野良猫









ACT 9(光紀)







「え・・?ここ!?」


思わず目が点になった

週明け、学校帰りに祐介からもらったメモの住所を頼りに来てみたら、市街の外れにある、うらびれた寺に行き当たった

大きな門扉は開かれていたが、人が居る気配がない

ここに医者が居るなんて考えられない・・・!そう思ってきびすを返したら、何か大きな障害物にぶつかった


「っわ、あ!?す、すみませ・・・」


言いかけて、言葉を失った
190は有にある、スキンヘッドの大男
仁王像のような体格と、それに似合った厳つい顔つきに、思わず一歩後ずさった


「何か御用か・・な?って、あ!?」


厳つい雰囲気に似合った腹の底に響くような、でも一種美声だともいえる声音の語尾が跳ね上がると同時に、掛けていた伊達メガネを奪い取られた


「おお!やっぱそうだ!こないだの血まみれ美少年!」


大声で言い放たれて、一瞬、めまいがした



・・・・・・まさか、この、仁王像が、治療してくれた医者!?



そう思った瞬間、その厳つい顔が破顔して子供そのものの人懐っこい笑顔を咲かせた


「よく来たな!ケガの調子はどうだ?あれから消毒はしたのか?痛みや発熱は?」


その意外に可愛い笑顔に驚く間もなく矢継ぎ早に質問を浴びせられ、正直、その雰囲気に気圧された


「あ、いや、痛みは少しありますけど、熱は特には・・・」
「そうか、じゃあ消毒して化膿止めのクスリを出しておかないとな!こっちだ、来い」
「え!?あの、ちょ・・・っ」

抗う間もなくケガをしていない方の腕を掴まれ、その人気のない寺の境内へ引っ張り込まれた


「おーーい、やっこちゃん!患者さんだ、奥の診療所開けてくれ!」


スキンヘッドの仁王像がそう叫ぶと、本堂の斜め横にあった家らしき建物の勝手口から小さな女の子がヒョイッと顔を覗かせた

耳の下辺りで切り揃えられた前に向かって少し長くなるボブカットで、その濡れ羽のような艶やかな黒髪の下にある真っ黒な大きな瞳がこっちをジッと凝視してくる

その大きな目が印象的な、可愛らしい顔立ちの子だった

俺と仁王像の姿を認めると、すぐに奥にあった離れのような部屋の戸を開け放って中へと消え、俺も仁王像にそこへ連れ込まれた

一見、普通の部屋にしか見えなかったが、中へ入ってみると病院などと比べても見劣りしないちゃんとした診療室になっていて、ちょっと驚いた

中へ入った途端、ガサガサと消毒液やらの道具を揃え始めた仁王像の背中を呆然と眺めていたら、ツイ・・と服の裾を引っ張られた

その感覚に振り向くと、あの小さな女の子が俺の服の袖をこっちへ来いと言いたげに引っ張っていた


「・・・え?あ、ここへ座れって?」


言葉を発しないまま視線だけで訴えてくるその瞳をジッと見返し、その意を理解しながら勧められたスツールに腰掛けると、その子が更に見つめるその瞳に力を込めてくる


「・・・ああ、なるほど。消毒するからケガした所を出せって?」


そう聞くと、フワリ・・と嬉しそうに笑って頷き返してきた


「なんだ?美少年?お前、超能力者か何かか?何でやっこちゃんと会話できるんだ?」


その様子を見ていたらしき仁王像が、まるでダルマのように目を丸くして驚いたように聞いてくる


「え?いや・・・ただ、なんとなく。ひょっとして、この子、言葉が?」


その問いに感じた違和感を問うと、仁王像が大きく頷き返してくる
その間にも、俺は女の子から注がれる視線の訴える意味を汲み取って、持っていた学生鞄や脱いだ制服の上着なんかをその子に手渡していた


「おいおい・・なんとなくだぁ?言っとくが、初対面の奴にいきなりやっこちゃんがこんなに懐くなんて、今までなかったことなんだぞ!?」

「懐く?これで?」

「ああ、普段は俺にだって笑いかけてなんてこないぞ!」

「・・・へぇ、じゃあそれ、多分俺が獣医志望だからですよ」
「は?獣医!?何でそんなもんが今関係ある?」

「昔からなぜだか動物には妙に懐かれる性質みたいで。そのせいか、言葉を喋れない動物の言葉っていうのがなんとなく分かるんです」

「・・・動物って、お前な」

「人間も動物に変わりないと思いますけど?」

「はは・・っ!美少年、お前なかなか面白いな!気に入った!」


豪快に笑った仁王像が、バンバンッ!と容赦なくゴツイ大きな手で肩を叩いてくる


「ッ!痛っ!!」


肩から響く振動を受け、ケガの痛みが一気に増す
こいつ、ほんとに医者か!?と、ここへ来たことを後悔したが、もう後の祭りだ


「ああ、すまんすまん。じゃ、腕出して、経過を見るから」


まるで悪びれた風もなく言われて、俺はもうあきらめの境地でシャツのボタンを外し片袖を引き抜いた
服の上から目立たないように、包帯は最小限にして巻きつけてある


「ほう、自分で巻いたのか?これ?なかなか器用だな。消毒も・・ふむ、自分でキチンとやってたようだな。感心感心」


包帯を解き、ケガの様子を仔細に検分しながら、顔に似合わぬ優しい丁寧な仕草で丹念に消毒していく


「美少年、一つだけ忠告しておいて良いか?」


仕上げの包帯を巻きながら、仁王像が視線を合わせることもなく話しかけてくる


「忠告?」

「このケガを負わせたのは塚田組って言うトコの連中だ。奴ら、今躍起になってお前さんを探してる。今度捕まったら、今度こそタダじゃすまない。死にたくなかったら二度とああいう世界の人間と関わりあうな」

「・・・余計なお世話です」

「だろうな。俺だってあいつが関わってなきゃこんな忠告しやしねぇよ」

「あいつ?」

「そいつにこの場所を教えてもらってきたんだろ?」

「っ!祐介さん!?」


思わず叫んだら、仁王像が心底驚いたように俺を見つめてきた


「・・・あの、バカ野郎がッ!名前教えるなんてどういう了見だ!」

「え・・・?」


いったいナンノコトだ?と目を瞬いたら、仁王像が『やっこちゃん、悪いがちょっと外に出て耳、塞いでてくれねぇか?』と言い放ち、言われたやっこちゃんが素直にその言葉に従って、部屋を出て行った

それを確認した途端、仁王像がドスの利いた声音で不意に言った


「おい!そうと分かったらタダで帰す訳にはいかねぇぞ。二度とあっちの世界に関わらないか、祐介の事を記憶からすっぱりと消して忘れるか、どっちだ!?」


不意に医者としての顔もかなぐり捨てた仁王像が、その迫力を遺憾なく発揮して俺に迫ってくる


「な・・、いきなりなんだ!?何で俺があの人の事を忘れなきゃならない!?」

「あいつはお前なんかとじゃ住む世界が違うんだよ!」

「なんだよ、それ!?何であんたなんかにそんな指図・・・ッ!」


最後まで言葉を吐き出せなかった
肩袖だけ着ていたシャツの襟を掴まれて、思い切り後ろの壁に叩きつけられて、駆け抜けたケガの痛みと供に一瞬、呼吸が止まる

目の前にある憤怒の表情が、震え上がるほどの怒声で言い放った


「ふざけんなよ、世間知らずのガキが!」

「・・・じょう・・だんっ!ふざけてんのはそっちだろ?わけわかんねぇっ!!ガキ扱いするならそっちの正体先に曝したらどうなんだ!?そっちの事情ばっか一方的に押し付けてんじゃねぇよ!!」

「ほお、良い根性してんじゃねぇか。だったら教えてやるよ、祐介は真柴組のトップだ。お前を助けたのが真柴だって塚田組に知れてみろ、一気に真柴組と塚田組の全面戦争が始まっちまうんだよ!たかだかガキ一人のせいでな!」

「・・・えっ、」


襟首を掴み上げていた仁王像の腕を引き剥がそうと掴んでいた指先から、一気に力が抜けた
それに気が付いたらしき仁王像が、掴んでいた襟首を解放する

一気に脱力した身体が、壁沿いにズルズル・・と沈んでいった


真柴組・・・!
この辺じゃ知らない奴はいないくらい大きな組で、一介のヤクザから大企業の真柴建設にまでのし上がった筋金入りで有名なトコ

タダのサラリーマンじゃないとは思っていたけど、まさか、祐介さんがその真柴組のトップ!?

なんだってそんな人が、俺を・・・!?


「・・・これで分かったろ?悪い事は言わん。真柴の事はすっぱり忘れて・・・」

「イヤダ」


仁王像の言葉を遮って、知らないうちにその言葉が流れ出てた
そんな言葉を吐き出している自分が、自分で信じられなかった

今まで全て事なかれ主義で生きてきた
面倒な事は全てかわして、何かに、誰かに、関わり合いになるなんて冗談じゃない!と、鼻で笑って生きてきた

そのはずなのに

『光紀』と呼んでくれた、あの優しい声音
包み込まれるようだった、あの優しい眼差し
ただ抱きしめてくれていた、あの温もり

それを忘れるなんて、絶対、嫌だ!と心が勝手に叫んでいた


「は?」


まるで不思議な生き物でも見るかのような唖然とした顔つきで、仁王像が俺を見下ろしていた


「イヤダ。俺は絶対、祐介さんを忘れない」


仁王像の唖然とした顔を上目遣いで睨み返し、俺は、はっきりと宣言した





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