野良猫
ACT 11(光紀)
「・・・あ!先生、先日言っていた資料、見つけましたよ?」
「え?本当か!?司書の先生にも見つけられなかったのに、よく見つけられたな」
「ちょと前に全資料のリストアップが終わりましたから。他にもあればいつでもどうぞ」
「さすが七里先生の息子さんだな!今度は衆院選だって?必ず投票させてもらうと伝えておいてくれ」
「はい、ありがとうございます」
にこやかに笑み返して一礼すると、学園内でも一番の実力者である教頭が上機嫌で資料を受け取り、図書室を出て行った
もうじき時刻は夕方の5時
図書室を閉める時間が迫ってきて、下校を促す校内放送がスピーカーから流れ始めた
「・・・フン、何が伝えておいてくれだ!」
その音に紛れて、室内に居る他の者達には聞き取れない低い呟きを吐き捨てた
少し長くなった髪はキッチリと後手にくくり、顔には真面目を絵に描いたような太いフレームのさえない伊達めがね
この地域で一番の名門校・星陵学園一の秀才、真面目な大人しい図書委員長もそつなくこなす超模範生
それが、この学園内での七里光紀への評価だ
加えて小さい頃病弱だったせいもあり、その記録を利用して身体の弱いおぼっちゃんと認識させている
夜の街で印象をガラリと変えた俺と出会っても、誰もそいつと七里光紀を同一人物とは思わない
ついでに言えば
ご立派な名士で議員で先生とか呼ばれる父親は、年に何度か顔を見られるかどうか
元を辿れば皇族にも繋がるとか言う超お嬢様の母親も、無駄にデカイだけの屋敷の中で一緒に住んでる・・・というだけの存在
俺が夜中に屋敷を抜け出した所で、朝帰りでおまけにケガを負っていた所で誰も気付かないし気にかけもしない
病弱だった身体を強くするため・・・と言う名目で始め、今では趣味の一つになってしまった様々な格闘技のおかげで、夜の街に繰り出してはケンカ相手を物色するようになった
見栄と虚像と虚飾で埋め尽くされた生活、議員の息子という目でしか見ない眼差し
当然のように求められる非の打ち所の無い模範生
そんな物が一切無い、自分の事を知る者が一人としていない、夜の世界
頼れるのは自分の腕だけ
そんな世界にはまり込んでいた
自分を痛めつける事でしか、生きている実感を得る術を知らなかった
誰にも、気を許さなかった
あの日、祐介と出会うまでは
例のスキンヘッドの仁王像、一条とかいう奴に無理やり約束させられた通り、その日も俺は学校帰りに人気の無い寺の境内に入り込んだ
ふと漂ってきた線香の香りに、檀家の墓が立ち並ぶ境内の裏側へ歩いて行った
古い寺だけに荒れ放題なんじゃ・・・?と思ったら、意外にもどこの墓にも雑草一つ生えていない
けれど、どう見ても煩雑に人がお参りに来ているようには思えなかった
恐らくは、あの一条とかいう住職がマメに掃除をしているんだろう
大雑把で粗暴そうにも見えたが、治療する様子からしても案外と神経の細やかな持ち主なのかもしれないな・・・と思っていると線香の細い煙の源が視界に入った
無縁仏らしき小さな墓が立ち並ぶ一画で、背を丸めて座り込み手を合わせている・・・小さな背中
すぐ横にランドセルが転がっている事から察して、小学生の男の子・・・のようだった
手を合わせているのは、小さく土を盛っただけの上にその辺の石を置いた・・・どう見てもその男の子のお手製としか思えない小さな墓
なんの墓だ?と、凝視していたら、不意にその男の子が振り向いた
途端に感じた・・・概視感
なんだろう?誰かに・・・面差しが似ているような・・・
「・・・お前、なに?」
問われた言葉使いと、その生意気な口調
ひくりと片眉が上がリ、掛けていた伊達メガネを取り去った
「・・・人間だけど、お前は?」
「俺も、人間」
半分嫌味も込めた言葉に返って来たその言葉と、威嚇も込めて眇めた視線に対し、物怖じせずに真っ直ぐに睨み返してくる眼差し
ガキのクセになかなか肝が据わっている
「なんの墓だ?」
「・・・動物」
「ペットか?」
「・・・友達」
「名前は?」
「・・・ネコ」
「初めての友達か?」
そう聞いたら、心底不思議そうに『なんで分かった?』と視線で訴えてくる
「俺の初めての友達の名前も、ネコだった」
「っ!?」
目を見開いて俺を凝視してきたその表情に、初めて年相応の幼さが滲んだ
俺は視線で『手を合わせても良いか?』と問いかけてみた
すると、コクンと小さく頷いて、墓の前を開けてくれる
どうやら俺は、自分のテリトリーに入れても良いという合格点をもらったらしい
小さな墓の前で手を合わせていたら、背後からそいつの独り言のような呟き声が聞こえてきた
「・・・すげぇ懐いてたんだ。なのに、急に居なくなって・・・一日探し回ったら道路で車に引かれてボロキレみたいになってた。ブルーグレイのすげぇ綺麗な毛並みでさ、可愛がってたのに・・・なんで」
今にも泣き出してしまいそうな声だった
俺にも覚えがある
ネコは、決して人に懐かない
そういう性質なのだ
コイツぐらいの年で、俺もそれを学んだ
「ブルーグレイか、その毛並みは滅多に居ないから、多分アビシニアンっていう種類だな。ネコはな、人に懐かない性質なんだ。お前のせいじゃない。自分を責めるな」
そう言って振り返ったら、案の定そいつが目を見開いて俺を見つめていた
「俺の、せいじゃ・・ない?」
「そうだ。どんなに懐いていても急に居なくなる、そういう性質なんだ」
「・・・じゃ、今度はネコみたいな犬にする」
その、あまりに端的で、けれど決して間違ってはいないだろう答えに、思わず口の端に笑みが浮かぶ
「ああ、いいねぇそれ。見つかると良いな」
「絶対、見つける」
「じゃあ、見つかったら教えてくれ。俺も見てみたい」
「見たいのか?」
「ああ、是非とも」
「じゃ、一緒に探せ」
「・・・はぃ?」
普通、探してくれませんか?とか、そういう聞き方じゃないか?と、その命令口調にあきれかえった
だけど
なんだろう・・こいつ
何でだか、憎めない
年の頃は10歳ぐらいなくせに、妙に大人びた雰囲気を持っているし
生意気な口調も、その意志の強い眼差しと人間と言うより動物に近い野性的な顔立ちから発せられると、ま、しょうがないか・・・という気持ちになってくる
こういうのを、生まれながらに持ってる器・・・っていうんだろう
なんだか、興味が湧いた
この生意気な口調のガキが、どんな器になっていくのか
どんな、ネコみたいな犬を飼うのか・・・と
「俺、涼介。お前は?」
「・・・みっちゃん」
俺はニヤリ・・と笑ってそう答えた
俺はまだ本名を名乗るほど、お前を信用していない・・という意思表示を込めて
その俺の表情にその言葉を読み取ったのだろう・・・涼介の顔に負けん気な色が浮かんだ
「・・じゃあ、俺はリョーだ!みっちゃん!」
「了解。リョー君」
そう言ってやったら、これで対等だ!と言わんばかりに満足げな顔つきになる
どうせケガが完治するまで夜遊びも控えるつもりだったし、ちょうど良い暇つぶしになるか・・とも思ったが、どうしてなかなかホントに面白い奴みたいだ
「・・・あ!じゃ、明日もまたここへ来いよ!みっちゃん!!」
不意にそう言い放った涼介が、ランドセルを引っつかんで本堂の方へ駆け出した
「?なんだ?急に・・・?」
遠ざかる小さな背中が駆け出して行った先に、ダークスーツに厳つい顔つきの・・・どう見てもカタギじゃない雰囲気の男が立っていて、涼介がそいつにこう言っているのが聞こえてきた
「伊藤!やっぱりお前には見つかるな!」
「サボるのは構いませんが、連絡だけは入れて下さい・・といつも言っているでしょう!」
「悪かった!忘れてたんだ。今度から気をつけるから」
「約束ですよ?それより、涼介坊ちゃん、あれは・・・?」
そんな会話と供に、伊藤と呼ばれた男がギラリ・・・と、俺の方を一瞥した
その視線だけで背筋にゾ・・ッと寒気が走る
一瞬で、肌で分かった
こいつは、本物だ
筋金入りの、その筋の関係者・・・!
「あれは俺の友達だ。だから手を出すな」
厳しい口調で言い放った涼介が『バイバイ、みっちゃん!』と、少し硬い表情になって俺に向かって手を振ってくる
「・・・ああ、また明日な、リョー君」
そう言って手を振り返すと、涼介が一瞬目を見開き、次の瞬間とんでもなく嬉しげな笑みを浮べた
その間もずっと、伊藤とか言う奴の鋭い視線は注がれていて・・・俺は、なんとなく涼介に感じた概視感の正体が分かった気がした
・・・ひょっとして、祐介さんの・・・?
まるでその疑問符に応えるかのように、仁王像の声が本殿の方から聞こえてきた
「お!?真柴んトコの!ちょうどいい、話が・・・」
疑問符が、確信に変わった