飼い犬
ACT 6
「はい、どーぞ」
ニッコリ笑ってそう言った真柴を前にして、俺は本気で狼狽した
「ちょ・・・ッと待って。ここって?」
「え?俺の家」
「っ!?う・・・っそ・・・!」
嘘だろ!?
だって
目の前にある、超が付くほどデカイ家・・・というより”お屋敷”って言った方が正確
ズラ・・・ッと屋敷の周りを取り囲んだ白壁の中に、広大な庭付きの昔ながらの本格的日本家屋
庭にはご丁寧に、立派な獅子脅しまで付いてるらしく・・・カコーンという岩を穿つ音が響いてきた
しかもあちこちにある、尋常じゃない数の防犯カメラ
これって・・・・
どう見たって普通の家じゃない
つまり
「・・・・ここって、ひょっとして・・・って言うか、真柴って・・・真柴建設?」
立派な屋根付きの門に掲げられた表札を見ながら、今にも裏返りそうな声を必死で普通の声にして聞く
「・・・・そ。親父の会社」
一瞬の間をおいて、返された、答え
それって、つまり
真柴建設=真柴組ってことで
この辺を取り仕切ってる、ヤクザってことで
つまり
「・・・真柴って、ヤクザの組長の息子?」
「・・・っ、親父は親父、俺は俺」
一瞬漂った、剣呑な雰囲気に、ちょっと血の気が引いた
ああ、そうか
この、妙に迫力がある存在感と威圧感は、生まれつきなものなんだ
と、妙に納得する
「ま、こんな所で立ち話もなんだから、とにかく入ってくれると助かる」
「え?あ、うん・・・」
なんとなく・・・ぎこちない雰囲気のまま、門を入る
入った途端、何か黒い物体がものすごい勢いで真柴目がめて突っ込んできた
「ひっ・・・!」
思わず後ず去った視線の先で、真柴の足元に擦り寄る合計5匹の大きなドーベルマン・・・!
「よしよし・・・イイコにしてたか?」
いつも病院で動物に向ける笑顔になった真柴が、一匹一匹の頭を撫でてやっている
病院でもよく思っていたけど
真柴って、もの凄く動物にもてる
本当に動物が好きなんだな・・・とも思うけど、それとは別に、動物の方も真柴に好意を持つみたいで
どんなに凶暴で、飼い主以外慣れた事がない・・・っていう動物でも、モノの数分で飼い主以上に慣らしてしまう
しかも
その範囲は動物だけに留まらない
動物を連れてやってくる、飼い主達
女の人は言わずもがな・・・って感じなんだけど、どう見てもヤクザなチンピラ風な若い兄ちゃんにも、真柴はもてた
まだ学生で、どう見たって年下で、先生でもないのに、そいつらは真柴を先生って呼ぶ
番犬の散歩の途中とか、先日のお礼に・・・とかいう感じで、ちょくちょく病院に顔を出しては真柴と嬉しそうに話をして行く
結構年配な、昔はその筋で鳴らしたけど今は引退してます・・・っていう感じのジイサン達も、真柴を孫みたいに可愛がる人が多かった
まあ、その内の一体何人が真柴の素性を知っててそうしてるのかは知らないけど、俺が見た限り、そいつらは皆、真柴に惚れてる
素性を知ってるから、何か下心ありで・・・っていう感じは全くしなかった
この一ヶ月、ずっとそんな様子を見てきたんだから、分かる
真柴は、そういう奴だ
ひとしきり犬を構ってから、真柴が俺の腕を掴んで引き寄せ、犬達を一睨みする
一瞬、犬の目に走ったのが、警戒心と嫉妬心だって分かる
だって俺も、こいつらと同じ飼い犬だから
それを感じ取ってるご同類の犬達は、やっぱり俺を人間とは思っていないな・・・と思う
でもその真柴の視線の意味が、こいつは襲うな・・・って言ってたみたいで飼い主の命令に忠実な犬達は、それから俺を睨みはしても決して襲おうとはしなかった
そのまま
大きな本宅とは別の、庭の片隅に作られた離れの部屋・・・みたいな所に連れてこられて、なんだかちょっとホッとした
あっちの、大きな家の方へ連れて行かれたらどうしよう・・・!と、内心ひどく焦っていたから
そこは真柴専用に作られた部屋・・・みたいで
すぐ横に裏口があって、そこから出入りすればあの大きな門を出入りしなくても、この部屋から外へ自由に出入りする事が出来た
俺をわざわざ門の所から招き入れたのは、自分の素性を伝え、番犬たちに俺の顔と匂いを覚えさせるため・・・だったらしい
つまり
真柴の素性を知った上で、俺はそれでも真柴から離れようとは思わなかった・・・ってこと
真柴の飼い犬ならいいや・・・って思ったってこと
だってしょうがないよな
さっき
頭を撫でられてるドーベルマン達を見た時
俺は正直、ちょっとムカついてしまったんだから
真柴に頭を撫でられるのは、俺だけでいい、お前らなんてあっち行け・・・!とかって本気で思うだなんて
これって、どうよ?
もう既に、立派に飼い犬状態
どうしようもないよね
だって真柴は動物にもてる
人間にだってもてる
そうだ・・・
なんで気づかなかったんだろう?
人間で、動物で、その上、飼い犬の俺なんて
もう、とっくに、どうしようもないくらい、真柴に、惹かれてる