず呟いた高木が、そのボイスブログの履歴を辿って内容を聞き取っていく

だが

ボイスブログ自体、始めたのが最近らしく、そう煩雑に更新されているものでもない
アップされている音声を全て聞くのに、そんなに時間はかからなかった

内容は

当たり障りのない日常の事
お気に入りのドラマや漫画の感想
久我の、声優か俳優か・・・とりあえず何か演じたり表現したりする事がしたい!という夢の事

”初恋の人”に関しては、その最新のブログのみ

一瞬逡巡した高木が、その隠しブログに付いていた”コメントを書く”というボタンをクリックする


『その初恋の人は、身近に居るんですか?』


無記名で、そんなコメントを書き込んだものの・・・
IPアドレスは高木が”りゅう”として使っているものと同じだ

ひょっとして久我がそんな事にも詳しければ、そのコメントを書き込んだのが”りゅう”だと知られてしまいかねない
どこでボロが出るか分からないのだ・・・”りゅう”として以外”来夢”と接触を持たない方が無難だ


「・・・っ、くそっ!」


イラただしげに吐き捨てた高木が、書き込んだそのコメントを送信することなく、画面を閉じた








次の日


高木が自転車で久我を迎えに行くと、いつもは玄関前で待っているはずの久我が、居ない

そこで待っていない日は、演劇部の朝練がある日か、風邪か何かで休みの日・・・だ

久我は気管支が弱いらしく、よく風邪を引いていた

イチイチそれを連絡するのも面倒なので、玄関前に立って居ない日は高木一人で学校へ行くのが、この3年で培った決まりごとになっていた

昨日の事もあって・・・何となく顔を合わせにくいな・・・と思っていた高木だけに、気にしつつもそのまま学校へ向った

この時期、演劇部の朝練なんてありえない

と、すると



・・・・・・・・やっぱ、風邪かな・・・?



そんな事を思いつつ、昼休み高木が久我のクラスに行って事情を聞くと、『風邪だってさ!』と、軽い返事が返ってくる

しかも来週から自由登校に入り、学校へ来るのは週に一度

必然的に

高木が久我と一緒に帰ることも
久我の家に寄ることも

なくなる

今日はもう週末なので、卒業まで、後約一ヶ月
学校に来る日を日数に換算すると、卒業式を入れてもたったの4日だ



・・・・・・・・4日・・・あとそれだけしか久我と会えないのか



久我と会う・・・高木の中でその意味合いに昨日から追加された行為が当然のように含まれていて

それに気が付いた高木がカァッと耳朶を染める
なに考えてんだ!俺!!と、自分突っ込みを入れつつ俯き、上がった熱を冷ましていると


「・・・ぎ、・・・かぎ、高木ってば!」


自分の名前を呼ぶ声に、ハッと高木が我に返った


「・・・え?」
「え?じゃねえよ、何回呼んだら気が付くんだよ!ったく!」


高木の名前を呼んでいたのは、久我のクラスメイトで演劇部員の藤井だ

高木とも気が合い、久我の取り巻きの中では一番気心が知れている


「・・・・・そんなに呼んでた?」
「呼んだよ!5回は呼んだぞ、確実に!」



・・・・・久我の声なら、一発で気が付くのに



自分の中で、どれほど久我の声が特別なのか・・・今更ながらに高木が実感する


「ごめん・・で?なに?」
「あのさ、今日、久我の奴休みじゃん。高木と久我って最近一緒に帰ってるだろ?だからさ、これ持って行ってくんない?」


そう言って、藤井が数枚の卒業式の案内などが書かれた校内広報のプリントを差し出す

来週から自由登校になり登校日以外来なくなるためだろう、今日はプリント枚数も多かった


「え、俺・・が?」
「そ。俺が久我んちに一番近いから俺が持って行ってるんだけど、今日はちょっと用事があってさ、行けそうにないんだ。
頼んでも良いかな?」


そう言われた高木が、ハッとある事を思い出して藤井に問いかけた


「いいけど・・藤井ってさ、確か久我と幼なじみって言ってたよな?」
「うん?そうだよ。幼稚園の頃からずーーっと一緒!も、腐れ縁ってやつ?」

「・・・幼稚園の頃から・・・へぇ」


プリントの束を手渡されながら、高木の表情が一瞬、硬くなる

この藤井は高木とも気心が知れた、良い奴だ
もちろん久我とも、幼なじみ・・・と言うだけあって仲が良い



・・・・・・・・ひょっとして・・藤井が久我の初恋の人!?



高木の中にそんな疑惑が湧き上がる
バイで男もいける久我のことだ、”初恋の人”が男である可能性だってある
そんな高木の僅かな表情の変化を見て取ったのか、藤井が怪訝そうに小首を傾げて聞いてくる


「・・・で?それがどうかしたの?」
「あ・・・いや、ちょっと前に久我と”初恋の人”っていうんで盛り上がってさ、それが幼稚園の頃からだって言ってたから。
でも結局誰なんだか教えてくれなくて、気になってて・・・」

「ああ!久我の”初恋の人”ね。結構昔からのダチの間じゃ有名な話なんだぜ?
あいつ、ほんとに一途だよな、幼稚園の頃からずっと言ってるんだからさ」


笑いながらそう答えた藤井の様子に、高木の表情から硬さが消える
そんな風に言える・・・という事は、その当人の可能性は低い


「そいつって・・・?」


高木が一転し、期待を込めた視線と声音で聞く
幼なじみだと言う藤井なら、その相手が誰だか知っているかもしれないのだから


「そいつ?えーーーと、確か名前は、”ゆーちゃん”とか言ってたっけなぁ?」
「”ゆーちゃん”?」

「そ。何でも入院してる時に一緒に遊んでくれたんだと。でもって、それっきり・・・らしいけどな」
「え?入院?」

「ほら、あいつ時々今日みたいに休むだろ?小さい頃は小児喘息で大変でさ、入院したことがあったんだ。今はたまに定期健診受けるくらいで平気らしいけどな」


思わず高木が目を見張る
今まで久我からそんな話を聞いたことがない
そんな素振りさえ、見せた事も・・・!


「っ、初めて・・聞いた」
「あ、そっか、高木って地元じゃないし久我と同じクラスでもなけりゃ部活も違うもんな。・・・あれ?じゃぁなんでそんなに仲良くなったわけ?」

「え・・・?なんで・・って・・・」
「そうだよな・・今まで気にしてなかったけど、久我ってああ見えて人見知り激しいのに。なんで?」

「え・・でも、最初は久我の方から・・・」
「うっそ!?久我から!?そんなの絶対ありえねー!ほんとの事言えよ!高木!!」

「いや、ほんとだって。嘘ついてどうすんだよ?」
「え・・・マジ・・で?」


信じられない・・!とばかりに目を瞬いた藤井が、マジマジと高木を見据える


「・・・マジでありえねぇ。高木って俺からしても声かけにくいタイプなのに・・・」
「・・・悪かったな」


確かに、小さい頃から絵ばかり描いていた高木は、その寡黙さと背の高さも相まって、そう気軽に声が掛けられるタイプには見えない

でも

確かに、一番最初に久我と出合った時、久我の方から高木に声をかけてきたのだ
高木の自転車の荷台に飛び乗る・・という、藤井の言う久我像からしたら正に驚愕の行動を伴って・・・!


「でもさ、藤井。久我が人見知り激しいなんて、そっちの方がありえないだろ?演劇やってんのに」
「それ、逆だって。最初は人見知り激しいのを克服する為に演劇始めたようなもんだぜ?」

「え・・!?」
「高木ってさ、見かけによらず抜けてるとこあるよな?気が付いてなかった?久我が喋ってるのって、演劇部つながりの連中ばっかりなんだぜ?」


そう言われて、改めて久我の周囲に居る人間の顔を思い浮かべてみると、確かにそうだ

友達の友達・・で、広く浅い付き合いばかり

つまり、久我自身が自分から作った友人ではなく、紹介されて知り合った・・・そんな感じだ


「・・・じゃあ、何で俺には・・・?」
「だろ?だから信じられねぇって言ったんだよ。あ!もう昼休み終わりだ!じゃ、それ頼んだからな!」


鳴り響いた昼休み終了を告げるチャイムの音に、藤井がきびすを返して走り去っていく

その後姿を茫然と見送りながら、今まで久我に対して感じていた・・・違和感

何かを演じているような
近くに居るはずなのにどこか遠いような

そんな物が高木の中にせり上がってきて、持っていたプリントがパキリッと乾いた音を立てて握り潰されていく


「はは・・・、なに・・それ?まさか、友達としての演技とか言うんじゃないよな・・・?」


高木の乾いた笑い声と供に、そんな呟きが落とされた




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