ACT 3




バタバタ・・・と、階段を駆け上がってくる足音に、巽が思わず部屋のドアに手をかける。

今、このドアを開けて飛び出せば・・みことを綜馬の所へ行かせずにすむ。

けれど、いつ起きるか分からない発熱と力の喪失・・そして、おそらくは入れ替わってしまうであろう・・もう一人の自分。

それを思うと・・みことがこの場に居ない方が安心できる。

声の一つ・・顔の一つでも見てしまったら、きっと自分はみことがいなくなってしまわないように・・自分が入れ替わってしまわないように、みことをずっと抱きしめてしまうだろう・・・。

そんな風にみことを縛り付けることなど・・巽には出来ない。

ましてや・・もう一人の自分の行動を、巽は止める事が出来ないのだから。

パタン・・ッと、向かいのみことの部屋のドアが閉まる音が聞こえ、ドア一枚へだてただけのすぐ側に、みことの気配が感じられる。

「・・行ってきます・・」

そう、聞こえたみことの声が・・これ以上ないほど心細げで、頼りない・・・。

「・・っ!!」

思わずドアの取っ手に手をかけ、みこと・・!と呼びかけたい衝動に駆られた時

ゾクッと巽の背筋に冷たい物がせりあがって来た・・!

「・・くっ・・!き・・た・・!」

ガクッ・・と、両膝をついてシャツを握り締めた巽の耳に、階段を駆け下りていくみことの足音が聞こえる。

「・・た・・のんだぞ・・そ・・うま・・!」

しだいに重くなる体を引きずるように・・ベッドに倒れこんだ巽の意識が、急速に遠のいていった・・・。




 

「巽?みこと君と綜馬君は、もう行ったよ・・・!?」

部屋に戻った聖治が、ベッドの上で胸を押さえるようにして倒れこんでいる巽に気づき・・ハッとする。

「・・た・・つみ・・!?」

慌ててベッドに駆け寄った聖治が、巽の額に手を当てる。

思った通り、異常なほどの高熱・・だ。

「巽!しっかりしろ!このままだと・・・!」

巽の肩を揺さぶっていた聖治の手を、不意に巽が掴んで止める。

「巽・・!よかった・・気がついて・・・!?」

聖治が、掴まれたその・・巽の手の冷たさに背筋を凍らせた!

「・・どうした・・?何をそんなに驚いている?」

「あ・・・!!」

ゆっくりと聖治の方を仰ぎ見た巽の瞳が・・いつもの灰青色から、紫色に変わっていた・・。

「ば・・かな・・!こんなに早く出て来れるはずは・・・!」

愕然とする聖治の襟元を掴んだ巽が、乱暴にベッドの上に聖治を引き倒す。

「・・ぐ・・っ!」

「お前が常に巽の側にいるせいで、巽は人としての負の感情・・嫉妬、怒り、奢り、執着・・それを持とうとしなかった。だが、結局は無駄な努力だ」

くく・・・と笑うその巽の顔は、妖艶で妖しいほどの美しさをかもし出し、得体の知れない強い妖力で聖治の体の自由を奪っていた。

「・・・柳!?この日だけは、お前でも能力を失うはずなのに!」

「今までの鳳の人間ならばな。だが、巽は今までの人間達とは違う生まれ方をしているのではなかったか?ならば、『容れ物』を作るために払った、私が受けるべき呪縛に私は縛られはしない・・そうだろう?」

「っな・・に!?」

聖治の上に馬乗りになった巽・・いや、柳が動きを封じられた聖治の顔から眼鏡を奪い取る。

「さあ、そろそろお前も本性を曝したらどうだ?御影 聖治!?・・お前もまた巽と同じ、今までの御影の人間と違う生まれ方をしているのだろう?ならば鳳と御影の呪縛に抗ってみたらどうだ?」

「・・!!」

サッ・・と、聖治の顔が青ざめて・・柳を食い入るように見つめ返す。

「クク・・顔色がかわったぞ?お前が今まで巽に隠れてしてきた事を、私が知らぬとでも・・?お前が巽に対して抱いていた感情を・・私が気づかぬとでも?私は人の心の闇の部分に等しい存在・・誰よりもその心を感じ取れる・・」

「何を・・いい加減なことを・・・!」

柳の手を押しのけようと必死に抗う聖治の両手を、柳がやすやすと掴み取り・・その動きを封じるように聖治の体をベッドの上に縫い止める。

「知っているぞ・・?お前は巽が自分の事だけを見るように、巽の心が他に向かないように全ての物を排除してきた。巽に関わろうとするもの全てを監視して、巽の心を縛り付けてきた。そして・・巽の心だけでなく、体も・・全てを自分の物にしたいと望んでいる・・!こんな風に・・!」

鼻先が触れ合うほどに真近にあった柳の顔が、冷たい微笑を浮かべ・・聖治の瞳を覗き込んだまま唇を重ねる。

「・・!?・ん・・っ」

目を見開いたままの聖治が・・柳の冷たい紫の瞳を睨み返す。

「・・つっ・・!」

顔を微妙に歪めた柳が、弾かれたように聖治から顔を背け・・口元を手で覆った。

柳の唇から鮮血が滴り落ちる・・。

「誰が・・お前なんかに・・!」

弱まった呪縛のせいで、柳の体を突き飛ばすように跳ね起きた聖治に・・柳がくぐもった笑い声をもらす。

「いいのか・・?巽のままだと何も出来ないくせに。お前の望むままにしてやるぞ・・?私ならお前の望みを叶えられる・・・」

「黙れ!お前に何が分かる!?僕の本当の望みを知りもしないくせに・・!そんな事より、答えろ!何のために御影と鳳の関係を・・なぜ互いに殺し合う呪縛などかけた!?」

聖治の問いに、柳が冷ややかな視線をそそぐ。

「・・その答えはお前の中にある。人は自分の望みのために自分自身に呪縛をかける・・私が望んだのではない、お前達が望んだのだ。私は・・ただそれを叶えただけ・・」

「僕達が・・望んだ・・だと?バカな・・!」

「・・では、聞こう。お前は、巽が他の誰かのものになってしまったら・・どうする?」

「!?」

聖治が一瞬、言葉に詰まる。

「どうした・・?答えられないか?答えたくとも答えられまい・・自分の父親のしたのと同じ事を考えただろう・・?」

「・・ハッ!誰が・・あんな男と同じ事など・・!!」

吐き捨てる様に言った聖治に、柳がツッ・・と腕を伸ばしてその顔を上向かせる。

再び柳と視線を合わせた聖治の体が・・その紫の瞳に魅入られたように自由を奪われていった。

「みことを・・巽から引き離したいのだろう?私がそれを手助けしてやる。そのためにはお前の協力が必要だ・・。今の巽では、私が今こうして出てきた事を覚えてはいないはず・・。私の言う通りにすれば・・その願い、叶えてやれるぞ・・?」

「・・な・・に・・?」

目を見開いた聖治の顔に・・一瞬迷いが浮かぶ・・。

「くく・・自分の気持ちに正直になれ・・人の心などもろいものだ。心配せずとも、別に何をするわけではない・・ただ、きっかけを与えるだけの事・・。本当の自分の心がどちらか・・決めるのはみこと自身なのだから・・・」

「・・い・・や・・だ・・!お前の・・言うことなど・・!」

聖治が迷いを吹っ切ったように・・その視線に力を込める。

みことを引き離したい・・その気持ちがあることを否定はしない・・けれどそれを他人にどうこうされるつもりなど、毛頭ない。

「・・ほう。私の言葉に抗えるとは・・な。だが、思い出させてやろう・・お前の体に流れる御影の血の呪縛を・・・」

フッ・・と笑った柳の顔が、再び聖治の顔を真近に捉える。

そして・・その柳の表情が、例えようもなく優しい・・愛しげな顔つきに変わった。

「・・『ひじり』・・その血の中にいるのだろう?聖(ひじり)、私に・・答えろ・・!」

その柳の言葉に・・聖治の体がビクンッと震える。

「・・あ・・?な・・んだ・・!?」

体中の血が沸き立つような感覚とともに・・その柳の顔が、聖治にとって一番大事な・・巽のものと重なっていく・・。

「・・た・・つみ・・?」

「そうだ・・お前にとって一番大切な、お前だけの巽・・私はその巽と同じ者。何を抗う・・?」

「・・巽は・・誰にも・・渡さない。誰にも・・・!」

真近にある柳の顔を引き寄せた聖治が・・自分から唇を重ねる。

「・・そうだ・・それでいい。それでこそ、私の聖だ・・」

柳の細められた紫水晶のような瞳が、冷たく笑っていた・・・。




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