王子とボディ−ガードとマジシャンと

 

 

 

 

扉の外側で昏倒していた見張りの男が身じろいで慌てたように起き上がり、部屋の中をドアの窓から覗き込む

中では何事もなかったかのように、3人が大人しく部屋の片隅で固まって座っていた

首をかしげながら男が銃器の様子を確認していると、不意に目の前に黒い影が現れた

男が弾かれたように姿勢を正し、その名前を呼んだ

「サ、サウード様!?」

部屋がある家の入り口を入ってきた、鋭い眼光を放つ男

サウードと呼ばれたその男は、アラブ独特の民族衣装の下にスーツを着こみ・・顔立ちも何処となく洗練されている

「北斗は中にいるのか?」

聞こえてきたその声だけは、何処となくファハド国王と同じ響きが宿っていた

「は・・っ!」

見張り役の男が慌てたようにドアを開け放つ

部屋の中にサウードが入ってきた途端、ハサン王子が嫌悪感を露わにして気色ばむ

「サウード・・!!」

「これはこれは・・ハサン王子にはご機嫌麗しく。多少居心地は悪いかと思いますが、明日の儀式が終わるまで、今しばらくのご辛抱を・・!」

「ならば北斗達だけでも解放しろ!彼らには関係のないことだろう!」

「ええ、お返ししますよ?北斗が私の依頼を受けてくれればね・・」

薄笑いを浮かべたサウードが、北斗の近くに歩み寄る

「依頼・・だって?」

あからさまに顔をしかめた北斗が、サウードを仰ぎ見た

その北斗の顎に指を掛け、間近にその整った容貌を見つめたサウードが不敵に笑う

「近くで見るとますます美しい顔立ちですね。どうです?ファハドとのスポンサー契約を解消して、私と契約しませんか?私と組めば、もっと大きな仕事ができますよ?」

顎に掛けられたサウードの指先を、北斗が邪険に振り払う

「・・悪いがファハド国王との契約を解消する気はない・・!」

「ずい分とファハドに肩入れしますね?あなたには他にもたくさんスポンサーの名乗りをあげている資産家がいるというのに、どうしてファハドを選んだんです?」

「・・・お前のように値踏みする眼で見ないからだ」

北斗が舐めるように自分を見下ろすサウードの視線をギリ・・ッと睨み返す

「・・は!これは驚きだな。男女を問わず噂の絶えない北斗の口からそんな言葉が聞けるとは・・!」

「噂で人を判断するような人間とは仕事をしない主義でね」

いつも舞台の上から見せるにこやかで爽やかな北斗は、ただの仮面であることを知らしめる・・どこまでも冷たい射るような視線がサウードに浴びせられる

北斗の生い立ちもその私生活も、全て伏せられている

大掛かりな公演を行う時だけ、その補助に人を使う事はあったが、それ以外の時は全て北斗単独で全ての仕事を仕切っていた

それは、その仕事のほとんどが、セレブの間で行われる小規模なパーティーなどでの、北斗が最も得意とするカードマジックや手技を使ったマジックだから可能なことだった

それ故、北斗の私生活、及びその素性を知るものはほとんど居ないといっていい

その秘密主義ぶりから流れる噂は絶え間なく・・虚実無根なでっちあげがほとんどだったのだ

「なるほど・・。だが今の自分がそんな強気なことが言える立場だとでも思っているのか?お前が私と契約をしないというのであれば、ここにいるハサド王子もお前の子供も・・私の一存でどうにでも出来るのだがな?」

北斗の射るような視線に怯むことなくサウードも語気を強め、冷酷な言葉が北斗に浴びせられる

「な・・んだと!?」

「お前の返答次第だ。どうする?北斗?」

「サウード!卑怯だぞ!!北斗、こんな奴と契約なんてするな!」

「そうだ!そんな奴と組んで仕事したら、北斗のマジックじゃなくなっちゃうだろ!!」

「威勢のいい子供達だな。この子供達の未来を閉ざすか生かすか・・お前次第という事だ、北斗・・!」

薄笑いを浮かべたサウードが、怒りに満ちた瞳で睨みつけている北斗の瞳を覗き込み、囁くように言った

「噂が本当の事になるだけの話しだ・・今更だろう?」

ギリ・・ッと血が滲むほど唇を噛み締めてサウードと視線を交えていた北斗が、遂にその視線を落とした

「・・・わかった。お前と契約しよう・・」

「北斗っ!!」

ハサド王子と流が同時に悲痛な叫び声を上げる

ニヤリと笑ったサウードが更に冷徹な言葉を吐いた

「・・・口約束ほど信用できないものはない。その決意の程を確かめさせてもらおうか」

「っ!?」

ス・・ッと腰のベルトに潜ませていたナイフを取り出したサウードが、北斗の両腕を縛っていた縄を切る

「お前が逃げればそこの二人がどうなるか・・分かっているな?」

言い捨てて、「ついて来い・・!」とばかりにサウードがきびすを返して部屋を出て行った

「北斗っ!」

その後を追って行こうとした北斗に、流が必死の思いでその名前を呼んだ

「・・・大丈夫。流、ハサン王子を頼んだぞ・・分かったな?」

最後の言葉に語尾を強めて、北斗が流に意味ありげな視線を投げる

その視線の意味を悟った流が、グッと唇を噛み締めて言葉もなく頷き返した

 

 

 

 

 

 

サウードが向かった先に、大きなドーム型のテントが張られていた

周りは荒涼とした砂漠と、殺伐とした廃墟跡らしき崩れかけた建物ばかりで、いかにもアンバランスな風景だ

恐らくは一時的にこの場所を拠点にしているのだろう・・その先にはヘリの発着跡、テントの横には数台のジープが見えた

そしてそのテントの周りを完全武装で警備する数人の兵士達・・

監禁されていた建物の周りにも、武装した人間がうろついている

この状態で逃げ出せる可能性があるとすれば・・・

北斗が油断なく視線を走らせながら、ゆっくりとそのテントへ向かう

この拠点の状態からして、恐らくサウードは、ここにはハサン王子の継承式を阻止するためだけにやってきたのだろう

確かファハド国王が、サウードは常に国外に拠点を置いていて・・その足取りすらつかむことが困難だと言っていた

一体、普段はどこで何をしているのやら・・・

そんな事を考えながら入り込んだテントの中は、思いがけず快適で贅沢な造りになっていた

フカフカの絨毯を敷き詰めた寝室らしき部屋に通された北斗が、ゆったりとベッドの端に腰掛けたサウードの獲物を狩る様な飢えた視線にさらされる

「・・・どうかね?砂漠の真ん中にしては、なかなか快適な空間だと思うのだが?」

その問いに、北斗が腕組みをして肩をそびやかす

「・・ただ寝るだけにしては豪勢だな。こんな砂漠の真ん中では簡単に相手も見つからないんじゃないのか?」

「そうだな・・だが、じきにその相手も手に入るだろう?」

言いながらグラスに酒らしき液体を注いだサウードが、北斗にその片方を差し出した

「・・・オプション付きの契約は、高くつくぞ?」

そのグラスを受け取った北斗が、その揺れる琥珀色の液体を見つめながら、抑揚のない声音で言い放つ

ニヤリ・・と笑ったサウードがそのグラスを北斗の持つグラスに、カチン・・と重ね合わした

「望みのままに。では、契約成立を祝して・・・」

そう言って、グラスをサウードが引いた途端、その中に入っていたはずの液体がまるで魔法のように掻き消えてしまう

「っ!?」

驚いて目を見張ったサウードが、北斗のグラスを凝視すると・・

その中に入っていたはずの液体も、綺麗さっぱり消え失せていた

「・・マジシャン北斗の本領発揮か?契約を祝う気はないと・・?」

怒りの色を滲ませた声音で言うサウードに、北斗がもう一度、カチンッとグラスを重ね合わせた

途端

二つのグラスの中に、一瞬にして真紅の液体が出現する

「・・そっちの酒より、こちらの方が好みなんでね・・」

表情一つ変えずにどんなトリックを使ったのか・・サウードが酒を注いだテーブルの上においてあった違う種類の酒が、その二つのグラスの中に注がれていた

「ほ・・う!」

思わず感嘆の声を上げたサウードが、注がれた酒を一気に飲み干して満足そうな笑みを浮かべた

「なるほど。ファハドがお前と契約してからというもの・・国内外の諸問題を今までになく速やかに解決してきたというのは、あながち無関係ではないらしいな・・」

「・・なんのことだ?」

眉間にシワを寄せた北斗の、まだ飲み干されていないグラスごと、サウードがその腕を取って引き寄せる

「契約成立を祝っての酒だ。飲まない気か?」

「・・・・・」

その問いに答えを返さず、北斗が無言でサウードを冷たい視線で睨み返す

「・・・いい面構えだな。そういう顔をされると余計に・・乱れた顔が見たくなる」

更に険しくなった北斗の眼前に、サウードがスッと小さな小瓶を突き出した

「っ!?」

その小瓶のラベルを見た北斗の顔色が変わる

「その顔は知っている顔だな。なら話は早い、それを飲んでもらおうか。飲まなければ王子も子供もどうなるか・・分かっているな?それに、飲んだ方がお互いに楽しめるというものだろう・・?」

サウードの顔に下卑た笑いが浮かぶ

それはクラウド9Xと呼ばれる即効性の強い催淫興奮剤・・・

俗に言う、セックスドラッグ・・だ

飲めば自分の意思に関係なく感性が異常に敏感になり、ほんの少しの刺激で異常なほどの快感を得る

おまけにこの薬は100パーセント天然ハーブが主原料で、覚醒剤のように違法なものではなく、合法的な物

覚醒剤は個人の人格や行動に異常をきたす危険性があるが,これには基本的にその心配がないとされているものだった

「さあ、手を出せ・・!」

有無を言わさぬ口調で命じたサウードが、北斗のもう片方の手の上に小瓶から一つ、その薬を転がり落とす

その薬を手の平に転がせたまま動きを止めた北斗の顎に、サウードが指をかけて上向かせた

「・・飲めないのなら、飲ませるまでだが?」

ハッと北斗がその身をひるがえすより早くサウードが薬を奪い取り、北斗のグラスの酒を一口含んだかと思うと、ベッドの上に押し倒すようにして無理やり口移しでその薬を北斗の口腔内へ押し込んだ

「・・っぅ・・ぐ・・!」

押し付けられた分厚い唇の感触と、甘ったるい酒と共に押し込まれた薬の異物感

その気持ちの悪さと嫌悪感を一瞬でも忘れようとするかのように、北斗の脳裏にあの鮮やかに焼きついて離れない金髪と、痺れるような感触と共に触れていった薄い唇の感触が甦る

だが次の瞬間

サウードの舌先にあくまで異物を拒絶していた北斗の舌先が絡み取られ、その薬が何ともいえない異物感と共に喉を伝って体内へ落ち込んでいった

「・・っぅ!ゴホッ!ゴホッ・・!」

堪え切れずに咳き込んだ北斗からようやく唇を離したサウードが、薄笑いを浮かべながら目を細めて苦しげに息をつく北斗のその艶めいたうなじに唇を這わす

「その薬は中でも即効性が高いタイプだ・・特に空腹の時にその効果が顕著に表れる・・」

「・・っく!」

呻いた北斗が悔しげに横目でうなじを這うサウードを睨みつける

昨夜捕らわれてからというもの、何一つ口にしていない北斗である

空腹という点では、抗える術もなかった

「こ・・の!卑怯者!誰がお前なんかに・・!」

薬の効き始める前に・・!とばかりに北斗が片腕を振り上げる

その手の中には、いつの間に掠め取ったのか・・サウードがベルトに隠し持っていたナイフがあった

そのナイフを、サウードの喉元に突きつける

「ほう・・!鮮やかな手技だな。いつの間に掠め取った?」

けれど、まるでそれに動じる様子もないサウードが、底光りのする酷薄な色の瞳で言い放つ

「いいのか?お前が抵抗すれば、王子も子供もどうなるか・・・」

その言葉に、見る見るうちに北斗のナイフを突きつけた腕から力が抜ける

その北斗の腕からナイフをもぎ取ったサウードが、北斗の頭上にあった羽枕の一つにそれを深々と突き立てた

「抵抗したければいつでもするがいい。もっとも・・そんな余裕などなくなると思うがな・・」

口元を歪めて笑ったサウードが、北斗の胸元のシャツを一気に引き裂くように肌蹴て、その胸元にざらついた手の平を這わせる

その指先が北斗の薄く桜色に色づいた突起の上を這った途端、ビクンと北斗の身体が跳ねた

「っはぅ!・・くぅ・・っ!」

自分の意思に反して跳ねる体の反応を必死に止めようと、北斗がシーツを握り締める

その苦痛の表情を楽しむかのように、サウードがその耳元で囁きかける

「・・無駄なことを・・!」

その囁きと共に吹きかけられた息遣いにさえ反応しようとする体に、北斗が血の滲むほどその手を握り締めて必死に抵抗する

その抵抗を見て取ったサウードが、薄笑いを浮かべて握り締められた指先に唇を寄せる

途端にその感触に反応した指先から、抗う力までもが抜け落ちていった

・・・が

その北斗の指先を舐め上げていたサウードの身体が、突然、ドサ・・ッと崩れ落ちるように北斗の体の上に、落ちた

「・・・くっ!遅すぎだ!」

落ちた途端に反応し、ビクンと跳ねた身体ごとサウードの下から抜け出た北斗が、熱く火照る身体を押さえ込むようにして、ベッドの下に転がり落ちる

ベッドの上で倒れこんだサウードは、正体もなく眠りこけていた

「・・今度は、もう少し即効性の高い奴を調合しないとな・・!」

荒い息遣いの中、何とか上半身を起こした北斗が呻くように呟く

「・・・なるほど。そうやって今までの噂の種をかわしてきたわけか」

突然頭上から浴びせられた言葉に、北斗が弾かれたように顔を上げた

そこに

褐色の肌に映える目の覚めるような金髪とライトブルーの瞳

その人目を引く色合いを一層引き立てる、真っ白なアラブの民族衣装

掲げ上げて持っていたライフル銃をガッツと地面に突き立てて、北斗の眼前に腰を落とす

「っ!!お、まえ・・!?」

思わず後ず去った北斗だったが、背後はベッドでその男と距離すら取れない

「ずい分と手馴れているな。さしずめ今まで噂にたった金持ち連中とは、催眠剤と暗示で北斗と寝たと思い込ませてきた・・といったところか?サウードにはいつ飲ませたんだ?」

図星の指摘に・・北斗が一層警戒の目つきを強める

黙り込んで答えようともしない北斗の態度に、男がフッと、あの、思わず見惚れてしまう笑みを浮かべた

「・・相変わらず気が強いな。せっかく先にクラウド9Xの効果を弱める薬を飲ませてやっておいたのに・・そんなに信用できないか?」

「・・っな・・に!?」

その男の言葉と笑みに、あの痺れるような感触と共に飲まされた酒の焼け付くような熱さが甦る

同時に、サウードの嫌悪感を忘れるために・・一瞬でもこの男が残していった、触れるだけの痺れるようなキスの感覚まで・・!

カッと熱く火照った顔をごまかすように激しく顔を振った北斗が、確かに、体の自由を奪っていた熱さと震えが薄らいでいっているのを感じて目を見開く

「・・じゃ、あの酒が・・!?」

「強い酒と一緒に摂取すれば、そのアルコールの分解スピードに合わせてゆっくりとその効果が発揮される。薬の効き目も半減してるはずだ・・」

スッと男の腕が伸び、男を見上げる格好の北斗の頬をなで、その耳元に指を差し入れた

途端に幾分薬の効力が弱まったとはいえ、その指先の触れる耳朶をまさぐる感覚に、北斗の身体がビクンと震える

と同時に、北斗の瞳が意思に反して思い切り艶めいて潤んだ瞳を男に向けた

「・・北斗っ!気をしっかり持て!!その背中に受けた傷の痛みを思い出せ・・!」

その男の言葉に反応するように、その背中の傷に鋭い痛みが駆け抜ける

その痛みに、ハッと北斗が薬のもたらす熱さから意識を取り戻していた

「ど・・して・・その事を・・!?」

北斗が宙を失った事故の時、北斗自身も大怪我負ったその部分・・!

それが背中に受けた火傷の傷だ

けれど、北斗は今まで一度だってその背中を他人に見せたことがない

それはつまり・・その事故以来、今まで一度たりとも北斗が他人に肌を許していない証でもあったのだが・・

問いかける北斗が男の腕を掴んでその答えを迫る

「・・俺の名はアル。知りたければ、お前はお前の受けた仕事を片づけろ・・!俺は俺の受けた仕事を片づける!」

答えを求める北斗の瞳と真っ直ぐに視線をあわせたアルが、そう、低く囁くように言い放った

そのアルの放つ真剣な眼差しに、北斗も今、自分が成すべき事を思いだし、言った

「・・・それなら、アル、見せてやる。マジシャン北斗のマジックショーの開演だ・・!」

 

 

 

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