七夜の星に手を伸ばせ・番外編

俺様王子と一夜の宴








「はぁ!?貸切りだとぉ!?」

思わず上げてしまった自分の声が、人気のないロビーに響き渡って、慌てて口を塞ぐ

「そうだよ、流。だから気兼ねなくホテル中探検して回ってきてもいいんだよ?」

ニコニコと無邪気な笑みを浮かべてそう言ったこの人は、一体今何歳なんだか・・・それを問うことすら馬鹿らしいと思わせる、人の目を欺くことを商売としている超メジャー級マジシャン「北斗」

俺、浅倉 流の養父でもあり、男のくせに思わず見惚れてしまうほどの飛び切りな美人だ

その北斗と俺と麗と昴・・・久しぶりの親子対面という事で、この世界でも指折りの最高級ホテル・Wホテルで食事をする・・・ということになったのだ

体調不良で断りのメールを入れてきた、長男である七星を除いて・・・

で、はっきり言って、俺は断った

きっぱり、すっぱり、断固として、嫌だっ!!と、言い募った

なのに!

この北斗は必殺の落ち込んだ表情を見せつけ、「・・・・流は・・私が嫌いなのか?」だなどと言って、俺の反論を封じてしまった

この養父も食わせ者だ

俺が嫌がってるのが北斗じゃなく、その横でジ・・ッと俺を見つめているハサン王子だって事を知ってて、ワザと俺が断れないような問い方をする

そして結局、昔からあきらめが早い俺は、その流れに流される

自分の名前は、そんな性格から付けられたんじゃないのか・・?と、たまに思わないでもない

そんなこんなで、今俺はWホテルのロビーに立っていて、北斗に「探検しないの?」とばかりに顔を覗き込まれている

「・・・・あのな、北斗!一体俺達をいくつだと・・・」

ため息をつきながら言いかけた言葉を、甘ったれで完璧北斗・フェチである昴が遮った

「行くーーーーッ!!こんな機会、滅多にないじゃん!!」

「そーだねぇ。Wホテルを貸切でディナーなんて・・・贅沢の極みだしな。最上階のスィートルームの中もこんなことでもない限り見れないだろうし・・・のった!」

楽しげに青い瞳を細めて言ったのが、麗

「な・・・っ!?麗!?何でお前まで!?」

いつもは冷静沈着、昴の言う事なんか一言で切って捨てるような奴が!

「だって流、興味ない?世界中の金持ちがこぞって泊まりたがる最高級ホテルのスィートルームだよ?セキュリティーも万全で、一般人なんて近付けもしない部屋なのに!」

そう言った麗の目が、思いっきり何かを企んだ色を滲ませて笑っている

・・・うそだ

完璧に、嘘だ・・・!

絶対、間違いない!麗がこういう目をして笑っている時は、大抵ろくでもない事を考えているんだから・・・!

「・・・麗・・・てめぇ、またなんかロクでもねーことを・・・!」

「ん?なんの事?それより流、早く行かないとハサン王子が着替えて降りてきちゃうよ?いいの?」

「っ!!」

そ、そうだった・・・

北斗と一緒に外出したハサンは、いつもの民族衣装ではなくて、一般的な洋服を身につけていた

だからホテルに戻るとすぐに、窮屈だ・・!とかぬかして着替えに行って、まだ帰って来ていない・・・!

「い・・行く!とりあえず、スィートルームだな!?昴?」

「うん!行こう!!」

「じゃ、そういうことで!食事はスィートより一階下のレストランだよね?北斗?」

「そう。30分後にそこでね」

VIP用のエレベーターに俺と麗・昴が乗り込んで、北斗に見送られながら最上階へと向かって行ったのだ






「・・・なんだ、これ!?」

超高速エレベーターで一瞬のうちに最上階に着き、一歩足を踏み出してみたら・・・慣れない感触に思わず叫んでいた

「へえ、さすがだねぇ・・廊下にまで最高級ペルシャ絨毯ときてる」

「うっわ!すっげーふっかふかだよ!」

さしもの麗も目を見張って、壁に配されたとんでもなく高そうな絵画にも見入っていて、昴は小猿らしく絨毯の上で跳ね廻っている

「・・・・まじかよ」

深い溜め息とともに見やった真正面には、スィートルームへと続くエントランスと思しき門が・・・

って!!

なんで部屋にこんな門構えが付いてて、その上ボディーガードまでついてんだよ!?

思わず口から出そうになったその言葉を飲み込んだのは、そこに立ってたボディーガードにジロリ・・・と睨みつけられたからだ

「・・・お前が、浅倉 流か?」

いきなりそのボディーガードが俺の名前を呼び、まるで観察でもするかのようにジロジロと無遠慮に見つめてくる

その態度はあまりにあからさまに、俺を検分しているといって過言じゃない

何だってこいつが俺の名前を知ってるのか

ダークスーツにサングラス・・・190はあろうかという長身に無駄なく鍛えられていそうな体躯

一見してボディーガードだろう・・・と判断したが、その態度の不遜さに違和感を感じた

ボディーガードってだけじゃなく、なにか・・・こう、それだけじゃない雰囲気・・・

「・・・だったら、なんだよ?」

そう聞き返したら、そいつの口元が、フ・・・ッと微かに上がった

・・・なんだ!?こいつ!?

その笑いは、どう考えても俺に対する嘲笑だ

思わず拳を握り締めてそいつを睨みつけた

「・・・てめぇ、何者だよ?何で俺の名前知ってんだ!?」

「ああ・・・失礼。私はハサン王子の付き人で名前はアリー。あなたの事は王子からよく聞かされていたもので・・・」

そう言いながら、そいつがサングラスを外した

「・・っ!?」

現れた・・・鋭い眼光を放つ、切れ長の、赤みがかった茶色の瞳・・・!

グロスで後に撫で付けてあったから最初はよく分からなかったが、その髪も根元はブラウンだが毛先に行くに連れて・・・少し赤みがかった色をしている

「・・・へえ。アリーさんって、なんか・・・流と雰囲気似てますね?」

不意に背後からかけられた言葉に驚いて振り返ると、麗が興味津々・・・といった色をその青い瞳に滲ませて、どこか楽しそうにアリーを見つめていた

「・・・その髪と瞳の色・・・お前が浅倉 麗・・か?」

「ええ。はじめまして。それにしても警備が手薄じゃないですか?いくら貸切でセキュリティ厳重の最上階のフロアとはいえ、王子の居る部屋でしょう?」

「・・っ!?なに!?」

思わず叫んで麗を凝視した

「ん?」と言わんばかりの顔つきで笑う、あの何かを企んだ瞳・・!

た、確かに気がつかない俺もどうかしてた

このホテルを貸切にしたのがハサンなら、当然、その最高級の部屋は・・・

「・・っ降りる!!」

目の前に居た麗を押しやって、エレベーターに戻ろうとした途端

「流!!ここまで来て何言ってんの!?」

バカ小猿の昴が俺の腕を取ったかと思うと、勢いよく門の方へと引っ張っていく

言っておくが

このバカ小猿、見た目に騙されるが合気道の達人なのだ

掴まれたら最後、どう足掻いたってその手から逃げ出せた試しがない!

「ちょ・・・ま、待て!バカ!やめろって・・・!」

一応無駄と知りつつも足掻いてはみた

だけど、結局掴まれた腕を振り解くことは出来なくて・・・俺は引きずられるようにして麗、昴と共に部屋の中へ引っ張り込まれていく

そんな俺達を、あのアリーとかいうムカつく野郎が冷ややかな視線で見送っていた





「・・・流!」

入った途端、聞こえてきた・・・あいつの嬉しそうな声

俺は聞こえていたその声を無視して、ソッポを向いていた

「あ!ハサン!!ひゃーーーー!部屋の中もすっごいな!超豪華!!うわっ!この山盛りフルーツ食べてもいい!?」

掴んでいた俺の腕を解き放ち、食欲の権化、昴が大理石のテーブルの上に載せられていたウェルカム・フルーツに突進していく

「こらっ!もうじき下でディナーだろ!昴!!」

猪突猛進しかけた昴の首根っこをヒョイッと摘み上げた麗が、昴の小柄な身体を引き戻す

この麗も思いっきり見た目に騙されるが、テニスにかけては天才的プレーヤー

その腕力も並じゃない

食い物に突進していく昴を摘み上げるなんて芸当、麗にしかできない技なのだ

「ちぇーーーーっ!あ、ほら、流!ハサン王子だよ!」

伸びてきた昴の手をかわす間もなく、歩み寄ってきたらしきハサンの方へ、昴が俺の腕を再び掴みその前に引っ張り出した

「ちょ・・・っ!?」

ああ、もう、このバカ小猿がっ!!

俺はせっかく反らしていた視線を、否応無くハサンと合わせるはめになってしまった

視線が合った途端、意志の強い・・あの引き込まれそうな漆黒の瞳に捕らわれる

ここだけの話・・・普通の服を着ている時のハサンより、今目の前に居る、白い長袖長衣の民族衣装を身につけたハサンの方が、何倍もこいつに似合っている

その、持って生まれた、人を圧倒する崇高な高貴さ

神秘的でエキゾチックな顔立ちを引き立てる、飾らないシンプルな衣装

簡易的に付けているのだろう・・頭に巻かれたカーフィアの代わりの白い布地が、漆黒の髪を一層引き立てている

耳元で揺れる大振りなイヤリングと腰帯の所に挟まれた短剣

そして

その指に光る黄金の指輪・・・!

この3点セットが王位継承者の証・・として代々引き継がれてきた物なのだと・・・昔こいつに言われたことがある

「流・・・ようやくまともに視線を合わせられたな」

「っ!!」

気が付いてたか・・!

っつーか、普通気が付くか・・・あんだけ露骨に避けてれば

「・・・ッ知るかよ!」

俺は捕らわれて魅入られる前に、その視線を反らそうとした・・・が

「なぜ避ける!?」

ムッとしたように言ったハサンが、俺の顎を捉えてそれを許さなかった

その上、その整った高貴な顔を俺に近づけてくる

「俺を拒む事は許さない・・!」

そう言い放ったハサンに

その、どこまでも高飛車で傲慢、尊大で俺様な物言いに・・・!

いつも俺は、苛立ち、ささくれ立つ心を止める事ができない

「・・・っぅるせえ!俺はお前の所有物でもなけりゃ、オモチャでもねえんだよ!」

「っ!?流、俺がいつそんな事を言った!?」

「言ってんのと同じだろ!」

驚いたように目を見張ったハサンの手から、一瞬、僅かに力が抜ける

俺はその一瞬の隙を見逃さず、素早くハサンの手から逃れるとドアの方へと駆け寄った

「先に北斗の所に行ってる!」

苛立ちを隠せずに言い放ち、そのままドアを出て門へと向かう

そこには、やっぱりあの、ムカつく野郎のアリーが居た

「・・・ほぅ?一応自分の立場というものは、わきまえているようだな・・・」

「・・・っ」

すれ違い様に浴びせられた言葉

ああ、そうだとも

あいつは・・・ハサンは一度だってそんな事を俺に向かって言った事なんて、ない

そんな事を言うのはいつも・・・こいつら

「自分の身の程ってものを知っているのは良いことだ。だが、もう少し言葉使いには気をつけろ。オモチャの替えなどいくらでも居るんだからな」

あからさまな見下す視線

ハサンと住む世界が違うんだ・・・と思い知らされるその態度、その言葉

「・・・っるせぇ!!言われなくたって分かってるよ!あいつに言っとけ!オモチャがほしけりゃ他を当たれってな!!」

・・くそっ!・・・うるせぇ・・・うざい・・・いちいちめんどくせぇ・・・!

ああ、そうさ!

あの・・・5年前の誘拐事件の時から分かってる

あいつは・・・手の届かない遠い存在

いつか一国を背負い、国王として立つべき人間

だから

だから俺は、あいつが大嫌いだ

そんな物など当たり前すぎて、気にもかけない俺様王子!

本来なら咎められてもおかしくない、俺の言動も行動も・・・

あいつは、気にせず受け入れてしまう

そのくせ

俺がどんなに勘違いしそうになるのを必死に押し留めているかなんて事には、全然全く気がつきもしない

門を通り過ぎ、エレベーターに乗り込み、その扉が閉まった瞬間

久しぶりに5年前のあの時の口癖が、俺の口から流れ出ていた

「・・・っあいつは、生まれながらの王子なんだから・・・!」

言ってしまって再確認する・・・その変えようのない事実

・・・ガンッ!!

知らないうちに、エレベーターの壁に拳をたたきつけていた



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ススム