王子とボディーガードとマジシャンと
「・・・っん、う・・っ!?」
何か、強烈に熱いものが喉を流れ落ちていく
「・・っぐ・・ゴホッゴホッ・・!」
思い切りむせながら意識を取り戻した北斗が、その喉にひりつく熱い物が強烈にアルコール度数の高い酒であることに気がつくのに、そう時間はかからなかった
そしてそれを無理やり飲ませたのが、間近に自分を見下ろす、目の覚めるような金髪にライトブルーの瞳、そしてそれを強烈に焼き付ける褐色の肌の色と整った端整な容貌・・をした男であることにも
「・・ようやく目を覚ましたか。さすがにこの酒をストレートに飲むのはきついな」
一体いかほどの純度の酒だったのか・・・
恐らくは口移しにその酒を飲ませたのだろうその口元を、その美貌を歪めて拭っている
「・・お・・まえ!?」
ひりつく喉から絞り出した北斗の声を、その男が指先で押さえ込み、黙っていろ・・とそのライトブルーの瞳で訴える
「じきに見張りの交代がやって来る。いいか、俺が必ずお前とハサン王子と流とか言うガキを助け出す。だからそれまで大人しくしていろ。下手に抵抗すると命を縮める結果になりかねん。分かったな?」
自分の言いたいことだけを北斗の耳元で囁くように言い放ち、男のストレートの金髪が北斗の頬を撫で付けて離れる間際、掠め取るようにもう一度、北斗の唇に男の薄い唇がひりつくような酒の余韻を残して触れていく
「っ!?」
ハッと男を目を見開いて凝視した北斗の黒い瞳の中で、その男が、思わず見惚れてしまうような不敵な笑みを浮かべながらきびすを返し、部屋を出て行った
男がドアを閉めた途端、別の声がドアの外でこだまする
「アル=コル、交代だ。サウード様がお呼びだ」
「・・・ああ」
返されたその男の低い声音・・!
その声に、ハッと北斗の記憶が甦る
(こ・・いつ、やっぱり、あのボディーガードだ・・!)
両手を後ろ手に縛られて、拘束された身体を北斗がようやく起き上がらせた
どうやらもう朝になったらしく、どこかの廃墟跡らしき朽ちかけた部屋の窓から差し込む朝日が薄暗い室内を照らしていた
その部屋の片隅で、ハサド王子と流も両手を後ろ手で縛られた状態でうつ伏せに倒れこんでいる
「流、ハサン王子・・!!大丈夫か!?」
膝をついてにじり寄った北斗の声に、流がハッと顔を上げた
その一方の頬が赤黒く腫れ上がっている
「・・っいってぇー!あの野郎、思いっきりぶん殴りやがって・・!!」
うつ伏せ状態から額を地面に押し付けて、額で地面を蹴るように上体をピョンっと起こした流がすぐ隣で同じく手を縛られて倒れているハサン王子に声をかける
「おい・・っ、ハサン!生きてるんなら起きやがれ!」
もともと上品な口を利く流ではない上、今は恐らくはこのハサンのせいで巻き込まれたのであろう・・この状況に、心底不機嫌なのだ
ハサンが王子だろうがなんだろうが、流にとっては何の意味も持ってはいない
ただの、クソ生意気な口を利く、同年代の気に入らない奴でしかないのである
未だ起きる気配のないハサンの体に、流があろうことか蹴りを入れる
「こら、流!やめろ!」
北斗の自制を促す声が、一時、遅かった
その流の蹴りが入る直前に、ハサンは意識を取り戻していた
「・・ッ痛!何をする?!この私に蹴りを入れるとは・・!」
怒りに満ちた形相で流を見上げたハサン王子だったが、両腕を後ろ手に縛られていては、なかなか身体を起こすことが出来ない
「なっさけねーな!偉そうな口叩くんなら、それなりの事が出来るようになってからにしやがれ!」
あきれたように言い放った流が、ジタバタしているハサン王子の肩に、向かい合わせに自分の肩を入れ込んで、エイヤッとばかりに持ち上げる
おかげでようやくと体を起こしたハサンの目の前に、赤黒く腫れ上がった頬をした、不機嫌極まりない流の顔が間近にあった
「・・・っ!?どうした?お前!?その顔は・・?!」
連れ去られそうになった時、既にハサン王子の意識はなかった
流がハサン王子を連れ去ろうとしていた男の腕にしがみつき、その腕に噛み付いたことや、その後でその男にしたたかに殴られて気絶させられたことなど、知る由もない
「・・ったく!てめえなんざほっとけばよかったぜ!だいたい、なんでこんな事になってんだよ!?説明しやがれ!」
「おまえっ!王子である私に対してその口の聞き方は・・・!」
恐らくは、今まで一度だってそんな口の利き方をされたことがなかったのであろう・・ハサン王子がそのプライドを大きく傷つけられて声を荒げる
「なにが王子だっ!!ただ偉そうな口を利いてりゃ王子なのかよ!?お前自身の何処に、何の力があるっていうんだ!?」
その流の言葉に・・・それに言い返せないその状況に・・・
ハサン王子が唇を噛み締める
「流・・!言い過ぎだ!王子にあやま・・・」
北斗の声を遮るように、今まで北斗が聞いた事がない程低い声音がハサン王子の口から流れ出た
「・・お前に・・何が分かるって言うんだ!?俺だって・・自分自身に何の力もないことくらい・・それくらい、お前なんかに言われなくたって、分かってる!!」
キッと流を睨み返したハサン王子の瞳には、悔しさが滲み出て、今にも溢れそうになっているのを必死に押し留めている理性があった
ハッと目を見開いた流が、そのあまりに強い意志を持って睨みつけるハサン王子のその気高さに、ドキリと心臓が跳ね上がる
(な・・んだよ、こいつ!結構、やるじゃん・・!)
その騒々しさが癇に障ったらしき部屋の見張り役が、『ガンッ!!』とそのドアを叩きつけた
「うるさい!少し黙ってろ・・!」
その不機嫌な声音に、北斗が先ほどあの男に囁かれた言葉を思い出していた
確かに、下手に騒いでは相手の神経を逆なでするだけだろう
見張りとはいえ、間違いなく銃器はもっているはずだ
ムッとして今にも反抗的な言葉を吐きそうな雰囲気の流を、北斗が視線で黙らせる
3人で身を寄せ合い、北斗がハサン王子に声をひそめて聞く
「ハサン王子、さっきサウードという名前を聞いたのですが・・サウードというのは、確か・・」
その北斗の問いに、素早くハサン王子がこの状況の理由を理解したように北斗を見返し、頷いた
「そうだ。ファハド国王の腹違いの弟で反抗勢力の首謀者だ。では・・目的は明日の王位継承の指名!?」
「・・・おそらくは。それにこうして監禁するだけで殺していないということは、ファハド国王自らサウードの親族の誰かに指名させるつもりなのでしょう」
「・・・っ!?」
ハサン王子の顔色が蒼ざめる
自分が捕らわれてしまったせいでそんな事になったら・・!
「なに?それ?ずい分回りくどいやり方じゃん?ハサンを殺しちゃった方が話し早いんじゃないの?」
流の子供らしい短絡的な思考と思いやりのない言葉に、北斗が眉根をよせて注意しようと口を開くより早く、ハサン王子が言い募っていた
「それで済むなら俺は自ら命を絶つ。だけどそんな事をしたら逆にサウードの思うつぼだ・・!」
「え・・!?」
思いがけず真剣で、強い意志を秘めたハサン王子の声音に、流が驚いて目を瞬く
「俺が死んだら、ファハド国王はサウード達に息子を見殺しにしたと吹聴され、国王としての権威を失墜させられるに決まってる。俺を生かしたまま、国王自らサウードの親族に第一王位継承者を指名させたら、それは正式な王位継承権の譲渡になる。
その上、後でそいつが死んだりしてみろ、殺したのは継承権を奪われた俺だといって、結局はサウード側に有利に条件を与えるだけのこと・・・!そうだろう?北斗!?」キッと顔を上げ、北斗を見つめ返したハサン王子の表情には・・ファハド国王がこの歳若いハサン王子に王位継承権を与えることを決意させるに至った、生まれながらにしての王位を継ぐべき品格が漂っている
逆に言えば、このハサン王子の聡明さと思慮深さがこの事態を招いてしまったのだ
「・・・賢明なご意見です。ハサン王子。ならばするべきことは唯一つですね。王子は明日の継承式までに何としてでも戻らなければ」
「あ・・・!」
その北斗とハサン王子の会話に、流が思わずうなだれる
ただの偉そうな嫌な奴だとしか思っていなかったハサン王子が、まさかそんな事まで考えていようとは・・・!
「あ・・あの・・・」
うなだれた流が、チラッとハサン王子を見上げる
「なんだ!?」
まだ何か文句があるのか!?といわんばかりに、ハサン王子が流を睨み返した
「いや、その、わ・・悪かったよ!!さっきの言葉、取り消す!!お前、絶対王様になれ!俺もお前が帰れるように協力する・・!!」
耳まで真っ赤にしながら、流がばつが悪そうに言い放つ
一瞬、唖然としたハサン王子が次の瞬間、初めて、流に笑顔を向けた
「なるさ。だから俺は王子だといっているだろう!?」
その尊大な態度に少しムカッとしながらも、初めて自分に向けられたそのハサン王子の笑顔は・・誰もが思わずひれ伏すことを望むだろう程の魅力を放っていた
「ふ、ふん!認めてやらぁ・・!!」
なぜかまともにハサン王子の顔が見れなくて、そっぽを向いて流が言う
その横顔を見つめていたハサン王子の口元が、楽しげに少し上がった
「・・流、お前・・なんか可愛い・・!」
途端に流の顔が全面真っ赤に変わる
「なっ・・!?だ、誰が可愛いだと・・?!」
殴り掛かりたかった流だが、いかんせん、両腕は後ろ手で縛られたままだ
勢い、ハサン王子の胸元に崩れ落ちる格好になり、胸元で流を支えたハサン王子が流れのつむじを見下ろしながらクス・・と笑う
「・・やっぱ、可愛いぞ、流?」
一気に流の顔が熱くなったのが、胸元を通じてハサン王子にも伝わる
「流、首まで真っ赤になってるぞ・・?」
からかうように言うハサン王子の言葉に、ますます熱くなった流の頭が、ドンッとばかりにハサン王子の胸元を弾いて体を離す
「う、うるさいっ!!そんなこと・・・知るかよっ!!」
顔から蒸気を吹き出しそうなほど真っ赤になった流が、思わず叫ぶ
その騒ぎに、見張り役の男が堪りかねたように派手な音と共にドアを開け放って入ってきた
刹那・・!
いつの間にか両腕を縛られていたはずの縄を解き、ドアの横に隠れていた北斗が、その男の後頭部に一撃を食らわせて昏倒させた
「北斗・・!?いつの間に!?」
ハサン王子と流が同時に驚きの声を上げる
「王子、私はマジシャンなんですよ?お忘れですか?」
そんな言葉と共に二人に笑顔を返して「シィ・・ッ!」と静かにするように示した北斗が、素早く男の身体を部屋の中に引き入れてドアを閉めると、男が持っていた銃器と補充用の銃弾を素早く抜き取った
更に男が持っていたナイフを奪うと、その銃弾から中に詰められていた火薬を取り出し始めた
顔を見合わせたハサン王子と流が、ジリジリと北斗の側に近寄ってその様子を固唾を呑んで見つめている
「・・北斗?それをどうするんだ?」
ハサン王子が聞く間にも、北斗の指先は神業のごとき素早さであっという間に全ての火薬を抜き去って、何処からともなく取り出した筒状の入れ物にしまいこむ
その筒状の入れ物を見た途端、流の顔に輝きが宿った
「あ・・!ひょっとして・・?!」
呟いた流に、北斗が笑み返す
「そういうこと。ちょっと、仕込んでくるから待ってて」
音をたてずにドアを開けた北斗が、猫のようなしなやかさで部屋を出て、周囲の様子を探りつつ・・何事かゴソゴソとやって居たかと思うと、再び音もたてずに部屋へと舞い戻ってきた
そして昏倒させた男の体を担ぎ上げると、ドアの外の壁に寄りかからせ、元通りにドアを閉めてしまう
「北斗?なぜ逃げない?今なら逃げ出せるだろう?」
困惑顔のハサン王子に、北斗が再び自ら後ろ手に縄を掛けながら言った
「いえ、外には他にも見張りが数人いましたし・・ここがどこかも分からない。無事に逃げ出せる可能性は少ないですからね。それに・・今ひとつ敵か味方か分からない協力者も居るようですし・・・」
「協力者・・?」
訝しげな表情になったハサン王子と共に、器用に再び元通りに縄を掛けた北斗が、何事も無かったかのように3人で固まって部屋の隅に身を寄せた
「王子、あのボディーガードは何ものですか?」
北斗の問いに、ハサン王子の顔つきが変わる
「・・・名前はアル=コル。アルは・・信用していい。素性は傭兵で俺のボディーガードだ。それ以上は聞くな」
その、奥歯に物の挟まったような言い方に・・北斗が眉根を寄せる
しかし、ハサン王子の表情は硬く、北斗を見据える瞳がそれ以上問うことを拒否していた
それ以上聞くなということは・・知っていても言えない素性ということだ
だが
ファハド国王ともサウードとも密接に繋がっているらしきあの男が・・本当に王子の言うとおり信用していい者なのかどうか・・・
得体が知れないが、ここから無事に逃げ出して王子を継承式までに連れ戻すためには、あのアルというボディーガードの助力無しでは出来そうもない
明らかに明確な意志を持って触れていった、その男の薄い唇の残した痺れるような感触と・・あの鮮烈な金髪にアイスブルーの見惚れるような瞳とアンバランスな褐色の肌の色
ゾクッと背筋を這い上がった悪寒とも痺れともいえないもどかしい感触に、北斗の体に震えが走る
(・・冗談・・じゃない!信用などできるものか・・!)
久しく感じなかったはずの背中の古傷が、なぜか・・ズキンとその存在を主張した
トップ
モドル
ススム