野良猫(光紀)








ACT 7







目が覚めても真っ暗だった



ああ・・・・

また

いつもの夢だ


あまりにも見慣れた闇の世界に、そう思う


昔から
眠る事は恐怖だった

眠くもないのに

広い広い部屋に、たった一人
冷たくて大きなベッドで、いつも一人

目を閉じると

目の前には何もない、真っ暗な、闇


誰もいない
自分さえ見えない


どこに居るのかさえ分からなくなる
手を伸ばしても、何もない

いくら目を凝らしても、何も見えてこない

ただあるのは

冷たく冷え切った、真の闇



自分は、存在しているんだろうか?



夢の中で、いつもそう思う

誰もいない
手を伸ばしても、誰もその手を

取ってはくれない

不安で
不安で

たまらなくて

ただ、丸まって

自分が形としてある事を
僅かだけれど、温もりがある事を

確める

眠る事は、その自分すら見失う

だから


怖い


眠る事は目を覚ます事だから
目が覚めると、いつも


自分が一人ぼっちなのだと、思い知るから


だから

不意に聞こえた


『・・・目を覚ますまで、ここに居るから』



そんな囁きと
背中を撫でる大きくて暖かな手の感触
包み込まれた広い胸の温もり


それは

とても悲しい夢だと・・・思わず笑った









「っ、・・う・・・そ・・・っ」


目が覚めると同時に、息を呑んだ



・・・・・・どうして?
・・・・・・なんで?

・・・・・・この人がまだ・・・ここに!?



驚き過ぎて、思考も何もかもが停止した


最初は、足先に感じた違和感・・・だった
いつもなら冷たく冷え切って目が覚めるのに

その

ありえない温かさと、触れ合う・・・柔らかな皮膚の感触
素肌と素肌が、触れ合って生まれる心地良さ

そんなありえない温もりを感じながら、目が覚めるなんて

しかも

俺は祐介の広くて厚みのある胸の中に、すっぽりと包まれていて

その、祐介が着ているバスローブからはだけた胸元の素肌に押し付けた耳元からは、規則正しい祐介の心音が聞こえてくる

上目遣いに見上げたすぐ上には、安らかな寝顔の・・・祐介の顔

昨夜はこんな風にじっくりと間近に顔を眺める暇などなかったから、思わず、その顔を凝視してしまう

よく日に焼けた・・・肌の色
人工的な日焼けサロンなんかで焼いたのとは違う、自然で健康的な色合い

高い鼻梁
ス・・ッとすっきり通った鼻筋
シャープな輪郭
今は閉じられているけれど、何もかも見透かしてくるようだった・・・鋭さを伴った漆黒の瞳


その上にあった意志の強そうな・・・釣りあがった太い眉
けれど
昨夜はキッチリと上げられて整えられていた髪が、風呂上りそのままに降ろされていて・・・



・・・・・・結構年上・・・だと思ったんだけど
     こうしてるとなんだか・・・可愛い・・かも



フ・・・と何だか気持ちが柔らかくなった


どこの誰かも分からない俺なのに

なんだって、その俺を抱いて、こんなに無防備な顔つきで寝てるんだか

おまけに

俺の身体を気遣って・・・だろう


最後まで、抱かなかった


その事を思い出した途端、胸がズキリと痛んだ



・・・・・・抱かなかったのは、本当にケガのせい?
     それとも
     こんなガキ相手じゃ本気になれない?
     ただの遊び相手にもなれない?



分かってる
この人は嘘をつくような人じゃないから

抱かなかったのは、純粋に、ケガを気遣っての事
クスリでどうしようもなくなってた辛さを解放してくれただけの事

俺が無鉄砲なガキで
世間知らずもいいトコだから

だから

この人は放っておけなくて、助け舟を出した

ただ、それだけの事
そう・・・ただそれだけの事だ

なのに

どうしてだろう?

どうして
こんなに

心臓が締め付けられるんだろう?

昨日の夜まで全然見知らぬ他人だったのに
今だって、この人が誰でどういう人なのかも分からないのに
名前だって・・・

そこまで思って、その先の言葉が継げなかった



・・・・・・ううん、違う。
     祐介・・・は、
     この人の本当の名前だ



何の根拠も無いというのに
不思議と・・そう、確信できる

この人は、嘘なんて、つかない

なぜだか、はっきり、そう思った


「・・・・ん?」


祐介の形の良い眉がピクリと上がり、ゆっくりとその瞳が開かれる

その瞳に映る俺は、どんなだろう?

そんな思いで、その開かれた漆黒の瞳に映る自分を見上げていた


「・・・おはよう、光紀」


とても優しい声音が、鼓膜を震わせる


俺を写したその瞳が
とても優しく、満足そうに細められていく


「今度は、ちゃんと笑えたね」


そう言われて

初めて

祐介の瞳に映る自分が


笑っている事に、気が付いた


いつもの
造り物の笑みじゃない


自分でさえ気付かないほどの、自然な笑みで




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