飼い犬











ACT 2










「・・・・・・今度はまたえらくデカイ拾いもんだね」



どこか遠くで誰かが言ってる



でも好き放題殴られて蹴られ尽した体の痛みと重さは、尋常ではなくて
情けないことに、指先一つ満足に動かせやしない



「・・・・・・人間だけど、診れる?」



次に聞こえた声音に、開かないけれど瞼がかすかに痙攣する



・・・・・・・この、声・・・さっき俺を拾った奴だ



「・・・・・・人間も一応動物だし。ケガの手当てくらいは。あ、もちろん特別診療費は明朗軽快に給料天引きで、良いかな?」

「っ、人間相手の医者でもないくせに一人前に取る気か?!診療代!?」

「・・・・・・嫌なら他へどーぞ?俺、獣医だし」



・・・・・・・獣医?うわ・・俺ってマジで犬扱い・・・!?



「・・・じゃ、とりあえず縫うから麻酔するねー?」

そんな言葉と供に体のどこかでチクリ・・ッと刺す感覚
もう感覚なんてないんだから、そんなもん、必要ないのに・・・・

唯一残っていた意識が、その辺でぷっつりと途切れてしまった








次に目覚めた時

動物用の檻の中・・・だったらさすがに嫌だな・・・と思っていたけど

意外にも、普通にベッドの中だった

薄暗い部屋の中で、ボウ・・・と薄明るく光るカーテン

その明るさから、朝になったんだろうな・・・と漠然と思う

そしてそれが見えてるってことは、昨夜は開ける事すら叶わなかった目が、ちゃんと開いているんだ・・・とも思う




「・・・っあ、起きた!?」

不意に頭上から聞こえた声音に、ハッとする

この声は、確か・・・昨夜俺に麻酔を打った、獣医・・・だ


ゆっくりと声のする方へ視線を動かす

そこに

白衣姿のどこかホンワカ・・・した感じの、一瞬女か?と見間違いそうな美丈夫で・・・肩より少し長い茶髪を緩やかに紐でくくった、多分、男

「・・・君、そういう風にボコにされるの、慣れてるね?血の量が凄かったからヤバイかと思ったんだけど、頭からの出血って派手だもんね。ケガ自体は大したことないよ。頭を2針縫った程度。無抵抗で体ガードしてたでしょ?打撲もそうひどくない・・・なかなかやるね?」

そう言って、俺の顔を覗き込んでくる

「・・・っ、あ・・・の、ここ・・・?」

ここは一体どこで、あんたは誰なのか?
そんな問いを視線で訴えてみる

「ん?ここ?平凡な動物病院2階のお泊り室。歩けるならお風呂行ってその血のり、洗い流してくれると助かるんだけど?」

「あ・・・・っ」

その言葉の意味に、思わずすぐ横についていた血のりの痕が視界に入り込む

真っ白なベッドが、俺の血であちこち汚れまくっていた

「す・・・みません・・・」

「いーの、いーの、気にしないで。リョー君に後でぜ〜〜んぶ、請求しとくから!」

ホンワカした雰囲気そのままの物言いと、笑顔



・・・・・・・なんなの?この人?っていうか、リョー君って?誰?



俺のそんな疑問を見て取ったように、その、多分、男だと思う奴が言った

「あ、俺、七里光紀(しちりみつき)この動物病院の院長さん。みっちゃん、もしくはみっちゃん先生って呼ばれてます。よろしく。で、君を拾ってきたのが・・・あ、ちょうど来た」

みっちゃん先生が、ドアの方を振り返る

トントントン・・・・と、階段を上がってくる音が聞こえてきた

ガチャン・・・とドアが開いて入ってきた奴
短く整えられた黒髪に、アーモンド形の濁りのない澄んだ黒い瞳の男らしい精悍な容貌
腰の位置が妙に高くて・・・モデル体系と言っていいくらいの長い足
捲り上げた袖縁から見える腕も、申し分なく筋肉がついている

この手足でケンカされたら、昨日の奴らだってそりゃーのされるよな・・・とか思ってその体躯に羨望の眼差しを向けてしまう

「あ・・っ、起きたんだ?」

その声音は、紛れもなく昨日の奴の声
嬉しそうに笑ったそいつの肩と頭の上、おまけに胸の所にも必死で振り落とされないようにへばりついている、子猫らしき物体が3匹・・・いた

「・・・・またえらくお荷物が・・・」

クスクス・・・と笑いながらみっちゃん先生が手を伸ばして、そいつにへばりついている物体を引きはがしていく

「・・・しょーがないだろ?朝飯やるのにゲージから出して、2階に行こうとしたらいきなりへばりついてきたんだから」

「あはは、動物のカンって侮れないねー。こいつら嫉妬してんだよ、リョー君を取られる・・・って。ね?」

いきなり振り返ったみっちゃん先生が、ウィンク付きで俺を見やる

「は・・・?」



それ、意味分かんないし



困惑顔で二人を茫然と見上げていたら、どうやら背中にも1匹いたらしい合計4匹の子猫を抱えたみっちゃん先生が、「じゃ、また後で」と言い残してドアの向こうへ消えた

「・・・で、起きられる?」

不意に屈みこんで至近距離に迫ったそいつが、聞いた

「・・・っ、あ、うん」

間近に迫ったそいつの顔は、妙な迫力があって・・・肯定する以外答えの出しようがないな・・・と思う



なんだろ・・・?この威圧感・・・?



「じゃ、とりあえず風呂行って、汚れ落とそうか」

そいつに手を貸してもらいながら、なんとか起き上がる
身体中あちこちまだ痛いけど、我慢できないほどじゃない

だいたい・・・今までの経験値からいって、2〜3日あれば腫れも痛みも消える
頭を縫ったのは・・・1ヶ月もあれば塞がるだろうし
そんな風なことを考えていたら

「・・・なに、考えてるの?」

不意にそいつが、俺の額に張り付く血で黒く変色した一筋の髪を摘んで引っ張った

「っ、あ・・・いや、その・・・助けてくれて、ありが・・・」

言いかけた俺の言葉を遮って、そいつがまるで毛づくろいでもするように血で額や頬に張り付いた髪を摘んでは剥がしながら言った

「助けたんじゃない、拾ったんだよ」

「え・・・?」

ポカン・・・と薄く開いた俺の唇に、そいつが笑みを浮べて頬に手をあてがい、親指を押し当てた

「飼い犬にして良い?・・・って、聞いたよね?」

とても静かで優しく細まった瞳は笑みさえ浮べているのに・・・感じる威圧感
とてもじゃないけど逆らえない・・・そんな風に思ってしまうこの雰囲気



・・・・・こいつ、いったい何者・・・?



どっちにしろ
あの時、そう聞かれて、それもいいかも・・・と思ったのは事実だ
それに・・・この状況で今更嫌だとか・・・そんな事言えるような雰囲気じゃない

俺は、あの時と同じように、押し当てられたそいつの指を、ペロ・・・と舐めた

ざらついた・・・少し塩気のある味に、舌先がピリ・・ッとする

するとそいつが、どこかホッとした様な・・安心したような・・小さな溜め息とともに指を離して、俺を見据えた

「・・・俺、真柴涼介(ましばりょうすけ)。リョーかリョースケで良いよ。そっちは?」

「・・・・ジュン。だよ、真柴」

俺は飼い犬に相応しい名と供に、名字でそいつを呼んだ
俺が飼い犬なら、こいつは飼い主だろうから
飼い主を下の名前で呼び捨てなんて、多分しないだろうから

俺のその精一杯の強がりを感じ取ったんだろう・・・
真柴はクス・・・と笑った

「・・・じゃ、ジュン、お風呂、行こ?」

そう言って、俺の手を取った真柴が立ちあがった





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