七夜の星に手を伸ばせ
*先に短編としての七星と舵の出会い編を読んでから、この話にお進み下さい。
もう一度書くのも重複するので・・その部分の続き・・として書き始めています。
その点、ご注意くださいませ。
ACT 1
生物・科学室の窓際に、大きな水槽が二つ並んで置かれている
そろそろ陽射しも真上に差し掛かり、降り注ぐ日の光が半透明な水の影の範囲を狭めていた
水槽の中には、メダカと金魚がそれぞれの水槽に分けられて入れられ、少し濁った水の中を活発に泳ぎ廻っていて、七星の姿が水槽に映りこんだ途端、魚たちが一斉に七星の方へ集まってきた
「・・・よ、警備員のおじさん、ちゃんと餌やってくれてたみたいだな。元気そうじゃん」
小さく呟いた七星が、餌をパラパラとそれぞれの水槽に振り入れる
「・・なに?浅倉って、魚の飼育係・・なのか?」
背後から聞こえたなんとも間の抜けた声に、七星が振り返る
そこに、驚いてあっけに取られたような顔つきの舵の顔があり、その目が真剣にその問いを問いかけているのが伝わってくる
そのあまりに真剣な目に、間の抜けた問いかけに、七星が堪らず笑みを浮かべた
「せん・・せい!ひょっとして天然?高校生にもなって飼育係もないだろう?」
クスクス・・と忍び笑いを洩らす七星の笑顔を間近に見た舵の心臓が、一瞬、跳ね上がる
(・・こ・・いつ!笑うと全然印象が変わる!)
そう舵が思って一瞬動きを止めてしまうほど、七星の笑顔はそれまでの無表情でぶっきら棒な印象を180度覆さざる得ない魅力に満ち溢れていた
「そ、そうだよな。じゃ、なんなんだ?」
跳ね上がった心臓を何とかなだめ、笑いを納めつつある七星をマジマジと見つめた
間近に立って初めて、自分の方が七星より背が高いということに気づき、意外さに目を見張る
どことなく身構えた大人びた雰囲気と無表情さが、必要以上に七星を大きく感じさせ、てっきり同じか自分の方が負けているような・・そんな感じを受けていたのだ
それが。
たった今見せつけられた、まるで印象を180度変える笑顔とわずかに見下ろす視線に、再びドキリ・・と心臓が跳ね、慌てて水槽の魚へと視線を移す
笑いを納めた七星は、そんな舵の心中など知らぬ気に舵と同じく水槽を振り返った
「本当は生物・科学担当教師の仕事だったんだけど、前の教師が最低な奴で半分くらい餓死して死んだ事があったんだ。それでそいつを責め立てたら、それならお前がやれ!って事になって、仕方ないから通ってる」
言い方はぶっきら棒で本当に仕方なく・・・と言う感じだが、チラっと盗み見た横顔には楽しげな表情が伺えた
(・・・ふうん?見かけによらず世話好き・・か?)
フ・・ッと、口元に意味ありげな笑みを浮かべた舵が言った
「・・じゃ、これから餌やりは俺の仕事ってわけだ?あーー・・それじゃあこの水槽も掃除してやらないとなぁ。いっぺんに二つかぁ・・誰か手伝ってくれると助かるんだがなぁ・・・?」
わざとらしく大袈裟に肩を落とし、舵がチラっと七星を盗み見る
唖然とした顔つきで舵を仰ぎ見た七星が、たちまちムッとした顔つきになって挑むような口調で言い放った
「俺、早く帰らないといけないんで・・」
言いかけた七星の言葉を遮って、舵が天を仰いで情けない声を上げた
「あーーーやばいなぁ!俺、不器用だからひょっとして排水溝へ、こう、ザバァ〜と、いっちゃったりしたら・・確実に死んじまうなぁ。可哀想だよなぁ・・なあ、お前たち・・?」
舵が自分でもあきれるほどの芝居臭さで、水槽の魚に哀れむような視線を注ぐ
「・・・一時間。それ以上は・・・」
ため息と共に落とされた七星の言葉に、舵が満面の笑みを浮かべて振り返る
その笑みをハッと睨み返した七星が言葉を継ぐ暇を与えずに、舵が早速行動を起こした
「ようしっ!一時間あればお釣りが来る!ほら、そっち持て!」
きっちり、みっちり、一時間。
水槽の掃除だけではなく、何だかんだと舵に言いくるめられ・・・結局準備室の生理整頓まで手伝わされていた七星が、パンパン・・っと制服についた埃を叩き落としながら立ち上がった
「それじゃ、俺、帰らないといけないから」
先ほどから腕時計にチラチラ・・とせわしなく視線を落とし続けていた七星に、舵が興味深げに問いかけた
「何だ?手伝ってもらった御礼に昼飯ご馳走するぞ?そんなに急ぎの用なのか?」
準備室の端においてあった学生カバンを肩に掲げ上げながら、七星がため息混じりに呟き返す
「・・・急がないと、約一名は確実に餓死しそうだからな」
「は?餓死!?何だそれ?」
またまた思いもよらぬ言葉を返された舵が、間抜けな声を上げる
「・・・あんたって全然先生らしくないのな。ほんとに教師か?」
「だろう?精神年齢は若いんだよ!」
七星の嫌味を余裕の笑みでかわす舵に、七星がフン・・っと決まり悪げに視線をそらす
「礼なんていらない。あんたなら俺がもうここへ来る必要もないだろうから、最後に掃除くらい・・と思っただけで・・」
「そりゃ光栄な意見だな。でも、やり逃げはよくないぞ!俺は借りた借りはキチンと返さないと気がすまない性質なんだ。明日もここへ来い、茶ぐらい出してやれる・・!」
「な・・ッ!?そんなのそっちの勝手だろ!もうここへは・・・!」
舵がおもむろに、黒い革表紙に「天文部名簿」と書かれたノートを七星の眼前に突きつけた
「これが何か分かるよな?浅倉 七星、もと天文部部員一年生?」
「それ・・っ!?」
七星が目を見開いてその黒革表紙を見つめ返す
「ここに名前がある以上、浅倉は天文部員!そして俺は本日づけで天文部顧問!ってことで、明日から部活動を再開するから必ずここへ来る事!以上!」
「なっ!?」
驚きと苛立ちのない交ぜになった複雑な表情で、七星が舵を睨みつける
(・・どうして、なかなかいい面構え!ますます気に入った!)
心の中で、ニヤ・・ッと笑った舵が、睨みつける七星をものともせずにニコニコと爽やかな笑顔を浮かべている
「ほらほら、早く帰らないと餓死者がでるんだろう?明日は部活再開を祝してパッといこう!パッと!いやぁー楽しみだなぁ〜」
腰に手を当て、楽しげに自分を見下ろしてくる舵に、七星が今までにない視線を感じてうろたえる
「か、勝手にやってろ!!俺は来ないからなっ!!」
吐き捨てるように言い放った七星が、乱暴に準備室の引き戸を叩き閉めて出て行った
そのドアを開け放った舵が、不機嫌そうに足早に去っていく七星の背中に向って呼びかける
「お前が来るまでずーーーっと待ってるからなー!絶対来いよーー!!」
聞こえているはずのその声をまるっきり無視して、七星の背中が廊下の角に消えていった
その廊下の角を見つめながら、舵がフ・・と浅くため息を吐いた
「・・・やばいなぁ、どーやら一目ぼれ・・っぽいな。あちこち逃げ回って、あげくに生徒に一目ぼれとは・・俺もやきがまわったなぁ」
舵 貴也27歳・・その端整な容貌と面倒見がいい性格が災いし、男女を問わず生徒や先生、果ては生徒の親にまで言い寄られ・・過去何度となく学校を点々としてきた経緯を持つ男であった
「・・・生徒・・っつーのはやっぱ、やばいよなぁ。赴任早々さい先がいいような悪いような・・。でも、あの笑顔はどう考えても反則だって!」
そんな事を呟きながらも、舵の顔には嬉しそうな笑みが浮かんでいた
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