野良猫









ACT 3(光紀)







・・・・・・コイツ、何者?


まるで動じる様子のない漆黒の瞳が、覗き込んだ俺の瞳を真っ直ぐに見つめ返してくる

仕込まれてたクスリには、どうやら催淫剤の効果があったらしく、自分の瞳が十分濡れた輝きを宿しているのがわかる

意識が戻ってからというもの・・・全身が熱くて、素肌に直に触れるシーツの感触だけで肌があわ立って、息を詰めてしまう

クスリは出回ってるものなら、ほとんどヤッたけど・・これは多分、きつくてヤバイっていうんで敬遠してたやつだろう

慣れないクスリってのは、回りが速いからやっかいだ


だから


そうだ・・だから、

普通なら絶対しない、自分から誘うような言葉が口から勝手に流れ出た

言ってしまってから、何言ってるんだ!?と自分で驚いたけど、そんな事、おくびにも出したりなんてしない


「・・・いつも、そんな風に男を誘ってるの?」


真っ直ぐに俺を見つめる漆黒の瞳が、そんな風に聞いてきた


なんだろう・・・コイツのこの目


それは

哀れみでもなく
蔑(さげす)みでもない

ただ、真っ直ぐに


『こんな風に誘って、ヤって、それで本当に良いのか?』


って、そんな言葉にならない問いかけを問いかけてくる

まるで

自分をもっと大切にしろ・・・とでも言いたげに


「・・・悪い?言っとくけど、俺、普段はタチなんだ」

「・・・らしいね。だから無理やりヤる趣味はないって言ったんだ」


その答えに、こいつ、前から俺を知っている!?と、一瞬にして蒸し返した警戒心で身体がいち早く反応する

思わずベッドに付いていた右手を離し、手当てしてもらった左腕の包帯へその手を伸ばそう・・・としたら


「っ、やめろ!」


ビクンッと肩が揺れるほどのドスの利いた声音が響き渡ったかと思ったら、伸ばしかけていた右手を掴まれてベッドの上に押し付けられて、左手首まで縫い止められていた

同時に漂って鼻腔を刺激する・・・あの、胸の中に抱き込まれた時に嗅いだ微かに甘い、何かの良い香り


なんだろうか・・・?この香り・・・?


この香りを嗅ぐと、なぜだか力が抜ける
さっきの・・・あの、包み込まれていた心地良さが甦ってくる

クスリの催淫効果でざわつく衝動を、僅かに押さえ込むことが出来る


「せっかく縫った傷口をまた開かせる気か!?痛みでクスリの効果を紛らわしたって、その場しのぎにしかならない!」


怒った口調で言い放たれて、ちょっと驚いた
こっちのやろうとする行動はお見通し・・・ぽい

つまりは
こういう状況には慣れっこ・・・ってこと

まあ、堅気なただのサラリーマンが、こんなどう見ても高級そうなホテルの一室に、血だらけの得体の知れない奴を連れ込めるはずもないし

着ているスーツも一目でその辺の安物なんかじゃないと分かる、品の良さ
多分、どこかの有名なブランド品で、しかも一点もの

一介のサラリーマンなんかじゃ一生着る事なんてありそうもない、代物
ネクタイピンにもさりげなく、ダイヤなんかがあしらってある

初めてマジマジと見上げたその顔も、妙に迫力のある威圧感があって
男臭い、精悍で野性味のある男前な顔立ち

年齢的には20代後半くらい・・・だろうか?
自信に満ち溢れた、まさに男として波に乗っている・・・そんな感じの中に見え隠れする、ちょっとヤバそうな雰囲気

滅多にいない、かなり上質な男
ついでに言えば、結構俺好み


だけど、得体が知れない


さっきから聞いてると、俺の体が目的ってわけでもなさそうだし
それならなお更、なんだって俺を助けたのか?・・・そんな警戒心でいっぱいになる

その表情を見て取ったんだろう・・・そいつが浅くため息を吐いた


「・・・少しは自分を大事にしたらどうだ?」


その言葉に、思わず目を見開いた
俺の心の奥底を見透かしてくるような・・・真っ直ぐな漆黒の瞳



・・・・・・ジブンヲ、ダイジニ?



思わず笑いが込み上げてくる


「は・・・!なにそれ?」

「・・・何で笑う?」


笑い飛ばそうとしたのに、そいつが真面目な顔つきでそんな風に言う


「少なくとも俺は君の事を心配した。今も」

「っ、」


返す言葉を失った
笑い飛ばす事も出来なかった


それくらい、その目が、本気だったから


その目に
凄く、興味が湧いた


その瞳の中に写っている自分は、どんな風だろうか・・と
俺自身が知らない、別の俺が居るんだろうか・・と


「・・・名前」

「え・・・?」

「あんた、名前・・なんていうの?」


今まで、他の奴の名前なんて、聞いたことない
でも、初めて、聞いてみたいと思った


「・・・祐介(ゆうすけ)。君は?」

「・・・光紀(みつき)」


本名を言ったのも初めて
いつもは、聞かれてもその場限りの偽名だったのに


「光紀か・・・良い名前だね」


祐介がフ・・ッと目を細めて笑って、そう言った

とても、柔らかい、優しい声音で

良い名前・・・そんな風に言われたのも
そんな風に、優しい響きでその名前を呼ばれたのも

初めてだ

なんだか、妙にくすぐったい
だけど
もう一度、その声と笑みで呼ばれてみたい

そんな風に思った


「・・・祐介・・さん、良い匂いがする。これ、なに?」


どう見ても年上っぽいから、呼び捨ては良くないな・・と思った
そんな事を考えられる余裕がある自分に、ちょっと驚く


「匂い・・・?ああ、そういえばさっき頼んでおいた物をもらったんだっけ。確か、ローズウッドとイランイランが主成分の、ストレス緩和効果があるコロン・・とか言ってたな」

「ストレス緩和・・・?」

「そう、知り合いの弟が調香師でね。身に付けるだけで尖った神経を癒す効果がある・・って言うからオリジナルで作ってくれって頼んでおいたんだ」

「・・・それ、結構効いてる。クスリの効果、かなり薄まった」

「・・・それは残念。じゃ、俺はもう要らないかな?」


そう言って、祐介が掴んでいた俺の手を解放し、その指先が離れようとした瞬間

無意識にその指先を、自分の指先で絡み取っていた


「・・・要るよ」

「え?」

「もしかして結構鈍い?初めて抱かれてもいいと思った相手だから、わざわざ名前聞いたのに」


そう言ったら
俺を見つめる祐介の瞳が、大きくなる

その、驚いたような表情が
次の瞬間
フ・・・ッと見惚れるような笑みに変わる

その笑みに、不覚にもドキリと心臓が跳ねた
そんな風な笑みを向けられたことが、なぜだか嬉しい


「・・・それは光栄だな」


そう言って、絡み取った祐介の指先が一層深く絡みついてきた




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