野良猫






エピローグ







「みっちゃん!!」


”七里動物病院”とかかれたガラス張りのドアが、バンッ!と、今にも壊れるんじゃないかと思われるほどの勢いで押し開けられた。


「リョー君、今度それ壊したら自動的にバイト期間、無期延長だからね」


その盛大な物音に振り返りもせず、見惚れるような美丈夫な横顔が、先ほど預ったばかりの子猫のゲージの中を覗きこんでいる。


「ああ、もう!そんなのはどうでもいいから!昨日、見たって言ったろ!ほら、あそこ!!」


そんなみっちゃん…こと七里光紀の言葉と態度を無視したリョー君こと真柴涼介が、押し開けられた勢いそのままの反動で閉まったドアから見える外を指差しながら、光紀の腕を掴んで有無を言わせずドアの前に引っ張り出した。


「ちょ…っ、なに!?ったくもう!図体ばっかりでっかくなって、可愛くないったら…」


いつの間にやら自分よりも背が高くなった17歳、学ラン姿の涼介に悪態をつきかけて…光紀の言葉が止まった。
止まったのは言葉だけではなく、視線も…だ。

ドアから見える、大通り。
その斜め向こうにあった、何の変哲もない、コンビニ。
その、自販機の、前。


「…うわ、うそ…あれって、地毛?」

「絶対そうだって!」


二人の視線を釘付けにしているもの。
自販機の前に立って、ジュースを選んでいるらしき小柄な学ラン姿の少年…その、髪の色だった。

陽の光を受けて微妙な色合いに変化する、ブルーグレイの髪。
滅多に見ない…というより、恐らくは唯一無二と言っても良い、珍しい髪色。

ジュースを取り出し歩き出したその横顔には、気の強そうな澄んだ瞳とどこか生意気そうな唇…。


「…あの記章、今年入ったばかりの一年生だねぇ。同じ学校?」

「違う、隣の高校…。みっちゃん、どうしよ…俺、見つけちゃったよ…!」

「…まさかとは思うけど、”ネコみたいな犬”?」

「そう!!」


バシンッ!!


嬉々として答えた涼介の顔面に、光紀の持っていた顧客用カルテの束が思い切り叩き付けられる。


「リョー君、あれは人間、分かって言ってる?」

「ッタイなぁ、もう!この暴力獣医!分かってるよ、それくらい!」

「…あのね、人間は飼えません」


思わず頭を抱えてため息混じりに言った光紀に、涼介が納得できないとばかりに言い募る。


「なんでだよ!みっちゃんだって、オヤジに飼われて…っ」


最後まで言う権利を与えず、涼介の横腹に見事に光紀のエルボーがクリーンヒットしていた。


「そういうことを言う口は、どの口かなぁ〜?」


にこにこ…と、人の良い笑顔を浮かべながら伸びた光紀の指先が、呻き声も上げられずにうずくまった涼介のほっぺをムギュ〜とばかりに摘み上げた。


「イヘヘ…ッ!って、手加減って言葉、ちっとは覚えろ!!」

「さっきのがかわせないようじゃ、まだまだだねぇ…」

「この…っ全身凶器人間め!!」

「あ、ひどい。切れたリョー君よりマシじゃない」

「その切れた俺を伸せる奴はどこの誰だよ…!」

「は〜い。俺でーす♪って、遊んでる間に見えなくなっちゃったよ?」

「っ!?ウソ、まじかよ!」


慌てて起き上がった涼介の視界からは、もうあのブルーグレイの髪をした少年の姿は消え去っていた。

思わずその後を追おうとした涼介の首根っこを、光紀が掴み上げて引き戻す。


「ストーカーは立派な犯罪です」

「だって…!」

「だっても何もない!今日のバイトは空いたゲージの掃除から!」

「ああ、もう!明日もここで張って、絶対見てやる!」

「見るだけ!手は出しちゃダメ!」

「なんでだよ、オヤジだって俺と同い年の頃のみっちゃんに…って、うわ、今のなし!掃除してくる!!」


キラリ…と底光りした光紀の眼光に、大慌てで降参の意を表して両手を掲げ挙げた涼介が、逃げるように奥のゲージ置き場へと駆け込んでいった。


「…ったく。いくら親子だからって、そこまで似なくていいっての!いつまでたっても自覚なしのファザコンなんだから…!」


フゥ…と浅くため息を吐いた光紀が、携帯を取り出して電話をかけた。


「…あ、一条さん?光紀です、お久しぶりです」

『おう!ほんとに久々だな!元気にやってるか?』

「はい、おかげさまで。それで、ちょっと…お願いしたい事が…」

『そんなこったろうと思ったよ。なんだ?涼介の奴が何かやらかしたか?』

「はは、さすが。実はちょっと調べて欲しい学生の子が居るんです。リョー君の隣の高校の一年生で、ブルーグレイの髪をしたちょっと目立つ男の子なんですけど…」

『…ブルーグレイ?おい、まさかそれって…』

「…ご想像にお任せします」

『…ったく!親子揃って世話かけやがる…!分かったら連絡する、じゃぁな!』


最後の挨拶をする間もなく切られた電話に、光紀が『変わってないなぁ…』と、苦笑を浮かべて携帯を閉じた。


「…ネコみたいな犬…かぁ。約束、果たせるといいんだけどな」


ふふ…と微笑を浮かべながら伸びた光紀の指先が、胸元から僅かに覗く硬質で透き通る青い輝きをソッとすくい取り、祈るような気持ちで口づけた。






=終=


〜ここから「飼い犬」へ…続いていきます〜


読んだよ。という足跡に拍手してくださると嬉しいです。




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