飼い犬
ACT 1
「・・・・よお、おめぇ、なにガンたれてんだよ?」
・・・・ああ、またか
あまりにも日常茶飯事で何も感じなくなった頭で、そう思う
もたれていたコンビニ前の自販機の硬質感と冷たさが心地良い・・・
そう思ってまだ1〜2分・・・ってとこ?
「おい、聞こえてんだろ!?シカトこいてんじゃねぇぞ!?ああ?!」
・・・・うるせぇ奴
無視して飲んでいた缶ジュースが手の中から弾かれて
ガランッ、ゴロンッ、ゴロゴロゴロ・・・・・
まだ重い中身を撒き散らしながら、乾いたアスファルトの上をノロノロ・・と転がっていく
「・・・・・あーあ、もったいねぇ」
目の前で仁王立ちになったそいつを無視して、転がった缶ジュースの行方を追いながらそう言った
「っの、やろう・・・!いい度胸してんじゃねーか!」
お定まりのパターン
いい加減ウンザリする
そいつが詰襟の学生服の襟を掴んだ瞬間
俺は手にしていた薄っぺらい学生鞄をそいつの腹にのめりこませていた
「っ、ぅげ・・・っ」
カエルが潰れた様な声・・・って奴?
いや、実際カエルなんて潰した事ないからわかんないけどさ
なんてったって、底に重い鉛を仕込んだ鞄を力任せに叩き付けたんだからそれなりには効いて貰わないと・・・ね
意味ないだろ?
腹を押さえ込んだそいつが、その無駄にデカイ体を二つ折りにしてアスファルトにご挨拶・・・している間に鞄を肩に掲げ上げて歩き出そうとしたら
「てめぇっ!なにしやがる!?」
背後から浴びせられた違う奴の怒声
・・・・・ああ、そういやぁ他に2人くらい取り巻きが居たっけ?
髪を掴まれて、無理やり仰向き加減に振り向かされる
「目立つナリしやがって!なんだその目つきは!?」
・・・・・あーあ、もう聞き飽きたよ、その台詞
どいつもこいつも芸のない
掴まれた、遠目からでもよく目立つブルーグレーの髪
言っとくけどさ、これ、地毛の色なんだぜ?
好きでこんな目立つナリしてるわけじゃないんだよね
目つきが悪いのは視力が悪いから
睨むように見ないと見えないんだよね
ただそれだけ
どーせそんな事言ったって、聞いちゃくれないんだけどね
こういう輩は
あんまり日常茶飯事だと、猿だって学習するだろ?
掴まれた髪をそのままに、そいつの顔面に頭をぶつける
ゴツッ・・・!
鈍い音で鼻っ柱が折れたかな・・・?と思う
もんどりうったそいつの身体を足蹴にしてもう一人もろとも蹴り飛ばし、その後に居た奴の顎下から伸び上がるようにして鉛入りの鞄を思い切り振り上げた
飛び散った血がコンビニのガラスにキレイな弧を描く
途端にどこからか湧き上がった黄色い女の悲鳴
・・・・・毎月血ぃ流すくせに、血がそんなに珍しいのかね?女ってのは
バカみてぇ・・・くだらない日常
背後でのたうつ塊を無視して歩き出す
なんとなく
そいつらの服装や雰囲気からして、ちょっとヤバイかな?
とは思ってた
あいつら、この辺をシマにしてる暴力団の準構成員だ
ただじゃすまない
次の日
案の定、モノホンの紋々背負ったような奴らに裏路地に引きずり込まれて3人がかりでボコられた
それなりに反撃はしてみたけど
まるきり
ボロキレみたいになって転がされた
したたかに何度もコンクリートの壁に頭を打ち付けられて
流れた血でブルーグレイの髪がしっとりと濡れ、どす黒く染まっていく
このまま死んだら、どんな髪色だったかなんて、分かんないよな
そういうのも
ま
いいかな・・・?
意識が遠くなリかけた時
身体に食い込む足蹴にする靴先が、不意に止まった
「・・・・・そのボロキレ、俺にくれない?」
そんな声が聞こえた
・・・・・やっぱ、ボロキレに見えるんだ
妙に納得している自分がいて、俺って結構冷静・・・?とか思う
「はぁ?何?お前?こいつの知り合い?」
ガツッ・・・と下顎を蹴り上げられて意識が飛びそうになる
「全然。けど、多勢に無勢・・・ってのはちょっと卑怯じゃないかなぁ?と」
呑気な声
聞いてるこっちが緊迫感を無くしそうだ
「てめぇ、ふざけてんのか!?やらねぇよ!とっとと失せな!」
「あ、そう。じゃ、腕づくで頂かせてもらおうかな」
「っんだと・・・っ?!
ヒュン・・・ッ!
風がしなった様な音
何かが倒れ落ちる音
何かが壁に打ち据えられる音
そんな音を聞いた
ジャリ・・・
路地裏のジャリの混じった地面の音が、鼻先で鳴る
「・・・・・生きてる?」
不意に耳元近くで問われた問い
問われても
答えを返す気力も体力もない
「・・・・・拾っちゃってもよいかな?」
拾う?
俺、もうボロキレだぜ?
こんなの拾ってどうする気だよ、こいつ?
「・・・・・飼い犬にして良かったら、舐めて?」
不意に唇に押し当てられた指先の感触
飼い犬・・・?
ボロキレ拾うんじゃなかったのかよ?
ま
どっちでもいいか
思考能力なんて、もう、皆無だ
俺は、ただ、そいつの声の命ずるままに、押し当てられた指先をペロリ・・・と舐めた