飼い犬










ACT 7










真柴の部屋は、離れ・・・っていうよりワンルームマンションみたいだった

奥まった所にベッド、簡素だけどちゃんとしたキッチンとユニットバスとトイレ

つまり

あっちの大きな母屋からは、完全に独立して生活できるようになってるって事

こんな部屋が家の庭・・・しかも隅っこに作れるなんて・・・どんだけ広い庭なんだ!?って突っ込みたくなる

でも

こんな大きなお屋敷なんだから、わざわざこんな所に部屋なんて作らなくったって・・・?
そう思って、さっき真柴が「親父は親父、俺は俺」と言い放った言葉を思い出した

ひょっとして



・・・・・真柴って、ヤクザな組長の息子なの、嫌がってる?



「適当に座ってて」と言われて側にあったソファーに腰掛けながら、キッチンでコーヒーを淹れ始めた真柴の背中を見つめて、そんな事を考えた

壁際にあった本棚には、獣医になるための医学書なんだろう・・・小難しそうな題名の本が整然と並べられている
他にはテレビとパソコンデスクにソファーセット、ローテーブル・・・

まるでどこかのモデルルームみたいに、生活感がない

唯一、寝乱れたままのベッドが、真柴がここで寝起きしている事を証明していた

「・・・なに、考えてるの?」

不意に目の前にあったローテーブルの上に、湯気の上がるコーヒーが置かれ、腰掛けていた横長のソファーのすぐ横に、真柴が座った

「あ・・・っ、え・・・っと、あの・・・」

いきなり、あの妙に迫力のある視線に間近に見据えられ、俺は無意識にちょっと身を引いた

「・・・帰る?」

「え?」

「嫌だったら、帰って良いよ?」

「っ!?お・・れは、別に」

「家に帰りたくないの?潤也(じゅんや)?」



・・・・・・え?



俺は、一瞬、頭の中が真っ白になった

今、

真柴、ジュンじゃなく、潤也・・・って、呼んだ

それって

俺の、ほんとの、名前


「な・・・んで・・・?」


俺は眼を見開いて固まったまま、茫然と真柴を見つめ返した


「・・・真原潤也(まはらじゅんや)。私立T高校の3年生で母子家庭」


言いながら、真柴の指先がいつもの様に俺の額に掛かる髪の毛を毛づくろいするかのように、もて遊ぶ

「ま・・・しば、知って・・・!?」

驚く俺を見つめる真柴の表情は、相変わらず無表情で何を考えているのかさっぱり分からない

「・・・お前、前から目立ってたし。第一、親に連絡もしないで居候させてて後で困るのは、みっちゃんだし」

その言葉に俺はハッとした

そうだ

いくら俺が居ない方が問題が起こらなくて良い・・・といったって、無断で学校を休めば母親に連絡が行く

母親だってたまには家に帰ってきてるわけだし

俺が一度も帰ってきてないことくらい、分かるわけで

ボコられた時に壊れた携帯電話のせいで、俺、音信不通なわけだし

母親が警察に届けたって、不思議じゃない

「・・・・じゃ、みっちゃん先生が?」

「そ。ちゃんと学校に連絡して、学校から親の方にも連絡してもらってある。もっとも、母親になかなか連絡つかなくて困ってたみたいだけど」

おもわず、苦笑が漏れた



・・・・・そりゃ、そうだろう



俺の母親はクラブとかバーとか、何軒も経営していて・・・忙しすぎて滅多に家になんて帰ってこない

男なんてとっかえひっかえで、実際、俺の本当の父親なんて誰なんだか分からないときてる

もっとも

この俺の髪の色や目の色は、突然変異・・・とかって奴らしくて
父親にも母親にも関係ない・・・らしいけど


「・・・・でも、前から目立ってたって・・・どういうこと?」

さっき、確か真柴はそう言った
それって・・・?

「・・・・お前、前から売られたケンカを派手に買ってただろ?最近台頭してきてる田島組の奴らが、お前に目を付けてたらしいから」

「あ・・・・」

そっか、俺をボコッた連中って、田島組っていう所の組員だったんだ
そんな情報も自然と耳に入ってくるんだ・・・真柴には


っていうことは
真柴が俺を助けたのは、偶然じゃない・・・ってこと?


「・・・え?でも、じゃ、真柴は俺の事、前から知ってた・・・の?」

「・・・・こんな髪の奴、他に居ないだろ?」

そう言って、真柴が嬉しそうにもてあそんでいた俺の髪の毛をツイ・・・っと引っ張った

そっか・・・・確かに、ボコられた場所はあの動物病院の近くだし
この髪、遠くからでもよく目立ってたはずだし

「で、どうするの?ジュン?」

ふと真顔になった真柴が、俺を飼い犬としての名で呼んで俺の顔を凝視する

「え、な・・・にが?」

「帰らないの?」

そう問いかけた真柴の表情には、自分がこういう家の人間だけど、それでも良いのか?って、そうはっきり書いてある

だから

俺は聞いてみることにした

「・・・真柴は・・・さ、獣医になるんだろ?家の事とか関係なく・・・さ?」

その問いに、一瞬目を見張った真柴が、次の瞬間、ふわ・・・っと今まで見たことがないくらい、もの凄く嬉しそうに笑った

「なるよ。誰にどう反対されようとね」



・・・・・そっか。やっぱ、反対、されてんだ



その一言に、なんだか安心した
真柴は反対されてたって、きっと獣医になる
組なんて、きっと継がない


「・・・俺も、真柴に獣医になってほしい」


だって

真柴が動物の世話をしている時の優しい目が、一番、好きだから
その時の真柴が、一番幸せそうに見えるから



飼い犬として俺を見る真柴のこの笑顔が、凄く、好き。だから


「俺、真柴の飼い犬で居たいよ」


本気で、そう思った
真柴の側で、真柴が自分の夢を叶えるのを、見ていたい

真柴が、笑っている顔を見ていたい

ほんとに
どうしようもないよな



・・・・俺、マジで真柴に惹かれてる



「本当に?良いの?」

真柴が嬉しそうに笑ったまま、俺に確認してくる

「良いよ」

そう言った途端、ギュ・・・っと息が詰まるくらい抱きしめられてビックリした

「・・・じゃ、俺のものにしちゃって良い?」

「え・・・?う・・ん・・?」

今までだって、真柴のものだったのに・・・?
いまいちその言葉の意味を理解できないまま返事を返す



「じゃ、お風呂、行こ?」



いつものようにそう言って、真柴が俺の手を取って、立ち上がった




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