ヴォイス











ACT 9









「っ、く・・がっ!今、お前・・・!?」


たった今、感じた、柔らかな感触
未だそこに残る、体温

高木だって過去、何人かの女の子とそれなりに付き合ってきた経験ぐらいある

その経験値から言って・・・

さっきのは・・・どう考えても・・・


「ん?キスしたよ?だって高木、目隠ししてるから出来ないだろ?」


平然と・・・それがどうした?と言わんばかりの顔つきで、久我が言う
はっきりとキスしたことを面と向かって肯定されて・・・高木の顔が火を噴いたように真っ赤になった


「し・・・したよ・・って!おま・・なに考えてんだ!?」
「なに・・・って。リアンの心情」
「は・・!?」


思わず高木が絶句する



・・・・・・・・それが理由!?



確かに、このシーンはキスする事が重要なポイントではあるけれど
確かに、以前、久我は男でも女でもオッケーなバイ属性だと言っていたけれど

だけど

ボイス演技の練習のため・・・リアンに成りきるため・・・
そのためになら、こんな簡単に、平気で、キス出来るものなのか?

リアンの心情を知る・・・そのために?

それに、


「・・・心情・・たって、リアンはする方じゃなくて・・・」


言いかけて、高木がハッと口を噤む
そうなのだ・・このシーンでキスを仕掛けるのは、リアンではなく、ユリウスの方
その先の言葉を言ってしまったら、ユリウス役である高木が、久我にキスしなければならなくなる


「そーだよ、高木。ほんとはお前の方からキスしてくれないと、俺はリアンの気持ちが分かんないんだよな〜」


まだ火照った顔のままベッドに背中を預けていた高木に、久我が再び顔を寄せた
思わず逃げ腰になったものの、背後に逃げ場のない高木の焦った顔を、ニヤニヤ・・と久我が覗き込む


「じょ、冗談・・!何で俺がそこまで・・・!」
「いーじゃん、別に減るもんじゃなし。男同士でキスしたからって、どうなるもんでもないだろ?」

「そーいう問題じゃねーだろ!久我!お前、平気なのかよ!?」
「なにが?」

「なにが・・・って、だって、相手、俺だぞ!?」
「高木じゃねーよ」

「・・・・は?」


久我の言っている意味が分からなくて、思わず高木が間近にあるその顔を凝視する


「高木相手にやってるわけじゃねーもん。ユリウス相手にやってんだから」


そう、久我に告げられた途端、高木の火照っていた顔からサーッと火照りが引いていく

さっき、久我に『ユリウス・・・!』と呼ばれたときと同じ感覚・・・・だ



・・・・・・・・ユリウス相手であって、俺じゃない・・・



その言葉が、高木の胸に突き刺さる


・・・・・・・・タカギジャネーヨ


軽く言われたその一言が


「だからさ、高木も俺とキスするわけじゃないんだよ。ユリウスとして、リアンとやってんの。そう思えばどうってことなくなるよ。ただの演技で芝居なんだから」


・・・・・・・・タダノ、エンギデ、シバイ


サラリと軽く言う久我の一言が、再びズキン・・ッと高木の胸に滲みた

たしかに、そうだ
これは久我のボイスの練習で

高木は久我がその声の主の心情を理解して、声にするために、その芝居と演技に協力している・・・それだけなのだから


「・・・そりゃ・・お前はそうかもしれねぇけど・・・」


高木が力なく嘆息する
そんな風には、到底割り切れない

高木は、久我の声や体温、漂う香りに、ドキドキする
耳元で『好きだ』と囁かれれば、目の前にあるその小柄な身体を、つい、抱き寄せたくなる

それは、久我をリアンと思って、感じるものじゃない

久我だから

そこに居るのが、久我だと分かっていて、そう感じるのだ

なのに

久我は、高木相手ではなく、ユリウス相手にやっている・・・という
高木じゃなく、ユリウスだから・・・平気でキスできる
ユリウスだから、あんな風に艶めいた声音で『好きだ』と言えるのだ

決して

高木に対して、好きだとか、そういう感情があって、やっているわけじゃない


演技で、芝居

だからこそ・・・だ


「大丈夫だって!さっき目隠ししてた時、高木、ちゃんとユリウスに成りきってたじゃん!目隠してれば平気・・・ってことだろ?な、頼むよ!高木しか居ないんだ・・・お願いします!最後まで付き合って・・・!」


真剣な表情で、久我が必死に懇願する

高木にしてみれば、ボイスドラマの依頼人が自分であることや
その漫画を描いているのが高木本人であること

久我に絶対に知られてはならない秘密ばかり抱えていて、久我を騙している・・・そんな罪悪感でいっぱいだというのに

目の前でそんな風にお願いされて、断れるわけがない


その上更に

どうやらもう一つ

久我に言えない秘密を、高木は抱えてしまった・・・らしい



・・・・・・・・俺、久我にキスされても
       全然、嫌じゃなかった

       たとえ演技で芝居だったとしても
       たとえ俺に対して言った言葉でなかったとしても

       それでも、俺は、

       『好きだ』って言われて、嬉しかったんだ



ずっと感じていた胸の痛み
火照った身体に冷水でも浴びせられたかのような・・・感覚

あれは全て
久我に自分の存在を否定されたから

高木が目隠しをして久我を見ていなかったように
久我もまた、そこに居るはずの高木を、見ていないのだ・・・という事実を突きつけられたから



・・・・・・・・そうか・・・俺って、久我のこと
       好き・・・だったんだ



一番最初に久我の声を聞いた時から

あの時から、もう

顔も性格も男か女かも分からないというのに
その”声”を持つ、その存在そのものに惹かれていた

そして
その”声”の持ち主が、久我だと知った時
男だと分かっていながら、鼓動が早まるのを押さえられなかった

そんな風になるのが、なぜなのか・・・
良く考えてみれば、すぐに分かったはずなのに



・・・・・・・・気付くの遅ぇよ、俺ってバカ・・・



心の中で呟きながら、高木が思わず泣きそうになって項垂れてそれを耐える

久我の言動からいって、久我が自分をそういう対象として見ていないことは、明らかだ

もしも

久我に自分の気持ちを知られて、その上、その漫画を描いたのも、ボイスドラマを依頼したのも、自分だ・・・と知られてしまったら

久我は、どう思うだろう?

久我だと知ってて仕事を依頼し、その上で練習に付き合うことも承知した・・・確信犯
そう思われて、軽蔑されても反論の余地がない

それを知られた時点で、もう、友達としての位置も、何もかも、失ってしまうかもしれない

それだけは、避けたい

好きだという気持ちも
ボイスドラマの依頼者だという事も


久我にだけは、知られるわけにはいかない
現実は現実、空想は空想、そこに接点なんて、ない


だったら


全部、現実でなくしてしまえば良い


全部


ただの芝居で、ただの演技に


項垂れたままジッと床を見つめていた高木が、ゆっくりと、その目を閉じた


こうして何も見なければ良い
目を閉じてさえいれば、勝手に空想が広がる


目隠ししてる間だけ、自分じゃない
ユリウスとして久我に・・・リアンに『好きだ』と言ってもらえる

キス・・・出来る



「・・・分かった。付き合ってやるよ・・・」



滑るように流れ出た言葉


自分の中のズルさに
その、虚しさに


俯いたままの高木の口元に、自虐的な笑みが浮かぶ


「まじ!?ヤッタ!絶対!約束だぞ!!」


嬉々とした久我の嬉しそうな声音


顔を上げることも出来ず

高木が、一人、突き抜けた胸の痛みに、耐えていた




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