ACT 2
「はい、次、流の番だよ!ロシアンルーレットたこ焼き!」
笑顔全開の昴が、俺に小さな鉄板に載せられた数個のたこ焼きを突きつける
北斗と久々に水入らずの食事かと思いきや、そこにハサンも加わっていて、俺は不機嫌絶好調だ
何とかハサンの横に座る事は避けられたけれど、向かい合って座るはめになり・・・奴の視線がジッ・・・と俺を捕らえているのが感じられて、喰ったものの味なんて覚えていられる状況じゃなかった
気にしなければ良い
そう自分に言い聞かせようとするけれど、この、ハサンの一種独特の相手を射抜くような鋭い視線を気にせずに入られる奴がいるもんなら、お目にかかりたい
形容するなら・・・鷹
狙った獲物は逃さない・・・それを無言で威圧してくるような視線なのだから
それに耐え抜いて、ようやく食事も終わりかけ・・・だというのに!
なんだってこの最高級ホテルの最高級レストランでたこ焼きなんだか
・・・ま
北斗のハサンへのサービス精神から、無理やりシェフに作らせたんだろう事ぐらい予想はつく
おまけにロシアンルーレット・・・!
どこかの居酒屋じゃないんだから
と、思ってみたものの、当のハサンは充分楽しんでいるようで
その証拠に、このたこ焼きは二皿目だ
一皿目は昴が当たって・・その激辛さに涙グンでいたので、ムキになって他の人間に勧めまくっているという次第
今まで喰った物だって、味なんて全然分かんなかったのだ
俺は「はいはい・・・」と適当に選んで口に入れた
・・・途端!
大当たりっ!!
「・・っ!!!!!」
ここのシェフはきっと、こんなたこ焼きなんて作らされた腹いせを込めたに違いない!
そう思わずにはいられないほどの、激辛たこ焼き!
「あっ!流!大当たりーーー!!ね、辛いでしょ?!」
ムカつくほどに楽しげな昴に食って掛かってやりたかったけど、そんな余裕も無いほどの、味!マジで辛い!!
「・・っみ、水!!」
かろうじて叫んだ俺の目の前に、実にタイミングよくグラスが突き出される
麗のあの何かを企んだ微笑と共に手渡されたその透明な液体を、一気に飲み干した
口の中が麻痺してて、ついでに嗅覚も味覚も麻痺してた
立て続けに3杯も飲み干してしまってから、さっきの麗の微笑みの意味を思い知った
視界が霞んで頭がぐらぐらする
これ・・・・って!?
「・・っれ・・い!?てめぇ・・・まさか、さっき・・・の!?」
「あ?ごめん、ごめん!これ、ワインだった」
たった今気が付きました・・と言わんばかりの麗の物言い
・・・っのやろう!!しらじらしい!!
俺が酒に弱い事知ってるくせに!絶対わざとだ!!
「・・っの、裏切り者・・・!」
言い募ってはみたけれど、時既に遅し・・・!
俺の意識は「流!?」と呼ぶハサンの声を聞いたのが最後・・・ぷっつりと途切れてしまったのだ
何かが身体のラインをゆっくりとなぞっていく感覚
まるでシルクか何かのような、滑らかで頼りないむず痒さ
・・・ああ、何だか凄く気持ちが良い
そんな思いと同時に感じる物足らなさ
まるで触れるのを躊躇うかのように、時々離れていくその感覚
じれったくて
次に触れられるのを待つ身体が、一層その刺激を欲して鋭敏になる
一番触れて欲しかった場所を、触れるかどうか・・・という距離で掠められ、思わず吐息と共に身体がピクンと反応した
「・・・っん」
開けようとした瞼が異常に重い
頭の中も霞がかかったようで、ボウ・・・としている
それでも必死に目を開けて・・・目の前で俺の顔を覗き込んでいる、鼻先が触れ合うほどの至近距離にあったそいつの顔に、一瞬で頭の中がクリアになった
「っハサ・・ンッ!?」
「・・・もう、吐き気はないか?」
「え・・!?」
その一言でクリアになった頭の中に、一連の記憶が甦る
・・・そうだ
確か、ぶっ倒れた後誰かが俺に肩を貸して、歩いてくれた
半分朦朧とした意識の中で、乗ったエレベーターの振動とあの内臓が浮き上がるような感覚がよくなかった
降りた途端、襲われた猛烈な吐き気
あの後、見覚えのある門を通って、転がるようにトイレに直行・・・した気がする
盛大に吐きまくって、ようやくスッキリして・・・
その後・・・
あれ・・・?その後・・・の記憶が・・ない
いや!そんな事は今、どうでもいい!!
それより何より、この状況を何とかする方が、先!
なんたって、とんでもなく艶っぽい表情をしたハサンが、吐息が掛かるほどの至近距離で俺を見下ろしているのだ・・!
ベッドで横たわる俺の身体に覆いかぶさるようにして・・・!
「っちょ・・!どけ・・・って・・・えっ!?何で俺、裸・・・!?」
っていうか!
かろうじて下半身はシルクの薄い布地で覆われてはいるが、俺もハサンも素っ裸・・・ってのはどういうことだ!?
「仕方がないだろう。吐いた後のお前は服も髪もドロドロだったんだ。一緒に風呂に入って洗ってやったんだぞ。この俺が」
「・・・は・・・ぃっ!?」
い、今、こいつ・・・なんて言っ・・・!?
「服はさっきクリーニングに持って行かせた。朝にはキレイになって戻ってくるだろう・・・それまで流の着る服はない。朝まで裸で居ろ」
なっ
なにーーーーっ!?
「冗談・・・!っつーか!何でお前まで裸なんだよ!?」
「なんで・・?寝る時はいつもこうだ」
シレッとした表情で言う顔に嘘はない
こ・・・こいつ!
王子が寝る時裸族するか?!普通!?
「お・・お前はそうでも、俺は服着て寝る主義だ!何でもいいから、服貸せ!」
「嫌だ」
「はぃ?嫌?嫌ってなんだ嫌って!!」
「なぜ服などいる?裸の方が気持ちが良いだろう?それに流の身体は彫刻みたいに凄く綺麗だ。服など着たら見えなくなる」
そう言って、スル・・・とハサンの指先が俺の体のラインをなぞる
その・・・じれったい、もどかしい感覚・・・!
夢じゃねぇ!こ・・こいつかっ!!
さっきから俺の体いじってたのは!!
「・・ッバカ、やめろ・・・って!」
「なぜだ?俺が流をこの部屋まで運んで介抱して、吐いた後始末と体も綺麗にしてやったんだぞ?触れるくらいなんだ?別に減るもんでもあるまい?」
た・・確かに、記憶を辿ればそれ以外考えられねーし、そうなんだろうけど・・・けど!
それと減るとかどうとかとは、別次元の話だろ!!
「お・・・俺は別に頼んでねぇ!!」
「・・・流、礼節を尽くした者への、それが答えか?」
「・・・っ!」
くそっ!
分かってるよ!そんなこと!!
分かってたってな、素直に礼が言える状況じゃねーっつの!今は!!
こいつが無遠慮に胸とか腹筋のラインとか・・・その指先でもどかしい動きでなぞるから、それに身体が反応しかけてて・・・やばいんだって!
「ああ、もうっ!大変お世話をおかけ致しました!どうもありがとうございました!!言ったぞ!ほら、どけって!もうさわんな!!」
「・・・その程度では、足らん」
「・・はぃ?」
「言葉では足らん。身体で補え・・・流」
「・・・って!?ちょ・・・おい、マジでやめ・・・・っ」
押しのけようとした俺の両腕をがっちりと押さえ込まれ、それでも抜け出そうともがいてみたが・・・まだ体にアルコールが残っているようで、鉛みたいに全身が重くてその上思うように力が入らない・・・!
それをいいことに、ハサンが鎖骨のラインに唇を寄せ、歯を立ててきた
「・・・っつ!」
そのまま、その熱くて濡れた舌先が肌の感触を楽しむように胸元へ降りてきて・・・!
っつーか、マジでやばい!!
胸の突起を口に含まれて吸われた日にゃぁ!!
体の中心で3分勃ちだったものが、5分勃ちくらいの勢いになってしまった
やばい!!
何がやばいって、身体が気持ち良いと反応していることと
頭の中の痺れもまだ取れてなくて、ボウ・・としてて制御が効きそうにないってことがだ
「・・っみ、水!!のど乾いたっ!!水飲ませろ!!」
これ以上この状況に流されてなるもんか・・!と、声を張り上げ足をばたつかせてみる
「・・・わかった」
さすがに砂漠と共に生活してるだけあって、喉の渇きの訴えには優先権があるらしい
あっさりと俺の上から降りたハサンが、冷蔵庫からペットボトル入りの水を持って来る間に、俺は何とか身体を起こしてみた
・・・・が
アルコール分解能力の低い自分の身体を、これほど呪ったことはない
体が鉛のように重い
さすがに吐き気はもうないものの・・・立ち上がれるような状態ではなかった
・・・うそ・・だろ?
これ・・・って、マジでヤバくない・・・?
嫌な汗を背中に感じながらうなだれていたら、不意に顎を掴まれて顔を上向かされた
「な・・・・っ!?」
上向いた途端、どアップで迫ってきたハサンの整った顔
かわす間もなく唇が重ねられ・・・口移しで冷たい水が口の中に流れ込んでくる
「む・・・・ん・・んん・・・!」
喉が渇いていたのは嘘じゃない・・・と自覚せざる得ないその水の美味さ
喉を鳴らして飲み干した俺に、ハサンが艶然と微笑みかけてくる
「美味いか?」
当たり前のようにそう聞かれて、働かない頭がつい、その行為を当たり前のように受け入れてしまう
「あ?あ、ああ。・・って、そういう問題じゃねぇ!水くらい自分で飲む!!それ、貸せ!」
「いやだ」
「はぁ?」
「俺が流に飲ませる」
「・・・ちょっとまて、なんでそうなる!?」
「流が俺を避けるからだ」
「・・・っな」
つい、答えに詰まった
「なぜだ?なぜ流は俺を避ける?」
そう言って、ハサンが俺の顎を捕らえたまま、俺を見下ろしてくる
・・・こいつ!
また・・・この目だ
まるで捨てられた子犬のような、すがるような目!
俺はこの目が一番苦手なんだ
いつもの・・・俺様王子らしくない、このギャップが・・・!
「・・ッ知るかよ!」
苛立つ心を抑えられずに、それ以上その、いつもと違うハサンの目を見ていたくなくて視線を反らす
「・・・流は、俺に会いたいとは思わなかったのか?」
「・・・っ」
思わず眉間にシワがよった
その問いにどう答えろって?
会いたいとかどうとか、そんな事を考えることが許された対象じゃないってことが、こいつにはまるで分かっていない
それでなくても
あの・・・5年前こいつに「側に居ろ!」とそう命令されて、こいつの側近達にハサンと自分の立場の違い・・・ってものを毎日のように言葉で・・態度で・・蔑むような視線で・・嫌というほど刷り込まれたのに!
「俺は、流、お前に会いたかった。お前と離れてからずっと・・・」
「っやめろ!!」
思わず叫んでいた
そんな事・・・聞きたくない
聞いたところで、俺には返す言葉がない
「流っ!!」
今まで聞いた事がない、ハサンの心底苛立った声音
不意に掴まれたままだった顎から手がどけられたかと思ったら、もの凄い力でベッドの上に組み敷かれた
いきなりの不意打ちに、まだ靄のかかった状態の頭がベッドのスプリングで揺さぶられて、クラクラくる
「・・・ぃってー!この・・・俺に一体何の恨みが・・・」
かろうじて発生した頭痛をやり過ごし、見上げたハサンの・・・俺を見下ろす視線の強さに息を呑んだ
「・・・どうして、俺を見ない?流?お前が見ているのは俺じゃない!ここに居る俺を、ちゃんと見ろっ!」
「な・・に、訳わかんねーこと言って・・・」
言いかけて、ハッとした
今にも泣き出しそうに歪んだハサンの顔
見ちゃいけない
反射的にそう思った
こいつのこんな顔、俺が見ちゃいけない
いや、違う
こいつが、他人に見せちゃいけない
そんな顔を見ていたら、また守ってやりたいとか・・そんな勘違いをしそうになる
そんな顔をこいつが他人に見せたら、こいつは弱くなる
こいつは、強くなきゃいけない
こいつは・・・
生まれながらの俺様王子なんだから・・・!