古書・魂蔵屋の日常
『てるてる坊主』 (後編)
「適当に・・・たってなぁ〜〜本当にこんなんで・・・・」
とりあえず、いつも学校へ向かう道を歩きながらブツブツ・・と愚痴っていた草太の足が、不意に止まる
「・・・・え?ここ・・・こんな家あったっけ・・・・?」
いつも角を曲がっている三叉路の突き当たり
そこは昨日まで、たしか雑居ビルが立ち並んでいたはず
なのに
今、草太の目の前には、和洋折衷でどんな様式とも言いがたい、変な家を囲む塀と、開かれた門があった
「・・・・変な家・・・っていうか、何かの・・店?」
門の所に看板らしき物が掛けてあって、そこには
・・・・<よろず何でもお貸しします>・・・・
とだけ、書かれていた
「・・・あ、そういえば虹さんがレンタル料がどうとか・・って言ってたよな。っつーことは、ここ、レンタル屋?ここが虹さんが言ってた場所?」
呟いてはみたものの、見た感じは全然レンタル屋らしくなく、ちょっと変わった大きな家・・・といった感じだ
「・・・ここ・・・なのかな?」
恐る恐る、一歩、門を入った途端
どういうわけか、「あ、間違いない、ここだ・・・!」と、草太の中に確信とも言える自信が湧き上がる
ズンズン・・・と迷うことなく玄関へと続く石畳を進んでいくと、それを待っていたかのように、キィ・・・と自然にドアが開かれた
「え?これ、自動ドア・・・?」
そんな風には見えないのにな・・・と首をかしげながらも、草太がドアの中へと入り込む
途端
『・・・チリーーーン・・・ッ・・・』
草太が持っていた鈴が、軽やかな音をたてた
「わっ、びっくりした!歩いてる間は全然鳴らなかったのに・・・」
「・・・そいつは必要な時以外、むやみに鳴らすもんじゃねぇからな」
「えっ!?」
聞き覚えのある声に慌てて草太が振り返ると、そこに三峰が立っていた
「三峰!?何でここに居るの!?」
「そんなことはどうでもいい。それより、行くぞ」
草太の問いなどまるっきり無視して、三峰がスタスタ・・と勝手に家の中へ入り込んでいく
「ちょ・・ちょっと三峰!待ってよ・・・!いいの?勝手に?」
「勝手もクソもあるか!来るように仕向けられたんだからな」
「へ・・・?仕向けられた・・・?」
板張りの廊下を行った先に、艶やかな蝶が舞う模様が描かれた、見事な襖(ふすま)が連なっている
その襖を、三峰が躊躇なく「ガラ・・ッ」と勢いよく引き開けた
一瞬
草太がその襖の中の部屋に、どこまでも延々と続く果ての無い空間を感じて目を瞬く
フルフル・・・と頭を振ってもう一度見直すと、正面の一段高い場所に平安時代の御帳台風な設えと、巻き上げられた御簾
その中にはもう一段高い段差があり、その段差の上に柔らかそうなクッションが敷き詰められいて、御帳台風な天上から絹の薄布が何重にもその上を覆うように吊るされている
そこに、優雅にクッションに肘をつき、寝そべった髪の長い女が一人
今風に大胆にアレンジされた、蘇芳の色地を飛ぶ黒アゲハ蝶模様の着物
露出した白い胸元には、同じ黒アゲハ蝶柄のタトゥー
黒く艶やかで真っ直ぐな長い髪が、寝そべるしなやかなその肢体を覆う地模様に、まるで黒い細い蜘蛛の糸を描くように流れ落ちている
体にまとったそのアゲハ蝶に相応しい、香り立つ大輪の花のような、女
「・・・・・いらっしゃい。何を借りにきたの?ボーヤ?」
草太より一歩前に立つ三峰には目もくれず、女の妖しい切れ長の瞳が草太を見据える
女の放つ色香うんぬんより、草太はボーヤと呼ばれたことが気に触ったようで、少しムッとしたような表情が浮かんでいる
「え?俺?俺は別に・・・。あ、あの、これを返して来いって虹さんに頼まれて、それで・・・」
とりあえずお使いの目的を・・・!と草太が持っていた薄い本を、女の方に差し出した
「・・・あら、それ、残念ながら私のものじゃないわ。その中に書かれた物達のものよ」
「へ・・・?書かれた物達・・・って、てるてる坊主?」
「そう。そこに書かれていた、本物の歌に出て来る、てるてる坊主達のね」
「本物の・・・歌?」
思わず聞き返した草太に、女が意味ありげな微笑を投げる
「知りたい?貸してあげましょうか?切り取られたその下のページ・・・」
「え・・・・・?」
絡みつくような女の視線が、草太の好奇心を煽っていく
「・・・なるほど、相変わらず姑息な手を使うじゃないか。そうやって何を代償に払わせるつもりだ?」
不意に今まで黙ったままだった三峰が、口を挟む
「・・・あら、ちょっと黙っててくれる?三峰?あなたには後でちゃんとあなたの望むものを貸してあげるから。もちろん、それに見合った代償つきでね」
「はっ!俺に借りたいものなんて、ないぜ?」
「・・・・本当に?無いの?三峰?」
女が思わせぶりな口調で、上目遣いに三峰を見据える
闇色を宿すその瞳は、同じ色の心の内をも映し出す瞳
「ここは、来る必要のある者しかこれない場所よ・・・」
如何にもバカにしたように、女が薄笑いを浮かべる
それを受けた三峰もまた、フン・・ッと鼻を鳴らして勝ち誇ったように言った
「そうでもないぜ?俺が来たのは・・・」
「『対の鈴』なんて関係ないわよ?三峰。あなたはここへ来るために、その鈴を選びここへ来た・・・それだけの事だから」
「!」
突かれた真実に、三峰が唇を噛み締める
それでもなお、無駄な言葉を吐こうとする三峰を視線で黙らせ、女が再び草太をその闇色の瞳に映し出した
「どうする?ボーヤ?」
2人のやり取りを聞きながら、ジ・・・ッと薄っぺらい本を見つめていた草太が、同じ闇色の瞳ながらそこに鮮烈な輝きを宿して顔を上げる
「思ったんですけど、借りるって事は、あなたに返さなきゃいけないってことですよね?返してしまったら、またこの本は切り取られたままだ。俺、借りるんじゃなくて、元に戻してやりたいんです」
迷いも気負いもなく、草太が思ったことを忠実に告げる
その草太の態度に、女がへぇ?と言わんばかりに片眉を吊り上げた
「・・・・・生意気なこと言うじゃないの、ボーヤ。元に戻すってことは、てるてる坊主達をそこへ再び封印するってことよ?ボーヤにそれが出来るっていうの?」
「それ、なんか違うと思う。虹さんが言ってた・・・本は読むためのものだから、封印とかそういうんじゃなく、そこに居てもらって、読む人皆がその存在に出会って一緒に遊ぶものなんだって。だから、俺、このてるてる坊主に会ってみたい。それだけです」
その草太の答えに、女がゆっくりと立ち上がり、草太の前へと歩み寄る
フワリ・・・と、鼻腔をくすぐる好い香りが匂い立ち、草太より高い位置から女が草太を見下ろした
「・・・虹も人が悪いわね。こんな面白いボーヤを独り占めしてるなんて。でもボーヤ、一つ忘れてない?雨も降らせないといけないんでしょう?」
不敵な笑みを浮かべた女の白い細い指先が、ス・・・ッと草太の顎を捕らえて上向かせる
「あ・・・っ!」
そういえば・・・!と草太が目を見開いた
「雨を降らすために必要なものを貸してあげるわ。代償は・・・そうね、ボーヤ、あなたの名前」
「俺の・・・名前?そんなんでいいの?」
言いながら、ふと感じた射る様な視線に草太が気付く
女の斜め後に立っている三峰が、何か言いたげに眉間に深いシワを寄せて、草太を睨みつけていた
「・・・・草太。俺の名前は草太だよ」
草太の本能が、草太自身が気が付かないまま、その三峰の視線の意味を嗅ぎ取って、下の名前だけを告げさせる
「・・・・草太・・ね」
チラリ・・と女が三峰に牽制するように、鋭い一瞥を投げようとしたが
「で、おばさんは?」
と、続けられた草太の言葉に、女の瞳が大きく見開かれ、次の瞬間
「・・・・ちょっと、誰がおばさんですって!?」
不穏な声音が女の口から流れ出た
「だって、俺おばさんの名前知らねーもん。それに、名前を聞くときはまず自分から・・って、習わなかった?」
その草太の物言いに、斜め後ろに居た三峰が、ブ・・ッと堪らず吹き出していた
「そこ!笑ってんじゃないわよ!」
ビシッと女が間髪を射れず突っ込むと、ハァ・・・と肩を落とした
「自覚があるんだかないんだか・・・掴めないボーヤね。ま、いいわ。私の名前は柘榴(ざくろ)よ。これでいい?」
「ボーヤじゃねぇって、草太だよ」
柘榴の言葉に、草太がすかさずチェックを入れる
「ほんとに面白い子ね。さ、その本開いて御覧なさい。ああ、その前に・・・」
不意に振り向いた柘榴が、三峰の手から素早く鈴を奪い去った
「ちょ・・・なにしやがる!?」
「言ったでしょ?ここに来る物は来るべくして来るんだって。鈴も同様・・!草太・・・!」
奪った鈴を、柘榴が草太に向かって放り投げる
「え・・・!?」
投げられた鈴を受け取ろうと草太が手を伸ばした瞬間、はずみで持っていた本がバサ・・ッと落ちてそのページが開かれた
『・・・・チリーーーン・・・・ッ!』
『・・・・チリーーーン・・・・ッ!』
草太が鈴を掴むと同時に、もう一個の鈴と共鳴するようにその音色を響かせる
途端
フゥ・・・・ッと草太が鈴と酒を伴って、開かれた本の中へと吸い込まれていく
完全に草太が本の中へ吸い込まれたかと思うと、パラララ・・・・と切り落とされたはずのページが甦り、軽やかに風に舞う
ハラ・・・と開かれて落ち着いた1ページ目には、歌の続きが刻まれていた
「・・・・いってぇー」
不意に失った地の支え
一気にどこかへ落ちていく・・・!そんな感覚と共に尻餅をついた草太が、打ち付けた腰をさすりながら起き上がる
「いててて・・・なんだ?今の?・・・・ていうか、ここ、どこ?」
見渡せば、そこはどこかの片田舎・・・といった雰囲気の田んぼとあぜ道、段々畑・・・のどかな農村風景が広がっていた
ふと見ると、ひょうたん容器の酒と二つの金色の鈴は、しっかりと両手に掴まれている
「・・・そういえば、何で虹さん、こんなもん俺に持たせたんだ?」
改めて、自分の手の中にあるものに疑問を抱きながら見つめていた草太の耳に、どこからともなく聞き覚えのあるメロディが聞こえてきた
「え・・・?あ、これ!ひょっとしなくてもあの歌の続き・・・!?」
耳を澄ましながら、草太がその歌の聞こえてくる方へと歩いて行った
てるてる坊主 てる坊主
あした天気にしておくれ
いつかの夢の空のよに
晴れたら金の鈴あげよ
てるてる坊主 てる坊主
あした天気にしておくれ
私の願いを聞いたなら
あまいお酒もたんと飲ましょ
てるてる坊主 てる坊主
あした天気にしておくれ
それでも曇って泣いてたら
そなたの首をチョンと切るぞ
延々と、繰り返し繰り返し・・・その歌は途切れることなく聞こえてくる
聞こえてくる歌の源・・・
不意に現れた大きな原っぱ
そこに打ち捨てられてボロボロになったてるてる坊主が、山盛りに積み重ねられていた
どうやらその歌は、この中のどこからか聞こえてくる
屈みこんだ草太が、そのうちの一つを手に取った
「う・・・わ、これ、なんでこんな所にこんなにたくさん・・・?」
たまたま手にした、悲しげに泣いている顔を描かれた・・・てるてる坊主
きっと、雨になってしまってこんな顔を描かれたのだろう・・・その人形を見つめていると、不意に歌が止み草太の横から、声が掛けられた
「それはね、皆捨てられちゃったお人形なの」
「え?」
「皆一生懸命がんばって晴れにしたのに、作った事さえ忘れられて、ゴミ箱行きにさせられるの」
「あ・・・・」
草太にも、身に覚えがあることだ
作ったまま忘れてしまい・・・いつの間にやら軒先でボロボロになって、捨てられる
目の前にあるこの大量の人形達は、皆そうやって捨てられたものであるらしい
草太の両脇に立って話しかけてきたのは、2人の小さな可愛らしい女の子
片方は長い髪を二つに分けて三つ編みにし、もう片方の子はおかっぱだ
「だからね、雨が降らないの。歌の通りに願いを叶えたお礼がもらえるまで、皆お願いし続けなきゃいけないから」
「それにね、雨さえ降らなきゃ、この子達ももう増えないし、首を切られることもなくなるでしょ?」
ハッとして積み重ねられた人形の山に目を移せば、首を切られている人形もたくさんあった
「・・・・そんな!雨が降ったって、てるてる坊主に罪は無いじゃないか!なのにどうして!?」
子供心というのは、時に残酷だ
理由など関係ない・・・あるとしたら・・・
「・・・・あ、さっきの・・・歌!」
そう、最後の歌詞に首をちょん切るぞと、歌われていた
「そうか、だから・・!・・・ね、君達なの?歌詞の書かれていた本を切り取ったのは?」
「ええ、そうよ」
「だ〜れも歌の通りなんてしないし、ほんとの歌じゃないんだもん!」
クスクス・・・と女の子が笑いあう
切り取られてなくなってしまった・・・歌の続き
「・・・・だから、皆、最初の歌詞しか知らないんだ・・・」
呟いた草太が、ハッとさっき女の子が言った言葉の違和感に気がついた
「ね、さっき・・・ほんとの歌じゃないって言ったよね?」
「ええ、言ったわ」
「言ったわよ」
「それって・・・本当の歌があるって事?」
「ええ、そうよ、あるのよね!」
「そうそう、首を切らない歌、ほんとの歌」
まるで歌うように、女の子達がクスクス・・と笑いながら囁きあう
虹も、柘榴も言っていた「本当の歌」
それを、この2人の女の子は知っている・・・!
「ね、それ、教えてくれないかな?でもって、その歌に作り変えちゃえばいいじゃん!」
草太の提案に、顔を見合わせた女の子達が、うふふふ・・と意味ありげに笑いあう
「いいわよ!その代わり・・・その金の鈴ちょうだい!」
「でもって、私達の名前を当ててみて!そしたら作り変えてあげる!」
「え!?鈴と、名前!?」
草太が驚いて目を見開く
鈴は・・・柘榴がここに来る前に鈴を一つ放り投げてくれたおかげで、ちょうど二つある
問題は、名前・・・の方だ
名前・・・名前といえば、柘榴が雨を降らすのに必要なものを貸す代償として草太の名前を指定した
三峰が向けた意味ありげな視線を受けて、何となく草太は名字は言わず、下の名前だけ答えた
何かがそこに妙に引っかかって、草太が腕組みをした途端
『・・・・チリーーーン・・・・ッ・・・』
『・・・・チリーーーン・・・・ッ・・・』
『対の鈴』が、不意に同じ音色を少しずれて響かせあう
同じ音・・・名字と名前・・・本当の歌を知っている2人の女の子・・・
柘榴が言った「この本の中に書かれている物達のもの・・・」
あの時から、柘榴は「達」と、複数形を使っていた
切り取られたページしかなかった・・・あの段階で
そこまで考えて、草太の口の端がニヤリ・・・と上がった
「・・・そうか!分かったぞ!てるてるちゃんと、てるちゃん、だ!」
そう、歌の出始めに書かれた歌詞
あれはどう考えても、2人に対する呼びかけの言葉・・・!
「あったりーー!」
「お兄ちゃんすごーーい!!」
嬉々とした声を上げた2人の女の子が、それぞれに草太から金の鈴を受け取り、胸元に飾り付ける
「じゃ、歌の通りになるように」
「本当の歌を歌うために」
フワリ・・・と舞い上がった女の子達が、草太の持っていた酒の入ったひょうたん容器と一緒に、積み上げられたてるてる坊主の山の上に陣取って、踊りながら歌いだす
てるてる坊主 てる坊主
あした天気にしておくれ
いつかの夢の空のよに
晴れたら金の鈴あげよ
てるてる坊主 てる坊主
あした天気にしておくれ
私の願いを聞いたなら
あまいお酒もたんと飲ましょ
てるてる坊主 てる坊主
あした天気にしておくれ
もしも曇って泣いたなら
空を眺めてみんな泣こう
歌にあわせて鈴の音色を響かせながら、てるてるとてるが、積上げられたてるてる坊主達に、酒を振り撒いていく
途端にボロボロだったり、首をちょん切られていた人形達が、作られたばかりの綺麗な状態に戻っていく
積上げられた山全体に酒が沁み渡り、二つの鈴の音が軽やかに歌のメロディを奏でていく
草太が手にしていた人形も、もともとの綺麗な状態に戻って、フワリ・・と草太の手から離れて空へと、歌にあわせて踊りながら舞い上がっていく
やがて無残に撃ち捨てられていた全ての人形達が、歌にあわせて踊りながら舞い上がり、どんどん天へと吸い込まれるように昇って行き、ついには草太の視界から消え去っていった
後に残されたのは
空に浮かんだまま、空っぽになったひょうたん容器を「キャッキャッ」と、投げて遊んでいる2人の小さな女の子と、それを見上げている草太
「・・・いい歌じゃん、本当の歌。そうだよな・・・晴れなかったら皆で一緒に泣けばいい。で、次に晴れたら鈴の音に合わせて歌って踊って、酒盛りして・・・」
言いかけた草太が「あれ?」と首を傾げる
「・・・だったら、みんな泣こう・・は一番初めの方がいいんじゃない?」
草太が呟いた途端
「あたりー」
「そうなのー!」
2人が如何にも嬉しげに嬉々とした声を上げ、フワリと舞い降りると草太の腕をとる
「おにーちゃん、ありがとう!これで元通りよ!」
「お外に出られるよ!一緒に行こう!」
「え!?ちょ、うわ・・・・!?」
『・・・チリーーーン・・・ッ』
『・・・チリーーーン・・・ッ』
対の鈴が草太の耳元で涼やかな音色を響かせたかと思うと、来た時と同じく、草太の足が地の支えを失った
ユサ・・・ッと身体を揺すり上げられた感覚に、草太がフッと一瞬意識を取り戻す
(・・・・あ?この感触・・前にも・・・あぁ、三峰の背中か・・・。あー・・・俺また体の力抜けて動けねー・・・)
本の中に入り込み、結果的には本を元通りに修復してしまった草太である
いつものごとく、すっかり精気を使い切ってしまっていたのだ
草太の腕を掴んで本の外へと連れ出してくれた二人の女の子(本当の歌ともう一つの歌、それぞれの歌の精霊なのだという)も、一緒に外の世界に飛び出して来ていた
草太が与えた金の鈴は、『対の鈴』といって、持っているもの同士やその周囲を、結界などの効力に関係なく繋ぐ力があるのだという
故に小さな女の子の姿を保ったまま、封印から自由に抜け出せるようになり、その上名前を草太に言い当てられてしまったので、草太のもの・・・になるらしい
草太の物になりはしたものの、2人を使って雨を降らせるためにはそれ相応の知識と能力を要する
それを持たない草太は、「あらあら残念ねぇ、私なら出来るわよ?その2人を譲ってくれたらね」と、言う柘榴に、あっさりと譲り渡した
そして有言実行とばかりに降り出した雨を確認した途端、気が緩み、三峰の背中を借りるハメになってしまったのだ
うつらうつら・・とする草太の耳に三峰と柘榴の会話が聞こえてくる
「・・・・・てめぇ、要は自分の使い魔がほしかっただけじゃねーか!」
「あーら、いいじゃない。三峰の鈴を借りてボーヤに貸し、ボーヤは虹から酒を借り、てるてるちゃん達を連れてきた。だからてるてるちゃん達を代償に雨を降らせてあげたんじゃない!文句言われる筋合いはないわ」
「勝手に人の鈴取って貸したのはどこのどいつだよ!返しやがれ!」
「・・・あら?虹との賭けの内容、知りたいんじゃなかったの?」
「っ、て・・めぇ、何でそれを・・・!?」
「だって!内容を知ってたらあなたがここへ来るはずないんだもの!」
「どういうことだ?」
「ほーら、知りたいんでしょ?じゃ、鈴のレンタル料って事で教えてあげる。あの時はね、三峰、あなたを賭けたのよ」
「・・・・はぁ?俺を!?」
「そ。私が勝ったら”三峰を一回借りる権利”と、虹が勝ったら”三峰に二度とちょっかい出さない事”でね。面白かったわよぅ・・・酒の席でのノリだったのに、マジになっちゃって。他の事には無頓着なくせに、コト、あなたに関しては絶対譲らないんだもの。私の前であーーんな態度取るなんて!ちょっかい出してくださいって言ってるよーなもんじゃない!だ・か・ら、ご期待に応えて虹にちょっかい出してあげた・・・ってとこ?」
「・・・・・・おーまーえーなー!!」
「なによ。嬉しいくせに。あーやだやだ、そんなノロケ顔見たくも無いわ。とっととそのボーヤ連れて帰ってちょうだい」
「言われなくても帰ってやらぁ!って、その前に!誤魔化さらねぇぞ!貸した鈴、返してもらおうか!」
「やーねぇ、無理よ。だって鈴は、てるてる達がボーヤからもらったのよ?鈴の代償がほしいなら、勝手に上げてしまったボーヤか、ボーヤに鈴を勝手に渡して貸した虹に言うのが筋ってもんでしょ?私はさっきので支払済みなんだし!」
「・・・・なるほど、もっともだな。それとさっき、お前、俺に必要なものを貸してやる・・って言ってたよな?それ・・借りるぜ」
見ていなくても分かる・・・何か企んだのだろう、三峰の嬉しげな声音
まさかそれが後で自分の身にも降りかかることになろうとは、草太に予想できるはずもなく
いつの間にか、三峰の背中で寝息をたて始めていた
その頃
雲南池では降り出した念願の雨に、酒宴が開かれていた
もちろん、約束どおりにカエルを送ってきた虹も、その酒宴に混じって楽しんでいる
「すまんかったなぁ、虹。無理な使いを出してしまって・・・。依頼料代わりの酒は役に立ったかの?」
真っ白い着物に、真っ白な長い口ひげと長い髪の好々爺
雨のおかげで元気になった雲南池の主が、虹に酒をついでいる
「ええ、おかげさまで。草太君が本当の歌を知る代償として、酒を貸すことが出来ましたから」
「そりゃあよかった。あの本は本当の歌を知ってる者には、手出しが出来んからのう」
「ええ、ほんとうに。柘榴さんにも困ったもんで・・・」
「あ〜ら、誰のおかげでこんな楽しい酒宴に出席できたと思ってるの?」
「え・・・っ!?」
背中越しの頭上から落とされた言葉に、虹が驚いて振り返る
「はぁ〜〜い♪お久しぶりね、虹!」
虹の背後に立った柘榴が、上機嫌で虹に微笑みかけていた
「ざ・・・柘榴・・さん!?何でここに・・・!?」
「いやぁね。私だけ、のけものにする気?」
「い、いえ、そんな事は・・・!」
「そーよねー。払わなきゃいけない代償を踏み倒すような人に言われる筋合いはないわよねー」
笑う柘榴の顔が、一層、深くなって虹を見下ろす
「え・・・?踏み倒す・・・!?」
一瞬何の事だか分からなくて、虹が眉根を寄せる
「そーよ。てるてる〜〜!」
涼子が楽しげにさっき手に入れたばかりの、てるてる坊主の歌の精霊を呼ぶ
「はあぁ〜〜い」
呼ばれて嬉しげにポンッと現れた途端
『・・・・チリーーーン・・・ッ』
その胸元に飾られた金の鈴が、涼やかな音色を響かせた
「・・・っ!」
その音色に、ハッと虹の表情が強張ったのもつかの間
音色の余韻が終わらぬ間に、虹の姿が掻き消えていた
「・・・・・おやおや、これはまた・・・粋な趣向じゃのぅ?涼子ちゃん?」
掻き消えた虹に驚くでもなく、主が柘榴を涼子と呼んでゆるりと盃を勧める
どうやらその名前は柘榴のもう一つの名前…でもあるらしい
「まったく!世話の焼けるバカップルよね。人前で堂々と「三峰は僕のものですから、二度と手出ししないで下さい」な〜んて。あほらしくてやってらんないわよ」
「まぁ、まぁ、おかげで退屈せんですむというもんじゃろ」
「まぁね〜」
そんな会話を交わす柘榴と主の頭上に、ポンッともう片方の精霊が現れた
「ただいまーなのー」
「おかえりーなのー」
2人でクルクルとおどりながら舞い始める
「ちょっと、どーだった?バカップルは!?」
「真っ赤になってたのー。面白かったのー!それでー・・・」
女3人集まれば、姦しい
キャッキャッと、楽しげに、三峰の『対の鈴』レンタル料である、”2人の噂話言いたい放題”な、てるてる達の報告がなされていく
その日の酒宴もまた、大いに盛り上がったであろうことは・・・言うまでもない
それからしばらく雨は降り続き、水不足もすっかり解消
ご近所さまでは、すっかり元の生活が戻っていた
・・・が。
ここ、魂蔵屋だけは例外のよーで
「も〜〜〜〜っ!虹さ〜〜〜〜ん!!なに怒ってるの?いい加減機嫌直そうよ〜〜!俺、そうめんばっかじゃ身体もたねーって!」
そんな草太の悲痛な声が響き渡る
「・・・・なんだ?朝っぱらから騒々しい!」
草太の頭上から不意に落とされる声音
「三峰・・・また泊まってたの?どしたの最近?毎日じゃん?」
その慣れきった草太の態度からしても、三峰の入り浸り振りが伺える
「・・・・ガキにゃ分かんなくていいことだよ」
「・・・なんだよーそれー。あーもーなんでもいいからさー、虹さんの機嫌直してよー!俺、ここんとこ毎日カップ麺とかそうめんばっかなんだぜ〜〜死んじゃうよ〜〜」
草太がそうめんが山盛り盛られた器を前に、突っ伏して言い募る
「・・・・悪いな。もうしばらくそれで我慢しな。虹の機嫌はまだ直らねーから」
同情の欠片も見せず、なぜか嬉しげに言い捨てた三峰が、「じゃぁ、また来るな」と言いながら引き戸をくぐって帰って行く
「・・・・なんか、三峰が来るたびに虹さんの機嫌が悪くなってる気もしないでもないいんだけどなぁ・・・・って!うわ!もうこんな時間!?ラジオ体操!!あ〜〜〜くっそー!雨なんて降らすんじゃなかった〜〜〜!!」
草太の平穏な日常は、まだまだ遠い・・・・ようである
=完=
お気に召しましたら、パチッとお願い致します。