ACT 2

 

 

 

次の日の放課後、やはり浅倉七星は来なかった

舵の居る生物・科学室のある校舎とは反対側の校舎に2年生の教室があることもあって、朝の恒例4兄弟登校セレモニーの時以外、七星の姿を見る事もなかった

「今日は浅倉のクラスの授業もなかったしなー。ま、万に一つの希望を抱いて、今夜はギリギリまで待ってみることにしますか!」

準備室を整理中に発見した”天文部部室”とかかれた小さな表札も、準備室の表札と並んで打ちつける

そして机の上には、描きかけの部活勧誘のポスターが広げられていた

先ほど近くのコンビニで買い込んできたインスタントコーヒーと紙コップ、スナック菓子やカップめん、それに自宅から持ち込んできた湯沸しポット・・・と、本格的長期戦への準備も完璧だ

熱さが直に伝わる紙コップを両手で器用に熱くない様に持ちながら、明日にでも専用のマグカップを買ってこよう!と、心に誓う舵だった

ふと、机の片隅に置きっぱなしにしてある魚の餌入り小瓶に手を伸ばすと、その小瓶を持って水槽の前に行き、餌をまく

「・・・なあ、手が重なった時のあいつの反応。あれは人から触れられるのに慣れてないせいだと思ったんだが・・お前たちどう思う?」

キレイに入れ替えられた水の中で活発に泳ぎ回って餌をついばむ魚に、舵が問いかける

「なんだかなぁ・・あの笑顔を見た時から、こいつ無理やり背伸びしてるなぁって気がするんだよな・・・」

どうにも放っておけないこの感情が、ただの教師としての世話好きさから来るものなのか?それとも本当に一目ぼれなのか?舵にもまだ判断がつきかねていた

とりあえずそれを確かめるためにも、今夜は校長と守衛の許可を得て夜遅くまでこの準備室に居座るつもりだった

天文部再活動のための準備と称して・・・

 

 

そして、実際舵は置いてあった望遠鏡の手入れをし、レンズを磨いたり細かな微調整に時間を費やしていた

すっかり暗くなった頃には、その望遠鏡の使い方や調整の仕方・・手入れの仕方まですっかり頭に叩き込んでしまっていた

さっそく守衛から屋上へ続く防火ドアの鍵と懐中電灯を借りてきて、準備室のすぐ横にある校舎の屋上へと続くドアを開け放つ

軋んだ音を響かせて開かれたドアの向こうには、満点の星空が広がっていた

「おおっ!さすがに高台にあるだけあるな!障害物が何もなくてよく見える・・!」

手頃な場所に陣取った舵が、晴れ渡ったまだ少し肌寒さの残る澄み切った星空にレンズを向けた

しばらく広がる星空と星座表を見比べていた舵の動きが、ピタ・・っと止まった

そのレンズの先にあったのは、大熊座

その大熊座の尻尾の部分が、俗に言う”北斗七星”

それをじっと眺めていた舵が、フ・・ッと小さく笑った

「・・・なるほど、北斗の息子だから七星なのか。なかなかシャレたネーミングじゃないか」

呟きながら、あちこちと周りの星にも照準を合わせていた舵の口からため息が漏れ、レンズから目を離す

「街の明かりが邪魔するなぁ。停電にでもなったらよぉーーく見えてキレイなのにな」

「・・・停電なんてされたら、はた迷惑もいいとこだ!」

突然背後から浴びせられた言葉に、舵が驚いて振り返る

その視線の先に捕らえた物を確認した舵の表情が、満面の笑顔に変わった

「遅いぞ、浅倉!」

その言葉に、ドアにもたれかかっていた七星があきれたような表情で舵を見返す

「まさかとは思ってたけど、ほんとに待ってるなんて・・暇だな、あんた」

その生意気な口調に、舵が肩をすくめて言い返した

「俺は有限実行な男なんだよ。待ってるって言っただろ?それに・・・」

おもむろに立ち上がった舵が七星へ歩み寄り、その顔の表情がより見えやすい距離にまで来ると、ほくそ笑んでその言葉の先を続ける

「何となく、浅倉は必ず来る・・って、そう思ってたし?」

「っ!?だ、誰が!俺はたまたま学校の前を通りかかって、そしたら屋上でなんか光ってるし、それで・・!」

思いきりうろたえた風な七星の声が、薄闇の中はっきりとは見えないが・・その顔が紅潮している事を舵に確信させた

ク・・っと忍び笑いを洩らした舵が、バンバン!と七星の両肩を叩いて陽気に言った

「分かった分かった!そういう事にしといてやる!それより、記念すべき天文部初の部活動だ!ちゃんと参加しろよ!」

「しておいてやるって・・!?お、おい、ちょっと・・・!!」

反論しようとする七星の肩を押し、舵が強引に望遠鏡の前へと七星を押しやる

「見たかったんだろ?こいつで星を。いくら昼間に覗いたって夜になんなきゃ星は見えないぞ?」

舵の言葉に、七星の肩がピクッと反応を返す

望遠鏡にホコリが被ってなかったのも、一瞬浮かんだ何かの感情を押し隠したあの時の七星の視線も、おそらくはこの望遠鏡を覗いていたのであろう事を推測するには充分で

「・・あんた!?」

弾かれたように舵を見返してきた七星の顔は、本当に虚を衝かれた驚いた顔をしていて、舵の推測が正しかった事を物語っていた

余裕の笑みさえ浮かべた舵が、グイッと七星の顔を再び望遠鏡の方へ向けさせる

「ほら、早くしないとお前が見たかったもんが動いてずれちまうぞ?」

はた目にはいかにもシブシブ・・といった緩慢な動きでレンズを覗き込んだ七星の体が、微動だにしなくなる

舵がソ・・っと掴んでいた手を肩から下ろした

食い入るように望遠鏡に見入っている七星の背中を眺めつつ、タバコに火をつけてちょうど一本吸い切った頃・・

ようやく七星が顔を上げた

何か問いたげに舵を振り返った七星に、そんな問いなど不用だとばかりにおどける様な笑顔で舵が言う

「満足?じゃ、これにて本日の部活動は終了!下でカップめんでも食わないか?おごるぞ?」

「・・別に腹減ってないし・・・」

戸惑いを隠せない表情で言う七星の言葉と態度を、舵が軽く受け流す

「そーか、残念。じゃ、ま、お茶ぐらい入れてやるから付き合え。行くぞ、天文部部長!」

「なっ!?誰が部長だって!?」

先ほどの戸惑いも一瞬にして吹き飛んで、手際よく望遠鏡を折りたたみ肩に担ぎ上げた舵の背中に向って七星が叫ぶ

「お・ま・え。今のところたった一人の部員だし、必然的にそうなるでしょーが?浅倉くん?」

振り返った舵が、ニヤニヤと七星を指差している

その指差している舵の指先をパンッと払いのけた七星が、苛立ちを込めた声音で言い返す

「だから・・!言い忘れてたけど、あれは餌やりに来てた俺の名前をふざけて勝手に先輩が書いただけで・・!」

「それでも・・!」

と、再びビシッと七星の顔の前に人差し指をつきたてた舵が不敵に笑う

「あの部員名簿にお前の名前がある以上、お前は天文部員で、たった今から天文部部長だ!」

「なっ!?」

絶句した七星を置いて、舵がさっさと準備室へと下りる屋上のドアをくぐる

「ちょ・・っ待てよ!あんた一体・・・!」

「こら!あんたじゃないって!舵だ!舵 貴也(かじたかや)!先生と呼ばれるほどの人格者でもないんでね、舵でいいぞー?」

チラッと目線だけ振り返って言った舵の目が、笑って七星を準備室へと誘った

 

 

 

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