開かずの間

 




ACT 1




『ガーガーガー・・・』

威勢の良い吸引音とともに、掃除機が廊下のフローリングの上を走っていく。

「えーと・・・こっちの部屋は終わったから、後は・・・」

淡い若草色のエプロンを身に着けた銀色の髪の少年・・桜杜 みこと が、ピッと掃除機のスイッチを切って、廊下の突き当りを眺めている。

その視線の先に古ぼけたドアが一つ。

今日はみことが家事当番の日で・・朝食の後片づけが終わった後、一部屋ずつ掃除機をかけて回っている所なのだ。

「・・・開かずの間・・かあ・・一体、何の部屋なんだろう・・?」

古い欧風建築の建物で、建てた人物はどうやら日本好きの欧州人だったらしく・・欧風様式の中に、あちこち日本建築風のものが取り入れられている。

その極めつけが、家の中心に作られた純和風の和室だ。

その和室の前の廊下を突っ切った突き当たり・・・に、その「開かずの間」はあった。

その部屋はみことがこの家に来て以来、一度も開けられた事がなく・・ドアにも固く鍵がかけられている。

「うーー〜〜・・・なんかすっごく気になるんだけど・・鍵、かかってるしなあ・・。以前巽(たつみ)さんに聞いた時は『そこはオレが掃除してるからお前はしなくていい』って、言われたっきりだし・・」

掃除機のホースに寄りかかるように体重を預けたみことが、ちょっと不満顔でその部屋のドアを見つめている。

前に、前鬼と後鬼・・杉ジイにもその部屋の事を聞いた事があって・・皆一様にその部屋が何の部屋なのか知っている風なのに、誰もみことに教えてくれないのだ・・。

つまり・・この家の住人で、そこに何があるのか知らないのは、みこと一人だけなのだ。

「・・そりゃ・・僕がこの家に来てまだちょっとだし・・でも、こないだ初仕事だって、やったんだぞ・・!?」

初仕事・・・の事を思い出したみことの顔が、ポンッと真っ赤に変わる。

「う・・わ・・っ!バ・・バカッ!変な事思い出すな・・っ!!」

初仕事・・・で、巽と仕方のなかった事とはいえキスされた上、自分の‘最高のわがまま’で、仕返しとばかりにキスし返したことを思い出したみことが、慌ててポカポカと自分の頭を殴っている。

そのはずみで・・両手で支えていた掃除機のホースがその支えを失って、派手な音と共に廊下に転がった。

「うわっ・・!うわわ・・っっ!」

慌ててしゃがみこんでそのホースを掴んだみことの背後から、聞き慣れた・・あきれ声が降り注ぐ・・。

「・・・ったく!掃除中でも騒がしいのはお前ぐらいだな・・」

「・・えっ!?わっっ!!た、巽さんっっ!?」

思い出していた事が事だけに・・可哀想なくらい真っ赤になったみことが、これ以上ないほどうろたえて・・尻餅をついたまま壁の方へと勢い良く後ずさる。

「・・?何なんだ・・?そんなに驚くような事か・・?」

騒々しい物音に・・リビングで本を読んでいた巽が、何の気なしに声をかけただけなのだ・・。

「ご、ごめんなさいっ!あ・・あのっ!え・・ええと・・」

しどろもどろになっているみことに・・巽も少し極まり悪げに視線をそらし・・突き当りのドアに目をやった。

実の所、二人ともその一件以来、ちょっと・・ぎこちない関係が続いていて・・どうしたものかと、巽自身ちょっと気まずい思いを抱えていたのだ。

「・・・そういえば、そろそろ・・だな・・・」

視線をドアに向けたまま呟く巽に、みことがハッとドアを見つめた。 「そろそろ・・・って?」

「・・ん・・?ああ、そうか・・まだお前には教えてなかったな。ちょっと待ってろ・・」

そう言って、再びリビングの方へ戻った巽が、古ぼけた大きな鍵をぶら下げて帰ってきた。

「そ、その鍵って・・ひょっとして・・!?」

興味津々・・といった表情で巽の持つ鍵を見つめるみことに、巽が少しすまなそうな顔つきで言った。

「・・・すまなかったな。別にお前にワザと教えなかったわけじゃない。ただ、こないだの仕事での事がなかったら・・お前には、ずっと黙ったまま教えなかったかもしれないな・・・」

「・・え!?」

「・・オレがピアノやってたって、この前の一件でばれてるし・・聖治への気兼ねもなくなったしな・・・」

そう言って、ドアの取っ手に手を伸ばし古ぼけた鍵を差し込んで、ガチャッと、重々しい音を響かせた・・。

『ギィィィ・・・』

と、不気味な軋み音を伴ってドアが開かれる。

部屋の中は真っ暗で・・少し湿った匂いと・・・・

「・・・あ・・っ!?」

みことがハッと両眼を見開く。

開けられたドアの中から、白いワンピースを着た、幼い・・可愛らしい女の子がフワッ・・と現れ、みことと巽を見上げている。

「・・・やあ、また会いに来たよ、マリー・・。紹介するよ、こっちは・・」

(み・こ・と・・。知ってるわ。毎朝お歌を歌ってくれるお兄ちゃん)

頭の中に直接響いてくる・・不思議な幼い声・・・。

「え・・と・・初めまして・・。あの、ひょっとして・・君って・・!?」

半透明でフワフワと漂う姿はどう見ても・・

(ええ、そうよ。ゴーストなの。マリーって呼んでね)

あどけない笑顔で微笑むマリーが、みことに向かって手を差し出す。

反射的に差し出された手を握り返そうとしたみことの手が、スッ・・と、通り抜けてしまう。

「あ・・っ!そっか・・!!」

フッ・・と一瞬目を閉じたみことの体が、桜色にほんのりと輝く・・。

少しだけ、自分の中に流れる精霊の血・・の力を活性化させたのだ。

そうすると・・人間なら触れる事の出来ない物にも触れる事が出来るようになる・・と、先日巽に教えてもらったばかりだった。

「よろしくね、マリー!」

今度はしっかりとその幼い手を握り返したみことが、ニコッと笑う。

お互いに微笑ましく握手を交わす二人の姿に・・巽が不満げに呟いた。

「随分・・オレの時と態度が違うじゃないか・・?マリー?」

(あら、だって・・みことは毎日お歌を歌ってくれたもの・・。巽は時々しかピアノを弾いてくれない・・)

「・・そうだったな・・。でも、今日からは違うよ・・」

(本当!?)

驚いたように巽を見上げたマリーに、スッ・・としゃがみ込んだ巽がその頭を優しくなでる。

「本当だよ。ようやく君との約束が果たせるね・・」

(やっぱり杉ジイの言う事は当たるのね!待ってて良かったわ・・!)

嬉しそうに笑ったマリーが、フワッ・・と舞い上がり・・部屋の中でクルンッと踊るように廻る。

途端に閉め切られていた部屋の雨戸が、バタンッバタンッと勝手に開き、分厚いカーテンがジャッジャッ・・と一気に開く。

パタンッパタンッと、大きな格子窓も次々と勝手に開き、明るい陽射しと爽やかな風が部屋の中を駆け抜けた。

「う・・わあっ!凄いやマリー!まるで魔法使いみたいだ!」

部屋の中をクルクルと廻りながら踊るように飛ぶマリーに、みことが歓声を上げる。

(みこと・・!そっち、持って!)

部屋の大きな窓際に置かれていた・・白い布の被せられた物にマリーが手を伸ばし、みことと共にフワッ・・とその布を取り払う。

「・・!?ピ・・アノ!?」

眩しいほどに光に満たされた部屋の中で・・白いピアノがその光を受けて輝きを放つ。

その・・輝く光の中に・・一瞬みことは、そのピアノに寄り添うように立つ二人の人影を感じて・・目を瞬いた。

(・・・クス・・ッ・・見えた?あの二人はね・・・)

悪戯っ子のように、みことの耳元でクスクス笑ったマリーが囁く。

(巽のママとパパ・・よ)

「え・・!?」

慌ててもう一度目を凝らしてピアノを見つめたみことだったが・・もう、その人影は消え去ってしまっていた・・。

巽は・・そんな二人のやりとりには気づかないまま、部屋の中の調度品・・ソファーやテーブル、イス・・などにかけられていた埃よけの白い布を取り払っている。

「巽さんのお父さんと・・お母さん・・!?え・・?じゃ、この・・白いピアノって、ひょっとして・・!?」

(クスクスクス・・・そうよ!)

「みこと!掃除機!!」

「あっ!はいっ!!」

巽の呼びかけに慌てて反応したみことが、パタパタ・・と廊下に走り出ていった。







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