野良猫








ACT 6(祐介)









とりあえず、シャワーを浴びて、自分の後始末をした

もう少しで自制心が吹き飛びそうで・・・こんなに自分を抑えるのに苦労したのは初めてだった

本当は

最初の一回だけで止めるつもりだった
結構な出血量だった上、あれだけの大立ち回り

身体の疲れはかなりのものだったろうし
クスリをやった後・・・っていうのは、効いている時に疲労を感じない分、後が辛い

本気で抱いてしまったら

自制心を失うのは目に見えていたし、初めての光紀を抱き壊しかねない自覚がある

だから、服を脱がなかったし
極力、光紀の顔を見ることもしなかった



・・・・・・・・この高貴な野良猫を自分のモノにしたい



その思いに気が付いてしまったから・・だろう
『抱かれても良い』と言った光紀の言葉を無かった事にしたくなかった

だから、二回目はバックも使ってイカセた
きっと、普段攻めな光紀からすれば屈辱的だろう・・・イカセ方で


「・・・嫌われたかもしれないな」


苦笑と供にそんな呟きが漏れた

自分のものにしたいのなら
とっとと突っ込んで犯ってしまえば良いだけの事なのに

なぜだか

クスリでそんな気分になっている光紀を、抱きたくなかった
身体だけ陥落させるのは嫌だった
出来れば、素面のままの光紀を抱きたかった
身体だけじゃなく、その心ごと手に入れたかった

いったいどこの純情野郎なんだ・・!と笑いそうになる

素面に戻ってしまえば、抱かれても良いなどと口が避けても言いそうに無いというのに

どこかで


それを期待している自分が居る


こんな風に思うなんて、一番驚いているのは自分自身だ


「・・・この香りのせいか?」


ふと視界に入った、シャワーを浴びるのにベッドサイドのテーブルの上に置いた、小さな小瓶を持ち上げた

たしか

気持ちを穏やかに解放し、ストレス緩和の効果がある・・とか言っていたコロン

これは秋月の二人いる弟の内の一人に頼んでおいたものだ

秋月は3人兄弟の長男で、このコロンを作ってくれたのが次男の秋月剛(あきづきたけし)

この剛は小さい頃から香りとか人の体臭に敏感で、気が付けば調香師になっていた
名前だけは男らしいが、この剛は筋金入りのゲイで、今では性転換を受け最新の整形技術も手伝って、外観は極上の美女・・・!

今では家も日本も飛び出して海外を拠点にし、”AKI”というコスメ・ブランドを立ち上げて成功している

バイだった俺とは秋月と供に幼なじみだったのと、好みのタイプの違いから寝るような関係にはならなかったが、同じ趣向を持つもの同士、親しかった

そんな縁で受け取ったのが、このコロン

香り程度で・・・!と、半分バカにしていたが、どうやら早々バカにできるものでもないらしい


現に、今だって


ほんの少し香る程度に付けただけだというのに、とても気持ちが穏やかになるのが分かる

剛が独立して成功したのは、アロマテラピーによるカウンセリングでの顧客の獲得が大きいと・・言っていたが、どうやらそれは本当のようだ


「・・・・っ」


不意に感じた・・・小さく息を呑む気配

ハッとして振り返ると、ベッドの中でまるで胎児のように丸まって眠っていた光紀の身体が、小さく震えていた


「・・・光紀?」


起きているのか?と思いながら、かろうじて布団から出ている栗色の髪をソッとかき上げてみる


「っ!?泣・・いて?」


疲労で少し蒼ざめた冷たい頬を、涙の痕が伝っていた


「・・・・・・・」


しばらくその頬を伝い落ちる涙から
眠っていて意識すら無いというのに、息を殺して泣くその身体から


視線が外せなかった


しばらくたってから、サイドテーブルの上に置いていた携帯を手にとって、ベッドから離れた窓際へ歩いて行った

光紀からなるべく声が聞こえない場所で、携帯を操作する
相手は、こんな遅い時間にもかかわらず、いつものように3コール以内で電話に出た


「・・・・ああ、影司(えいじ)か?悪いが明日の朝一の会議、出られそうにない。昼からの接待を一つキャンセルしてそっちにずらしておいてくれ」


影司は『分かりました。お気をつけてお帰り下さい、社長』と、いつものようにまるで普通の連絡事項を聞いただけのように言って、電話を切った

ワガママだとは分かっていたが、どうしようもない


あんな風に


意識すらないというのに、声を殺して泣く姿を見てしまったら
見なかった事になんて、出来やしない

ついでにフロントへの内線電話も取り、明日の朝、光紀の服と一緒にスーツ一式も届けてくれるように伝えてから、携帯の電源を落としてソファーの上に放り投げた


これで光紀が目を覚ますまで、一緒にいてやれる


蒼ざめた頬に伝った涙の痕を指先で拭ってから、その横に振動を与えないように静かに入り込む

丸まって強張ったまま眠っている光紀を胸の中に抱き込んで背中に手を廻し、ゆっくりと、その強張りを溶かすように撫で付けた

強張っていた身体がゆっくりと弛緩して・・・まるで温もりを求めるように、抱き込んだ俺の胸元に顔を摺り寄せてくる



・・・・・・・・本当にネコみたいだ



そんな事を思いつつ、その耳元に唇を寄せた


「・・・目を覚ますまで、ここに居るから」


そう囁いたら

ほんの一瞬だったけれど


光紀が、笑った


とてもじゃないが手放せない


寂しげな笑みで




トップ

モドル

ススム