ACT 3
初日から一週間たって、2周年フェアーも終わり・・・売り上げも好調で全員に大入り袋まで出された最終日。
俺の歓迎会と、周年フェアーの打ち上げもかねて、カフェやショップのバイトの女の子達と一緒に、カラオケスナックへと繰り出す事となった。
ベーカリーの男達も全員参加で、店の女の子達の中には初めて口をきく子や、顔を見る子もたくさんいたが(と、いうのもベーカリーは独立したキッチンになっていて、他のバイトの子とは滅多に顔を合わさなかったのだ)皆わきあいあい・・・その場は楽しく盛り上がっていた。
そんな中・・・・
チキュウだけは、カラオケを歌うわけでもなく言い寄ってくる女の子も適当にあしらっていて・・・・(強面で、性格もいいとは口が裂けても言えないような奴だが・・・確かに、見た目だけは絵に描いた様にかっこいい奴なので、やはり、もてているらしい。ただ・・その、人を寄せ付けない雰囲気に、声をかける女の子達もちょっと遠慮気味だった)
何だか・・・ひどくつまらなそうに見えた。
俺は、何だかその横顔がひどく寂しげに見えて・・・一人ポツンと、奥まった所で飲んでいるチキュウの横へ、酔った勢いも手伝ってドカッと、座り込んだ。
「どーしたのかなー?なーんか機嫌悪そーだぞー?」
陽気にたずねる俺の顔を、チラッ・・・と迷惑そうに流し見て
「・・・・・別に」
と、短く答えを返してくる。
「ならなんで、そんなつまんなそーな顔してんだよ?」
「・・・別に来たくて来たわけやないしな。付き合いやから仕方のー来てるだけや。他の奴らもそれ知ってるから、放っておいてくれるんや」
だからお前もそうしろ・・・と、言わんばかりにプイッと顔を背けてしまった。
「な・・・なんだよ?それ?せっかく来たんなら、楽しく飲めばいーだろー?」
ちょっとムカッときて、食い下がった俺に、チキュウもムッとした顔つきで俺の方へ向き直った。
「だから、付き合いやって言ってるやろ!お前の方こそ、俺みたいに万年ペーペー組みのとこ来るより、あっちいって上のもんの機嫌でもとっといたらどないやねん?専務のお気に入りで鳴り物入りで入ってるんやから・・・!」
「・・・へ?専務のお気に入り?鳴り物入り?って?何だよ?それ?」
言われた意味がさっぱり分からず聞き返した俺に、今度はチキュウが怪訝な表情を向けてきた。
「何・・・てお前、お前がこの店入る・・いうんをねじ込んできたの専務やし。大体あの店、うちの会社のモデル店になっとって、本当なら新人なんて入られへん・・・言われてる店なんやで?」
「えっ・・・!?なに?どういう事?じゃ、何で俺・・・?」
ますますわけが分からなくなって、困惑する俺を見て・・・チキュウがいつも以上に険しい目つきになって言った。
「・・・なに?お前、ほんとに何も知らんと入ってきとんの?じゃ、あれか?どっかの大きいパン屋の御曹司で、その会社継ぐために勉強に来とる・・・いうんも、ただの噂か!?」
俺は、驚くのを通り越して軽い頭痛すら覚えていた。
一体・・・どこでどうなってそんな話になってしまったのだろう?
確かに・・・会社の面接を受けた人物はここの専務で、えらく俺の事を気に入ってくれた事は本当だ。
だけど、まさかそんな風に特別扱いされてるなんて夢にも思っていなかったし、そんな噂が立っているなんてことも・・・全然知らなかった。
全く畑違いの大学から、望んで現場に入る人間・・・というのは、それくらいまことしやかな話がつくほど珍しく奇異な目で見られていたという事なのだろうか。
田舎の両親や友人達が、『信じられない・・!』と言った時の、あの目を思い出しそうになって・・・無理やり驚いた表情を作って言った。
「はぁ!?一体何の話?確かに、ここの専務とは会ったけど・・・俺はただ単にパンが好きで、職人になりたくてここへ来ただけのことなんだ。会社の中でどんな風な扱いになってようが、俺には関係ない・・!ましてや御曹司なんて・・・!ガラでもないよ!」
「・・・どーりで他の奴らと違て、変に根性ある思たわ・・・・」
チキュウは、ようやく納得できた・・・!というよう表情になって、俺の顔をマジマジと見つめている。
「他の奴ら・・・って、ひょっとして今までチキュウが辞めさせた・・・って言う!?」
「アホぬかせっ!辞めさせたわけやない。勝手に辞めていきよったんや!あいつら・・・皆似たり寄ったり!親の後を継がなあかんから仕方なく・・・やの、経営者になる前に現場の雰囲気を知るため・・・やの。ふざけた理由で本気で仕事しようしてる奴なんていーへんかった!せやから。まともに相手してへんかっただけの話や!」
吐き捨てるように言い切って、一瞬、チキュウの目が細まって俺を捉える。
「・・・・・そうか、お前・・・違たんか」
そう言ったチキュウの表情からは、今まで感じていた・・・謂れのないトゲトゲしさが消え去っていた。
「な・・・何?ひょっとして・・・今まで目の敵のようにしてたのは、その・・・噂のせい!?」
「・・・・ま、多少は・・・な。でも、初日に名前呼んだったやないか!その根性あるところは認めてやっとったやろ?大体・・・大学まで出て、なんでわざわざ現場になんか入ってくるんや!?そんなわけ分からん事するから、話がややこしなってくんねん!」
「や、ややこしいって言われたって・・!なりたいと思ったから、ここへ来ただけじゃないか!そっちが勝手に誤解してただけだろっ!!」
「あ〜〜〜・・・・・ま、そういうことになるか。すまん。悪かった・・・俺の勘違いや」
口ごもりながらも・・・申し訳なさそうに素直に謝るチキュウに、俺はその意外さのあまり・・・ポカンと、口を開けてしまっていた。
「なんや・・・?その、いかにもびっくりしました!ちゅうよーな顔は!?」
「え!?いや、本当にビックリした。チキュウが素直に謝るなんて・・・!」
「アホウッ!俺かて自分が悪い思たら謝るわっ!・・・ま、相手がお前やなかったら、謝ってへんかもしれへんけどな・・・」
「へ・・・!?何?それ・・?」
「お前・・・できへんなりにちゃんと人の言う事聞いて、人一倍努力しよるし・・・俺の言ったこともちゃんと身につけようとしてる。大学出のくせに、全然エラソーな態度とらへんしな。今までお前みたいに必死に仕事しようとする奴、一人もいーへんかったから・・・」
今までけなされ続けた奴に、いきなりそんな事を言われ・・・俺はどう返していいか分からずに、慌てて言った。
「な、なに言って!?チキュウだって、口は悪いけど凄く人に気を使って仕事してるし、ちゃんと分かるまで教えてくれるし、仕事は一番できるし!言ってみたら俺の一番の目標なんだよ!そんな奴に、エラソーな態度取れるわけないだろ!?」
「・・・・・・・・・」
急に黙り込んで下を向いたチキュウの・・・伸びかけの髪から覗く耳が、真っ赤になっていた。
(・・・・・え?な・・に?ひょっとして、まさか・・と思うけど、照れてる・・のか!?)
その真偽を確かめたくて・・・恐る恐るその顔を覗き込もうとした時、
「カランッカランッ・・・」
と、店の出入り口のベルが勢いよく鳴り響き、数人の男達がドヤドヤと入ってきた。
よく見ると・・・どこかで見たような顔ばかりだった。
「あ・・・あれ?あの人達・・・って、確か・・・」
言いかけた俺の台詞を続けるように、ベルの音と共に顔を上げたチキュウが言った。
「専務に紹介されたやろ?他の支店の店長クラスの面々。でもって専務のお気に入り。大して実力もないくせに、取り入ってエラソーしてる奴らばっかりや。うちの店長、あいつらのリーダー格やから・・・呼ばれて来よったんやろ。悪いけど、俺、帰るわ」
そう言って立ち上がったチキュウの顔は、さっき耳まで真っ赤だった・・・というのが嘘の様に無愛想な表情が浮かんでいる。
「えっ!?ええっ!!帰るのか!?」
驚く俺の顔が可笑しかったのか・・その無愛想な顔に一瞬笑みを浮かべて、俺に言った。
「あいつらに付きあっとると朝まで帰られへんで?適当に上手いことやって、早う帰れよ!明日も仕事やねんからな!じゃーな!!孝明!」
「えっ!?あ・・・う、うん!」
チキュウの後姿を見送りながら・・・
(・・・・これで今日は3回目・・・!)
何の気なしにそう思って、俺はハッとした。
いつの間にか、チキュウに名前で呼ばれる数をカウントしてしまっている・・・!
自分の事を認めさせるため・・・!
とは思っていても、呼ばれると嬉しいと感じてしまう自分がいる事に気がついて・・・愕然とした。
(な・・・なんで!?なんで数かぞえてんだよ!?そ、それに・・・嬉しくなんか、嬉しくなんか、ないってーーっっ!!)
次の日の朝、俺はその飲み会を何とか二次会で抜け出して家にたどり着き、3時間ほどの微々たる睡眠を確保した。
おかげで遅刻する事無く、仕事に就くことが出来たのだが・・・少しだけ遅れてきた嶋さんは、アクビをしながら昨夜と同じ服装のまま現れた。
「嶋さん?ひょっとして飲み屋から直に来たんですか!?」
「ピンポ−ン!大当たり!店長は今日遅出やから言うて、まだ飲んどったなぁ・・・」
「えっ!?ま・・まだ!?」
「まーーいつもの事や。ほっとくしかないで?」
苦笑いを浮かべて、嶋さんが肩をすくめる。
「は・・・はあ・・・・」
一足早く仕事の準備に取り掛かっていたチキュウが、大アクビを連発している嶋さんに、あきれたように言った。
「嶋さんも店長につき合わされたんでしょう!?いい加減にしとかんと体持ちませんよ!?もう、ええ年なんやし!」
「おーーー!?言うてくれるなチキュウ!!これでもまだまだ30ちょいや!まだまだ行けるっ!!」
そう言って、いつものようにいつもの朝がスタートしたのだが・・・7時の開店時間になって出勤してくるはずの店長が、その時間になってもやって来なかった。
電話連絡も何もなく・・・店の人間も皆一様にその事に気がついているようなのに・・・誰もその事に触れようとはしない。
どうやらその雰囲気から察して、これが一度や二度の事ではないらしい・・・ということが俺にも感じ取れた。
その上、だんだんとチキュウの周りに殺気立った雰囲気が漂い始めて・・・。
鈍感な俺ですら、今のチキュウには近づかない方がいい・・・という事が本能的に察知できた。
ビクビクしながら仕事をしていた俺に、嶋さんがチョイチョイと、チキュウに隠れて手まねきする。
「どうしたんですか?嶋さん?」
「あんな・・・ちょっと心積もりとして言っとくわな。多分、今日あいつ爆発しそーやから、近寄らん方が身の為やで?」
「え・・・!?あいつ・・・って!?チキュウが?」
「・・・そ。まぁ、あいつも10代のころは血の気が多くてよう問題起こしやってんけど、20歳超えてからはピタッとそれがのうなったから、手ぇ出す事はないと思うんやけど・・・。ま、手ぇでそうやったら、俺が止めちゃるから山ちゃんは見て見ぬ振りしときな?」
「・・・・・はあ、」
言われた意味が分かったような分からないような・・・とりあえずチキュウが、遅刻している店長の分の仕事までこなしているので、その分作業が遅れていて・・・嶋さんも俺も、必死にそれをカバーしあって働いていた。
そして・・・・
いかにも二日酔いです・・・といった、腫れ上がった顔をして店長が現れたのは、時計がもうそろそろ11時になろうかとしている時だった。
「・・・・・すまん・・・遅れたな・・・」
と・・・
気だるそうに一言だけ言って、ノロノロと仕事を始めた店長に、チキュウが激しい一瞥を送りつつも・・・何も言わずに自分の本来の仕事に戻っていったのを見て、俺はとりあえず胸をなでおろした。
嶋さんの取り越し苦労で良かったと・・・。
そう思って、嶋さんに安堵の笑みを向けると、嶋さんは、チッチッとばかりに指を立てて、俺の安堵感を否定した。
「甘いな、山ちゃん!これからやで・・・?」
「これから・・・?」
そして・・・その4時間後、客足も一段落して落ち着き、仕事もある程度のめどが付いた午後3時
オーブン前の方で、チキュウの激しい怒りの声がキッチン内に轟いた!
「あんたっ!仮にもここの店長だろうが!今回で何度目だ!?一緒に仕事してる人間をなめとんのか!?客に対して何とも思わへんのか!?バカにすんのもたいがいにしろやっっ!!」
聞いただけで震え上がるような怒声とその迫力に、俺は思わず息を呑んだ。
でも・・・その後にも続けられたチキュウの言葉は、その日の店長の仕事振りを見て俺が思って、感じたそのままの内容だった。
当然思ってはいても言えるはずもなく、ただ悶々と不満を募らせていただけの俺にとって・・・それは、チキュウという奴を、改めて凄い奴だと認識させるのに充分な、センセーショナルな出来事であった。
俺の居た場所からは、言い合う(といっても、聞こえてくるのはチキュウの怒声ばかりだったが)様子は見えなくて・・・かといって覗きに行くのもはばかられ・・・気にしつつも仕事を続けていた。
しばらくすると、嶋さんがヒョコッと顔を出して言った。
「やーれやれ・・・あの男もこりん奴やから困ったもんぜよ、全く!!」
「お・・・終わったんですか!?」
静かになったオーブンの方を見ながら、俺が心配そうに聞くと・・・
「まー・・一応な。チキュウも手ぇださへんかったし、店長も最後に『すんませんでした』言うて、謝っとったし。まあ、ちょっとぎこちなーい雰囲気はしばらくお互い残るやろうけど・・・しゃあないやろな・・・」
と、ハーーーっと、ため息をついた。
「・・・・でも、大丈夫なんですか?店長にあんな風な言い方して?」
「うー・・ん、なん・・・ていったらええんやろな。確かにあいつはまだ若いし口も悪い。普通の奴やったら、あんな口聞いてただではすまされへんやろうけど、チキュウは別格や。一応ここでは俺の下で主任補佐っちゅうペーペーな立場やけど、あいつの言う事はちゃーんと筋道通っとるし、言う場所も時間もわきまえとる。せやから店長かて反論できへんかったやろ?仕事もきっちり責任もって文句のつけようなくやるしな。誰もこの事であいつを責められるような奴、おらへん思うで?もっとも・・・出世はできへん損な性格やな、あいつは。ま、そういうところが俺は気に入ってるんやけど・・・」
「それで今の時間まであいつ、我慢してたのか!」
嶋さんに言われて・・・初めて俺は、どうして店長が店に現れた時チキュウが何も言わなかったのか・・・理解できた。
もし、あの時、あの時間帯に一騒動起きていたら、店のピークにあたる昼時に客にいくらかの迷惑をかけてしまうし、働いている人間にもよくない影響が及んでいただろう。
だから、この暇な時間帯になるまでチキュウは黙っていたのだ。
ただ自分の怒りをぶつけるのではなく、店として・・客として・・働く者の一人として・・言うべきことを言うために!
一見すれば、真っ先に感情的になりそうなタイプのチキュウがそんな思慮深い奴だったとは・・・!
何だか俺は自分の人を見る目・・・というものに、自信がなくなりつつあった。
けれど、上辺だけでなく、ちゃんとした一人の人間として山田 智久を知りたいと思い始めたのは、この出来事がきっかけだったように思う。
トップ
モドル
ススム