ACT 52(完)
「みこと!!」
荒ら荒しく玄関の扉が開けられ、2階へと続く階段を2段飛ばしの勢いで駆け上がってきた足音が、巽の部屋のドアを体当たりよろしく勢いよく開け放つ。
「綜馬さん!?」
「・・・ドアを壊す気か」
驚いたみことの声と、変わらぬ不機嫌な巽の声が、綜馬の特大の安堵のため息を生んだ。
みことが戻ってきてから、丸一日がたっていた。
みことを呼び戻す方法・・それは巽が受け継いだルーン召喚術・4大元素のひとつ、風の「魔方陣」によって時空の扉を開け、前鬼が「印」の気配を辿ってみことを見つけ出し、再び風の「魔方陣」でこちらの世界に召喚し直す・・というものだった。
そしてその力が最も強くなるのが、みことを向こうの時空に送った「満月」の力と対を成す「朔」の夜。
こちらと向こうの時間の流れは必ずしも同じではない。
だから前鬼が向こうの世界に行ってから、その日になるまでにみことを見つけ出し、召喚しなおさねばならなかった。
それがこちらの日数で一体どれほどかかるのか分からない。
だからその間ずっと、巽はみことに気づいてもらえるようにピアノを弾き続けていた。
みことが、巽がみことを呼ぶ風を聞き分けてその風を辿れるように・・。
その風の道筋を送り続けなければならなかったのだ。
なぜなら、時空の扉の中は迷路と同じ・・迷い込めば何か目指すものがない限り抜け出せない世界。
前鬼が「見つけ出すことが出来ても連れ戻すことが出来ない」
と言ったのはこのためだった。
幸いにも向こうのほうがこちらより時間の流れが早く・・その間、約3日。
3日の間中、巽は飲まず喰わずで休むことなくピアノを弾き続けていた。
そうしてやっとみことを連れ戻すことに成功し、あの日、巽はみことから最高の誕生日プレゼントをもらった。
その気の緩みと疲労から、巽は直後に倒れこんでしまったのだ。
そしてそれは、同じく千年もの時空を飛んで帰ってきたみことにも言えることだった。
後鬼によって聖治が呼ばれ、適切な処置を施してもらって・・今に至っている。
その聖治からの連絡を受けた綜馬が、今、二人の前で脱力するように床に座り込んで二人を見つめている。
巽の部屋のベッドの横でソファーを使って並んで横になっていたみことが、巽より一足先に目覚めて・・ちょうどリンゴを剥いている所だった。
「・・・なんやねんな、お前ら!そのごっつい、日常モードあふれる雰囲気は!?」
おもむろに立ち上がった綜馬が、、巽のベッドにドスンッと腰を下ろし、
「貸せ!あぶなっかしゅーて見てられんわ!俺が剥く」
そう言って、今ひとつおぼつかない手つきでリンゴを剥いていたみことの手から、そのリンゴと果物ナイフを奪い取った。
「えー!僕が剥きたかったのに!」
不満げにみことがほほを膨らませる。
「・・・綜馬が来なかったら、俺が取り上げてるところだ」
ベッドに横になったまま、あきれたように言う巽に、みことが更に不満げに言い募る。
「そんな事ばっか言って、ちっとも練習させてくれないから・・むぐっ!?」
あっという間にリンゴを剥き終えた綜馬が、みことの口に切ったリンゴを突っ込んで苦笑する。
「えらい和やか過ぎて気ぃ抜けるわ。ほんまに。連絡する言うといて全然連絡してけぇへんし!ようやく連絡来た思て、その足で心配して来てやったいうのに!」
巽になどリンゴはやらない・・!とばかりに剥いたリンゴに綜馬が噛り付く。
「・・・すまなかった。連絡する間がなかったんだ。それで?そっちのほうはどうなんだ?」
表情を硬くして上半身を起こしかけた巽に、みことが素早く手を貸している。
その様子に・・リンゴをかじる綜馬の顔にも笑みが浮かんだ。
「こっちは大丈夫や。オオダヌキもえらい元気になっとるしな。咲耶も高野で元気にしとる・・」
「そうか・・・」
綜馬の答えとその笑みに、安堵のため息をこぼした巽が・・聞きそびれて気になっていたことを口にした。
「ところで・・そのピアス・・どうするんだ?」
「ん?」
綜馬の手が無意識にピアスに伸びる。
その中には「玄武」の化身である小さな亀・・ゲンとブンが宿っている。
巽はすでにそこに居るものが何者であるかは、見て承知している。
その「玄武」を・・「玄武」の背負ったものをどうするのか?と、巽が綜馬に問いかけている。
「・・これから先どないなるんか分からんけど、これは俺が背負わなアカンことやから。俺がきっちり始末をつけるつもりや。で?お前はどないやねん?」
「俺・・!?」
問われた意味が分からずに、巽が灰青色の瞳を見開く。
「今回のそもそもの発端は、お前のわけ分からん優柔不断のせいちゃうんか?そんなんやから、みことからの初プレゼントをもらいそこね・・・」
「そ、綜馬さん!!」
綜馬の言葉に、みことが慌ててその口を塞ぐ。
「ななな、何言って・・・!」
口を塞がれたみことの手を、あっさり剥ぎ取った綜馬が不敵な笑みを浮かべて言い放つ。
「言い忘れとったけどな、このピアス!みことからの初プレゼントや!どーや?羨ましいやろ!?」
「綜馬さんっ!!」
「・・っ!?」
ピクッとこめかみを痙攣させた巽が、低く呟く。
「・・・優柔不断で悪かったな・・!二度とお前には迷惑は掛けん!!」
「おー!?言うたな!?でも、残念ながらお前の許可がなくても俺はみことと遊べるしな!なー?みこと?」
満面の笑顔を浮かべてみことに聞く綜馬に、みことが言葉に窮する。
「え・・?あ、あの・・そ、それは・・」
「今度は一人で高野に来いよ!咲耶を見たらビックリすんで!咲耶、もう異界から外へ出てんねん!」
「え!?」
未だその事実を知らなかったみことが、銀色の瞳を輝かせて聞く。
「ほ、ほんとに!?咲耶姫、外に出られたんですか!?」
「おう!しかもビックリするくらいの別嬪(べっぴん)さんになってな!」
「べ、べっぴんさんに・・?」
「意味が知りたかったら、早く元気になって、遊びに来い!ほんまにビックリすんで!楽しみにしときや!」
「は、はい!行きます!絶対!!」
満面の笑みになって答えたみことの後ろで、巽が憮然とした表情を浮かべている。
「そうそう、巽なんて放っておいて、一人でな!」
その巽に向かってからかうような視線を、綜馬が投げる。
その視線をムッとした表情で睨み返した巽が、呟くように言った。
「・・・行けばいいだろう。俺には関係のないことだ」
「・・あ」
その不機嫌な声音に思わず振り返ったみことから、巽がフイッと視線をそらす。
「た、巽さん・・!?」
「そっか。ほな、そのうちみことを誘いに来るわ。じゃ、またな!みこと!」
「えっ!?あ、は、はい。あの!ほんとに今回は、いろいろありがとうございました!」
巽の様子に焦りながらも、再び綜馬に向き直ったみことがきっちり頭を下げて礼を言う。
「気にすんな!巽にいやな目に合わされたら、いつでも俺のところに電話してこいよ!即行、駆けつけたるからな!」
「そ、そんなこと・・!」
慌てるみことの背後から、巽の不機嫌そうな声が響く。
「綜馬・・!」
部屋の扉に手をかけていた綜馬が巽の方へ振り返った。
「なんや?」
「・・・いろいろすまなかった。今度正式に大僧正にも挨拶に行くと伝えておいてくれ」
バツが悪そうに言う巽に、綜馬がフッと笑みを向ける。
「ああ。じゃ、またな・・!」
それだけ言って、後ろ向きのまま片手を振ると、軽快な足取りで階段を降り、玄関ドアをにぎやかに出て行った。
急にシ・・ンと静まり返った部屋の中で、みことが恐る恐る巽を振り返る。
巽は、ジ・・ッとみことを不機嫌そうに見つめていた。
「あ・・あの・・」
「なんだ?」
すぐさま短く返事を返すあたりからして・・かなり不機嫌なことは間違いがない。
恐る恐る巽のベッドに近寄ったみことが、ペコンと頭を下げた。
「ご、ごめんなさい。あのピアス、綜馬さんに上げたのは本当です・・」
「・・・・」
巽の眉がその言葉にピクリと上がる。
「あの・・でも、もともとは巽さんの誕生日プレゼントに・・って思ってたんです。だけど、綜馬さんがあの亀さんを憑かせるのにちょうどいいかな・・って思って。
それに、巽さんにはまた今度ちゃんとしたのを選べる楽しみが増えるから・・いいかなって・・・そう、思って・・」
「・・・・」
押し黙ったままの巽に、みことが頭を上げることも出来ずに俯いている。
「・・・ちゃんとしたのをくれる気があるのか?」
その言葉に、みことがハッと顔を上げ、巽のほうへ身を乗り出して言い募る。
「も、もちろんです!あの、今度一緒に・・・」
言いかけたみことの顔を、巽が両手で包み込む。
「今がいい・・」
そう言って、巽の灰青色の瞳が真っ直ぐにみことの銀色の瞳を覗き込む。
「え・・?あ・・の・・?」
「本当は、一番嬉しいプレゼントはもう、もらった。だけど、せっかくの綜馬のからのプレゼントだ・・ありがたくもらっておこうかと思ってな」
「あ・・?!」
覗き込む灰青色の瞳に・・その言葉の意味に・・ようやく気がついたみことが真っ赤になって瞳を閉じる。
やがて降りてきた温かいぬくもりは・・みことにとって初めての、巽のほうから求めてもらえた最高のプレゼントだった。
月虹御伽草子 =完=
お気に召しましたら、パチッとお願い致します。
あとがき
ようやく完結しました・・(^_^;)
まさかこんなに長くなるとは・・思ってもみなかったり・・(滝汗)
次の章に入る前に、那月と雅人の話を書いたほうがいいだろうか・・と思案中。
謎は謎なまま・・勘の良い方ならわかってるかも・・ですが(笑)
何はともあれ、長い間お付き合いくださった貴重な方々、本当にありがとうございました!<(_ _)>