野良猫










ACT 8(祐介)








「・・・祐介さん、あの・・・」


ホテルから届けられた服を着た光紀が、困惑顔で俺の前に立った

さすがに三ツ星ランクのサービスで有名なホテルだけの事はある・・伝えておいた寸法とニュアンスにぴったりなブランド品を用意してきていた

もちろん、夜の遅い時間に俺が頼んだスーツ一式も・・だ


「ぅん?よく似合ってるけど・・・気に入らなかった?」
「いや、そうじゃなくて・・・」


口ごもるその様子が、昨夜とは全く違う雰囲気で・・・正直、俺は朝っぱらから驚いてばかりだ


起き抜けに名前を呼んだ、その一瞬、腕の中で笑み返してきた光紀の笑顔


本当に、このまま腕の中に閉じ込めていられたら、どんなにか・・・!
真剣にそんな事を考えてしまうほどの笑顔だった


けれど
そんな笑みが一瞬で消え、気まずそうに視線を反らされた

それからずっと、どういう態度で接したらいいものか・・・そんな戸惑いと、未だ消え去らない警戒心
そんな物が混ざり合った視線と、一つ一つ言葉を選んでいるかのような・・・そんな話し方

それを・・・どうとっていいものなのか・・・?

そう思っていたら


「・・・この服の代金とか、ケガの診療代とか、ちゃんと払いたいんだけど?」


そんな思ってもみない事を言われて、一瞬言葉に窮した


「・・・いや、そんな・・気にしなくていいから。服は俺が勝手に処分した代償だし、診療代も俺がやったわけじゃないから俺がもらっても・・ね」
「だけど、それじゃあ俺の気がすまない・・!」


なにやら必死に食い下がろうとする光紀の様子に、俺はふと、光紀も俺ともう一度会いたいと思ってくれているのだろうか?と、そんな自惚れが湧き上がった


「あ〜〜、じゃあこうしよう。来週の今日、つまり土曜日にこの部屋を取っておくから」
「え?」

「その日の仕事の終わる時間によって来られる時間は正確には言えないけど、でも、必ず来るから。だからその時に・・・で、どう?」


半分以上は賭けだった
本当に借りを返したい・・ただそれだけなのかもしれない
それでも、もう一度光紀と会えるのなら会いたい

それに自分がどんな世界に身を置く人間かも分かっている
だから、カタギな世界の人間である光紀に自分から手を伸ばしてはいけない
来るかどうかの選択を光紀の意志に委ねるためにも、それが最上の方法だろうと思った


「・・・分かりました。じゃあ、来週の土曜日に」


そう言って部屋を出て行こうとした光紀を、俺は思わず呼び止めた


「あ、ちょっと待って。そのケガの診療費は俺がもらっても仕方ないから」


そう言って、一条の住所をメモ紙に書き付けて光紀の手に握らせた

ひょっとして・・光紀が来なかったら・・!

とっさに思って、出た行動
一条なら、何も言わなくても状況を判断し上手く光紀と繋がっていてくれるかもしれない

豪快で大雑把そうな見た目に反した細やかな神経の持ち主である一条なら、きっと・・!

なんて姑息な人間なのだろう・・と自嘲しながらも、メモを素直に受け取ってドアを出て行く光紀の背中を見つめていた

ほんの一瞬垣間見せたあの笑みを、今度はもっと長く見ていたい・・・そんな密やかな願望の眼差しを注ぎながら








「・・・ずい分と機嫌が良いようですね?」


指定した時間ぴったりにホテルのエントランスに横付けされた車に乗り込むと、音もなく車を発進させた影司がそう聞いてきた


「・・・そうか?気のせいだろ。それより例の土地開発どうなってる?」

「あまり上手くないですね。現知事の対抗馬が塚田組とつるんだようで・・・立ち退きで話がまとまりかけていたマンションの住人を煽って、また話をこじらせてきてます」

「っ、よりによって塚田か!」

「手っ取り早く潰したらいかがです?」

「・・・今はことを荒立てたくない」

「・・・少し甘すぎやしませんか?今はまだチンピラの寄り集まりですが、放っておくと厄介なことになりますよ?」

「分かってる・・・!」


まだなにか言いたげな影司との会話を、その一言とバックミラー越しの視線で終わらせた

この影司はもともと司法修習生だったのだが、街中で絡まれたチンピラを誤って刺し、その道を閉ざされて自暴自棄なってゴミくずと一緒になっているところを拾った

表の方の建設会社で働かせてみると、司法修習生だっただけに下手な弁護士を雇うより有能な事が分かり、今では俺の秘書兼組関係のゴタゴタの際の相談役で、いわば片腕だ

その影司が”厄介なことになる”というだけあって、塚田はクスリを手広く扱って最近ではかなり金回りが良い

そういう匂いに敏感なのが裏社会というもので、そういう所には人も金も女も集まってくる
近頃は怪しげなクラブも作って、売春やネットでの闇賭博で荒稼ぎしているらしい

まだうちのシマに手を出していない内は良かったが、最近塚田の若い者がシマ内をうろつくようになって、互いに相手の出方を窺っている真っ最中だ

その塚田が土地開発を巡る知事選に絡んで来たとなると、こちらも黙って見過ごすわけには行かなくなる

何しろ今度の知事選で現知事が再選し、推進している土地開発が進まなければ、そこで請け負うはずの建設計画が全て白紙になってしまうのだ

おまけに塚田とつるんだという対抗馬は開発反対派で、現知事のバックについている政治家とライバル関係にある政治家がバックについている

上のほうでの小競り合いが下にまで降りてきた格好だ

迂闊には手が出せない

それに


光紀のこともある


あのケガだし、しばらくは大人しくしていてくれれば良いのだが・・
なにしろ、塚田の連中があのままで済ますとも思えない
これで更に俺と関わりがあると分かれば、どうなるか・・!


「・・・会う・・べきじゃあない・・・のか」

「え?」


思わず口をついてでた独り言に、影司が問い返してくる


「・・・いや、なんでもない」

「・・・・・」


影司の無言の視線が、バックミラー越しに注がれていた




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