ヴォイス











ACT 8   








「あなたが私を不要と思うまで」

「側に仕えさせていただくだけでいいです、王子」


何の気負いも気恥ずかしさなく、その台詞が高木の口から流れ出る

ボイスドラマを依頼した時点から、高木の中でその一場面、一場面、一つ一つの台詞・・・何度も何度も、繰り返し頭の中で思い浮かべ・・・今ではすっかり脳裏に焼きついてしまっている

演技などしたことがないから、台詞の読み方も声の出し方もまるっきり分からない

けれど

ユリウスの気持ちになって、リアンに向かって・・・なら、もう何百回も頭の中で言っている

今はただ、その思ったままの言葉が、気恥ずかしさも何も思う間もなく、勝手に口から流れ出ていく

自分ではない、違う誰かに成りきる瞬間

確かにそこには、高木ではなくユリウスが居た





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ひざまずき、頭をたれたユリウスの視線の先・・・リアンの足元付近にポタポタ・・・と、雨が降ったかのような小さなシミが落ちてくる

「え・・・?」

慌ててユリウスが顔を上げる

するとそこに・・・青い瞳を潤ませ、まるで泣いていることなど気が付いていないかのように、堪える事無くポロポロ・・と大粒の涙をこぼすリアンの顔があった

「・・・っ!?」

驚いたユリウスが、その涙の意味が分からなくて茫然とリアンを見上げている

すると、不意に

「・・・・俺、お前が好きだ」

零れ落ちる涙もそのままに、リアンがユリウスを見つめてそう告げた

「え・・・?」

一瞬、言われた言葉が信じられなくて、ユリウスが茫然と聞き返す

「ずっと昔から」

「お前だけを見てた」

「ずっと、好きだった」

一言一言、その言葉の意味とその思いを自分自身で認識するかのように、リアンが、告げる

そのリアンの言葉に

その流れる涙に

押さえつけ、あきらめようとしていたユリウスの感情が堰を切ってあふれ出す

リアンの言葉と涙の真意を量るかのように、ユリウスがリアンの体を抱き上げてベッドへと押し倒し、唇を重ねた



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「・・・・俺、お前が、好きだ」

片膝を立ててひざまずき、頭を垂れていた高木の肩に、久我の両手が置かれた



・・・・・・・・え?ちょっ、違ってない?



一瞬、そんな思いが高木の脳裏を駆け抜ける
だが、考えてみれば高木は目隠しをされているわけで、久我を見上げた所で泣いている顔が見られるわけじゃない

演技に関しては、久我は高木が知る限りセミプロレベルの芸達者だ
これくらいの機転の利かせ方と、状況にあわせた演技などお手の物だろうし・・・演技に関してど素人の高木にしてみれば、久我にリードされるまま、やるしかない


「ずっと昔から」

「お前だけを見てた」

「ずっと、好きだった」


さっき目かくし無しで言われたのと同じ台詞が、高木の耳元に注がれる

だが・・・・



・・・・・・・・お、同じ・・・だけど、これ、同じ・・じゃ、ねぇっ!



さっきより

もっと近く

耳朶に吐息が掛かるほどの至近距離で


さっきより

ずっと熱のこもった

まさに脳天を直撃し、麻痺させるほどの艶めいた声で


しかも


「お前以外いらない」

「お前さえ居てくれれば」


掠れた低い声が耳朶の産毛を震わせながら

ふわ・・・・っ

と、久我の両手が高木の首筋に廻される



・・・・・・・・えっ!?



直に左耳に押し当てられた・・・柔らかな温かい感触
ふわり・・・と香った久我がいつもつけている香水の香り

ゾクリ・・・ッと、痺れにも似た電気が高木の背筋を直撃する



・・・・・・・・・っ、ちょっ、そこ、マジで弱い・・・っ!!



左の・・・耳からうなじにかけて
そこを刺激されると、高木の身体はどうにも力が入らなくなる

どういうわけか、右よりも左の方が弱い



・・・・・・・・こ、こいつ!知っててわざとやってるんじゃ!?



もともと、悪ふざけで耳が弱点だ・・・と知っている久我である
でも、左の方が更に弱い・・なんてことまで知られていたっけ?
そんな疑問符いっぱいの高木の事など、気にする風でもなく、
まるで最初からそこがウィークポイントだと知っていたかのように、久我が直に押し当てた唇をそのままに、熱い吐息とともに言葉を注ぐ


「好きだ」


思わず高木の身体に震えが走る

この状況はどう考えても、よろしくない

今はただ、久我にされるがままに
首筋に両腕を廻し、寄りかかっているその久我の身体を支えるために、高木の両手は床に付いたままだ

確かに、その中途半端な体勢を維持するのも辛い・・・が、
それよりなにより
無防備に寄りかかっているその身体に
その華奢な腰に

腕を廻して、抱き寄せてしまいたくなる衝動を抑えるのが・・・辛い

本当なら



ここは、ユリウスがリアンの真意を量るようにキスをする・・・シーンだ



だけど

いくらなんでも、そこまで出来るはずがない

首筋に手を廻されて、耳朶に唇を押し当てられていても、まだ高木が逃げ出さずにいられるのは、ひとえに、目隠しのおかげだ

頭のどこかで、これは現実じゃない・・・と囁く自分がいる


今、抱きついているのはリアンであって、久我じゃない
いや、それは方便で、実際は、久我じゃないか


そんな矛盾する声が、高木の中でせめぎ合う

どうする事も出来なくて、高木は動く事ができない


すると


「ユリウス・・・!」


不意にその名を、久我が高木の中に注ぎ込む
ビクッと、反射的に高木の肩が揺れた

このシーンで、リアンがユリウスの名前を呼ぶ台詞はない
それはつまり

久我が、高木に、

ユリウスとしてちゃんと演技しろ・・・!と言っているとしか思えない

けれど

ユリウス!と名前を呼ばれた瞬間、高木は突き刺さるような痛みを胸に感じ、抱き寄せたいと思っていたはずの衝動を失っていた



・・・・・・・・なんだ?これ?なんで?



急激に冷えていく沸騰しかけていた、身体

必死になって支えていた腕からも力が抜け、寄りかかっていた久我の身体を支えきれずに尻餅を付き、背後にあったベッドに背中を預けてしまう

一体全体どうしたというのか・・・自分でもわけが分からず茫然としている高木に痺れを切らしたのか、久我がすがり付いていた首筋から両腕を解き、その解いた両手で高木の顔をふわり・・・と包み込んだ


「・・・ずっと、好きだった」


今度は耳元ではなく、顔の正面付近から聞こえた・・・声

今までのとは、何か違う


どこか切ない・・・それでいて
どこか責める様な・・・響き


次の瞬間、高木の唇に押し当てられた、温かな感触



・・・・・・・・え・・・っ!?



一瞬、高木の頭の中が真っ白になる

けれどそれは、ほんの一瞬の出来事で


「サンキュー!高木!上手いもんじゃん!とりあえず、そんな感じで練習付き合ってくれよな!」


不意にいつもの久我の声がそう言って、高木の目隠しを取り払う

急に明るくなった視界に目を眇めつつ、高木が見上げた視線の先には




いつもと何も変わらない笑みを浮べた



久我が、居た




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