ヴォイス









ACT 6









「・・・・・マジ・・・かよ」


久我の家から戻った高木が、ドサッとばかりにパソコンデスクの前のイスに座り込んだ

久我が言った、高木への『頼みごと』

それは


高木の描いた漫画である『竜国物語』外伝を読んで、久我のボイスドラマの練習相手になること


つまり

高木が依頼した、外伝の漫画の1シーン
リアンとユリウスの初濡れ場・・・



  *************



ユリウスにフレイではなくリアンを選んだことを告げられ

ようやく自分の中にある気持ちに気付いたリアンが、ユリウスに言葉攻めで迫る・・・というシーン

もともとリアンが好きだという自覚のあったユリウスが、気持ちを切り替え主君として、仕える騎士の一人として生きていくことを決め、・・・その気持ちを封印しようとしていたのに

リアンに思いがけず言葉攻めで迫られて、その決心を覆えされてしまい、コトに至ってしまう・・・外伝の中でのクライマックスシーン



  *************



「な、なんで俺が・・・!」


そう言って、冗談じゃない・・・!とばかりに言い募った高木に対し


「だってさー、仕事だからちゃんと自分で納得のいく物に仕上げたいだろ?だけどまさかこんなエロシーンの相手、さすがに女の子に頼むわけに行かないし・・・で、高木だったらちょうどいいんだよ。ユリウスって奴、背の高さも雰囲気も、どことなく高木に似てるし。それに、高木、男だし!」

「そうだよ、男だよ!言っとくけど、俺はそういうの興味ないし・・・!」


言いながら、高木の胸にチクリと良心の痛みが駆け抜ける


そんなのは嘘なのに
それに興味があるから描いているのに


「だからこそ良いんだよ!俺が迫ったって高木が俺をどう思うわけじゃないだろ?なんとも思わない奴に対して、如何に台詞に感情を込めて言って、その気にさせるか・・・!凄く良い練習になるじゃないか!」

「お前な・・・っ俺がその気になったらどうする気だ!?久我!?」


思わずその場の流れで言ってしまった言葉に、高木がハッと口を塞ぐ


「その気に・・・なったら?」


不意にニヤリ・・・と笑った久我が、高木の方へ歩み寄り・・・思わず後ず去った高木を壁際に追い詰めた


「・・・っ、な、なん・・・だよ?」
「その気にさせても良いんだ?高木くん?」


いつものふざける時のパターンで、高木の学生服の襟元を掴んで引き寄せ、その耳元近くで久我が囁きかける


「・・・だいじょうぶ、責任、取るよ?高木・・・」


脳天を直撃する・・・と言って過言でない、久我のとんでもなく艶めいた声に、高木の顔が真っ赤になって硬直する


「・・・な〜〜〜んてね♪」


急に明るい笑い声を上げた久我がそう言ったかと思うと、イタズラに成功した子供の顔つきで、高木の顔を覗き込んでいた


「へっへーどうだ?上手いもんだろ?」

「っ!?こ・・・っ、このっ!久我ッ、お前・・・っ!!!」


本気で焦って、怒った高木が久我のカッターシャツの襟元を掴み上げようとして・・・上手く逃れた久我と追いかけっこ状態になる


「うわー、暴力はんたーい!ってか、体格差ありすぎなんだから・・・っって、うわっ!」

「おわっ!?」


バタバタと逃げ回っていた久我が何かのコードに足を引っ掛けて転びそうになり、思わず高木の服を掴んだものの・・耐え切れず高木もろとも床の上に転がった


「っいってー!人を巻き添えにしやが・・・」


言いかけた高木だったが、転んだ拍子に思い切り久我の上に圧し掛かっていて・・・その下で下敷きになった格好の久我が、倒れこんだまま動かない


「え・・・、久我!?おい、久我ってば!大丈夫か!?」


慌てて久我の上から降りた高木が、焦った声音で呼びかけながらうつ伏せ状態の久我の顔を覗き込むように身を屈め、肩に手をかけた

途端


「そりゃっ!」


という掛け声と供に久我の腕が伸び、高木の胸倉を掴んだかと思うと自分より大きい高木の身体を組み敷いた


「く、久我!?」
「へへー、形勢逆転〜♪」

「のっ!お前っ!!!」
「高木っ!」


久我の身体を撥ね退けようとした高木の肩を、両腕に全体重をかけて押し留めた久我が、急に真剣な表情と声音になって高木の名を呼んだ


「え・・・?」

「あのさ、一つだけ真面目な話言わせて。俺、この漫画大好きなんだよ。ボイスドラマの仕事もらう前からずっと通ってた。だから、どうしてもやりたいし、納得の行く仕事がしたいんだ。こんな事頼めるの、お前くらいしか居ないし・・・だからさ、なってよ!練習相手!一生のお願いっ!!」


顔の前で両手を合わせ、久我が真剣に、そう言ったのだ



  *************



「・・・・反則だって・・・目の前で誉められりゃ・・・誰だって」


はぁ・・・っと、盛大なため息を付きながら、高木がギシッとイスの背もたれに背中を預けながら項垂れる

結局高木は、その『頼みごと』を断る事が出来なかった

なにしろ、目の前で自分の漫画を大好きだといわれ、どうしても納得の行く仕事がしたい・・・とまで言われたのだ

高木にしてみれば、それこそ顔から火が出るほどの最上の誉め言葉・・・以外の何ものでもない

おまけに

久我に押し倒された格好のまま言い募られて、高木は誉められたから・・・というのではない、別な意味で早くなった鼓動と上がった体温に、その体勢から一刻も早く抜け出さなければならなかったのだ

既に頭の中で駆け巡っていた、リアンとユリウスのシーンが浮かんで・・・あろうことか高木の身体が反応しかけていた

おまけに馬乗り状態の久我のお尻がその少し上の腰の部分で密着している
それ以上張り詰めてしまったら・・・確実に久我にその事がばれてしまう

焦った高木は、つい、


「わ、分かった!分かったから!協力するから、だからそこ、どけって!重いんだって!!」


と、叫んで・・・『頼みごと』を引き受けてしまった

言ってしまった後で事の重大さに気が付いた高木だったが、もう、後の祭り・・・だ


「・・・ヤバイ、絶対ヤバイよな・・・あれくらいで反応しててどうすんだよ・・・俺・・!そうだ、久我に出した依頼自体を断ればいいんだ・・・!うん、そうしよう!」


ブツブツ・・・と独り言を吐きながら、高木がパソコンを立ち上げて自分のサイトの拍手コメントやメールフォームからのメールをチェックする

先日、ボイスドラマを作る・・・と告知してからというもの、それに対する期待と、早く・・・!と、出来上がるのを心待ちにしているコメントが連日送られてきていた


「うわ・・・っまた増えてる・・・これで止めます・・なんて言ったら・・・」


あっという間に高木の心が揺らぐ
本心を言えば、一番ボイスドラマを楽しみにしていたのは、他ならぬ高木自身なのだ
しかも、似ている!と思って依頼したボイスアクターが、実は久我本人で・・・一番理想のその声でそれが出来上がる・・・!

それを断る・・・のは、実際の所惜しくて惜しくて・・堪らないのだ

それに、依頼した久我に対して、断る上手い理由が見つからない
あんなに真剣に、どうしてもやりたい!と言っていた久我が、もしもちゃんとした理由もなしに断られたら・・・


「・・・久我の奴、傷つくだろうな・・・」


そう思うと、とてもじゃないが高木には断りのメールなど打てそうにない

それに

考えてみれば、もともとの元凶は高木自身なのだし


「・・・・ま、練習相手、つったって、台詞を聞くだけだし・・・な。何とかなるか・・・」


そう思いなおした高木が、今日の更新作業をするべく、漫画加工用のソフトを呼び出していた


それがどんなに安易な判断だったか・・・!


後で思い知る事になるなど、この時、高木は予想だにしていなかったのだ




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